モヤモヤの日々

第159回 あいつは?

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

赤子に「パパ」と呼ばせたい人の気持ちが、赤子が産まれてからわかった。うちの赤子(息子)は1歳2か月なのだが、「ママ」「マンマ」とは言っても、「パパ」とはなかなか言ってくれない(発声の差の関係なのだろうか)。ましては、「お父さん」なんて言葉を発するのは、まだまだ時間がかかる。

なので、うちも「パパ」と呼ばせようとしたのだけど、なぜかいつも、その存在をひた隠すように小声で「ぱふぁ(パパ?)」とささやく。どうして小声なのかはわからない。しかも最近では、「ぱふぁ(パパ?)」とすら、ぱたりと言わなくなってしまった。寂しい限りである。

一方で、最近の赤子は、なにやらよく喋る。なにを喋っているのかわからないのだけど、とにかくなにかをよく喋っている。たくさん喋るなかで、「パパ」にあたる言葉はあるのか。赤子を数日間じっくり観察してみたところ、どうやら今は「あいちゅあ(あいつは?)」がパパらしい。

立ち上がることができるようになった赤子は、よたよたと歩きながら移動する。おもちゃを一通り散らかし放題して、次第に飽きはじめる。周りにあるものを放り投げだす。それにも飽きたら赤子は言うのだ。「あいちゅあ」。あいつは……ここにおります。いつもあなたをじっくり観察していますよ。

 

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宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid