モヤモヤの日々

第221回 ウニについて

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

ウニという食材に、僕は人類が歩んできた歴史の重みを感じる。なぜ、あのトゲトゲの生物を食べようと思ったのか。トゲトゲを割っても謎のどろりとした物体が、しかも少量あらわれるだけの食材を、なぜ重宝したのか。結果的に食べられる食材だったからいいものの、同じような過程で人類が食べられない食材にあたってしまったケースがあったはずであり、おそらく命を落とした人もいるだろう。

見た目だけで判断するなら、危険が伴う雰囲気しか漂ってこない。しかし、長い歴史の中で誰かがウニを食べた。トゲトゲに悩まされながらもなんとか中身を取り出し、誰かが「旨い」と思った。これは人類にとって、ある種の達成である。「贅沢」とは、こうした好奇心と犠牲の上に存在している。

しかし、である。ウニを食べるたびに、ふと疑問に思うのだ。寿司ネタでは、ウニとサーモンとエビが好きなのだが、ウニは高級食材の部類に入るし、軍艦巻きの上にちょこっとしか添えられていないので、本当に旨い食材なのか判断する前にいつも食べ終わってしまう。旨い。たしかに旨い。だが、それは本当なのだろうか。希少性とあのなんとも言えないくせのある味に騙されているだけではないか。長年そう疑っていた僕は、数年前、北海道を旅行した際、そのモヤモヤに決着をつけることにした。

飛行機で北海道に着くなり、僕はすぐにウニ丼を食べた。出し惜しみせず、たくさんウニがのっていた。さすが北海道である。たしか6000円くらいしたのだが、僕はウニの旨さを確かめるために北海道まで来たといっても過言ではないのである。ケチなことを言っている場合ではない。夜には、インターネットで見つけた有名店でウニ丼を食べたし、海鮮市場でも新鮮なウニを食べた。5泊6日の滞在だったのだが、おそらく最低9回はウニを食したはずだ。

ある居酒屋の店主が教えてくれたところによると、ウニには主に、バフンウニとムラサキウニがあって、それぞれ旬が微妙に異なる。バフンウニは、オレンジ色っぽい見た目で旨味が濃厚、ムラサキウニは白っぽく、味のバランスが取れているのだそう。その旅行で両方食べることができたが、どちらかというとムラサキウニが僕の好みだった。バフンウニも、むろん美味であった。

つまり、北海道旅行で多大なるお金を払ってウニを食べまくった結果、僕は「ウニは旨い」という結論に達したのだ。今までちょっとずつしか食べてなかったけど、大量のウニをいっぺんに食べても旨いものは旨い。そしてどのような種類のウニも旨いのである。僕は人類の歴史に足跡を残すことができただろうか。ウニが好きなのに、本当に旨いかどうか疑念を抱いている人がほかにもいるかもしれないので、ここではっきり言断しておく。ウニは最高だ。9回も食べたのだから間違いない。

 

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宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid