モヤモヤの日々

第62回 角さんの分類

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

僕の仕事部屋は、窓際のスペースや床に大量の本を積んでいるため、探し物があるたびに本が散らかって、足の踏み場がない状態になる。長らく片付けができていなかったが、一昨日の深夜、突然、やる気が舞い降りてきて徹夜で作業したことを昨日のこの連載で書いた。

さて、いろいろ悩んだ末、カラーボックスを注文し、そこに本を細かく分類して収納する手法を思いついたのだが、実際にやってみると「分類作業」による効能のようなものが得られるようになった。たとえば、中公新書の『オスカー・ワイルド――「犯罪者」にして芸術家』(宮崎かすみ)は、さまざまな分類ができそうだ。しかし、今は小川公代さんが『群像』2021年3月号まで連載した「ケアの倫理とエンパワメント」に紐づいて興味を持っているので、「ケアの倫理」のカテゴリに入れた。ヴァージニア・ウルフの著作も、同様の理由で「ケアの倫理」のカテゴリに入る。キリスト教についての本は、西洋史とあわせて参照することが多いので、「キリスト教・西洋史」と分類しておくと、あとで本を探すときに見つけやすい。

そんな感じで著者名やジャンルだけではなく、自分自身の興味関心と照らし合わせて分類すると、自分の思考の流れみたいなものが薄らと輪郭を帯びてくる。ところが、さまざまなジャンルの蔵書の中でも、どうしても納得いく分類ができない本があった。田中角栄についての本である。僕は、旅行先のコンビニで「田中角栄伝」のようなコミックスや、古本屋で「田中角栄伝説」のような本を見つけると、ついつい買ってしまう癖がある。毀誉褒貶が激しい人物だが、「庶民宰相」「今太閤」と呼ばれた角さんの伝説的なエピソードは面白い。

そんな「角さん本」が、我が家には5冊ある。どうしたものか。「政治」「日本史」のカテゴリはあるが、どちらも蔵書がそこそこあり、角さん5冊を受け入れる余裕はなさそうだ。こうなったら漫画の本棚に入れようかとも考えた。しかし、我が仕事部屋では、漫画の本棚だけがお洒落さを保っているため、いきなり角さんの本や漫画があるのはどうも違和感がある。いっそのこと「角さん」という分類を作ろうかと思ったものの、5冊のためにカラーボックスを新たに使うのはもったいな気がした。悩んだ僕は半ばやけっぱちで、新しいカラーボックスに「昭和の日本」と分類名を書き、角さんの本をそこに収納することにした。

すると、不思議なことがおきた。「批評、評論、思想、現代社会」などと、ざっくり分類していた本の中から、「昭和の日本」にバッチリ当てはまる本がたくさん出てきたのだ。あの本も、この本も、もはや古典扱いされているあの名著も、角さんの上にどんどん積み上がっていく。かくして、角さん本から始まった「昭和の日本」は一大勢力に成長していったのだった。

書店員や司書、立派な蔵書家の方からすると、「なにを当たり前のことを」と思うかもしれないけど、蔵書を整理するという営みは、「思考の整理」にもなることが、今回の片付けでよくわかった。一昨日に徹夜したせいで、昨日は片付けが途中で終わってしまった。そして今、こだわりにこだわり抜いて分類し、本を収納したカラーボックス42個で、仕事部屋の床が足の踏み場がない状態になっている。カラーボックスを積み重ねると地震がきたら危ないので、防振用のグッズをインターネットで探している。まだまだ我が家の「片付け事件」は続きそうである。

 

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宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid