モヤモヤの日々

第198回 二代目・朝顔観察日記(7)

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

ここ数日間、仕事が忙しく、久しぶりに昼夜が逆転する生活を送っていた。大量の資料を読んでまとめる作業は、資料を読むにも、執筆するにも、ある程度、まとまった時間がなければ難しい。しかし、繁忙期は不甲斐なくもほとんど妻に頼ってしまっているものの、やはり赤子(1歳4か月)などが家にいると、どうしても時間が細切れになってしまう。まとまった時間を取るなら、深夜が一番なのだ。

苦戦していたもののひとつに、中原中也について書いた原稿があった。「中也で昼夜が逆転した」と、あの偉大なる哲学者・九鬼周造が放った「クキがクッキーでグキっとした話」で有名な「偶然の駄洒落」が炸裂したと思いきや、リーチはかかっていてもあとひとつの要素が足りない。中也で昼夜が逆転しながら、チューインガムでも噛んでいればよかった。噛んでいなかったので、嘘はいけない。

まあ、ようするに兎にも角にもドタバタと数日間を過ごしていたわけだが、そんななかで僕の心の支えになったのは、朝顔の存在だった。一代目・朝顔が強風で崩壊し、季節外れの種まきになったのにもかかわらず、同じく二代目からの種まきとなったブランド朝顔たちが滅んでいくなか、唯一、花を咲かせてくれたのは、高速道路のパーキングエリアで売っているような素朴な朝顔の種だった。

夜、窓からベランダの朝顔を覗いてみた。花が閉じていた。さすがは朝顔である。そして早朝、赤子が起きる直前に仕事をやめ、赤紫色の花を開いた朝顔に水をあげてから就寝する毎日が続いていた。

早朝にベランダに出るようになり、僕はあることに気づいた。外が青いのである。『ブルーピリオド』(山口つばさ、講談社)は、藝大や美大を目指す予備校、そして大学を舞台にした漫画なのだが、主人公の矢口八虎が芸術を志した理由のひとつに、「早朝の渋谷の景色が青く見える」というものがあった。僕の家は渋谷から徒歩圏内にあり、ベランダからは渋谷の街が見える。『ブルーピリオド』を読んだときは、芸術的な描写として誇張されたものかと思っていた。しかし、たしかにビルに囲まれた渋谷、そして僕の住む街は早朝、なぜか静かな青色で包まれていたのである。

詩について書いていたから、感性がいつもより鋭くなっていたのだろうか。それにしても朝顔はいろいろなことを僕に教えてくれる。赤子もいつか、この青色をみるのだろうか。

 

Back Number

宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid