モヤモヤの日々

第147回 赤子はすごい(2)

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

赤子(息子、1歳2か月)を寝つかせようとしたが、なかなか寝つかない。夜遅い時間や目をこする仕草から判断しても絶対に眠たいはずなのだが寝られず、フラストレーションがたまってぐずり出す。次第に泣き出す。絵本を読んだり童謡を歌ったりと、あれやこれや奮闘して寝つかせようとしているのに、そんな僕をぼかぼかと殴る蹴る。僕に当たり散らすことで赤子の気が済むならば、いくらでも当たればいいと思う。

あまりに泣きじゃくり汗だくになっている赤子を見て、とりあえずベビーベッドに戻し、気分を変えるためにも、熱中症を防ぐためにも、ジュースを飲ませることにした。準備している間も赤子は泣き叫び、ベッドの柵をがんがん揺らす。ジュースを渡そうとすると、カップをふんだくる。赤子を刺激しないように近くの大人用のベッドに横になる。頭の上からちゅーちゅーとストローを吸う音がする。やれやれ、ようやく静かになったかと思った瞬間、頭に痛みが走る。何かが当たった。後ろを振り向いた先には、ジュースのカップを僕の後頭部に投げつけ、責めるように睨みつける赤子の目がある。

ジュースは半分くらい残っていた。僕が、「もう飲まないの?」と訊きながら差し出すと、その手からカップを弾き飛ばす。赤子がまた泣き叫び出したため、「ごめんね。大丈夫だよ」と言いながら抱っこして揺らし、なだめすかす。次第に疲れて眠たくなってきた赤子が発熱し出す。「うっ、うっ……」と被害を訴えるように小さく嗚咽し、瞼の奥に沈んでゆく赤子。微笑みながら、ベビーベッドに戻す僕。すやすやと気持ちよさそうに眠る赤子を見て、赤子の寝顔を眺めている時間が一番幸せだなとしみじみ思う。

額から、赤子に投げつけられた糖質70%オフのリンゴジュースが垂れてきた。相手が赤子でなければ、ただの暴力沙汰である。赤子はすごい。

 

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宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid