第二書簡 イスラム国をめぐって

日本人は、身近な隣人となりつつあるムスリムの論理を理解しているか? そこに西洋文明中心視点の誤ったイスラーム解釈はないか? 世界のイスラームに関連するトピックを題材に、より深いイスラーム理解にたどり着くための往復書簡。イスラーム教徒でイスラーム法学者である中田考、非イスラーム教徒でイスラーム思想研究者の飯山陽、専門を同じくしつつも互いに異なる立場の2人による、火花を散らす対話。  

「ひとごと」ではないイスラム国 飯山陽

ISが米軍撤退のシリアで「復活中」、米当局が報告書(2019年8月7日)

2014年にカリフ制再興を宣言し、イラクとシリアで戦闘を繰り返した結果、広大な領土を支配してイスラム法による統治を行い、日本人二人を含む多くの外国人を処刑し、各国で頻繁にテロを実行することで世界を震撼させた「イスラム国」。2017年に米国主導の有志連合軍などがイラクとシリアの領土を「イスラム国」から「奪還」して以降、日本では「イスラム国」についてほとんど全く報じられなくなりました。しかし残念なことに、「イスラム国」はいまだ健在であり、そのことは当該ニュースで米当局が「復活」という言葉で「イスラム国」の現状を描写していることにも現れています。

「イスラム国」について全く報じないという点において、日本のメディアは極めてガラパゴス的です。なぜ全く報じないかというと、これまで「イスラム国」のテロの全ては日本国外で発生しており、日本人被害者もごくわずかで、日本は対「イスラム国」有志連合に参加してはいるものの戦闘行為は行なっておらず、日本国内では「イスラム国」テロ細胞も確認されておらず、日本人「イスラム国」戦闘員やその家族の帰還問題もほとんどない上に、「イスラム国」によって発生した難民もほとんど受け入れていないからです。要するに「ひとごと」だからです。

翻って中東・アフリカ、欧米、東南アジア諸国などについて考えると、上記全てが「私ごと」です。多くの国が「イスラム国」テロを経験し、それによって自国民を失い、自国軍が「イスラム国」と直接対峙しているところも少なくなく、国内では頻繁に「イスラム国」関係者が拘束されたりテロ未遂事件が発生したりし、元「イスラム国」戦闘員や家族である自国民の受け入れは大きな社会問題となり、難民・移民問題は国を二分するような深刻な政治問題と化しています。一例を挙げると、ユーロポール(欧州刑事警察機構)は2018年に欧州圏内でイスラム過激派組織に属している、あるいは支援しているとして逮捕された人は5万人を超えたと報告しています。

こうして考えると、日本にとって「イスラム国」がいまだに「ひとごと」であるのは、奇跡的であるようにも思われます。しかし日本人が「イスラム国」はもう消滅した、もうあの問題は終わったのだと「勘違い」してしまうと、それこそ「イスラム国」の思う壺です。

イスラム国にとって日本は「敵」

「イスラム国」は『コーラン』第59章2節、「だが神はかれらの予期しなかった方面から襲い、かれらの心に怖気を投げ込み、それでイスラム教徒たちと一緒になって、自らの手でかれらの住まいを破壊した。あなたがた見る目を持つ者よ、訓戒とするがいい」を、好んで引用します。2015年11月に発生したパリ同時多発テロ(130人以上死亡)の犯行声明冒頭で引用されたのも同章句でした。このテロを受けフランスでは全土に非常事態宣言が発令され、オランド大統領(当時)は「フランスは戦争状態にある」と述べ、テロとの戦いを改めて宣言しました。油断している「敵」を思いもかけないかたちで急襲するのは、「イスラム国」の好むやり方です。

「敵」と書きましたが、「イスラム国」にとっては日本という国家、日本人のほとんどが敵です。彼らのイデオロギー、行動の規範は『コーラン』とハディースです。そこにおいて非ムスリムは基本的に殺すべき敵と位置づけられ、キリスト教徒やユダヤ教徒といった「啓典の民」は条件つきでイスラム統治下に生存を認められるものの、私たちのような多神教徒も啓典の民も「被造物の中で最悪の者」(『コーラン』第98章6節)だと明示されています。

「イスラム国」の指導者はアブーバクル・バグダーディーという人物で、彼は全ムスリムの指導者たる「カリフ」を名乗っています。どんなムスリムも彼に忠誠を誓う「バイア」を経ることで、「イスラム国」入りすることができます。しかし「カリフに忠誠を誓う」というのは、独裁者たるカリフの命令に服す、という意味ではありません。カリフには、神の命令の集成であるイスラム法に従って統治を行うことが義務づけられています。ゆえに「カリフに忠誠を誓う」というのは、カリフの指導・統率下にカリフと共にイスラム法に従う、という意味です。イスラム法の主たる法源が『コーラン』とハディースです。

「イスラム国」は2019年に入り、バグダーディーの声明を二回公開しました。9月に公開された最新の声明でバグダーディーは、カリフ制再興宣言から五年を経て「イスラム国」はますます健在であると誇らしく告げ、神は我々を必ず勝利させるとおっしゃったのだからそのために忍耐し戦い続けよう、と呼びかけています。「真の信仰者は必ず勝利する」(『コーラン』第3章139節)、「神の勝利は近い」(『コーラン』第2章214節)など、『コーラン』には勝利を確約した章句が多くあります。『コーラン』の一言一句全てを神の言葉として文字通り信じるムスリムにとっては、イスラム共同体の勝利は「不確かな未来」ではなく「確実な未来」です。

バグダーディーの声明から読み取れること

同声明でバグダーディーは、ふたつの点を強調しています。

ひとつめは、「悔悟を受け入れよ」という点です。「イスラム国」が現在戦っている敵の多くは、「過ちを犯したムスリム」です。私たちからはムスリム同士が戦っているように見えますが、「イスラム国」はカリフ・バグダーディーに忠誠を誓わず不正な世俗国家や別組織に属す敵を、「不信仰者」や「背教者」などとみなしています。こうした敵が、もし過ちを認め悔悟し、カリフに忠誠を誓うのであれば、無下に殺すのではなく仲間に入れろ、というわけです。これは正統なイスラム法の規範でもあります。

実際たとえば、アフガニスタンでは現在も反政府武装勢力タリバンと政府軍が各地で戦闘を続けていますが、タリバンがアメリカと和平交渉を開始したことを「神への反逆」とみなし、「イスラム国」入りするタリバン兵が続出していると伝えられています。タリバンがカタールに事務所をおき、カタールの傀儡と化していることも、「誇り高い」タリバン兵の離反の一因となっているとされます。「イスラム国」は2019年8月には首都カーブルで60人以上が死亡する自爆テロを実行するなど、アフガニスタンでの存在感を日に日に強めています。

内戦終結に近づきつつあるシリアでも、敗走したアルカイダ戦闘員が東南アジアやアフガニスタンで「イスラム国」入りするケースが報告されています。2011年のいわゆる「アラブの春」でカダフィ政権が崩壊して以来混乱が続くリビアでも、敵対していた地元武装勢力やアルカイダが「イスラム国」入りすることで、「イスラム国」は「復活」を果たしています。「悔悟を受け入れよ」というバグダーディーの言葉からは、今の戦いを未来の発展へとつなげようという強い意志がうかがわれます。

ふたつめは、「拘束されている同胞の解放に努めよ」という点です。現在、多くの「イスラム国」戦闘員やその家族が、世界各国の刑務所や収容施設で拘束されています。中でも最も大規模なのが、シリアのホウルというところにある収容施設です。ここには「イスラム国」の女性メンバー約2万人と子供たち約5万人が収容されています。

男性メンバーがよりセキュリティーの厳しい刑務所に収容される一方、女性と子供がホウルの広大なキャンプに収容されたのは、人数が極めて多いということもありますが、基本的には「危険ではない」とみなされていたからです。ところが女性たちは、キャンプ内で支援活動を行う人や報道陣に靴や石を投げつけ「不信仰者め!」「売春婦め!」などと罵ったりするだけでなく、空き缶やナイフで警備員に切りつけるなど、強い攻撃性を露わにしました。またキャンプ内でも「イスラム国」と同様のイスラム法による統治を実行しようとし、それに従わないインドネシア人の妊婦や、ニカーブ着用を拒んだ一四歳の少女が殺害されるといった残虐な事件も発生しています。ホウルの「驚くべき」実情については、中東メディアだけではなく、『ワシントン・ポスト』や『ニューヨーク・タイムズ』といった西側の大手メディアも繰り返し報じています。

こうした実態を踏まえ、現在は「女性メンバーは危険ではない」といった認識は徐々に修正され、彼女たちは男性メンバーと同様に危険であり、また彼女たちによって数多くの子供が育てられていることもまた危険である、といった認識が広まりつつあります。

女性も過激な戦闘員に

2015年に「イスラム国」は、戦闘員が不足している場合は女性も戦闘に参加せよと義務づけるファトワー(イスラム法的見解)を発行し、2017年のモスル攻防戦では13人の女性が自爆攻撃を実行しました。「イスラム国」は全身を黒い布で覆った女性が銃を持ち戦う映像を公開したこともあり、「イスラム国」戦闘員の10人に一人は女性だとする説もあります。有志連合軍副司令官は2019年7月、ホウルで子連れの母親たちが過激な「イスラム国」イデオロギーを新たに醸成していることが、長期的には最大の懸念材料だ、と語りました。

ホウルに収容された外国出身の女性メンバーの中には、15歳の時、自ら「イスラム国」入りしたイギリス出身のシャミーマ・ベガムのように、「私は家事をしていただけ」などと主張し、帰国を求める人も現れました。一部メディアは彼女らを「イスラム国花嫁」と呼び、彼女らは「無実」で「無害」だと主張しました。しかしイギリス当局は彼女の市民権を剥奪し、帰国は認めないという判断を下しました。彼女を帰国させることで生じる治安上のリスクを避けることを、人権的配慮より優先させたからです。ドイツも帰国した「イスラム国花嫁」に禁錮五年の判決を下すなど、イスラム過激派をめぐる問題に関しては、欧米諸国でもいわゆる「政治的正しさ(ポリティカル・コレクトネス)」より治安維持を優先させる判断が下されるケースが増えてきています。

英紙『インディペンデント』は2019年7月、ホウルの女性たちはわかっているだけで少なくとも二つのクラウドファウンディングを立ち上げ、これまでに数千ユーロを集めており、ドイツに協力者もいたことが判明した、と報じました。チャットアプリ「テレグラム」に投稿されたビデオの中で彼女らは、「ホウルの姉妹を解放せよ」「不信仰者の下での生活はつらい」と主張したり、「金はペイパル(PayPal)で送れ。ただしイスラムに関わるキーワードは使うな。それはペイパルで禁じられている」と指示を出したりしていました。

同じく7月には、ホウルで女性たちが手作りの「イスラム国」の黒旗を掲げ、「兄弟たちよ、ジハードの炎に火をつけ私たちをこの監獄から解放してください」と請うビデオもSNSで広まりました。彼女たちはビデオの中で「神の敵」に対し、「お前たちは私たちを腐敗した施設に収容していると思っているだろう。だが私たちは時限爆弾だ。待っているがいい。今に見るだろう」と言っていました。

シリアにおける「イスラム国」最後の拠点バーグーズ陥落を前に、バグダーディーは女性メンバーに対し、敵に投降し敵を内部から切り崩せ、と命じたとも言われています。それが事実ならば、現在の彼女らの「過激な」行動も全て合点がいきます。

「イスラム国花嫁」やその子供たちは「かわいそうな犠牲者」であると想定していた西側メディアは、実際にホウルを取材し、想定とまったく異なる彼女らの実態を目の当たりにすると、まるで自らを納得させるかのように口を揃えて「彼女たちは極めて強く洗脳されているのだ」と説明しました。しかし「洗脳」があろうがなかろうが、彼女らの中に「イスラム国」のイデオロギーを強く信じ、過激行動を続けている人々がいるという事実はなにひとつ変わりません。

今の問題であり、未来の問題でもある

バグダーディーが9月の声明で戦闘員に対し、シリアで拘束され不正を被っている同胞たちを解放せよ、と呼びかけたのは、ある意味では極めて合理的だと言えます。彼にとってホウルにいるのは単なる「女性」や「子供」ではなく、「イスラム国」の未来の担い手です。彼女らが次々と子をなし「正しい」教育を行うことで、次世代の戦闘員が着実に育ち、「イスラム国」の灯火は永遠に途切れることなく続くのです。

もちろん、ホウルの女性たちの中にも色々な考えを持つ人がいることでしょう。しかし誰であれ、他者の心の中を目で見ることはできません。私たちに見えるのは、彼女たちの行動だけです。

ホウル以外の刑務所に収容されている「イスラム国」男性メンバーも大きな懸念材料です。バグダーディー自身も、かつてイラクで米英が管理していた収容所キャンプ・ブッカに収監されていました。アルカイダの現在の指導者アイマン・ザワーヒリーも、かつてエジプトの刑務所に収監されていました。二人とも収監中に過激思想をさらに強め、人脈を築き、釈放後あらためてジハードに身を投じ、それぞれ世界の二大グローバル・ジハード・ネットワークの指導者となりました。刑務所がイスラム過激派思想の温床になっている点は、中東諸国だけでなく、アメリカでも、イギリス、フランス、オランダといったヨーロッパ諸国でも問題となっています。

バグダーディーの声明からは、彼が未来を見据えていることがはっきりと読み取れます。日本にとっては「ひとごと」にすぎない「イスラム国」は、世界の今の問題であり、かつ未来の問題でもあるのです。

追記:2019年10月31日

初代カリフ・バグダーディーは2019年10月に米軍作戦により死亡しました。「イスラム国」もこれを認め、彼の功績を称えた上で、合議において新しいカリフ、アブーイブラヒーム・アルハーシミー・アルクラシーが推挙されたと発表しました。新報道官は『コーラン』第48章10節「あなたに忠誠を誓う者は神に忠誠を誓うものである」を引用し、支持者に新カリフへの忠誠の誓いを呼びかけ、バグダーディーの遺志を継ぎ世界征服実現までジハードを継続せよ、バグダーディー殺害でアメリカを喜ばせるな、と述べました。

なお、バグダーディーの死により本当に世界はより安全になったのか、彼はどのような立場にあり、彼の死はイスラム国や世界にどのような影響を与えうるか、トルコはテロ支援国家なのかといった問題についてはこちらの拙稿で論じました。

https://www.fnn.jp/posts/00048723HDK/201910281830_iiyamaakari_HDK

 

イスラーム国について語ることの不可能性 中田考

今回は、飯山さんの提案で、8月7日付け以下のAFPの記事を承けて、イスラーム国について、書くことにします。

【米国防総省監察官室は6日、米軍が撤退を進めるシリアでイスラム過激派組織「イスラム国(IS)」が「復活」しており、隣国イラクでは攻撃実行能力をすでに強固なものとしていると報告した。】

イスラームについても、ムスリム社会についても知らない者に対して、イスラーム国について語ることは難しい、というより端的に不可能です。もちろん、イスラーム国だけでなく、スンナ派でも、ムスリム同胞団でも、ナクシュバンディー教団でも、フーシー派でも不可能と言えば不可能なのですが、それらとは別の意味でイスラーム国は不可能なのです。本当は「説明不可能」で話を打ち切りたいのですが、連載を引き受けた以上、そうもいかないので、頑張って分からなさが分かるように分かりにくい話をしてみましょう。

そもそも固有名詞ではない

というわけで、いきなり分かりにくい話をしましょう。名前がないと自他ともに不便なのでとりあえず便宜的に「イスラーム国」と呼んでいますが、それはただの名前です。イスラーム国は、2014年6月29日にカリフ制国家として生まれたことになっていますが、その前身は2013年4月に樹立された「イラクとシリアのイスラーム国」であり、「イラクとシリアのイスラーム国」は「二大河の国(イラク)のアルカーイダ」が2006年10月に改称した「イラクのイスラーム国」と2012年にそのフロント組織としてシリアに作られた「シリアのヌスラ戦線」が合併したものです。

私は前身の「シリアのヌスラ(神佑、勝利)戦線」であった時から計5回、イスラーム国を訪問しました。最後の訪問は2014年9月6日で、既に「イスラーム国」と改称した後でしたが、首都とも呼ばれていたラッカの中央庁舎の看板は「イラクとシリアのイスラーム国」のままでした。要するに名前などどうでも良いのです。

そもそもal-Dawlah al-Islāmīyah,、The Islamic Stateは、「イスラーム的国家」、普通名詞であり、固有名詞ではありません。定冠詞がついているのは唯一のイスラーム国家であることを意味しています。それは「イスラーム国」を名乗ったのが、イスラームの唯一の合法政体カリフ制宣言と同時であったことからも明らかです。「イラクのイスラーム国」、「イラクとシリアのイスラーム国」は、自分たちがイスラーム法に則って統治するイスラーム国家ではあるけれど、それぞれイラク、イラクとシリアという地方政権でしかないため、全ムスリムにとってのイスラーム国、カリフ国家とは言い切れない、との彼らの自己理解を示していました。私はカリフ制樹立を目指していることでイスラーム国を支持していますが、全ウンマを統合するカリフ制国家が樹立される前にはイスラーム法に則って統治する地方的イスラーム国家は神学的、法学的に存在しえない、と考えているため、イスラーム国とは国家観が根本的に違っています。

固有名がないことは実はイスラームでは珍しくありません。そもそも「イスラーム」も「ムスリム」も特定の宗教、信徒の固有名ではありません。ムハンマドだけでなく、モーセやイエスなどの全ての預言者の教えもイスラームであり、モーセに従った者たち、イエスの弟子たちもムスリムです。真の神に仕える信者はすべてムスリムなのです。あなたも飯山さんもムスリムかもしれません。

話を戻しましょう。実は、預言者ムハンマドが樹立した国家、というより政体にはいかなる名前もありませんでした。預言者ムハンマドの後継者となった4人の高弟たち正統カリフの時代の政体にも名前はありませんでした。ウマイヤ朝さえ、後の歴史家たちが名付けた王朝名でしかありません。そもそも唯一の合法政体であるカリフ制国家自体には固有名はいらないのです。

実は近世においても、イスラーム国の思想的源流であるワッハーブ派は単に「ムスリム」を自称し、指導者ムハンマド・ブン・サウードをイマーム(カリフ)に戴き、ワッハーブ派の宣教に応えないすべてのムスリムを「ムシュリク(多神教徒)」と呼んでジハードを仕掛けて征服していきましたが、彼らにも彼らの運動体にも固有名詞はありませんでした。しかし、単に「ムスリム」では他のムスリムたちと区別がつかず、不便なので、時代が下ると自称としては「ムワッヒド(一神教徒)」、他称としては「ワッハーブ派」と呼ばれるようになります。ちなみに現在ではワッハーブ派は自称としては「スンナと団結の徒(Ahl al-Sunnah wa al-Jamā‛ah)」(所謂「スンナ派」の正式名称です)と自称していますが、他のスンナ派と区別がつかないので、他称としてはワッハーブ派、その国に「サウディアラビア王国」の名前が使われています。

ムスリム世界はネットワーク社会

法人概念を持たないネットワーク社会であるムスリム世界を理解するには、名前があるからといって、それに対応して我々が考えるような「組織」があると思うのは誤解で判断を誤ることになります。イスラーム国も同じです。イスラーム国の源流はアルカーイダですが、アルカーイダは、サラフィー・ジハード主義者の連合体です。サラフィー・ジハード主義者は、今や民族、国籍を問わず世界中に広まっています。私も傍流であるḤizb al-Taḥrīrに近い立場ですので、サラフィー・ジハード主義者です。もっともḤizb al-Taḥrīrはサラフィー・ジハード主義者の中では最も周辺的な団体ですので、ただでさえ偏狭なサラフィー・ジハード主義者の本流からは異端視されていますし、そのḤiz al-Tarīrでさえ正式なメンバーでない私がサラフィー・ジハード主義者として認知されているかどうかは、疑わしいと言えば疑わしいです。しかし湯川氏の裁判の時に、イスラーム国からイスラーム法廷の通訳として招待されたことから、サラフィー・ジハード主義者の末席に名を連ねている、と言うことはできると私は思っています。

ところでサラフィー・ジハード主義の発祥の地は二つあります。サウディアラビアとエジプトです。サウディアラビアはまだオスマン帝国のカリフが健在だった時代の「古い」サラフィー・ジハード主義ワッハーブ派の国であり、ワッハーブ派を建国の理念として建国されましたが、第三次王国の建国後ジハードによる領土拡大を放棄したので、現在のサウディアラビアは国家としては「修正」ワッハーブ派・サラフィー・ジハード主義の国です。サウディアラビアについては拙著(中田考『サウディアラビアとワッハーブ派』現代政治経済研究社)を参照してください。

もう一つの国エジプトでは、領域国民国家システムがムスリム世界を覆いつくした現代世界に対応するサラフィー・ジハード主義の新しい理論形成が1960年代から行われてきました。1981年にサダトを暗殺し、エジプトにサラフィー・ジハード主義に基づくイスラーム国家を樹立しようとしたジハード団とイスラーム集団がこの「新しい」サラフィー・ジハード主義者の代表格です。現在のアルカーイダの指導者アイマン・ザワーヒリーはジハード団の出身です。

サダト暗殺以降、アラブの強権的な独裁体制の下で、サラフィー・ジハード主義者は過酷な弾圧に晒されます。そのためこれらのグループは、メンバーの一人が捕まり拷問を受けて内部情報を漏らしても全員が一網打尽にならないように、「房状(ウンクーディー)」と呼ばれる互いに連絡のない独立した少人数の細胞がネットワーク状にゆるやかに繋がる秘密組織の構造を取ることになります。イスラーム国もこういったグループの寄せ集めです。

「秘密組織」というと日本人はオウムのような社会から孤立したカルト集団を思い浮かべるかもしれませんが、もともとがネットワーク社会であるアラブのムスリム社会の中では、彼らは決して社会から孤立していません。そもそもクルアーンとハディースの字義直解主義者であるサラフィー・ジハード主義者は、一般のムスリム民衆と基本的に同じ世界観、価値観を有しています。彼らは敬虔で真面目なムスリムとして社会に溶け込み、各個人の持つ地縁、血縁、職業などのネットワークにサラフィー・ジハード主義のネットワークを接合して世界中のムスリム社会全体に広がる広大なネットワークを形成しています。彼らがシリアやイラクに参集し、イスラーム国を樹立したのも、イスラーム国が支配領域を失った後に、どこへともなく消えていったのも、サラフィー・ジハード主義者とムスリム社会のこうしたネットワーク構造の特徴によるものです。

もちろん、現在のように携帯電話やインターネットが発達し匿名の連絡の密度と頻度が圧倒的に高まり、イスラーム国がシリアとイラクで実効支配を確立し秘密を守るためにこのような「房状」構造を取る必要もなくなったため、こうした特徴も変わってもおかしくありません。しかし「イラクとシリアのイスラーム国」は、独自の携帯電話の回線を持っていませんでしたのでほとんどの地域では携帯電話は使えず、インターネットは接続が限られており、しかも欧米の監視下にあり、機微な連絡はできませんので、基本的に彼らの行動パターンは昔と大きく変っていません。

彼らはイラク、シリア、チュニジア、エジプト、サウディアラビア、チェチェン、ロシア、新疆ウイグル地区などからやって来たそれぞれの民族、文化的出自を背負ったばらばらの寄せ集めの集団です。伝統イスラーム学の修行でなく、近代西欧的教育システムの落とし子であるイスラーム国は西欧諸国の児童洗脳教育の真似をして初等中等教育から子供たちに自分たちのイデオロギーを教え込もうとしていましたので、イスラーム国の領土の支配が20年ほど続いていたとしたら、「イスラーム国」の思想や戦略について語ることが意味を持つような等質な集団が出来上がっていたかもしれませんが、残念ながらそれは夢に終わりました。

シリア、イラクに跨ったイスラーム国の支配地内ですらそうだったのですから、アフガニスタン、バングラデシュ、フィリピン(ミンダナオ)、ナイジェリアにあるとされるイスラーム国の州や支部、ましてや欧米などにいるイスラーム国の構成員などを、一纏めに「イスラーム国」と呼ぶことには「百害あって一利なし」です。

「近い敵」と「遠い敵」

そもそもイスラーム国とアルカーイダはもともと同じサラフィー・ジハード主義で、イデオロギー的違いは小さいのですが、一番の違いは、イスラーム国は所謂「近い敵」理論で、ムスリムを自称するシーア派、スーフィー、世俗主義者を主要敵とみなすのに対して、アルカーイダは「遠い敵」、シオニストと十字軍、つまり異教徒、中でも欧米をターゲットにしていることです。そしてサラフィー・ジハード主義の本筋は、背教者は異教徒より悪質であるとのイスラーム学の合意に基づく「近い敵」理論によって、異教徒と戦う前に先ずムスリム世界を正すことです。

ですからイスラーム国は、イスラームにもヒューマニティーにも反する領域国民国家システムから独立した実効支配を実現する空間を確保すると、カリフ国の再興を宣言し、理想のイスラーム国家づくりを始めました。非ムスリムの研究者たちは、イスラーム国のジハードの呼び掛けばかりを取り上げましたが、イスラーム国のムスリムたちに対する第一のメッセージはヒジュラ(移住)であり、移住が可能なすべてのムスリムにイスラーム国への移住を呼びかけました。私もイスラーム国に先に移住したジハード団の友人たちから何度も早く移住するようにと誘われました。私がイスラーム国に足を運んだのも、移住する前提で、イスラーム国が移住すべきカリフ国の実体を備えているかどうかを調査、研究するためでした。まぁ、御存知の通り残念ながらその希望は叶わなかったわけですが。

イスラーム地域研究の本来の役割は、こうしたイスラーム国の特徴を正しく理解し、ヒジュラの呼び掛けと、いかなる国造りを目指しているのかを客観的に分析することでしたが、実際には、グローバル・ジハードなどという愚にもつかない概念を使ってイスラーム国の危険を言い立て、イスラーム国に軍事侵攻をした欧米諸国の政策決定者たちの片棒を担ぐことに終始したのは、まぁ、予想通りだったとはいえ、残念なことでした。

ジハードの「危険」を論ずるイスラーム地域研究が無意味であるだけでなく有害なのは、まず「危険」という概念自体の欺瞞性です。読者の皆さんも多分初めて聞く話だと思うので丁寧に説明しましょう。そもそも「危険」というのは、現時点では「存在しない」、ということです。イスラーム国のメンバーが欧米でテロを起こす「危険がある」と、いうことは現実には「テロを起こしていない」、ということです。一方でイスラエルのパレスチナ占領を別にしても、欧米は、ムスリムの土地イラク、アフガニスタンで欧米の唱道する人権を蹂躙する腐敗した現地の傀儡政権を財政的、軍事的に支援し、ムスリム住民の殺害に間接的に加担しているだけでなく、正規軍を駐留させてサラフィー・ジハード主義者を殺害殺していることは、「存在しない」「空想上」の危険ではなく、「存在する」「現実」です。イラクもアフガニスタンも欧米が正規軍を送って現地のムスリムを殺害し占領して傀儡政権を作った国ですが、どちらも破綻国家化し、傀儡政権の軍隊と駐留軍によってサラフィー・ジハード主義者だけでなく一般市民も「巻き添え」で日常的に殺害されていますが、それらは日本ではほとんどメディアも報じず研究もありません。

イスラーム地域研究がなすべきことは空想上の危険についての妄想を語ることではなく、まず現実に起きている事態を客観的に伝えることでしょう。イスラーム国の「テロ」は現実に起こっているではないか、と言われるかもしれませんが、全く違います。アメリカを筆頭とする欧米諸国によるムスリム諸国への侵略とムスリムの殺害行動は、関わった人間の個人的な事情や心理とは無関係に、国家の安全保障戦略の一部として公式に立案され、予算をつけられた総合的な戦略から個別の作戦までのプロセスが、大統領から防衛省、現場までの指揮命令系統を文書で辿って確認し整合的に理解、分析する対象となりうる「事実」です。

一方、イスラーム国が行ったとされる「テロ」には、「テロ」を行ったとされる個人、あるいはグループがそれぞれの事情と思惑にそって行ったものであり、イスラーム国の中枢からの指揮命令系統と具体的な命令が明らかにされたものでありません。そのようなものはイスラーム国のメンバーの個人的行動に過ぎず、「イスラーム国の行動」とは呼べません。

それらの「テロ」事件を「欧米人は異教徒の敵だから殺せ」とイスラーム国が呼び掛けているから、というだけで「イスラーム国が行った『テロ』」だ、と論じても何も言ったことになりません。その「実行犯」が「欧米人は異教徒の敵だから殺せ」とイスラーム国に命じられたからその「テロ」を行ったとするなら、欧米だけでも何千、何万人といるイスラーム国のメンバー、あるいは支持者が、なぜ同じ命令を受けながら同じようなテロを起こさなかったのか、の説明ができないばかりでなく、同じその「実行犯」でさえ、なぜその時にそこで「テロ」を起こしたかさえ説明できません。

もし「実行犯」が「異教徒を殺せ」という命令に従ったのであれば、その命令を受け取った後で最初に道で出会った異教徒から手当たり次第に全員を殺さなければならないはずです。ところが欧米在住であれば、それから「テロ」を実行するまでに、何千、何万人もの異教徒に出会っているはずですが、なぜそれらの異教徒は殺さなかったのか、が説明できません。イスラーム国のメンバーの殆どが、出会った殆どの異教徒を殺していない以上、「イスラーム国が異教徒を殺せと命じたから『テロ』を起こした」との説明が意味をなさないことが理解できたかと思います。また「テロ」対策としても実用的観点からも、「イスラーム国は『異教徒を殺せ』と言っているからテロを犯す危険がある」と言うのは、「クルアーンに『多神教徒は見つけ次第殺せ』(9章5節)と書いてあるからムスリムはテロを犯す危険がある」と言うのと同じで無意味です。

ニヒリズムの帰結としてのテロ

近代的な意味でのヨーロッパ語の「テロ」の用法は、フランス革命のロベスピエールの恐怖(テロール)政治に始まり、「テロ」とは元来国家による反体制派の粛清、弾圧を指すものでした。暗殺などが「テロ」と呼ばれるのは、ロシアでのニヒリスト(虚無主義者)たちによるロシア皇帝アレキサンドル2世やセルゲイ大公の暗殺などに始まります。ドストエフスキーの小説『カラマーゾフの兄弟』のイワンの有名な言葉「神がいなければ全てが許される」はこのロシアのニヒリズムをテーマにしたものであり、『罪と罰』の無神論者ラスコーリニコフは、「選ばれた優れた人間は善悪を自らで決めることができ、時には人を殺すことも許される」と考え、強欲な金貸しの老婆を殺し金を奪います。

20世紀、21世紀をニヒリズムの世紀であると予言したのはニーチェでしたが、現代の日本においてもニーチェの予言が成就し、ニヒリズムが蔓延しつつあるように見えます。1995年の8人が死亡した地下鉄サリン事件を始めとするオウム真理教が引き起こした多くの殺人事件、児童8人が死亡した2001年の池田小学校殺人事件、7人が死亡した2008年の秋葉原通り魔殺人事件、19人が殺された2016年の相模原の障害者施設殺人事件などは、私の目には人間に聖法を授ける一なる創造神を否定する無神論、自己神格化に行きつく多神教の必然的帰結に思えます。

私から見れば、「全てが許されている」として自己神格化に行きつく無神論、多神教が殺人、強盗、「テロ」に帰結するのは当然と思えますが、読者の大半は、「殺人やテロを許容する無神論者や多神教徒はいつでも殺人や『テロ』を犯す可能性がある危険分子である」、と言われても、承服できないでしょう。実際に周りの誰もそんなことはしていないのですから。

いくら「『テロ』を犯す可能性がある」と言われてもリアリティーを感じないのは当然です。日本における「イスラーム国が危険だ」といった類の言説は、ムスリム世界、あるいはセム的一神教の世界で、「無神論者や多神教徒は何をするかわからないから危険だ」と言われるのと同じです。理論的には、無神論や多神教はすべてを許容するので、確かに「何をするかわからない」「『テロ』を犯す可能性がある」と言うことは、間違ってはいません。実際に何件かは「テロ」を起こしてもいますからなおさらです。しかし日本人であれば、そうであっても無神論者であれ多神教徒であれ、絶対多数は普通は殺人もテロも起こさず平穏に一生を終えることを知っていますから、そういう言説が世間的に通用せず、ミスリーディングでしかないことは自明なので、そういう言い方はしません。だから私も普段はこういうことは言いません。たとえ心の中ではそう思っていても、です。

何を考えているか分からない相手とも共存はできる

私も仏教と神道の家に生まれたごく一般的な生まれながらの日本人なので、一般の日本人に対して、「神を信じてもいないのにどうしてこの人たちはいろいろな決まり事や慣習を守っているのか」、「なぜ強盗も殺人も犯さないのか」、不思議ではありますが、何を考えているのかは分からなくとも、日本人たちが実際に規則を守り法を破らず生きていることは経験上知っているので、どう付き合えばいいのかは分かります。特に怖いとも思いませんし、危険だ、と警戒して暮らしているわけでもありません。人間だけでなく、犬でも猫でも同じです。犬は咬み、猫は引っ掻くものですが、長年一緒に暮らしていれば、こちらが理不尽に蹴ったり叩いたりしない限り、いきなり噛みついたり、引っ掻いたりしてこないことは分かります。犬や猫が何を考えているのかは分からなくとも、仲良く暮らしていくことができます。そんなものです。

クルアーンに「多神教徒は見つけ次第殺せ」と書いてあるからといって、「ムスリムは危険だ」、「イスラーム国は危険だ」と言うのがばかばかしいことは、ムスリム社会の住人たちであれば事実として知っています。それは「無神論者や多神教徒は従うべき聖法がないから危険だ」と言うのが的外れなのを日本人が事実としている知っているのと同じです。

特に日本国内においてはこれまで「イスラーム過激派」による被害はゼロですし、今後も東京五輪などで仮に起きるとしてもせいぜい年間数件でしょう。国外にまで視野を広げても、1997年のエジプト・ルクソール観光客襲撃事件で10名が亡くなった事件、24名の死者を出した2001年の9・11アメリカ同時多発攻撃事件、10名が殺された2013年のアルジェリア人質事件、2015年にイスラーム国に潜入して捕らえられた2人が処刑された事件、7名が犠牲になった2016年のバングラデシュ・ダッカのレストラン襲撃事件と、過去20年あまりで「イスラーム・テロ」による日本人の犠牲者の総数は50人ほどです。その間に2万人以上が亡くなっている地震は言うに及ばず、数百人が亡くなっている台風や、毎年ほぼ十数人の被害が出る落雷にも遥かに及びません。落雷の危険を真剣に訴えない人が、「イスラーム・テロ」の危険を叫ぶのは滑稽でしかありません。統計学や確率論を勉強しましょう、という以前の話です。

問題設定そのものの誤り

しかし、クルアーンに「多神教徒は見つけ次第殺せ」と書いてあるからムスリムは、あるいはジハード主義者は「テロ」を起こす、という「説明」がナンセンスだからといって、欧米によるイスラーム世界への侵略、搾取、イスラーム・フォビアなどで「イスラーム・テロ」の発生を説明するのもやはり間違いです。そのようなことがあっても一般のムスリムは言うまでもなくジハード主義者でさえ絶対多数は「テロ」に走らず何事もなく過ごしているこことが「説明」できないからです。「多神教徒は見つけ次第殺せ」とクルアーンが教えているからテロが起きる、という「説明」がダメなのと同じです。実はダメなのは、いろいろな「説明」の内容ではなく、イスラーム国やサラフィー・ジハード主義者の行動を「テロ事件」、「治安問題」として論ずる問題設定そのものです。

それぞれ異なるさまざまな極めて私的な事情によってなされるにもかかわらず、さまざまな社会で統計的に毎年ほぼ一定の率で起きることから、自殺という一見すると個人的な現象の背景に、個人の事情、意識には還元できない「社会」があることを明らかにしたのが社会学の祖の一人デュルケムの『自殺論』です。個人の環境、動機、思想に還元しミクロな「治安問題」「テロ犯罪」に矮小化するアプローチでは、イスラーム国、サラフィー・ジハード主義者の個々人の行動を予想することができないだけではなく、そのマクロな原因を知ることも、その行動の意義を理解することもできません。

もちろん、警察の公安部の人間は、「治安問題」「テロ事件」として扱うしかありません。仕事ですからね。ご苦労なことです。所謂「イスラーム過激派」の内通者(たくさんいます)を抱えている「外国」からブラックリストと情報をもらい、国内での捜査権を有し武器や資金や人の流れにアクセスできる警察ならば、少しはそういうアプローチも成果があがるかもしれません。まぁ、ほんの少しですが。しかしそうではない研究者、ジャーナリストには、具体的にいつどこで「テロ」が起きるかを予想し防ぐ「役に立つ」成果をあげることはできません。ましてや「一般人」には何の役にも立ちません。「テロ」の被害にあう――まぁ、「普通」に生活している限り、まず遭遇しませんが――のを防ぐこともできませんし、教養を深めることも、自らの知性の地平を広げることもできません。ただもともとろくに知りもしなかったイスラームに対する偏見が強化されるだけです。

「イスラーム・テロ」に会いたくないなら、私のように家に籠っているのがベストです。しかし働いていてそうもできないなら、「イスラーム過激派」についての本など読んでも仕方ありません。たまたまムスリムと接触する機会があったなら、酔って絡んで無理やり酒や豚を口にさせようとしたり、女性のスカーフを脱がそうとしたりしないように気を付けさえすれば十分です。中学校の倫理社会で習う程度のイスラームの知識さえ身につけておけば、後は「人間として」普通の良識があれば良い、それだけのことです。

カリフ制を宣言したことの意味

ではイスラーム国のことなど考えなくてよいのでしょうか。そうではありません。確かに「治安問題」として「テロ組織」イスラーム国のことを偏った情報のみに基づいて考えるのは無意味です。そうではなく、考えるべきは、イスラーム国が目指したカリフ制の理想です。第一便でも書いた通り、15億人とも言われる自称他称のムスリムの殆どはムスリムの名に値しない屑ばかりです。中でもカリフ制の再興を真剣に目指して生きているムスリムなど、1万人に一人いるかいないでしょう。その中でも「ヒューマニティーと法の支配」というカリフ制の基本を理解している者は1万人に一人いるでしょうか。ましてやカリフ制の真義を理解している者など一人もいないかもしれません。もちろん、私もそうです。

しかし、にもかかわらず、イスラーム国がカリフ制を宣言したことで、危機感を強めたシーア派の活動が活発化すると同時に、漸進的なカリフ制再興を目指していたムスリム同胞団とトルコのナクシュバンディー教団のカリフ制再興の動きが加速化する一方で、サウディアラビアとエジプトを筆頭にカリフ制再興を阻止しようとするスンナ派諸国がイスラーム国への敵対を強めて自壊しスンナ派アラブ世界の政治秩序は溶解しつつあるのは厳然たる事実です。またイスラーム国の「ヒューマニティーと法の支配」の理想を暴力的に圧殺した西欧は、彼らが生み出した「ムスリム難民」のEUへの流入によって、自由、平等、人権、民主主義の擁護者の偽善の仮面をはがされ、排外主義の極右が台頭しつつあります。西欧に先んじて、イスラーム国の前身であるアルカーイダとの戦いの中で「テロとの戦いの名の下」に自国民の自由を制限し警察国家化を進め、自由、平等、人権、民主主義の建前を腐食させていったアメリカは、イスラーム国を悪魔化し続けることでその鏡像となり、遂にリベラルの理想を嘲笑うトランプ大統領が誕生しました。また新疆ウイグル自治区から中央アジアを介してトルコに広がるチュルク・スンナ派ベルトのイスラームに基づく団結、カリフ制再興を阻止することを隠れたアジェンダとして結成された上海条約機構は、イスラーム国のカリフ制再興を契機に、帝国として復活したロシア、中国を中心にインドやイラン、トルコもオブザーバーとして加わり、アメリカを中心として世界のヘゲモニーを握ってきた「西側先進国のクラブ」としてのG7に代わって、文明の再興と帝国の復活の時代における新たな世界秩序の調整弁になろうとしています。

まぁ、こうした話は読者の皆様にはきっと何を言っているのかさっぱり分からないと思いますが、もう既に与えられた字数を大幅にまた超えてしまったので、連載が続くようなら説明はインシャーアッラーまたおいおいしていく、ということで、今回はこのくらいにしておきましょう。

イスラーム国については、本稿をここまで読んでもらえば、取りあえず、冒頭で申し上げた「分からなさ」はよく分ってもらえたと思います。それでは不満だ、少しは分かりたい、と思う人は、拙著(中田考『イスラーム国訪問記』政治経済研究社)をAmazonで買って読んでみてください。紀行文なので分からないことでも読み易くは書いてありますので。もちろん、私の見たイスラーム国は、しょせんは「私が見たイスラーム国」でしかありませんが、イスラーム国を悪魔化して描くことでベストセラーになることが見込まれたり、イスラーム国をテロ組織として描かないとテロリストの仲間として犯罪者にされかねない国々で出版された書物や、イスラーム国を残虐非道と非難することで支援金や難民のステータスを得られたりする人たちの証言を鵜呑みにした報道などよりは、拙著の方が「客観的」、「中立的」であり、イスラーム国の日常のリアルを切り取ったものだとは言い切れます。珍しいカラー写真も満載なので是非読んでみてください。

追記:2019年11月2日

これを書き終えた後、2019年10月26日イスラーム国の指導者アブー・バクル・バグダーディーがアメリカ軍によって殺害されたとの報道が世界を駆け巡りました。ISは直ちにバグダーディーの死を確認し、彼の後継者としてアブー・イブラ―ヒーム・クラシ―が新しいカリフに就任したと発表、報復を呼びかけしました。報道によると生前のバグダーディーは電子機器を使わず、身近には側近しかおかず、連絡は人づてにおこなっていました。本文で書いた通り、ISにはもともとしっかりした指揮命令系統は存在せず、特にモスルとラッカの陥落後はそうでした。カリフ・バグダーディーの地位は名目的なものであり、細かい作戦行動の具体的な指揮をとってはいなかったでしょう。

バグダーディーが死んでも何も変わりません。報復を呼びかけたといっても、もともと欧米とも、ムスリム諸国とも戦っていたのですから何も変わりません。またバグダーディーの死の報告に際しても、新しいカリフを選出するイスラーム法上の義務に応えたのがISだった、という点でも何も変わりません。そして変わらない、ということで、イスラーム世界は目覚めてカリフの下にまとまるまでこれからもますます混迷を深めていくことでしょう。

 

中田考(なかた・こう)
1960年生まれ。イスラーム法学者。灘中学校、灘高等学校卒業。早稲田大学政治経済学部中退。東京大学文学部卒業。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。カイロ大学大学院文学部哲学科博士課程修了(Ph.D)。1983年にイスラーム入信、ムスリム名ハサン。現職は同志社大学一神教学際研究センター客員フェロー。『イスラーム国訪問記』『みんなちがって、みんなダメ』『カリフ制再興 ―― 未完のプロジェクト、その歴史・理念・未来』など著作多数。最新刊『13歳からの世界征服』(百万年書房)。

飯山陽(いいやま・あかり)
1976年生まれ。イスラーム思想研究者。アラビア語通訳。上智大学アジア文化研究所客員所員。上智大学文学部史学科卒。東京大学大学院人文社会系研究科アジア文化研究専攻イスラム学専門分野単位取得退学。博士(東京大学)。現在はメディア向けに中東情勢やイスラムに関係する世界情勢のモニタリング、リサーチなどを請け負いつつ、調査・研究を続けている。著書に『イスラム教の論理』。