第11回 幻視と幽霊

誰でも「できる」ことと「できない」ことがある。「できる/できない」の間で迷ったり、不安を感じたり、無力感を持ったりしながら生きている。レビー小体病という「誤作動する脳」を抱え、できなくなったことと工夫によってできるようになったことを自己観察してきた著者が、「できる/できない」の間を自在に旅するエッセイ。

コロナの自粛生活のなか、私の幻視や錯視が増えている。

目の前を飛んでいるハエが、パッと消える。これは幻視。

黒いバッグが黒猫に見えたり、ベランダに干してある夫のシャツが、そのシャツを着た男に見えて、一瞬心臓が止まりそうになる。これは錯視。

(錯視は、一種の見間違えで、幻視とは区別されるが、メディアでは「幻視」と紹介されることが多い。)

どちらも本物にしか見えないので、消えるまでは、本物だと思っている。「ベランダに知らない人がいるはずはないから、これは幻視か錯視だ」と考える思考力はちゃんとある。でも、考えるより先に、まず飛び上がるのが自然な反応というものだ。

心配はご無用。そんな幻視、錯視など、もうすっかり慣れている。最初に見てから20年、頻繁に見るようになってから10年近くも経つのだ。

今は、あって当たり前のものとして、何事もなく共存している。

ただ、出る頻度には波がある。体調良好、心身共にすこぶる元気なときは、あまり出てこない。幻視が急に増えたときは、自覚していなくても脳と体の調子が低下しているサインだと思って、無理をしないよう気を付けている。

不調の原因は、健康な人と同じだ。悪いストレスがのしかかったときが、一番危ない。体調も悪くなるし、幻視も増える。疲れも明らかに脳の機能を極端に低下させるが、幻視が増えるとは感じない。気候や気圧の変動でぐったりしているときにも幻視は出ない。自分では問題ないと思っている時にも出るので、出現に規則性がありそうでないのが、幻視だ。

まあ、コロナの自粛生活が続く、この先の見えない状況で「心身共に絶好調です!」という人がいたら、写真をもらってお守りにしたい。今は、誰もかれもがなにかしらの不安を抱え、元気が出ず、多くの人が、傷ついているのだ。

脳に病気や障害があれば、この環境は、なおさら堪えるはずだ。症状を悪化させている方も多いだろうと想像すると、また体がズルズル重くなる。だめだ。今は、とにかくしぶとく、元気を出していくんだ。

良いニュースだってある。昨年は、レビー小体型認知症と診断された三橋昭さんが、目覚めた瞬間に見るという幻視のスケッチが出版されたり、シャルル・ボネ症候群★[1]のある浅野麻里さんが、自分の幻視を絵画にして個展を開いたという。

幻視を「面白いもの」「楽しいもの」「美しいもの」として発表する方々が出てきた。時代は変わったのだ。

私が、診断を受けたころ、ネットに書かれたレビー小体型認知症の症状は、残酷なものだった。

「早期から幻覚・妄想など問題行動が目立ちます。ありもしないものをある、居もしない人が居ると言って、興奮して騒いだりします」

もし幻視を知られたら、「異常者」扱いされる。誰にも知られてはいけないと身を固くしていた日々が、今は嘘のようだ。

これまでだって何十年間も、いやもっとずっと昔から、質問されれば、本人は、「本物と同じに見える★[2]」と答えたはずだ。でもその言葉が、言葉通りに受けとめられることはなかった。

「この人は、頭がおかしい。認知症で思考力がないから、”人がいる”なんてばかなことを言っている」と頭から決め付けられてきた。

今、少なくとも「レビー小体型認知症」という病名を知っている人たちには、「この病気の幻視は、本人には現実と同様に見えている。頭ごなしの否定はよくない」という知識が、浸透しつつあるように見える。うれしい。多くの方のご尽力のお陰だ。

とはいえ、「そんな病名、初めて聞いた」という人は、今も少なくない。高齢者を解剖すると3人に1人の脳に「レビー小体★[3]」が見つかる★[4]ことも、「認知症(という状態)」の原因となる病気が、60種類以上あることも、ほとんど知られていない。

「しっかりしてくれよ!そんな人がいるわけないだろ!」と家族から怒鳴られたり、嘲笑される人が減っているなら、涙が出るほどうれしい。そんな接し方によって受けるショックや不安や孤立感から、症状を急激に悪化させる方が、多いからだ。

誰だって、目の前に現にあるものを「ない!」と言われたら、意味がわからず、混乱するはずだ。不安にもなるし、恐怖だって感じる。

しかも、家族の言葉に引き下がらず、「なにを言うか!」と声を荒げれば、「興奮」だの「暴言」だのという症状名を瞬時に貼り付けられる。

そして、もし「大人しくさせる」という名目で抗精神病薬を処方されれば、あっという間に表情を失い、話せなくなり、歩けなくなる。レビー小体型認知症では、薬に過敏な体質になる人が多く、過半数の人は、抗精神病薬で深刻な副作用が出るからだ。

以前は珍しくなかったというそんな悲劇も「今は、ずいぶん減った」と最近、医師から伺った。1日も早くゼロになってほしい。

一方、気になることもある。「レビー小体型認知症の幻視は、ホラー」「幽霊を見たという人は、レビー小体型認知症だ」という言葉をSNSで見ることが増えたことだ。

私は、以前、自分や病気仲間の幻視を「VR認知症 レビー小体病 幻視編」(シルバーウッド制作)というVR映像作品で再現するお手伝いをした。脚本を書き、撮影に立ち会い、編集のアドバイスもした。

そこには、男女合わせて5人の「幻視の人」が登場する。透けてもぼやけてもいないので、見た目から、現実に居る人との区別はつかない。普通の服を着て、怖い顔もしていない。ただ黙って、そこに居る。

にもかかわらず、観た人の多くは「怖い」「ホラー映画だ」と言う。

可愛い動物の幻視や美しい幻視も入っているのに、完全に無視されている。

私には、それが衝撃だった。偏見をなくすために作った作品で新たな偏見を生んでしまったのかと頭を抱え込んだ。

でも、考えて欲しい。人は、なぜあれをホラーと感じるのだろう?

解剖学者である養老孟司さんは、何かの本のなかで「死体は怖くないが、ホラーは怖い」と書かれていた。恐怖は、あるがままの現象にはなく、イメージがつくり出すものなのだ。

幻視で現れる人の映像そのものは、怖くない。普通の人なのだから。しかし、ぱっと消えた瞬間、人は幽霊を連想し、ぞっとする。

私たちは、「死」が怖い。できる限り遠避けておきたい。だから向こう側の世界にいるはずの死者が、境界を越えてこちら側にやってくる「幽霊」という現象が怖くてたまらない。ホラー映画やドラマが、私たちに恐怖のイメージを深く植え付けている。

では、人ではなく、動物なら怖くないかといえば、突然消えるものは、やっぱりなんでも怖いのだと思う。生活の中で、目の前でぱっと消えるものは、しゃぼん玉と手品くらいしかない。消える生き物は、「未知のもの」だ。人は、理解を超えた未知の存在を本能的に不気味だと感じる。

それが、自分の脳内で起こっていることだと考えるなら、自分の脳に起こっている異変に心底怯えるだろう。私がそうだったように。

昔、ネパールの人から幽霊の話を聞いた。「ネパールの幽霊には頭部がない」という。彼と彼の家族は、「頭のない幽霊を自分の目ではっきり見た」と言った。

「日本では、足がないっていうんですよ」

「幽霊に頭がある?! そんなの、おかしい!」

真剣な彼の顔を見ながら、そうか、じゃあ、「幽霊には腕がない」と言われている文化圏の人の見る幽霊には、腕がないんだろうなとそのとき、思った。

 

「実は、人が見えるんですが、私は、あなたと同じ病気でしょうか?」

小声でそっと聞かれたことが、今まで何度かある。その人たちは、健康で、知的で、質問してもこの病気の前駆症状(便秘、立ちくらみ、不眠、大きな寝言など)はなにもない。

「それ」は、常に本物の人に見えるという。

「なぜ本当は違うとわかるんですか?」と聞くと「ぱっと消えるから」とか「壁を通り抜けていくから」と言う。

一人だけ、「冷気を感じるから」という人がいた。映画「シックス・センス」★[5]と同じだ。私は、「幻視から冷気を感じたことはない」と伝えた。

誰もいないのに背後に人の気配を感じる症状(「実体的意識性」)も何度か経験したが、幻視の人から気配を感じたことはない。私の見る幻視の人は、黙ってただ居るだけで、活き活きした感じもないが、冷気もない。

彼らの見る「人」が、何なのかは、彼らにも私にもわからない。でも、病気でも障害でもなく、「人」が見える人はいるのだと私は思っている。

健康な人でも、遭難や死別など危機的な状況で、一時的に見えたり聞こえたりすることは珍しくないことを、私は、拙著(『誤作動する脳』医学書院 シリーズ ケアをひらく)の中に詳しく書いた。人は、誰でもそういうスイッチを脳のなかに持っているのだ。それは、精神的ストレスが限界値に迫る状況のなかで、心を守るために起こる正常な防衛反応なのかもしれない。

私は、自分の幻視を、ただの脳の誤作動だと思っている。幽霊も、たぶん脳が見せているものだろうと、私自身は推測している。

でも同時に、脳とか今の科学では説明のつかない現象も確かにある。いつか解明される日が来るかもしれないし、来ないかもしれない。それは、今の私たちにはわからない。わからないものは、わからないままにしておく。わからないのに無理に白黒をつければ、きっと間違うだろう。

私の病気で幻視が現れる仕組みすら、今の科学ではわからないのだ。★[6]人類は偉そうにしているが、脳のなかで起こっていることなど、わからないことだらけだ。毎日付き合うしかないこの自分のことですら、一生わからないありさまなのだ。

 

[1]  シャルルボネ症候群:目の病気で視力が著しく低下した人に幻視が現れる現象。精神疾患ではなく、脳の機能も正常で、本人が幻視に悩まされていなければ治療の必要もない。
[2]  幻視の見え方はさまざまで、「暗がりに、ぼんやり見える」という人や「透き通って見える」という人もいる。一人の人に、いろいろな種類の幻視が現れることもある。私も入浴中に裸眼で見る幻視は、ぼやけている。
[3]  「レビー小体」: α(アルファ)-シヌクレインを主とするたんぱく質が、集まったもの。脳だけでなく全身の細胞に溜まる。「レビー小体」の蓄積によって起こると考えられている病気の総称が、レビー小体病。(パーキンソン病、レビー小体型認知症、他を含む。)
[4]  高齢者を解剖すると、パーキンソン病・レビー小体型認知症、及びその予備群が、3分の1を占めると東京都健康長寿医療センター高齢者ブレインバンクが発表。https://www.amed.go.jp/news/release_20201105.html
[5]  『シックス・センス』:1999年公開の米国映画。小児精神科医と幽霊が見えてしまう少年との交流を描く。
[6]  「レビー小体型認知症では、視覚を司る後頭葉の血流が低下するために幻視が現れる」と説明されることが多い。しかし、脳血流を調べる画像検査(SPECT=脳血流シンチグラフィ)で、後頭葉の血流低下を示さない人は、23.6%、罹患期間が2年未満の患者に限ると43.7%いる。(内海久美子他「レビー小体型認知症の初発症状と関連症状の発現率・性差、および前駆症状との関連 ――脳血流SPECT・MIBG心筋シンチ・DaTスキャンシンチ検査と症状の関連性を通して」『老年精神医学雑誌』第28巻2号、173~186頁、2017年)。

 

1962年生まれ。50歳でレビー小体型認知症と診断された。41歳でうつ病と誤って診断され、治療で悪化していた6年間があった。
多様な脳機能障害のほか、幻覚、嗅覚障害、自律神経症状などもあるが、思考力は保たれ執筆活動を続けている。
『私の脳で起こったこと』(ブックマン社。2015年度日本医学ジャーナリスト協会賞優秀賞受賞)。最新刊『誤作動する脳』(医学書院 シリーズケアをひらく)。