第2回 トイレその後に。活躍その前に。

「『空気』が支配する国」だった日本の病状がさらに進み、いまや誰もが「気配」を率先して察することで自縛・自爆する時代に? 「事のまずさを感知しない『空気』」を悪用して突き進む政治家たちと、そのメッセージを先取りした「気配」に身をゆだねることに違和感を覚えなくなってしまった私たち。「日本の心情」を“なんとなく”稼働させてしまう「気配」の危うさをめぐる、『紋切型社会』の著者・武田砂鉄さんによるフィールドワーク、その第2回。あれだけの反対の声をものともせず安保法制を強行採決した翌週に、「一億総活躍社会」で「みなさん、活躍してください」と持ち出せる安倍首相っていったい……。 

「いつもキレイに使っていただき、ありがとうございます」

初めて降り立った駅、待ち合わせの時間まで数分あるので、念のためトイレに行き、そんなに出ないと分かっている小便を済ませておく。そこには、「いつもキレイに使っていただき、ありがとうございます」との貼り紙がある。この駅に来るのは初めてだから、自分は「いつも」には該当しない。チープなイラストの鉄道マンが、貼り紙の隅っこでペコリと頭を下げている。彼に「あ、実は僕、初めてなんです」と話しかけることができないものだから、頭を下げてくれる鉄道マンについつい従順になり、いつもより慎重に小便に臨む。むしろ、いつも使う人は、変わらぬ貼り紙を毎日注視したりはしないだろう。初めてだからこそ、その「いつも」に目をやる。いつも使っている人がキレイに使っているのだから、初めてのこちらが汚く使うわけにはいかないと、もろもろ飛び散らないように気を遣う。

転換期を正確に指摘することができないくせに断言するけれど、少し前までこの鉄道マンは頭を下げておらず、こっちを向いて、ガムや紙くずなどを捨てないで欲しい、と訴えかけていたのではないか。見ず知らずのこちらに、常時、感謝を伝えてくる存在ではなかった。初めてだろうが常連だろうが、そんなことは構わずに、禁止事項を真っ当に伝えてきた。駅のトイレは、そこへやってくる人を絞れない。学校のトイレならば「いつも」を使えるだろうが、駅のトイレはもっとも「いつも」に適さない場所と言える。鉄道マンは、トイレをキレイに使うよう強いているわけではない。あくまでも、キレイに使ってくれることに感謝をします、という姿勢。それを受けてキレイに使おうと心がける私たちって、自発的なのだろうか。

 

「活躍してくださいね」とインターフォンを押される

さて、私たちは突然、「一億総活躍社会」にしますんで、活躍してくださいと言われている。こちとら、食べ終わった食器を洗わなければいけないし、電気代も払わなきゃいけないし、自転車のパンクも直さなければいけないのだが、そんなことより、とにかく活躍してくれという。こちらがスローガンを咀嚼する前に、総活躍させるための大臣まで用意してきた。青天の霹靂である。「そりゃあ子育てには悩みもあるし、仕事は大変だけども、20年ローンのこじんまりとした住まいで、親子4人、何気ない幸せを感じながら、たまの休みに温泉にでも行って」というような誰かの住まいのインターフォンを押し、「活躍してくださいね」と言付けする。その知らせを「やったよ、遂に国が認めてくれたんだよ」と奮い立つ一家は少ないかと思われ、むしろ「勝手に人の家を訪ねてきて、活躍しろとはなんて無礼なんだ」と憤るのが人として自然である。

安全保障関連法案が参議院本会議で成立したのは、9月19日未明のこと。シルバーウィークを挟めば国民は忘れてくれる、という舐めきった思考で国民を見やり、あちこちで挙がる反対の声を、明日からお休みなんだし、とレジャーに誘い出すかのように退けた。ところが、シルバーウィーク明けに何もかも失念したのは、国民ではなく政府首脳だったようで、24日の両院議員総会後の会見で安倍首相は「一億総活躍社会」を宣言したのである。つい数日前までは、国民の多くが反対し、国民の殆どが十分に審議されていないと戸惑っていた安全保障法制について、「国民の理解が得られるよう、政府として丁寧に説明する努力を続けていきたい」と述べていたにもかかわらず、シルバーウィークが明けると、彼らは私たちに、ところでみなさん、押し並べて活躍していただけませんか、と申し出てきた。

 

みんなで新しい朝を共有できるのか

丁寧に説明する努力。医療の世界には「インフォームド・コンセント」なる言葉があるが、インフォームド・コンセントを「いいや、あなたは絶対に大丈夫」「うんうん、元気になれるに決まっている」のみで済ませたら、その医者には悪評が積もり、やがて廃業を余儀なくされるだろう。しかし、今、この国を運搬する人たちは、丁寧に説明する努力を国民に誓った数日後に、もう安保に反対とかそういうんじゃなくてさ、あれはもう大丈夫だから、今度は一億総活躍しましょうよ、と言ってのける。みんなが活躍できる状況は、トイレがいつもキレイなら嬉しいのと同じように、まったく拒否すべきものでもない。頷くか頷かないかの2択で問われれば、頷くことになる。しかしながら、ここで頷いてしまうと、ちょっと前まで白熱していたあの議論について、肩を組んで忘却していくことになる。

安倍首相は一億総活躍を謳う会見で、そのキラーフレーズを出す前に「この3年で、日本を覆っていた、あの、暗く、重い、沈滞した空気は、一掃することができました。日本は、ようやく、新しい朝を迎えることができました」と宣言している。みなさん、驚くべきことに、新しい朝が来たそうなのである。色々と一掃されたようであるから、それらの言葉とは反対の状況が生まれた、という判断が彼らにはあるのだろう。暗くではなく明るく、重くではなく軽く、沈滞ではなく浮遊するような空気が、今この日本には蔓延していることになる。そんな空気は自分の周囲にちっとも漂ってはいないのだが、なぜだろう。まだ総じて活躍できていないからなのだろうか。キミも僕も活躍すれば、もっともっと、みんなで新しい朝を共有できるのだろうか。

 

ルフィもビックリの超人技

シルバーウィークを過ぎたら忘れると言われ、シルバーウィークを過ぎたので総活躍を出してくる。そんな応対を見るにつけ、こちらは何が何でもシルバーウィーク前の憤怒を大切に保持し更新していく所存を固める。成立に至るまでの経緯を再検証しても飽きられてしまうだろうから、ひとまず些末と思しきネタを薪として使う。

成立する2日前の参議院特別委員会、速記者が議事録に残せないほどの怒号をかいくぐり、押し寄せる議員の群れによって視界が塞がれていたにもかかわらず「賛成多数」を確認するという秘技を披露したのが、鴻池祥肇委員長だった。彼はこの日、上着のポケットに、野党議員に強奪されてもいいようにダミーの書類を入れていたという。同じシチュエーションに置かれた自分を想像してみる。ダミーの書類として用意するのは、白紙のコピー用紙か、全く関係ない会議の書類だろう。彼は何を潜ませたか。なんと「ONE PIECE」の歌舞伎上演チラシだった(朝日新聞9月18日朝刊)。国民の多くが訝しんでいる法整備を押し通す委員長は、胸ポケットに国民的アニメの上演チラシを入れて乗り越えようとした。これから私が起こす事(=採決)は、ルフィもビックリの超人技だぞ、とのユーモアだったのだろうか。

その日の午前中、鴻池議長が不信任動議を受けて離席すると、代わりに席についたのが自民党・佐藤正久理事だった。特別委員会での取っ組み合いでも、彼は〝駆けつけ警護〟のため、争いの最前線にいた。自衛隊イラク派遣の支援隊長という前職で培ったアイデンティティなのかもしれないが、何かと好戦的な姿を見やりながら、彼が応じていた、あるインタビューを思い起す。

今回の安保法制、自衛隊のリスクが増大するのではないかとの疑念を何度投げても、「その心配はない」の一点張りだった。しかし、イラク戦争時に派遣された約1万人の自衛隊員のうち、実に28人もの隊員が帰還後に自殺している。ただでさえ高い日本の自殺率と比較しても相当に高い数値が出ている。これから、あちこちへ駆けつけることになれば、この数値が増えることはあっても、減ることはないだろう。

 

これまでも亡くなり続けてきたんだから

この異様な自殺者数について、最前線で指揮していた佐藤氏はなんと言ったか。テレビ東京の番組『NEWSアンサー』(2014年6月18日)で語ったインタビューだ。テロップではなく、発言をそのまま書き起こしてみる。

「自殺された方もいますけど、それがイラクが原因かというと必ずしもそうではない」

「イラク派遣される人間っていうのは、優秀な隊員が多かった。帰ってきたらそういう人間っていうのは、すごく忙しいところに就かれますから。そういう面では結構仕事の悩みを持った方も多かったと聞いていますけれども……」

かつての部下たちを見捨てる非道極まりない発言だが、彼のこの思考というのは、今回の安保法制に向かう政権の姿勢に通底していたものなのではないか。自衛隊のリスクについて問われた安倍首相は5月14日の会見で「まるで自衛隊員の方々が、今まで殉職した方がおられないかのような思いを持っておられる方がいらっしゃるかもしれませんが、自衛隊発足以来、今までにも1800名の自衛隊員の方々が、様々な任務等で殉職をされておられます」と、これまでも殉職者が相次いできた事実を挙げることで、はぐらかす話法を選んだ。リスクは高まりますか、高まりませんか、と問うているのに、答えは「これまでも亡くなり続けてきたんです」なのである。

家のポストに入っていた産經新聞購読キャンペーンチラシを熟読する。権力を監視するという筋力をどこまで弱め、安保法制成立を喜んでいらっしゃる。「安倍内閣はそれ(著者注:日本をとりまく安全保障環境)に対応する安全保障法制の確立を訴えていますが、残念なことに、メディアでは『反対』が圧倒的です」とし、自分の新聞社は「机上の空論とは距離を置いて考える」のだという。机上の空論とは一線を画すと宣言した文言の隣には、安保法制審議の終盤になって、突然取り下げられた、つまり机上の空論だと認めた具体例、米艦の邦人輸送をパネルで説明する安倍首相の姿が見える。

 

推進は最大の逃避

自衛隊が抱えるリスクについても記載がある。「リスクはあるが、誰かがやらなければならない任務があるからこそ、高度に訓練された自衛隊が出動する。当たり前のことであり、一部野党がその是非ばかりに焦点をあてるのはおかしい」と記し、政府に「批判を恐れ、ことさらリスクがないと強調すべきではない」と続け、リスクはあるとの指摘をした。政府見解と殆ど同化している新聞社ですらリスクを指摘している。むろん、「誰かがやらなければならない」から「当たり前のこと」という気合いで乗り越えようとする冷淡さには賛同できないが、政府見解だけではない一面も覗かせている。

事案を議論に持ち込まないためには、いくつかの選択肢がある。逃げるのがひとつ。無視するのがひとつ。でも、最新トレンドは、別の事を推進してうやむやにする、である。「攻撃は最大の防御」ならぬ「推進は最大の逃避」だ。批判の受付業務は早々に切り上げ、指し示す方向を別に用意する。あのう、すみません、反対とかはもう受け付けてないんです、こちらはもう、すでに次の矢を指し示している段階ですので、と、比較や考察から逃れ、相手の欠損や未熟を突つくようになる。

国民が総じて活躍できるようにする社会。正しい。自衛隊員は今までだって殉職してきた。事実だ。内ポケットにダミーの用紙を入れておく。グッドアイディアだ。でも、それらは全部、トイレの「いつもキレイに使っていただき、ありがとうございます」が、それなりに誠実なスローガンであることと変わらない。「正義が暴走する」と懸念を表明するレベルではない、と思わされる。「ファシズムだ!」と力めば笑われる。だって、「いつもキレイに使っていただき、ありがとうございます」は行動を制約しているわけじゃないんだから。初めてならば、キレイに使わなくたって構わないのだ。でも、みんな、結局、慎重にお小水する。こちらから行動を合わせてしまう。その迎合を奇妙だと指摘する事は難しい。だってトイレはキレイに使うべきだからだ。宣言されているわけではない働きかけを、こちらが忖度してそれを輪郭化する。その動きは果たして主動なのか。もはや、他動ではないのか。お気に入りフレーズ「活躍」は、私たちの力加減をスマートに反転させる可能性がある。茶化しながらも、真剣に警戒しておきたい。

SIGN_06TAKEDA1982年生。ライター/編集。2014年9月、出版社勤務を経てフリーへ。「CINRA.NET」「cakes」「Yahoo!個人」「ハフィントン・ポスト」「LITERA」「マイナビ」などで連載。雑誌「AERA」「SPA!」「週刊金曜日」「beatleg」「STRANGE DAYS」「TRASH UP!!」などで執筆中。インタヴュー・書籍構成も手掛ける。2015年4月に刊行した『紋切型社会 言葉で固まる現代を解きほぐす』(朝日出版社)で、第25回Bunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞。http://www.t-satetsu.com/