モヤモヤの日々

第148回 ニコルゾーン

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

愛犬ニコル(2歳10か月、ノーフォークテリア )のだらけぶりが止まらない。ニコルは、「睡眠>散歩>食事」の優先順位で生きているように思う。犬としては珍しいだらけぶりである。

とくに暑い季節は、散歩ですぐにバテる。体高が低く、茶色のモジャモジャなので仕方ないのだけど、暑さに弱いのだ。だから、この時期は早朝か夜に散歩してあげなければいけない。それでもすぐにヘタっとなってしまうため、休み休み水を飲ませながら散歩している。たまに保冷剤で首回りを冷やす。それでも散歩がないと不機嫌になるので、注意を払いながら毎日散歩する。

家に戻って来る頃には、海を漂ってしっとりとふやけたヤシの実のようになっている。手と足を拭き、肉球クリームを塗る。なぜか散歩の後は冷たい新鮮な水しか飲まないニコルのために、新しく水を入れ替えてあげる。一生懸命に水を飲んでいる間、保冷剤で首もとを冷やしてあげる。

散歩が終わったら、もうほとんどやる気を示さない。ケージの中やリビングなどにお気に入りのだらけスポットがあって、そこをよたよたと移動しながらこれでもかっていうくらいだらけ倒す。白目をひん剥いて仰向けになり、生物としてのフォルムをぎりぎりなんとか保ちながら寝ている。可愛いからいいのだけど、自然界だったらどうするつもりだったのだろうか。野生として生きるには、だらけた性格をし過ぎている。その弱さが愛おしくて、僕たちは寄り添うように生きている。

一番感心しているのは、僕が「ニコルゾーン」と呼んでいる存在である。ニコルをベッドの上に載せてあげると、とことこと歩いて行って、“そこ”に収まる。まるでニコルが収まるために、あらかじめつくられていたような掛け布団のくぼみにすぽっとハマり、短いため息をついて丸くなる。「ニコルゾーン」はニコルがつくったわけでもなく、僕が御膳立てしたわけでもなく、いつも適当な位置に、適当な大きさで存在している。ニコルより先んじて存在している。仮にニコルが世界に存在していなくても、「ニコルゾーン」は存在するように思える。しかし、「ニコルゾーン」が「ニコルゾーン」たりえるのは、ニコルが存在しているからだ。

あなたの家の掛け布団を観察してみてほしい。くぼみをじっと凝視してみてほしい。くぼみに大きなキャラメルコーンが収まりそうだと思ったら、そこが「ニコルゾーン」である。

 

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宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid