モヤモヤの日々

第129回 家賃の支払い

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

これは本当によろしくないのだが、僕は家賃の振り込みの期日を失念することがたまにある。期日までに振り込まなければ、当然、迷惑がかかる。事務作業が苦手だと言い訳している場合ではない。

振り込みが遅れると、期日の翌日に不動産管理会社の担当Eさんから電話がかかってくる。僕は遅れたことを謝罪し、電話を切った直後にスマートフォンを使いネットバンキングにアクセスして、すぐ振り込む。そして、管理会社に電話し、「今、振り込みました」とEさんに平謝りする。

何度か振込の期日を失念して同じやりとりが続いたので、ある時、僕はEさんに「本当に申し訳ないです。ただでさえお忙しいのに、お仕事を増やしてしまっていますよね。来月からは必ず期日までに振り込みます」と強い意志で宣言した。するとEさんは言った。「いえいえ、大丈夫ですよ。宮崎さんもお忙しいですよね。これからは私が毎月電話しますので、着信があったら振り込んでください。電話に出る必要もありませんし、振り込み完了のご連絡も一切必要ありません」

一度だけ、僕のほうから自動引き落としの打診をして、申込書を送ってもらったことがあった。しかし、どこまでも愚鈍な僕は、その申込書を失くしてしまい、再び送ってもらいたいとEさんに謝罪した。しかし、その時もEさんは、「電話をしますので、それから振り込んでもらえれば大丈夫ですよ」と言った。着信があった後に振り込むルールをEさんに提案されて以来、僕はその約束を守り続けている。電話に出ないし、折り返しもしない。すべて指示通りにしている。

今ではEさんが振り込み期日に電話してきているのか、過ぎてから電話してきているのかすらもわからない。振り込み期日がいつなのか忘れてしまったのだ。もう何もかもがわからない。僕が愚かな人間である事実のほかに唯一わかっているのが、Eさんは電話をかけるのが好きだということである。今年の4月だっただろうか。別の振り込みをするときにふと思い出し、月の前半に早々と家賃を振り込んだ。その月の後半にはEさんからの着信はなかった。Eさんは、悲しんでいただろうか。

 

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宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid