いつも心に陰謀論 Jアノンの甘美なパラレルワールド

燃えるリプ欄、ざわつくトレンド、闇鍋を煮詰めたタイムライン……。「いいね!」じゃなくて「どうでもいいね!」こそが、窒息寸前社会を救う? サブカルチャーを追い続けてきたジャーナリストによるネット時評。

ジョー・バイデン氏がアメリカ合衆国の第46代大統領に就任した。その裏で、ドナルド・トランプ氏に関する「怪情報」がネット上を駆け巡っていたことをご存知だろうか。

「ジョー、俺が勝ったの知ってるだろ?」

トランプ氏がバイデン氏にそんな手紙を残していたとする投稿が、トランプ氏の署名入りの手紙画像とともにブログやTwitterで拡散されたのだ。

退任する大統領が、後任に宛てて大統領執務室の机に手紙を残すのは米国の伝統だ。トランプ氏が手紙を残したこと自体は事実だが、バイデン氏は「非常に寛大な手紙」と話すのみで、詳細な内容は明かしていなかった。

トランプ氏は「不正選挙」を訴え続け、報道各社がバイデン氏の当選確実を伝えるなかでも、米大統領選のもうひとつの伝統である「敗北宣言」を頑なに拒んできた。

トランプ支持者による連邦議会の議事堂乱入事件の発生後、1月8日になってようやく「新政権が1月20日に発足する」とTwitter動画で発表。「事実上の敗北宣言」と報じられたものの、明確にバイデン氏の勝利を認めるような言葉はなかった。

界的ニュース?

もし、トランプ氏が手紙でなおも「俺が勝った」などと息巻いていたとすれば、世界的な大ニュースだ。だが、残念ながらこの手紙が本物だという根拠はない

米ファクトチェックサイトの「ポリティファクト」は、拡散された手紙画像の印章が過去にトランプ氏が送った手紙と違うと指摘。日付の記載方法などの書式も異なっているとして、「誤り」と判定した。

考えてみれば、これだけニュースバリューのある「手紙」の内容が主要メディアで一切報じられず、ネットにだけ出回っているというのもおかしな話である。

CNNによれば、バイデン氏は「私的な内容だったため、トランプ氏と話すまで内容は公表しない」と述べ、トランプ氏側近は「米国の成功と新政権が国のために尽力することを祈念する内容」と語ったという。勝利を誇示するような「手紙」とはてんで正反対だ。

QアノンとJアノン

情報を拡散したのは、主に「Qアノン」の人々だとされている。

Qアノンはネット上の陰謀論。政財界の大物や大手メディア、ハリウッドセレブらの「ディープステート」(影の政府)が米国を牛耳り、小児性愛者による国際的な児童売春組織を運営している。救世主であるトランプ氏が、彼らと秘密裏に闘っている――といった荒唐無稽な内容だ。

「Q」を名乗る匿名(アノニマス)の人物が、2017年に掲示板「4chan」に書き込んだ投稿が発端となって広がり、信奉者は100万人に達するとの見方もある。議事堂乱入事件でも、多数のQアノンの参加が確認されている。

ワシントン・ポストとABCニュースの世論調査に対し、米国民の32%、共和党支持層の7割がバイデン氏を「正当な勝者ではない」と答えているぐらいだから、Qアノンを信じる人が100万人いたとしても不思議はない。むしろ控え目な試算かもしれない。

この問題は決して対岸の火事ではない。日本版Qアノンとも言える「Jアノン」がじわじわと存在感を増しているからだ。Jアノンの人たちはトランプ氏を「おやびん」と慕い、「最後は不正選挙が覆され、おやびんが勝つ」と固く信じている。

実際、日本でも冒頭の「トランプ氏の手紙」に関するツイートが6000回以上リツイートされ、2万を超える「いいね」を集めている。

裂した守派

読売新聞がJX通信社の協力で分析したところによれば、昨年11月4日からの1週間に米大統領選に絡んで2000回以上リツイートされた日本語の投稿のうち、「選挙は不正」とするものが68%を占めた。合計リツイート数は50万回にも達したという。

「不正選挙」をめぐるスタンスの違いは、日本の保守派の内部にも分断を生じさせている。

「この選挙結果を認めてしまうと、アメリカの民主主義が終わるわけ。完全に」

「(アジアの)某国にとっては、バイデン大統領になれば非常に嬉しいし、トランプ大統領が再選することは非常に厄介なこと。何としてもこれを潰したいということで、大統領の選挙に不正を行なったと言われているね」

「アメリカという国は、某国の傀儡国になるかもしれない」

かねて「トランプが負けたら、小説家は引退する」と宣言していた作家の百田尚樹氏は、自身のYouTubeチャンネルでこうぶち上げた。百田氏や門田隆将氏が「不正選挙」を訴える一方、弁護士のケント・ギルバート氏、YouTuberのKAZUYA氏、経済評論家の上念司氏らは、バイデン氏の勝利を認めている。

後者のようにバイデン氏の勝利を事実として受け入れる立場を、「認識派」と呼ぶらしい。

認識派が一堂に会したYouTube動画で、ケント氏は「私はトランプに投票しました」と表明。個別の不正行為と組織的な不正選挙は別物だとしたうえで、「(一部に)不正はあったけれども、不正選挙ではないということをぜひ理解してもらいたい」と呼びかけた。

識派」に

しかし、こと保守派内部での人気の面だけでいうと、「認識派」には逆風が吹き付けている。

分析計測ツール「NoxInfluencer」(※1)を使って、大統領選のあった昨年11月から今年1月下旬までの保守系YouTuberの登録者数の推移を比較してみると、面白いようにくっきりと明暗が分かれた。

「不正選挙派」の百田氏が登録者を7.45万人から11.6万人へと急増させているのに対し、「認識派」のケント氏は14.8万人から14.4万人と漸減傾向、KAZUYA氏は74.3万人から71.3万人、上念氏も37万人から34.8万人と大きく減少していたのだ。

KAZUYA氏は《バイデン氏、正式に大統領就任~今回の大統領選挙は僕の価値観を変えた》と題する動画で「この2ヶ月ほどでチャンネル登録者もかなり減りましたし、再生回数も落ちていますし、散々ですよ」と吐露。大統領選後の2ヶ月をこう振り返った。

「陰謀論を2ヶ月間、焚き付けていた人たちって、本当に罪深いと思いますよ」

「トランプ再選って言っといた方が再生数伸びるとか、儲かると思ったのかわかりませんけど、めっちゃ偏ってましたよね」

怪な行世界

「見たいものを見る」という人間の習性は洋の東西を問わない。米大統領選はさながら陰謀論の見本市と化し、日本国内でもJアノンによる偽情報が乱れ飛んだ。

「トランプ大統領が戒厳令を発令し、『世界緊急放送』が流れる」

「ナンシー・ペロシ下院議長やローマ教皇らが大量逮捕される」

「オバマ氏やバイデン氏、カマラ・ハリス氏らが逮捕された」

「ドイツで米特殊部隊とCIAが銃撃戦」

「米国の国境周辺に中国の人民解放軍25万人が待機している」

「『アメリカ共和国』が成立し、初代大統領にトランプ氏が就任」

「緊急放送後、すべての日本人に1人6億円が入金される」

いちいち訂正する気も失せるほど、盛大なホラ話のオンパレードだ(最後のだけは、ぜひ真実であってほしいが)。この世界には、数えきれないほどのパラレルワールドが存在する。

ランプざまぁ!」が

たらすもの

では、こうした陰謀論とどう向き合うべきなのか。嘲笑し、馬鹿にすることは簡単だが、本質的な解決にならないどころか、かえって事態を悪化させる可能性が高い。

2016年の大統領選で、民主党のヒラリー・クリントン氏は、トランプ支持者の半数が「嘆かわしい人たち」だと発言して批判を浴び、謝罪を余儀なくされた。「嘆かわしい」と蔑まれた人々は怒りで結束を固め、どぶ板選挙でラストベルトの労働者らの声なき声をすくいあげたトランプ氏が選挙戦を制した。

トランプ支持者の議事堂乱入事件を受け、Twitter社は「さらなる暴力行為を煽動するおそれがある」として、トランプ氏のアカウントを永久凍結した。さらに、AppleとGoogleがトランプ支持者御用達の保守系SNS「Parler」をアプリストアから削除。Parlerにサーバーを提供していたAmazonも、サービスを強制停止した。

「トランプざまぁ!」「これで平和になる」とIT大手の禁止措置を喜んでいる人もいるが、問題はそう単純でもない。「見えなくなる」ことと「いなくなる」ことは同義ではないからだ。バイデン氏が大統領に就任しても、「正当な勝者ではない」と考える32%は決していなくなることはないし、分断が跡形もなく消え去ることはあり得ない。

安住の地を失ったトランプ支持者らが地下に潜って、主張をより先鋭化させていく危険性もある。SNSを「デマ拡散装置」と捉えるか、「デマ発見器」と捉えるか。後者の視点で考えるなら、コミュニティが不可視化されることで、ファクトチェックの目が届きづらくなる懸念も念頭に置いておかなければならないだろう。

ケットにMMR

「自分たちは真実を知っていて、愚かな人々を教え導いてあげている」

陰謀論を否定する側が、陰謀論者の写し鏡のような傲慢の罠に陥った時、そこに新たな陰謀論の萌芽が生まれる。「自分は絶対、騙されない」は容易に「あいつらは騙されている!」に反転し得る。

点と点を線で結ぶ快楽。「あちら側」への怒りや不安を駆り立てる、謎に満ちたメッセージ。複雑な世界のことわりを、一発で「わかった」気になれる真理――。陰謀論には抗いがたい甘美な魅力がある。

だからこそ、「いつも心に陰謀論を」と言いたい。陰謀論で胸いっぱい、頭いっぱいになってしまうのは危ない。でも、手のひらサイズぐらいに小さく飼い慣らすことができたなら、将来タチの悪い陰謀論に感染しづらくするための「免疫」になるかもしれない。

大人になってから陰謀論にハマると厄介だ。自分も、巻き込まれる周囲も大きな影響を受ける。「な、なんだってー!」と言われてしまうかもしれないが、中学生の読書感想文の課題図書を『MMR マガジンミステリー調査班』(※2)にしたら、日本人の陰謀リテラシーも飛躍的に向上するのではないだろうか。

……と、かつて宇宙人やオーパーツに胸ときめかせ、ノストラダムスの大予言にハラハラしたMMR大好きっ子としては提案したいのである。

 


※1 NoxInfluencer:YouTubeの閲覧数やチャンネル登録者数などを解析できるウェブサービス。「あいこ」さんの《トランプの敗北という現実に直面したビジウヨ界は、ネトウヨの願望に応えようとする「勝ち組」と、さすがにQはヤバいでしょと立ち止まる「負け組」に分裂した》とするツイートが話題になっていたため、同ツールで詳細に検証した。
※2 『MMR マガジンミステリー調査班』:1990年~1999年にかけて「週刊少年マガジン」に不定期連載された石垣ゆうき氏作の漫画作品。マガジン編集部員をモデルとした主人公たちが、UFOなどの超常現象や陰謀論、「ノストラダムスの大予言」の謎を検証。迫りくる人類滅亡の危機を警告する。

1983年、埼玉県生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、2005年に朝日新聞社入社。文化くらし報道部やデジタル編集部で記者をつとめ、2015年にダンス営業規制問題を追った『ルポ風営法改正 踊れる国のつくりかた』(河出書房新社)を上梓。2017年にオンラインメディアへ。関心領域はサブカルチャー、ネット関連、映画など。取材活動のかたわら、ABEMA「ABEMAヒルズ」やTOKYO FM 「ONE MORNING」 、NHKラジオ「三宅民夫のマイあさ!」にコメンテーターとして出演中。