モヤモヤの日々

第182回 犬の誕生日

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

先週の土曜日、9月19日に愛犬ニコル(ノーフォークテリア、雌)が3歳になった。犬の誕生日である。あの小さかったニコルが、今も小さいけど少しは大きくなったなあと、しみじみ思う。赤子が産まれてからは大人になった、健気で可愛い愛犬が3歳になったのだ。

毎回、なんらかのお祝いをしているが、今年は僕が仕事で一杯いっぱいになっている時期だったため、準備をすべて妻に任せることになってしまった。夕方6時くらいにリビングに来てほしいと言われ、僕はそれまで仕事に集中した。僕が執筆をひと段落させてリビングに入ったとき、ちょうど妻が飾り付けに使う風船を膨らませているところだったので手伝った。

むせながら風船を膨らませた後、リビングの椅子に腰掛けた僕に妻は紙皿を手渡した。紙皿には、平たく切った薩摩芋と角切りのリンゴがストーンサークルのように並べられていた。なんとも不思議なメニューだが、美味しそうではある。そしてヘルシーだ。最近、ストレスで暴食しがちな僕の健康を考え、このストーンサークルをつくってくれたのかもしれない。妻に感謝。

「ありがとう」と僕が言うと、妻は「3」の形をした蝋燭をリンゴに差した。なるほどストーンサークルはニコルの誕生日の特別メニューだったのである。考えてみれば当たり前だ。僕のものであるはずがないではないか。そもそも今日はニコルの誕生日である。僕はいつも自分のことばかり考えている、身勝手で未熟な人間である。犬なので蝋燭に火はつけず、飾り付けしたリビングでハッピーバースデイソングを歌い、「伏せ」と「待て」をさせてから、薩摩芋とリンゴをあげた。犬は一生懸命に食べていた。薩摩芋みたいな素朴なフォルムをした犬が、必死に頬張っていた。犬が産まれた目出度い日が、今年も終わろうとしていた。

来年の誕生日は、たとえば山奥のコテージなどを借りて、盛大に犬に報いたいものである。薩摩芋とリンゴを食べたニコルは、満腹のままウトウトと眠ってしまっていた。いずれにしても、家族4人(1匹含む)揃ってお祝いすることが今年もできて、うれしく思っている。質素でもいいからこんな誕生日会が、あと30回くらい開けたなら。そんなことを考えた。

ちなみに、誕生日会が終わってから薩摩芋をもらったのだが、とても美味しかった。「いい芋なんでしょう?」と僕が訊くと、「ううん。そこのスーパーで安く買ったやつ」と妻は答えた。薩摩芋はとにかく美味しい。安くても美味しい。ニコルもそう思っていることだろう。

 

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宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid