第3回  ブレグジットの前に進め:コービン進退問題とヴァルファキス人気

イギリスがEU離脱を決め、アメリカではトランプ大統領が誕生。今年、フランス大統領選、ドイツ連邦議会選など重要な選挙が行われる欧州では、「さらにヤバいことが起きる」との予測がまことしやかに囁かれる。はたして分断はより深刻化し、格差はさらに広がるのか? 勢力を拡大する右派に対し「レフト」の再生はあるのか? 在英歴20年、グラスルーツのパンク保育士が、EU離脱のプロセスが進むイギリス国内の状況を中心に、ヨーロッパの政治状況を地べたの視点からレポートする連載。第3回は、ブレグジット以降、ただただひたすら「後ろへ」つきすすんでいるかに見えるUK左派リベラルの混迷と、それとリンクした野党の凋落ぶりについてのレポート。

なぜか左派こそノスタルジック

「上でも下でもなく、右でも左でもなく、ただただひたすら前へつきすすめ」という文章を栗原康さんが『死してなお踊れ 一遍上人伝』(河出書房)で書いておられ、ふっと昨年出版された自分の本の帯の文句を思い出したわたしは、軽いジャブを一発くらった気持ちになったのだが、いやしかし実は、最近の英国にこれほどフィットしている言葉もない。

そもそも「昔のほうが良かった。古き良き時代に戻らないと我々はえらいことになる」と来たるべき破滅を警告するのは保守派の仕事だったのである。だが、今日そういう黙示録的世界観を展開しているのはもっぱら左派リベラルだ。メイ首相がEUに離脱通知を行ってから、いよいよそれに拍車がかかっている。

「EUとの交渉に失敗すれば経済破綻が起こる」「ブレグジットのせいで英国という連合も崩壊する」「どうして我々はEU離脱投票前の平和だった英国に戻れないのだろう?」。

左派こそが、栗原さん調に言えばただただひたすら後ろへつきすすんでいる。

戻りたい過去はそんなにバラ色じゃない

しかし、現実問題としてもはや戻れる麗しき過去などない。EUそのものがガタガタなのだから。「オランダでは極右政治家ウィルダース率いる自由党が選挙で勝てなかった」「右派ポピュリズムに歯止め」とメディアは報じたが、冷静に考えてみれば自由党は第2党になっているのだ。これは敗退どころか躍進である。イタリアでも既成政党の弱体化につれて5つ星運動が順調に勢力拡大中だし、5月のフランス大統領選にしても、マリーヌ・ル・ペンは勝ちそうにない、というのが大半の人々の予想だが、対抗馬エマニュエル・マクロン(英国では「ブレア2世」と呼ばれている)との競り合いはどっちに転んでもおかしくない。それに今回は敗戦したとしても、彼女がEUにとって危険な存在であることは変わりない。彼女が予想以上に善戦した場合の金融市場の混乱ぶりを想像すると、フランスのようなユーロ導入国のEU離脱の可能性が引き起こすパニックは、ブレグジットの比ではない。

スコットランド独立で英国が崩壊するというのも実は現実味がない。スコットランドが英国から「離脱」すれば、EU加盟を申し込むことになるだろうが、これにはスペインが難色を示す(すでに外相がネガティヴな発言をしている)。スコットランドにEU加盟を許可すれば、カタルニアにそれは可能だと示すことになるからだ。同様にコルシカという火種を抱えるフランスも、スコットランドのEU加盟をブロックする可能性が高い。2014年の独立投票のときと比べると、石油価格も半分近くに落ちている。独立派の強みは石油資源の存在だったが、同じレトリックはいまは使えないし、英国からもEUからも独立した「ぼっち」な存在になりかねない未来を、スコットランド住民は望むだろうか?

ジョン・メイジャーやトニー・ブレアといった元首相たちは公の場で「ハード・ブレグジットは命取り」「英国は自ら崖を上って下に飛び込もうとしている」とハルマゲドンを予言する。だが、彼らが「偉大なるEUを抜けてしまったら」と言っても、地べたの英国の人々には違和感しかない。「でも、フランスでは若者の25%が失業してんだろ」「イタリアとスペインは40%な」「どこが偉大なんだろな、EUって」というパブでの会話を聞いていれば、まあそりゃそう思うよな、と思う。だってEUじたいに終末感が漂っている。

労働党党首コービンの進退問題

こうしたリベラルの「ブレグジット以前は良かった」という思い込みと、野党がいよいよじり貧という状況はリンクしていると思う。

先月、政治誌The New Statesmanの表紙に「Wanted An Opposition(野党求む)」という文字が躍っていた。

ジェレミー・コービン率いる労働党も、EUに負けないぐらい終末感を漂わせているからだ。もう1年半も党内紛争が続いて、まったく光明が見えない。ついに、コービンの熱心な支持者で陰のアドバイザー的存在だったオーウェン・ジョーンズ(彼がガーディアン紙の記事で「コービンはもっとこういうことを言えばいいのに」と書いたら、いつもだいたい2日後にはコービンがそういうことを言っていた)まで、「コービンは人間としては素晴らしいし、掲げる政策も正しい。だが、彼が指導者では労働党は総選挙で勝てない」「コービンは自らが党首に留まることのリスクを真剣に考慮するべき」とガーディアン紙に書いた(以前、コービンを批判したときは、連載枠でなくブログに書いていたので、今回は本気だ)。

労働党を覆いつくしている存続の危機に自分は立ち向かうことができないとコービンが思うなら、彼は労働党の議員たちとある合意に達するべきだ。それは、彼が辞任することと引き換えに、コービンが支持者を鼓舞した同じ政策を唱える新たな世代の議員が党首選に立候補することを認めるという確約だ。
theguardian.com

 

コービンは現代では稀にみるほど高潔な政治家だ。だが、例えば、第二次世界大戦後に英国の国家医療制度NHSを設立したアナイリン・べヴァンのような勝負師ではないし、自分は泥を被ってでも目標を果たす獰猛なタイプではない。だから周囲の労働者階級の人たちも、口をそろえてコービンは「もうダメだ」と言っている。

対照的に、最近、労働者階級のおっちゃんたちの間で妙に人気を博している意外な左派論客がいる。よく英国の政治討論番組やニュース番組のコメンテーターとしてテレビに出ているギリシャ元財務相、ヤニス・ヴァルファキスである。

ヤニス・ヴァルファキスの分析と提言

ヴァルファキスは、シリザ政権の財務相としてギリシャ債権問題でEUとの交渉に当たった経験もあり、もっとも辛辣にEU批判を展開する識者でもある。実際、彼が書いた本は、離脱派の指導者たちにヒントを与えたと言われ、EU批判を行うときの教科書がわりに使われたと本人も言っている。

しかし、彼自身は残留派であり、EU離脱の国民投票前には、英国北部の街でガーディアン紙の左派ライターたちと共に草の根のキャンペーンを行っていた(EU残留派の最大の敗因は、キャメロンとブレアが自分たちの側にいたからだと彼は言う)。彼は、欧米の左派の衰退の原因をこう分析する。

過去30年間、我々はプログレッシヴな価値観の寸断を許してきた。LGBTの運動、フェミニストの運動、市民権運動という風に。
フェミニストがもっと多くの女性を役員室に入れることは、その一方で移民の女性が最低賃金以下の賃金で家事を引き受けて働いているということを意味する。フェミニズムとヒューマニズムの関係性が失われてしまったのだ。
ゲイ・ムーヴメントが、偏見や警察との闘いに代わって、「Shop Till You Drop(ぶっ倒れるまで買いまくれ)」のようなスローガンをマントラにして消費主義を受け入れた時、それはリベラル・エリートの一部になり過ぎてしまった。
プログレッシヴなムーヴメントに残された解決法は、インターナショナルであるだけでなく、ヒューマニストにもなることだ。
それは難しいことだ。が、リベラルなエスタブリッシュメントとトランプの両方に反対するにはそれが必要だ。彼らは敵対しているふりをしているが、実際には共犯者であり、互いを利用している。
newstatesman.com

彼はテレビ番組でも度々、1929年のウォール街大暴落と2008年のリーマン・ショックを比較する発言をし、いま必要な政策はもうわかっているではないかと言い切る。

米国と欧州の両方で機能する新たなニューディール政策を推進することだけが、西側で暮らす多くの人々の、自分の生活やコミュニティに対する主権を回復させることができる。
theguardian.com

 

自分の暮らしに対する主権の回復。

国家の主権よりも何よりも、実は人々が求めているのはそれなのである。

言い方を変えれば、それは個人の自由。そして自由に生きることを可能にする経済だ。

それを否定するイデオロギーは、右であろうと左であろうともう支持されることはない。

 

Profile

1965年、福岡県福岡市生まれ。1996年から英国ブライトン在住。保育士、ライター。著書に『労働者階級の反乱──地べたから見た英国EU離脱』(光文社新書)、『花の命はノー・フューチャー』(ちくま文庫)、『いまモリッシーを聴くということ』(Pヴァイン)
、『子どもたちの階級闘争――ブロークン・ブリテンの無料託児所から』(みすず書房)、『THIS IS JAPAN──英国保育士が見た日本』(太田出版)、『ヨーロッパ・コーリング──地べたからのポリティカル・レポート』(岩波書店)など。『子どもたちの階級闘争』で第16回 新潮ドキュメント賞受賞。