モヤモヤの日々

第180回 赤子が強い

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

赤子が強い。単純に力が強い。赤子(1歳3か月、息子)は、太腿がとにかく立派だということで親戚の間でも有名だった。80歳を越す祖母の弟は、「この子は足が速くなる」としきりに僕と妻に言ってきた。自分の鈍臭さを振り返り、そんなはずはないと思っていたが、実際に赤子のずり這いは速かった。歩きだした今も速い。走っている。そして力が強いのだ。

赤子はドアを勝手に開けて走り回るし、椅子や大人用のベッドなどにも平気でよじ登り、自分で勝手に降りたりする。そんな調子だから、まったく目が離せない。最終的には、抱えて強制的にやめさせるしかないのだけど、そのときに赤子が強い。ベッドによじ登った赤子を確保しようとしても、物凄い力でシートを掴みなかなか離れない。そのうちあの立派な太ももでマットレスを蹴り、ずんずんと進撃していく。やっとのことで捕まえたあとも、足や手をバタつかせて猛抵抗する。

さて、ここで問題なのは、赤子はまだ言語を理解しないということだ。徐々にわかるようにはなってきているようで「駄目!」などと言うと、一度、動作を止めるようにはなったものの、結局はやめさせることはできないし、「なぜやったらいけないのか」という説明で納得させるのも難しい。「◯◯君が危なくなる悪戯はやめようね」と説得できればどれだけラクか。

だから最終的には、悪戯が過ぎたら強制終了させる。もちろん、相手は赤子である。39歳の僕からすれば、簡単に赤子を抱えることが可能だ。しかし、なかなか赤子も抵抗する。力を加減しながら赤子を抱きしめる。そう、力を加減しながら。現状で、だいたい80%くらいの力を使っている。

最近、赤子は筋トレに余念がない。スクワットのような動作や、つま先で歩く鍛錬、頭と腕を床につけ、お尻を天に突き上げる謎のポーズまで、日々、悪戯をするためにトレーニングしている(ように見える)。今の赤子には悪戯が仕事なのだから仕方ないと言えば仕方ない。

僕は筋トレが大嫌いなのだが、赤子に負けないためには鍛えなければいけないのだろうか。残り20パーセントの余力では心許ないから、本気で筋トレをしたほうがいいのだろうか。

それが嫌だからというわけではないが、僕は赤子に毎日、絵本を読み聞かせている。言葉を覚えてもらえるように。楽しい言葉の世界に浸ってもらえるように。高まったテンションが、絵本の世界を旅することによって鎮まってくれるように。そして大暴れしながらも最後の最後には眠りに落ちていく赤子の顔を見て「所詮は赤子」と思い、ホッとするのであった。

 

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宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid