モヤモヤの日々

第116回 犬の帰還

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

犬が帰還した。妻、赤子、愛犬ニコルは10日ほど前から親族の家に休暇も兼ねて行っていて、昨日の夕方前に我が家に帰ってきた。一人暮らしには慣れているとはいえ、犬もいない完全なひとりは久しぶりである。犬は仕事がある僕と一緒に残るはずだったのだけど、コロナ禍ではなかなか旅行ができず、都会のマンションにずっといて、都会の街を散歩する生活が続いていたため、場所を変えるだけでもいい気晴らしになるだろうと考え、犬も一緒にお邪魔することになった。

なぜ妻や赤子とも離れていたのに、ことさら「犬の帰還」を強調するのかというと、映像通話で意思疎通ができる妻と赤子と違い、ニコルはおそらく臭いなどで人を判断しているのだろう、映像通話にはほとんど反応してくれないのだ。赤子はまだ1歳1か月だが、顔と声で僕がわかるらしく、なぜかいつもその存在を隠すように小声でささやく「ぱふぁ(パパ?)」までやってくれた。それにしてもどうして僕に対して言う「ぱふぁ」だけ、あんなにもか細い声なのだろうか。

これまでの経験でわかってはいたものの、やっぱり今回もニコルは映像通話にはほとんど反応しなかった。ニコルだけなのか、ほかの犬もそうなのかはわからないけど、人間とは感覚が違うから仕方ないことではある。寂しい。恋しい。ニコルを身近に感じたい。僕はニコルが布団がわりに使っているお気に入りのタオルに顔を埋め、大きく息を吸って臭いを嗅ぎながらニコルの帰還を待った。

ニコルはいつもの赤いキャリーバッグに入れられて帰還した。妻と赤子に挨拶したあと、すぐにキャリーバッグからニコルを取り出し、抱きしめた。そして思いっきり臭いを嗅いだ。そうそうこの臭い。雨の日の草むらみたいな獣臭さ。新型コロナウイルスに感染した際に発現することがあるという嗅覚異常がないか確かめるのにも一役買っているニコルの臭い。なんて臭可愛い(くさかわいい)のだろう。僕はニコルを目一杯、嗅ぎ続けた。しかし、移動で疲れているのか、あまり反応はなく、ケージに戻してあげると水を少し飲んだあとは、ハウスに閉じこもって寝てしまった。犬でも「やっぱり家が一番だなあ」とか思うのだろうか。起こすのも可哀想なのでそっとしておいた。

妻が10日間の報告をしてくれた。赤子もニコルも新しい刺激を得て、生き生きと過ごしていたという。広い家でリラックスしつつも、他の犬とも遊べる環境だったので、ニコルは帰る直前まではしゃぎ回っていたらしい。よろこぶニコルの姿が目に浮かぶし、妻からもらった動画でその様子を知っていた僕は、やっぱりニコルも連れて行ってもらってよかったなあと、つくづく思った。僕は、「仕事をして、部屋を散らかして、部屋を片付けた」と、10日間の報告を端的、かつ正確に伝えた。

今日、関東甲信地方が梅雨入りした。平年より7日間遅いという。僕はその報道に触れて、関東がまだ梅雨入りしていなかったことを知った。四季の移り変わりを愛しているとかいつも言っておきながら、僕の季節感覚も当てにならないものである。いずれにしても天気予報で今日は雨が降ると知っていたので午前中にニコルと散歩に行こうと思っていたものの、ニコルはまったく起きようとしない。ニコルは、「睡眠>散歩>食事」の優先順位で生きている。幼少の頃から犬を飼い慣れている妻によると、この優先順位は珍しいそうだ。犬はだいたい食事と散歩を猛烈にねだるものだという。

ニコルは一度ダラけるとテコでも動かない。本当に動かない。移動させようと思っても、まったく体に力を入れないため、ふにゃふにゃして運びにくい。ニコル用の大きなヘラ(お好み焼きをひっくり返す時に使うような)を特注で頼みたいくらいである。それも含めて犬が帰還した。臭可愛くて、ダラけた犬が帰還したのだ。今日は、まったりと過ごしたいと思う。

 

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宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid