モヤモヤの日々

第52回 高級なドライヤー

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

先週公開した愛犬ニコルを洗った日の回を読んでいたら、またモヤモヤを思い出してしまった。我が家には高級なドライヤーがあることである。そのドライヤーでニコルを乾かしたのだ。

誕生日にささやかなプレゼントを贈り合う風習が、一応、僕たち夫婦にはあるのだが、お互い好みが違うのだからと、相手になにがほしいか聞くことになっている。しかし、ふたりとも優柔不断なので、これがなかなか決まらない。そんなこんなで2年間経ってしまった時期があった。計4つ、クリスマスも数に入れるなら6つのプレゼント案が宙に浮いてしまっている。さすがにそろそろ精算したほうがいいだろうと、僕たち夫婦は話し合い、ふたりで使えるものを1つ買うことに決めた。

ここまで粘ったんだから妥協はしたくない。どうせならすべて合算して、納得いくいいものを買おう。そう意気込んで悩むこと実に3か月、妻の案として浮上したのが高級なドライヤーである。なるほど、たしかに僕も髪の毛が気になり出したところである。毎日使う製品なのもなおよい。よしそれにしよう。そして、友人の美容師に聞くなどさらにいろいろ調べ、ふたりが納得して選んだドライヤーは、なんと57200円だった。一度決めたら止まらない僕も、さすがに躊躇する値段だった。

でも、よくよく考えてみよう。仮にスルーしたプレゼントが6回分だと計算するなら、ひとつあたり9000円で5万4000円。あとの3200円でドライヤーを買うのだと思えば、むしろ慎ましくすら感じてくるから不思議だ。結婚記念日だって、なにもプレゼントがなかったから、8つ分のプレゼントが保留になっていると思えば、ひとつあたり約7000円である。それに愛犬ニコル、今となっては赤子もいるではないか。そう計算すると、とても費用対効果のいい買い物である気がしてきた。僕と妻は、普段は倹約してここぞという時にお金を使う「一点豪華主義」の思想が共通している。

それで、実際に効果はあった。と思う。いや確実に髪のまとまりがよくなった気がする。だが、このレベルの製品までいくと、ドカーンとすぐに効果が出るというよりは、ずっとこつこつ続けることによって、徐々にだが着実に効果が実感されるものなのだ。だからいけないと言っているわけではなく、ドカーンという感じではなかったなと思ってしまっただけである。着実に効果が出ているなら失礼な限りだが、貧乏性の僕としては、ドカーンとした値段の割には、ドカーンという感じではなかったと思ってしまったのだ。しかし、そのことが、ドカーンとしていないことがむしろ、高級なドライヤーの信頼度を僕の中で高めている。

 

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宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid