第10回 ダウントンアビーのようなお屋敷ではないけれど

2001年に名匠ロバートアルトマン監督の撮ったオールスター映画「ゴスフォードパーク」の成功を経て生まれたイギリスのテレビドラマに「ダウントンアビー」があります。こちらは日本でも人気だったからご存知かたも多いと思います。どちらも広大な領地と城のような屋敷を持つイギリスの貴族が、20世紀の世の中の変化のなかでどう生きる選択をしていくかという物語でした。どちらもとても面白いです。私はDVDで何回も見直しています。

屋敷の生活は上の階の貴族の生活と下の階の従業員(いや召使いといった方がぴったり来る)の生活があり、ドラマでは平行して描かれます。どちらにも幸せと苦悩があることを丁寧に描くのです。例えば従業員の一人は殺人の疑いをかけられ獄中につながれる時でさえも喜びと希望の涙をこぼすことがあるし、子どもを持つ希望がなくなった貴族の夫婦は新しい生命が与えられ、喜び急いで家路に戻るときに事故死が襲います。人生の喜びと哀しみは常に寄り添っているのだなあと思うのです。

多くの視聴者は貴族の豪華な生活に羨望のまなざしを投げかけますが、豪奢な彼らにも数々の苦悩があることでほっとしているのかもしれません。何代にも渡って受け継がれて来た屋敷や土地をどうやって残すか、莫大な費用のかかる生活のスタイルをどう維持するか。ポーカーフェイスの向こう側はいつもお金の算段だからです。

屋敷の維持と修繕には多額の金が掛かる。その費用を工面するために、危うい投資話に乗っかり大損して破産の渕に追いやられたり、屋敷を観光客に開放し入場料を得ようともします。技術の進歩により電気製品、冷蔵庫や電話などが生活に入ることがあっても生活の変化はごく僅かです。屋敷の主人はこういうのです。

「私はこの屋敷を預かっているだけなのだ。そして、私の義務はこれを次の世代に受け継いでもらうことだ」。ただ、それは幻想でしかないのかもしれません。時代の変化は貴族がそうした館を維持することを不可能にしていくからです。ドラマの主人公は、旧知の多くの貴族がその屋敷を閉じている実態もしっています。だから、その本音は自分の代では由緒ある屋敷の歴史にピリオドをうちたくないという思いでしかないのだと思うのです。

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ほとんどの日本人はこのドラマを人ごとのように見たと思います。もちろん私もその中のひとりです。このドラマはいろんなことを語るのですが、今回私はその中のひとつのことに注目したいと思います。それは「お屋敷=不動産」です。

ダウントンアビーでは、家督を相続する長男が領地などを総取りすることになっています。父親は他の子どもたちに、それと見合うものでなくても十分な財産を分け与え、十分お金をかけていろんな経験を施します。屋敷を相続し、それを次世代に受け継ぐことがどれだけ大変なことが分かっているからでしょうか、他の子どもたちからは金銭面の不満はでません。

落語を聞いているとわかりますが、日本では江戸時代はほとんどが借家住まいだった市井の人達の生活も、高度成長期に豊かになるにつれて持ち家が当り前の時代となりました。特に1970年代の田中角栄首相時代の日本列島改造ブーム、1980年代終りのバブル経済で、不動産の価値は相当跳ね上がり、普通の人が住む住宅でもひと財産となりました。

価格の上がった不動産はこれから持ちたいと思うものには一生かけて手にするものになりました。いま購入する場合には30代半ばが平均だそうですが、その代金を払い終わるのは定年間近というわけです。1970年代前半にはそんなことはありませんでした。都内の一戸建てを買うにしても住宅ローンは10年や15年だったのです。これから本格的になる日本の人口減少時代に不動産の価値はどうなっていくのかはいろんな考え方があるでしょうが、少なくとも、今のところ大きな財産であることは間違いありません。

特に都市部や地方の県庁所在地の人気のエリアで土地付一戸建て住宅に住んでいるかたはダウントンアビーほどではないにしても、その高価な財産をどうするべきか悩むのが当り前です。

たとえば、60代を迎えてこれから不動産とどう付き合っていったら良いでしょうか?

一戸建ての場合であれば建築してから20年を越したものであれば、すぐにではないとしても建替えのことを考えなくてはいけないころだと思います。建替えまでしないまでも、修繕や水回りなどの改修などのメンテナンスは必要です。マイホームだから、家賃はかからない。住居費は考えなくていいという思い込みは幻想でしかありません。メンテナンスに関わる費用は莫大ですし、固定資産税などの税金、家回りの火災保険に地震保険の保険料はどうしても必要なのです。

思い切って高齢になる前に立て直すという選択も考えられます。しかし、老後の生活のための自己資金の多くを割いて建て直しを考える人はそう多くはありません。そんな時に、例えば、息子夫婦が地方公務員や専門職などで転勤がない場合など、2世帯住宅に建替えるという方法もあります。

親世代には息子夫婦がすぐ側に住んでいるという安心感。古い家は新しくなります。若い世代にしてみれば、土地取得の費用がなく建築費用だけでマイホームが手に入るという割安感があります。

このとき、親世代に数億円の金融資産があるのならまだしも、ほとんどの事例では親子で建築費を分担することになるでしょう。土地代がかからない子ども世代が多めに出すことも少なくありません。親世代では、これからなかなか住宅ローンを組むのは難しいものですが、子どもの世代なら可能だからです。こうして親の土地に、親と子どもの共有名義の建物が建つことになります。

ここから、幸せなシニア時代が始まるわけですが、しかし、時の流れは残酷です。それからいろんなことが起きるのです。

大人なら誰もが知ってることですが、人間関係を気持ち良く過ごしていくコツはいい距離感を保つこと。離れていれば見なくていいものは見なくてすみます。

距離感が近くなる時があったとき、ちょっとでも、あれ?っと思うことがあったら、適度な距離を保って気持ちが落ち着くまで離れてみます。理性や知性が人間関係の大切さを思い出し、感情を上回って傷ついた関係を修復してくれることがあるからです。一番良いのはそうならないように距離をとっておくことだと思うのです。

大切な親子の関係だからこそ、なおさらそれが大切なのです。もちろん物理的な距離を取らなくても、成熟した人間性を獲得していれば、心の距離を保つことはできます。それを、人の器の大きさというのだと思います。しかし、そういう器を獲得したものであっても、時には欠けたり破れたりする。それが人間関係の難しさです。

私は2世帯住宅というほぼ同居に近い形で、良好な関係を保ちながら毎日を過ごすことができる、これからの人生を過ごしていく事ができる人はそう多くないと思うのです。

たとえ人間関係の問題は無かったとしても、親世代はすぐに年齢を重ねて生活環境が変わります。加齢によって今までできたことができなくなる。たとえば介護が必要になる。そして、夫婦のどちらかが先立ちひとり住まいになる。不完全だとは言うものの、介護保険制度とその枠外のサービスが必要になる時が来るのです。介護施設や老人ホームに移ることも考えた方がいいこともあるでしょう。その時に必要なのは、廻りの人の優しい心とお金です。介護の形は人それぞれで、あるべき形の理想それぞれ違うと思います。

子ども世代が100%親の面倒を見るべきだと考える人もいるでしょうし、物理的なお世話は可能な限りプロの力を借りて精神的な支えを家族が担当するということも可能だと思います。それも、弱くなった親の状態によるのかもしれません。加齢から親は毎日の生活に相当の手助けが必要になったとき、親は子どもにそのほとんどを頼り、子ども世代の生活を介護一色に染め上げてもらいたいと思う人はそう多くないと思うのです。

ですから、プロの助けが必要です。やっぱりお金が必要なのです。この時に十分なお金を持っておられる場合は幸いです。元々、そんな余裕資金なんて無かったという場合であれば、それは仕方がないということだと思うのです。しかし、2世帯住宅を建てる時にそうした余裕資金を使ってしまわずに、お金さえ残しておけば対処できたのにというケースでは大変残念だと思うのです。何しろ、短い期間しか住めない住居のためにお金の多くを使ってしまったことになるからです。

なぜなら、手もとに十分な資金が無い場合でも自宅を売却して換金し、例えば、民間の高度なサービスを受けられる老人ホームや介護施設の入居資金に使うと言うこともできたはずだからです。特に一戸建ての自宅の価値の大半は土地ということが多いもの。しかし、この時に2世帯住宅を建てているとせっかくの資産である自宅を売却することはとても難しいです。何しろ親名義の資産価値のある土地の上には子どもと共有名義の住宅が建っているからです。金が必要だから、住宅ローンを抱える子ども世代に何千万円のお金を出してくれというのも難しいでしょう。こうして、せっかくの資産を事実上は使えないものにしてしまうのが2世帯住宅なのです。そうなった時に親子の関係はどうなるのでしょうか。親としては自分の資産を自由に使えなくなってしまったのだから、その分を子ども世代に介護を期待する。そこに関係悪化の火種ができることもあると思うのです。

もちろん2世帯住宅などを建てない選択をし、古い住宅のまま住み続ける人もいると思います。そういう世帯にも加齢による環境の変化は押し寄せます。そして、生活環境を変える必要が出て現金が必要だから、さて自宅を売却しようというとき、今や東京都内でも空家率が10%を超える時代です。自宅の売却にかけられる時間はあまりないということもあるでしょう。その時にはいわゆる、投げ売りで現金化する必要があります。不動産の投げ売りは何百万円も損をすることになります。

日本人の多くが生涯をかけて住宅ローンを返すという人生を歩んでいます。唯一の資産は住宅と言う人は少なくない。シニア時代の生活を経済的に支えるものは、公的年金と手持ち資産なのです。

この手持ち資産の構成を見てみると、すぐに使えない終身タイプの生命保険や住宅と言うことが多い。使いたい時に使える金融資産の割合がスゴく少ないい。資産は使いたい時にすぐに使えるという流動性もとても大切です。手持ち資産は6000万円くらいあるけれど、そのうちの8割が自分が住んでいる不動産というのでは資産構成としてあまりにも歪(いびつ)なのです。

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ここで私の提案です。私は子どもが自立し夫婦2人の生活になった時点で手持ち資産の中身を一度、しっかりと吟味してみる必要があると思うのです。その時に手持ちの居住用の不動産の売却を考えるということも検討課題に上げて欲しいのです。まだまだ住める住宅なのに売却するなんて勿体ないという人もいると思います。しかし、これ裏返すとまだまだ住める住宅だからこそ購入する側に取ってみると魅力的な物件になるという側面を忘れないで頂きたいです。

不動産を持ち続けるか、売る方が良いか。とても難しい問題です。

夫婦で意見が違う場合もあるだろうし、どちらも、「どうしたらいいのかしらねえ」というところで立ち止まってしまうのみということも多いと思います。不動産をお持ちの方で、悩まれるかたは取りあえず売りに出してみるということをされたらどうかと思うのです。日本の不動産取引は売却契約が成立しない限り一切の手数料がかからないのが通例です。そして、売るべきか持ち続けるべきかの判断のとても重要な要素は、突き詰めると「いったい幾らで売れるのか?」ということだと思うからです。5000万円で売れるのなら売るけれど、4000万円であるなら売りたくない。それなら、5000万円で売りに出してみればいいのです。

これから日本は人口減少時代。2030年に日本の住宅は2000万戸が空家になるという予測もあります。

不動産はすぐに売りたいとなると、なかなか思ったような価格で売れないもの。2年~3年かかっても構わないということであれば、自分の理想の価格で売れる可能性も高いと思います。

不動産を売却することは物理的にも精神的にもエネルギーがいるものです。売却すれば次の生活の拠点を探さなくてはならない。それも一苦労です。自分もいつか高齢になるのだという現実を受け入れ、いろんなことに対処できる力のある、できるだけ若いうちに対処する方がいいと思うのです。

先ほど、シニアの時代を経済的に支えるものは、公的年金と手持ち資産と申し上げましたが、もちろん健康であれば、シニアになってからも働いて収入を得るという選択肢もあります。このことについてはまた別の機会に考えて見たいと思います。

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最後にひとつ宣伝です。18歳から35歳までの若い世代に向けてお金についての本を上梓しました。それ以上の世代のかたにも読んで頂ければ参考になることがあると思います。今の若い人は本を買って読むことが少なくなりました。ぜひ手に取って読んで頂いて皆さんのお子さんやお孫さんにプレゼントしていただければと思います。「なぜかお金がなかなか貯まらない若いサラリーマンが知っておきたいお金の教科書」(大和書房)。そして、もう1冊。笑えるエッセイ集です。私にとって初めてのエッセイ集です。こちらもお金に絡んだエピソードが多いです。「お金が増える不思議なお金の話」(方丈社)。ぜひ、よろしくお願いします。

Profile

経済評論家。1961年生まれ。慶應大学商学部卒業、東京大学社会情報研究所教育部修了。大学卒業後、外資系銀行でデリヴァティブを担当。東京、ニューヨーク、ロンドンを経験。退職後、金融誌記者、国連難民高等弁務官本部でのボランティア(湾岸戦争プロジェクト)経営コンサルタント会社などを経て独立、現職に至る。『年収300万~700万円 普通の人が老後まで安心して暮らすためのお金の話』(扶桑社)、『普通の人が、ケチケチしないで毎年100万円貯まる59のこと』(扶桑社)、『お金をかけずに 海外パックツアーをもっと楽しむ本』(PHP)、『アジア自由旅行』(小学館/島田雅彦氏との共著)『日経新聞を「早読み」する技術』(PHP)など、多数の著作がある。 Facebook