第8回 ポストEU離脱騒動の英国は、ストの時代 -Workers FROM all lands, unite!―

イギリスがEU離脱を決め、アメリカではトランプ大統領が誕生。今年、フランス大統領選、ドイツ連邦議会選など重要な選挙が行われる欧州では、「さらにヤバいことが起きる」との予測がまことしやかに囁かれる。はたして分断はより深刻化し、格差はさらに広がるのか? 勢力を拡大する右派に対し「レフト」の再生はあるのか? 在英歴20年、グラスルーツのパンク保育士が、EU離脱のプロセスが進むイギリス国内の状況を中心に、ヨーロッパの政治状況を地べたの視点からレポートする連載、その第8回。マクドナルドでストが打たれるなど、英国の労働者たちが闘いはじめた。この闘う労働者たちが、メディアで語られるステロタイプな労働者階級像を打ち破り、真に団結するための条件とは?

英国でマクドナルドの従業員たちがストライキを行ったことが世界中で報道された。英国でマクドナルドが開店して初めてのストであり、従業員たちは労働環境の改善や賃金の引き上げなどを訴えた。

この話ほど大きなニュースにはならなかったが、英国では今年、ロンドン大学の名門カレッジ、LSE(ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス)の清掃職員たちもストを行った。世界的な政治家や著名人を輩出するエリートご用達カレッジとして有名なLSEは、歴史を遡れば、19世紀の末にファビアン協会が設立したカレッジだ。

ファビアン協会は社会主義改革を説いた知識人たちが作った組織だ。世の中に蔓延する不平等から社会を解き放つには教育が重要だと信じた社会主義者たちが設立したカレッジが、いまや新自由主義の世相に則って、末端の清掃作業員たちを劣悪な条件で働かせていたのである。

ほとんどの大学がそうであるように、LSEも数年前に清掃職員の正規雇用をやめ、派遣会社経由で雇用することになった。安上がりだから、そして悪条件で雇うことができるからである。派遣会社を通して雇用されている清掃職員たちには、有給も、傷病手当も法で保証されているミニマムの権利しか与えられない。最低賃金で働く清掃職員たちは、賃金を貰えないと生活が苦しくなるので、往々にして病気にかかっても仕事に行く。

LSEの正規職員たちには年間41日間の有給が与えられ、6か月間は給与全額支給の傷病手当も与えられているのに、である。

清掃職員たちは自分たちのことをいつしか「二級市民」だと感じるようになった。だが、この人たちがブリリアントだったのは、「そういうものなのだ」と諦めなかったところである。

彼らは正規職員とまったく同じ雇用条件を求めて3月から断続的にストを打った。

5月にはガーディアン紙のライター、オーウェン・ジョーンズが彼らのストに賛同し、LSEで予定されていた彼の講演をドタキャンしている。彼はコラムでLSEにこう憤った。

これがねじれた真実なのだ。高額の報酬を貰う講演者(僕も含めて)が名門カレッジで登壇し、現代の英国社会の不正について論じる。そして清掃職員たちが現れ(その全員が移民、またはマイノリティーの出身)、あと片付けをする。その彼らこそが、まさに今そこで論じられていた不正による犠牲者たちなのだ。(theguardian.com/

LSEでストライキを打った清掃職員たちは勝利をおさめた。天下のLSEが自分たちは間違っていたと認めたのである。LSEは2018年春から、清掃職員たちを正規雇用の職員として直接雇用することを発表した。マクドナルド従業員たちのストは、明らかに英国内のこのような動きとリンクしている。

労働者たちが闘いはじめた。

だが、この労働者たちは、例えば昨年のEU離脱投票の後や、トランプ大統領誕生時にクローズアップされた労働者たちとは別の層だ。

「白人で、中高齢者で、男性で、錆びついた旧工業地帯に住んでいて、自らの地位の没落を感じていて、排外主義になっていて」という図式にはあてはまらない人々である。

ストを打ったマクドナルドの従業員は圧倒的に若者が多いし、LSEの清掃職員はほぼ全員が女性の移民である。

これは一見、新たな労働者の層が闘いはじめたようにも見える。

だが、そんなことはない。歴史を振り返れば、昔は彼らのような人々も労働者階級の層に組み込まれていたし、彼らもストを打って闘っていた。1960年代にはインド系労働者組合(IWA)が全国の工場で闘争を繰り広げていたし、映画『ファクトリー・ウーマン』で有名なフォードのミシン工の女性たちの闘いもあった。

ファストフード店員や清掃職員は、工場作業員や炭鉱労働者といった従来の闘う労働者層とは違う、というのもおかしい。100年前だって英国では若い召使いたちが雇用主に抵抗する「召使い問題」が起きていたからだ。

むしろ、いまストを打ち始めて注目されている労働者層は、新自由主義万歳時代が末期に達して再び目覚めた層と言ったほうがいい。

そもそも労働者階級を、白人のおっさんたちの「兵どもの夢のあと」みたいなステロタイプで語りたがる識者たちの「ブレグジット/トランプ以後」の風潮は、ゼロ年代に盛り上がった、労働者階級は白人で頭が悪くて犯罪者だという「チャヴ」差別と合わせ鏡だ。実際のところ、我々はもっと複雑な構成でできた階級なのである。

なのに労働者階級を単純化してレッテルを貼ることで、利を得るのは誰だろう?

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ガーディアン紙に「コミュニティ・ビルダー」と称するバーミンガムの牧師の記事が出ていた。アル・バレットという牧師は、昨今メディアや知識人が「非常に懸念される白人労働者階級の地域」と呼ぶ公営住宅地に住んでいるそうだ。

彼は言う。緊縮財政と貧困が地方コミュニティのインフラ(図書館、パブ、カフェなど)を潰してしまい、こうしたコミュニティのハブが失われるにつれて、人々は交わることがなくなり、「パラレル・ライフ」を生きるようになってしまったと。

近隣の人々が集うことが可能なコミュニティのインフラを復興することがいま最重要だ、と彼は主張する。アフガニスタンからの難民と実際に会って話したことのない人々にとり、テレビやタブロイド紙で見る彼らに関する情報がすべてとなってしまい、偏見を抱くようになり(福祉の世話になって生きていくために英国に来ている、等々)生身の人間として見れなくなってしまう。バレット牧師は、自分の教会(英国国教会)に来る信者たちと話すにつれ、地域住民が集まり、触れ合うスペースの必要性を痛感するようになったという。

本来は複雑で多様である労働者階級の構成を無視して、ステロタイプ的な労働者階級像を作ってきたのもメディアであり、それを通してしか白人労働者階級を知ることのない移民のほうでも、また彼らに対する偏見を抱くようになり(教養のない怠け者のレイシストたち、等々)、生身の人間として理解できなくなる。つまり、お互いに直接触れ合うことなく、離れた場所から嫌悪感を募らせているのである。

ぜんたい、こんな風に分断させて統治することで利を得ているのは誰かということだ。

労働者階級の街の排外主義やレイシズムはリアルだが、先天性のものではない。

隣に立つべき者どうしを切り離し、互いを侮蔑させ合って統治してきた人々が、労働者のコミュニティを他と同じく価値ある共同体として扱い、「今さえよければ」という短期的介入の反復ではなく、長期的に投資して再生させれば、そんなものは乗り越えられるのだ。

我々は、白人であり、黒人であり、アラブ人であり、黄色人であり、ムスリムであり、クリスチャンであり、若者であり、中高年であり、自動車工場の工員であり、マクドナルド従業員だ。

「万国の労働者よ、団結せよ」どころか、「地域の労働者よ、団結せよ」から始めなければならない時代である。

だが、「インターナショナル」がローカルなコミュニティの中に存在する現代では、地域社会こそが世界の労働者が団結する場なのかもしれない。

いまや万国は、半径5メートル内にある。

 

 

 

Profile

1965年、福岡県福岡市生まれ。1996年から英国ブライトン在住。保育士、ライター。著書に『労働者階級の反乱──地べたから見た英国EU離脱』(光文社新書)、『花の命はノー・フューチャー』(ちくま文庫)、『いまモリッシーを聴くということ』(Pヴァイン)
、『子どもたちの階級闘争――ブロークン・ブリテンの無料託児所から』(みすず書房)、『THIS IS JAPAN──英国保育士が見た日本』(太田出版)、『ヨーロッパ・コーリング──地べたからのポリティカル・レポート』(岩波書店)など。『子どもたちの階級闘争』で第16回 新潮ドキュメント賞受賞。

第7回 セックスよりもマネーがスキャンダルになる時代

イギリスがEU離脱を決め、アメリカではトランプ大統領が誕生。今年、フランス大統領選、ドイツ連邦議会選など重要な選挙が行われる欧州では、「さらにヤバいことが起きる」との予測がまことしやかに囁かれる。はたして分断はより深刻化し、格差はさらに広がるのか? 勢力を拡大する右派に対し「レフト」の再生はあるのか? 在英歴20年、グラスルーツのパンク保育士が、EU離脱のプロセスが進むイギリス国内の状況を中心に、ヨーロッパの政治状況を地べたの視点からレポートする連載。その第7回は、BBCの男女賃金格差問題の話題からつなげて、「男女格差是正か、階級格差是正か」ではなく「男女格差是正も階級格差是正もどっちも!」という議論が必要、というお話を。

先月末、英国BBCが、年次報告書発表に伴って年間15万ポンド(約2200万円)以上の報酬を受け取っているニュースキャスターや司会者たちのリストを公開した。

が、当のBBCがこのニュースを報道しているやり方が、奇妙にユニークだった。BBCのニュース番組やサイトが「男女格差に女性司会者ら反発」だの、「いまだ埋まらぬBBCの男女の賃金ギャップ」だの、そういうことを自らガンガン報じているのだ。

さすがに報道の公平を期すBBC。自らの組織の問題を告発しているのね、みたいな見方もあろうが、BBCはこのテの男女賃金格差の問題では以前から何度も批判を受けてきた。ゆえにこう言ってはなんだがその種の批判には慣れている。だから今回は言われる前に自分たちでやっているのか、それとも何かほかのことから人々の目を逸らそうとしているのか、「男女の賃金格差」を問題視してほしいと言わんばかりの報道ぶりだった。

おかげでしばらくは、メディアも巷もその話題で持ちきりだった。いま人気の労働党党首ジェレミー・コービンも「BBCの男女賃金格差は天文学的だ」と発言した。

やがて話題が古くなって、あまり人々が口にしなくなる頃(最近は、だいたい2日後ぐらい)、ようやく議論が一歩前に進んだ。

BBCラジオ2の番組で、自ら高額報酬出演者リストに入っているニュースキャスターのジェレミー・ヴァインがBBCのディレクターに尋ねたのである。

 「僕が年収75万ポンド(約1億1000万円)も貰っていることをどうやったらジャスティファイ(※正当なことだと理由づけする)できるんだい?」
ディレクターはこう答えた。
「それは、君が素晴らしいブロードキャスターだからです」(independent.co.uk)

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どの業界でもそうであるが、トップの人々の報酬を押し上げているのは、企業でも雇用主でもない。市場の力である。BBCもまた市場競争の中で、需要の高いスターたちを確保しなければならないのだ。

民放のテレビ・ラジオ局に人気キャスターを奪われたくなかったら、出演料を吊り上げるしかない。BBCは駆け出しのスターたちにとっては魅力的なプラットフォームだ。「BBCに出演中の」、「BBCの報道番組で有名な」の言葉は、キャリアの階段を上るためには格好の拍付けになる。だが、ブレイク済みの人々にとっては、BBCでなくてはいけない、ということはない。彼らは報酬や待遇で市場の中を移動する。少数の高額報酬を貰う人々の報酬が天井知らずに上がっていくのは、自由市場の当然の結果なのだ。

BBCの高額報酬出演者リストをめぐる議論が、「男女の格差もすごいけど、まず、この人たちが貰っている金額がすごすぎる」に変容し、炎上していく様を見ているとしみじみ思うが、近年は、セックスよりもマネーのほうがスキャンダルのネタになる。

男性が公共の場で女性物のランジェリーを身に着けていたとか、誰と誰が不倫しているとか、もはやそんなことは英国ではたいした騒ぎにはならない。が、政治家が経費を不正に計上していたとか、芸能人が租税回避していたなどという話になると大騒ぎになる。英国社会はセックスにはどんどんオープンになる一方で、マネーが恥辱の源泉になりつつある。

そういえば、昔、ポルノ女優がポルノ業界と出演料の話を雑誌に書いていた。彼女の業界では、「カメラの前でお尻を叩かれると興奮する」みたいな性癖を人前で語ることは少しも恥とされないが、出演料の話をするとみな口をつぐんで沈黙する雰囲気があるという。

こうした業界では、経験のない新人俳優はいったいいくらぐらいがポルノ映画に出るときの相場で、どのくらい貰えばどんなシーンまでやってもいいのかという知識がないため、往々にして最も大変な役柄を最低額の報酬で演じていることもあるらしい。報酬について語らないことで得をしているのかは誰なのかをよく考え、ポルノ業界の俳優たちも報酬公開を行うべきだとポルノ界で働く女優が主張していた。

適正な賃金獲得を目指して労働者を武装させるなら、最も当たり前の方法は、すべての数字と事実を白日のもとにさらし、オープンに議論することだ。(NewStatesman.com)

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来年4月から、250人以上の人々を雇っている英国の企業はジェンダーにおける賃金の差を示す数字を公開せねばならない(www.gov.uk)。中央値、平均値に加え、ジェンダー別のボーナスの額なども公開が求められる。これは男女賃金格差の実態を明らかにすることになるだろうが、それとは別の議論も喚起することになるだろう。

老人介護、保育などの低賃金のセクターで働く人々の給与の額と、高額の報酬が得られるセクターの人々の給与とのギャップを数値で明確に示すことになるからだ。低賃金セクターの仕事も社会の重要な一部だと考え、その賃金を引き上げるために政権に働きかけている人々にとり、これらのデータは重要な資料になる。

男女賃金格差は、高額所得者になればなるほど大きくなるだろう。そもそもの金額が大きいからだ。だが、それらの人々と、限りなく最低賃金に近い金額で働いている人々の賃金格差はそれより遥かに大きい。前者が高額の年収を得て働くことができるのは、後者が彼らの子供や老いた両親の面倒を見ているからかもしれないのに、後者の仕事はあまりにも過小評価されている。そろそろ男女賃金格差の問題だけでなく、階級賃金格差の是正も語られるべきである(なんてことを書くと、「アイデンティティ政治は大事じゃないのか」とか「なぜ階級政治だけが重要なのか」みたいな勘違いをされがちだが、わたしはアイデンティティ政治がどうでもいいとは言ってない。どっちも大事だ、どっちもやっていかないといけない時代になっている、ということなのだ)。

ぜんたい、「飛ぶことができます」とか「常人とIQが二桁ちがいます」とかいう人がいるなら話は別だが、同じ機能を備えて生まれてくる同種のクリーチャーが労働して得る年収が、100倍も違うという状況はどうジャスティファイされることができるのだろうか。まずもってそのことをおかしいとも思わない、人間の平等を訴える運動に、どんな信ぴょう性があるのだろう。

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ジェレミー・コービン労働党党首は、公共セクターで働く人々の年収は、最も年収の低い勤労者の年収の20倍以上であってはならないというサラリー上限の設定を訴えている。労働党が政権を握り、これが実現することになれば、BBCの高額所得者の収入は間違いなく下がるだろう。

BBCには、2万ポンド(約292万円)で働いているスタッフが400人存在する。これは最も高額の報酬を得ているクリス・エヴァンスの年収の1%に過ぎない。

淫らというのはこういうことではないだろうか。

セックスよりマネーがスキャンダルになる時代が来た所以である。

 

 

Profile

1965年、福岡県福岡市生まれ。1996年から英国ブライトン在住。保育士、ライター。著書に『労働者階級の反乱──地べたから見た英国EU離脱』(光文社新書)、『花の命はノー・フューチャー』(ちくま文庫)、『いまモリッシーを聴くということ』(Pヴァイン)
、『子どもたちの階級闘争――ブロークン・ブリテンの無料託児所から』(みすず書房)、『THIS IS JAPAN──英国保育士が見た日本』(太田出版)、『ヨーロッパ・コーリング──地べたからのポリティカル・レポート』(岩波書店)など。『子どもたちの階級闘争』で第16回 新潮ドキュメント賞受賞。