第18回 見えない未来を生きていく

誰でも「できる」ことと「できない」ことがある。「できる/できない」の間で迷ったり、不安を感じたり、無力感を持ったりしながら生きている。レビー小体病という「誤作動する脳」を抱え、できなくなったことと工夫によってできるようになったことを自己観察してきた著者が、「できる/できない」の間を自在に旅するエッセイ。

「認知症って、いったい何なんだ〜!?」と、一人で何年も叫び続けている私は、人から見たら、ヘンな人でしかない。でも、他でもない自分のことなので、どうにも止まらない。このしつこさを勘弁してほしい。

よし。結論からいこう。結局のところ、「どの人が認知症で、どの人は認知症でない」と区別する明確な定義も尺度もこの世には存在していない。冗談みたいだが、事実そうだ。

そんなテキトーなものが、どんな病気よりも恐れられ、毎日メディアに取り上げられ、「予防!予防!」と追い立てられる。きっと今も日本中で、「認知症だ!」「認知症じゃない!」と親子が言い争っているだろう。そんな変なものが、他にあるだろうか?

確かに病院に行けば、「アルツハイマー病です」「レビー小体病です」と言われるかもしれない。でも、解剖でわかる病名と生前の診断名の一致率は、高くない。[1]

考えてみれば当たり前だ。80、90にもなれば、目、耳、歯、膝、腰、みんな悪い。同時多発的ガタが全身にくる。脳も例外ではいられない。

老化で自然に縮む。タウ、アミロイドβ(ベータ)だけなくレビー小体もその他の要らないものも溜まりやすい。[2]  血管は脆(もろ)い。高血糖、高血圧、歯周病、ストレス、酒、大気汚染……。老化で弱った脳は、日々数々の敵からブローを受けながら、最期まで変化を続けている。

レビー小体病と同様に、アルツハイマー病の中にもいくつもの分類があり、症状や進行速度が違うこともわかってきた。[3]

「この人の脳は赤。この人の脳は青」なんて、幼児の絵のように塗り分けられるものではない。もともと大きな個人差のあった脳の上に、さまざまな色が入り混じり、刻々と変わっていく巨大な万華鏡であるはずだ。それを直接観察する方法は存在しない。

<どこからが認知症なのか>

「認知症介護は突然始まる」とよく言われる。でも、一番多いとされるアルツハイマー病では、20年30年掛けて脳の神経細胞が少しずつ変化し、その結果として「認知症(の状態)」になる。

その長い道のりの、いつ、何をもって「自立した生活が困難になった状態(=認知症)」と決められるのだろう。その明確な定義もない。

生活や家事の能力、同居家族、暮らし方、考え方、性格は、みんな違うから、症状が同じでも窮地に陥る人、ほとんど影響のない人、さまざまだ。いろいろ工夫して困りごとを自分で減らす人たちもいる。

「いやいや。認知症は、認知機能テストの点数が20点以下という線引きがあって……」と言われる。そういう目安はある。でもテストの点数と生活上の困り加減も一致しない。レビー小体型認知症では点数の変動が激しいし、健康な人でも強い精神的ストレスや疲れや薬の影響で一時的に点数がひどく下がることがある。

「認知症だと診断されたが、違っていた」という話は、決して珍しくない。老化で増える痙攣(けいれん)発作のないてんかん、高齢者に多い未診断の発達障害、難聴など、認知症と区別がつきにくいものはさまざまあるそうだ。

一般の人が決定打と信じている脳の萎縮も個人差が大きい。萎縮していても症状が目立たない人もいれば、萎縮ゼロでも症状が強い人もいる。脳の萎縮が特徴のはずのアルツハイマー型認知症でさえ萎縮しないタイプがある。[4] 私の脳も診断時に「萎縮はない」と言われたが、「レビー小体型認知症では珍しくない」とこの病気に詳しい専門医から説明された。

「早期発見、早期治療」という言葉だけが、国民の頭にインプットされたが、結局、認知症を引き起こす病気の早期診断は、一般の人が思うほど簡単ではないし、その病気によっていつ「認知症(の状態)になった」かという線引きもできない。

医師のせいではない。脳の病気は、原因も治し方もその仕組みも、まだほとんどわかっていない。それを知らないと、必要以上につらい目に遭ったり、不毛な恨みを持つことになりやすい。

「病院に行けば認知症かどうかわかる」「認知症については、医師がなんでも知っている」「病気なら、薬で何とかしてもらえる」は、幻想であり、過剰な期待だ。そんな認識のズレが、医療者も患者も家族も不幸にしていると思わずにはいられない。

<認知症は暮らしの障害>

「認知症は暮らしの障害で、暮らしがうまくいくかどうかが、いちばん大事なんだ」「暮らしというものは、周囲の人とのかかわりによっていくらでも改善できる」

故長谷川和夫さんが、自身の嗜銀顆粒性(しぎんかりゅうせい)認知症を公表してから語った言葉だ。

重度の記憶障害があり、認知機能テストの得点は一桁なのに、介護サービスを利用しながら一人暮らしを続けている高齢女性の話を医師から伺ったことがある。

小さな村で、誰もが彼女を知っている。外で迷子になっても、誰かが「あら、◎◎さん、元気?」と笑顔で声をかけ、「じゃあ、一緒に行こうか」と目的地なり自宅なりへ連れて行ってくれる。長年の親しい近所付き合いも変わりなく続いてる。「一緒にご飯食べようよ」と近所の人がよく誘ってくれるし、おかずのお裾分けを持って訪ねてきてくれる人も多いという。彼女自身も若いころからそんなふうに人と接してきたのだろう。

認知症って、いったい何なんだろう? 「自立した生活が困難になった状態(=認知症)」って、何なんだろう? 認知症をこんなにもつらいものにしてしまったのは、病気の症状よりも、そのあまりにも歪められたイメージや社会のあり方や人と人との関係の変化ではないのか。

<自立と孤立>

長年できたことができなくなってきたとき、「バカになった。情けない」と落ち込む人は多い。「人に認知症だと知られたくない」と引きこもってしまう人は、今も少なくない。

でももし屈託なく笑って、周囲にこう言えたらどうだろう。

「私、すっかり忘れっぽくなっちゃった。だから大事なことは、私の代わりに覚えておいて、必要な時に教えてね。頼りにしてるよ」

その人がバカになっただなんて、誰も思わない。周囲もそのほうが、助かるだろう。自分の中にある認知症への偏見や「人を頼っちゃいけない」という自分への縛りさえ捨てれば、症状は消えなくても苦しみは消える。経験者の私が保証する。

「(たくさんの)人の手を借りる」という開かれた、柔らかい心のありようや「いつでも手を借りることができる」人間関係のある地域社会が、私には眩しい。簡単にはできないけれど、そういう形の「自立」が、これからの理想と思う。

「誰の手も借りずに歯を食いしばってがんばるのは、自立ではなく孤立だ」と読んで、ギクリとしたことがある。きっと私だけじゃないだろう。「自己責任」なんて石のように硬く冷たい言葉が飛んでくる今の日本は、いつの間にかすっぽりと「孤立社会」の幕に覆われている。

人間関係は、基本的に面倒で、煩わしさがつきものだ。40年前に故郷を離れ、そんな面倒を避けて生きてきて、辿り着いたのが、この「孤立社会」か。自由で気楽で快適な生活を、誰もが当たり前のように求め、謳歌してきた結果がこれなのか。そう思うと、スーッと体が冷たくなる。2年近く続くコロナ生活の中で、孤独が骨まで沁みてくる。

<不調の波がやってきた>

コロナと共に書き始めたこの連載が、「やっとコロナが終息したように見える」と書いて終わりだと思っていたら、未知の新種株が出てきて、また未来がよく見えなくなってしまった。

ストレスにめっきり弱くなった脳に、トラブルも重なり、不調の波がやってきた。頭痛や倦怠感で布団に潜り込むことが増える。体調と同期して脳もサボる。ワニという字を見て、「ワニって何だろう?」と考えている。途中、カメの姿が頭に浮かんで「ワニ?……違う!これは、カメだ」とうめく。自分が書いたツイートを見て、「語彙(ごい)」という字が読めない。親しい友人の名前が思い出せずに慌てる。忘れるはずのない大事な知識も、いざ頭から取り出そうとすると消えている。

こんな私に未来はあるのか? そう思いながら布団に入り、目を閉じると次々とクリアーな映像が見える。着物を着た女性が歩いていく。なぜ眠ってもいないのに夢が始まるのだろうと以前は思っていたが、入眠時幻覚と呼ぶらしい。昼間には、目を開いた状態で車の中に人が座っていたり、ゴキブリが壁を這うのが見える。幻視にはすっかり慣れている私だが、人やゴキブリは、あまり好まない。心臓に悪い。

調子が悪いときは、自分以外の全員が、立派に見える。自分だけがあちこち欠けていて、中途半端で、頼りにならない存在に思える。自分を攻撃はしないけれど、冷たい雨に濡れて鳴いている捨て猫のような気持ちになる。

でもこのごろ、小さな赤ちゃんを見ると考えるのだ。この赤ちゃんが無事に生き続けるためには、毎日何度もお乳を飲ませ、おむつを換え、服を着せてくれる人間の温かな手が必要だ。記憶はないけれど、私も確かにそうされたんだ。だから、いのちは消えずに続き、こうして生きている。

人の手で世話してもらえなかったら、すぐに消えてしまうほど弱いものとして送り出されたのが、人間だ。弱さは、間違ったものではなくて、人間の通常モードだ。不安も寂しさも、生き延びるための初期設定なのだろう。

人間は、人間の手で世話され、助け、助けられて、やっと生きられるようにつくられている。街ですれ違う赤ちゃんは、そのことを私に伝えてくれる。若く、健康だった時には、わからなかった大切なことを。

<もし今、未来が見えなくても>

山の上の天体望遠鏡で天の川を観たことがある。宇宙を埋め尽くすような星を観ながら、私は、泣きそうになった。見たこともない数の星が輝いている。その1つひとつが、冷たい漆黒の宇宙に孤独に浮かんでいる。私が一生かかっても辿り着けない遠い場所から光を放っている。それは、私が生まれるはるか前に放たれた光だ。その光が千万年も宇宙を旅して、今、地球の上に立つ私に届いている。星と比べたら一瞬にすらならない時間を生きる人間の小さな2つの目に。

無数、一つ。永遠、一瞬。生、滅。光、闇。すべてが、矛盾なくひとつになっている。それは、こんなにも美しい。ああ、これが宇宙の姿なんだ。こんな私もその一部分なんだ。そう思うと涙が出てくる。不安定で、脆(もろ)くて、無力なものとして生まれ落ち、育てられ、また無力な存在に還って消えていくことが、自然な営みに思えてくる。私たちは、みんなこの大きな循環の中にいる。だから大丈夫だと思える。

もし今、未来が見えなくて、不安を抱えていたとしても、衰えていく中にあるとしても、あなたは、大切な人だ。

「あなたは、大切な人だ」

私も自分に繰り返し言おう。どんな病気でも、若さを失っていっても、仕事がなくても、お金がなくても、孤独の中にいても、あなたは、大切な人だ。

だから人に助けてもらうことに引け目を感じたりすることなんてない。いろんな人に助けてもらいながら、どうにかやっていけたらいい。自分もできることがあるときは、手を貸したりしながら。そんなふうに少しずつ、つながっていけたらいいなと、今、思っている。

 

※「間の人」は、今回で最終回になります。さらにボリュームアップのうえ、
来春に単行本化の予定です。ご期待ください。

 


[1] 出典は、新井平伊編集 『プライマリケアで診る高齢者の認知症・うつ病と関連疾患 31のエッセンス』 (医歯薬出版。2019年発行)の中で紹介されているBeachらの論文。
[2] 高齢者に比較的多い嗜銀顆粒性認知症では、脳に嗜銀顆粒というたんぱく質が溜まる。レビー小体型認知症やパーキンソン病の人の脳や全身に溜まるレビー小体(たんぱく質)は、高齢者の約3人に1人に見られる(レビー小体があっても必ず病気を発症するわけではない)。
[3][4]出典は、Neurologyに2020年掲載の論文「Biological subtypes of Alzheimer disease: A systematic review and meta-analysis」 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32047067/

1962年生まれ。50歳でレビー小体型認知症と診断された。41歳でうつ病と誤って診断され、治療で悪化していた6年間があった。
多様な脳機能障害のほか、幻覚、嗅覚障害、自律神経症状などもあるが、思考力は保たれ執筆活動を続けている。
『私の脳で起こったこと』(ブックマン社。2015年度日本医学ジャーナリスト協会賞優秀賞受賞)。最新刊『誤作動する脳』(医学書院 シリーズケアをひらく)。