モヤモヤの日々

第197回 マスクチェーン(2)

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

ある日、突然、妻がマスクチェーンをしていた。通っているアパレルショップのECサイトで購入したという。マスクチェーンとは、ネックレスのようなアクセサリーで、ただのネックレスと違うのは、マスクにつなげてとめておくことができるのである。きっと僕が以前に書いたコラムに触発されて買ったに違いない。それにしてもいつの間に導入していたのだろうか。

「どう?」と僕は訊いてみた。妻はうれしそうに「お洒落アイテムでしょう?」と満足げな笑顔を見せた。たしかにお洒落である。「クリアマーブル2WAYチェーン」と名付けられたこの商品は、べっ甲チェーンが落ち着いた雰囲気を漂わせていて、なんとなく上品な感じがする。「2WAY」というのは、マスクだけではなく、眼鏡にも装着できることを指すらしい。値段は税込で3289円。この値段が高いのか安いのかよくわからないが、普通にネックレスを買おうと思ったら、それこそ100円均一から、上は天井知らずの値段まであるはずである。つまり普通の値段なのだ。

寝不足で頭がまわらないからだろうか。僕の質問の仕方が悪かった。僕は妻にもう一度、「つけてみてどんな感じだった?」と訊いてみた。妻が言うには重さはほとんど感じられず、アイテムとしてもお洒落だし、とくに外食する際は、食べたり飲んだりするときだけマスクを外すのが推奨されよう。外して、食べて、またマスクをするという一連の動作が、チェーンがあることでスムーズに行えるとのことだった。なるほど、確かに便利である。やっぱり僕もほしい。

僕は「パールのやつはあるの?」と訊いた。そう。僕はテレビを観ているとき、あるアーティストがパールのマスクチェーンをしているのに気づき、憧れていたのだった。妻はiPhoneでECサイトを開いて商品を物色し始めた。そして、「こんなのはどう?」と見せてくれたパールのマスクチェーンは、それはそれはお洒落なパールのマスクチェーンで、値段はクリアマーブルと同じ税込3289円だ。もちろん「2WAY」である。メガネはかけないが「2WAY」がいい。

僕は妻に頼んで、その商品「ミックスパール2WAYチェーン」を注文してもらった(もちろんお金は払う)。さて、今日の話はまったくモヤモヤせず、むしろスッキリする話なのだが、最後の最後で妻が「わたしも同じものを買いたい」と言い出した。妻はすでにマスクチェーンを持っているのだし、「ミックスパール」を使いたい日があったら貸してあげてもいい。僕はそう言ったが、妻は妻のこだわりがあるらしいので、ふたつ注文することになったのだった。

2021年秋、日本中を席巻する「マスクチェーンのペアルック」という新しい概念が立ち上がる瞬間に、僕は立ち会ったのかもしれない。よくわかっていないが、特許とかを取らなくても大丈夫だろうか。

 

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宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid