モヤモヤの日々

第96回 朝一の僥倖

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

せっかくの週末だったのに、ずっと家で仕事をしていた。さて、今日の「モヤモヤの日々」はどうしようか、などと考えながら、なんとなくテレビを観ていた。いつもと同じ朝だった。

NHKの情報番組「あさイチ」では、スマートフォンとの上手な付き合い方について、専門家を交えながら特集していた。出演者のスマホの使い方なども紹介されていた。すると、どこかで見たことある、というかここ半年近くは常に見続けていている“あれ”が目に飛び込んできた。一瞬の出来事だったため、見間違いかと思った。しかし、再び同じ場面の映像になり、今度はスマホで写真を撮影できたので間違いない。いや、それにしても……。僕はまだ目を疑っていた。

深呼吸し、スマホの写真を開いた。「ワゥッ」。いつもは吠えない愛犬ニコルが短く吠えた。保存された写真をじっくり確認して、ようやく確信に変わった。そこには、僕の新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい 「弱さ」を受け入れる日常革命』が写っていたのだ。お笑いコンビ「たんぽぽ」の川村エミコさんがスマホを見ながら椅子に座っている映像が番組内で流れたのだが、その机の上に『平熱のまま〜』が置かれていたのである。なんということだろう。

よく言われることなのだけど、本を出版する前後の数ヶ月はとくに、書き手はとても不安定な心持ちに晒される。どのように受け止められるだろうか。批判はされないだろうか。そもそも、きちんと読者の元に届くだろうか。ちょっとした出来事で一喜一憂し、マイナス思考にハマってしまっているときなんかは、「この世で僕以上に価値のない人間はいない」なんて妄想まで浮かんでくる。だから、たとえ本の内容が紹介されなかったとしても、誰かの元に届いている事実がわかっただけで、飛び跳ねるようにうれしいのだ。川村さん、僕は川村さんのことを一生応援し続けます。そう心に誓い、川村さんの初エッセイ集を注文したのであった。

ところで、番組ではいわゆる「スマホ依存」が取り上げられ、スマホを使い過ぎない方法や心がけなどが紹介されていたのだが、思ってもみなかった朝一の僥倖(ぎょうこう)にテンションが高まりまくり、スマホで証拠写真を撮影し、各種SNSにスマホからアクセスして自慢している僕は、はたしてスマホと上手に付き合えていると言えるのだろうか。どうもそうでないような気がしている。夜にはダークモードにして画面の背景を黒くするようにしているものの、使用時間はほとんど減っていない。かわりに減っているのが、読書時間である。

自分の新刊が映った瞬間、ついつい我を忘れてしまって番組の内容をあまり覚えていないため、見逃し配信でもう一度、観なければならない。僕はスマホより、本が好きである。

 

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宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid