モヤモヤの日々

第130回 名選手、名監督にあらず

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

育児の分担についてはいろいろとあるが、僕が明確に中心的な立場で行っているものに「寝かしつけ」がある。なぜ寝かしつけなのか。それは、僕が昔から寝つきが悪くて苦労しているからである。寝つきが悪い人の辛さが身にしみてわかり過ぎて、眠れない人のためにつまらない話を深夜に延々とする音声を、インターネット配信していたこともある。「名選手、名監督にあらず」という言葉がある。僕は名選手ではないぶん、寝かしつけへのこだわりが人百倍はある。

赤子(息子、1歳1か月)は一度寝ると深く、夜泣きも少ないほうだと思う。しかし、僕に似てしまったのか、やや寝つきには難がある。僕は赤子がより赤子だった頃から赤子の寝かしつけを担当して(もちろん最初は妻に助けを求めることが多かった)、研究し続けてきた。

まず昼寝の場合は、こちらからあまり働きかけず、ベビーベッドで仰向けにさせ、音を立てずに見守っているのがいい。すぐ寝ない場合は小さな音で音楽をかける。サブスクリプション(Apple Music)で童謡を中心にゆったりとした音楽を選び、曲順にもこだわっている。

今のところ「小さい秋みつけた」から「ドナドナ」で終わる全16曲。大人が歌っているものか、児童合唱団が歌っているものか、アレンジはどのようなものか。自分の耳で聴き、厳選したプレイリストだ。11曲目に井上陽水の「少年時代」を配置したのが、ナイスだと思っている。

夜は、絵本を読み聞かす。赤子が一番好きな絵本はエミリー・メルゴー・ヤコブセン著『よるくまシュッカ』(中村冬美訳、百万年書房)である。先に言っておくと、この絵本は百万年書房の北尾修一さんから発売前にモニターを頼まれ、うちの赤子には向いていると思ったので推薦コメントを寄せた。最近では、赤子に(読み手である僕が)話しかけるシーンや、独自のジェスチャーも加えている。それでも寝ない場合は、安価で購入した天井に映るプラネタリウムをつける。『よるくまシュッカ』が「ほしのもり」などを旅行する内容であるため、物語性を持たせている。それでも駄目だったら、鼻歌でジョン・レノン「Love」をハミングする。同世代にしかわからないと思うけれど、僕は野島伸司脚本のテレビドラマ『世紀末の詩』が好きなのだ。

しかし、それでも寝ない夜がある。夜のほうが難易度が高く苦戦しがちだが、昨夜がまさにそうだった。僕は横になって赤子を抱えた。赤子がどのような姿勢だと寝やすいか、僕は赤子以上に知っている。しかも力を入れずに、赤子の姿勢を固定する技まで会得している。僕はその姿勢でぐずり泣く赤子にあれやこれやと話しかけ、何度もなだめた。一度、赤子の気分を変えるためにリビングをうろうろ歩いて、また寝室に戻った。やや落ち着いてきたものの、なおもぐずる赤子に僕はこう宣言した。「◯◯君が寝られないことなんてあり得ない。なぜなら、◯◯君が寝るまでパパが寝ないからだ」。毅然とした物言いが効いたのか、赤子はその後すぐに寝た。

一連のやりとりを聴いていた妻も、ついでに寝てしまった。まだ大人が寝る時間ではなかった。妻は寝つきが天才的にいい。犬も寝ていた。三流選手は、名監督になれるのか。僕はひとりで起きていた。

 

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宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid