モヤモヤの日々

第200回 行けたら行く

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

「行けたら行く」という言葉に、モヤモヤしない人はいないのではないか。これは、編集者から原稿依頼がきて「書けたら書く」と返事するようなもので、よほどの大物でなければ通用しない言い草である。ところが、「行けたら行く」は大物でもない人が気軽に使ってくる。

「行けたら行く」。そんなの当たり前ではないか。誰もが「行けたら行く」のである。だから来られそうか誘う側は訊くのだ。「行けたら」の確率が100%なら「行く」でいいし、私見では80%くらいでも「行く」でいいと思う。たとえ100%の人でも、当日トラブルに見舞われれば0%になるが、そういうことを訊きたいわけではないのだ。あくまで現時点の可能性を、誘う側としては知りたい。

しかし、フリーランスになってからは、この「行けたら行く」の気持ちが少しわかるようになってしまった。フリーランスにとって、1、2週間後の日程が一番立てにくい。今やっている仕事が長引いて終わらないかもしれないし、新しい仕事が入る可能性があるからだ。また、1か月後の予定を訊かれても、「それはわからない」としか答えられない。逆にそれ以上、つまり2、3か月後の予定となると、自分で仕事の調整ができる範囲が広がるので、さすがに日程を確保できるようになる。

ただし、「行けたら行く」を「このお誘いは優先度が低い」と判断して使っている人もいるから、厄介である。さらに意外と誘った側に迷惑をかけるのは、「行けたら行く」というからには意地でも顔を出そうとする人である。「行けたら」を「行ける」にするため一生懸命に努力してくれているのはうれしいのだが、その結果、激務でぼろぼろになりながら来られるのも心が痛むし、そういう人は会合の残り30分くらいに現れるケースが多い。そうすると会計が平等になるように計算する手間がかかる。さらに、来てくれたからには二次会などに参加し、来てくれた人をもてなす必要がある。

どこまでもモヤモヤする「行けたら行く」だが、フリーランスにとしてはどうしてもそのように言わざるを得ない場面が出てくる。迷惑をかけたくない場合は、明確に「行けない」と返事するようにしている。フリーランスにとって一番、日程が確保しやすいのは、実は、今日か明日など近々の予定である。今日と明日に仕事がないなら、さすがに追加で仕事がくることはない。だから、「今からどう?」とか、「明日の夜、空いてる?」とかのお誘いがどうしても増えてしまうことになる。書いていて気づいたのだけど、コロナ禍の今では、ちょっと懐かしいモヤモヤになってしまっている。

ちなみに、この連載も今日で200回に到達した。このあと21時から編集担当の吉川浩満さん と一緒に、無料のYouTubeライブを開催する。この企画が正式に決まったのは、まさにフリーランスにとって一番日程が空けにくい1週間前だった。だから、「行けたら行く」と言いたいところなのだけど、僕は大物でないので「絶対に行く」。いや、むしろ「行けなくても行く」所存である。

 

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宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid