第2回 「連帯せよ、謙虚に」: スペインのポデモスはいま

イギリスがEU離脱を決め、アメリカではトランプ大統領が誕生。今年、フランス大統領選、ドイツ連邦議会選など重要な選挙が行われる欧州では、「さらにヤバいことが起きる」との予測がまことしやかに囁かれる。はたして分断はより深刻化し、格差はさらに広がるのか? 勢力を拡大する右派に対し「レフト」の再生はあるのか? 在英歴20年、グラスルーツのパンク保育士が、EU離脱のプロセスが進むイギリス国内の状況を中心に、ヨーロッパの政治状況を地べたの視点からレポートする連載。第2回は、スペインの急進左派「ポデモス」のドキュメンタリー映画についての話題から、分裂を繰り返しがちな左派が学ぶべき教訓について。

『政治のトリセツ』

ベルリン国際映画祭で、2014年に結党されたスペインのポデモスのドキュメンタリー映画が上映された。監督はマドリッド生まれのフェルナンド・レオン・デ・アラノア。音楽は『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』のアントニオ・サンチェスが担当している。『Politics, Instruction Manual』というタイトルは、直訳すれば「政治、取扱説明書」。映画業界誌Varietyによれば、まるでIKEAの家具の組み立て説明書のように、抵抗勢力を政党に発展させるプロセスが描かれているという。

Berlin Film Review: ‘Politics, Instruction Manual’

主役はポデモスの党首パブロ・イグレシアスとNo.2のイニゴ・エレホン。

ポデモスの核となってきた2人はルックスからして正反対のキャラだ。カリスマティックな革命家のような長髪のイグレシアスと、ややオタクっぽい外見で繊細な印象のエレホン。

この2人は最近ポデモスの党首選で争ったばかりだ(イグレシアスが89%の票を獲得して党首続投決定)。

この映画はポデモスが2015年12月のスペイン総選挙で結党20カ月にして第三政党に躍進するという輝かしい瞬間で終わる。とは言え、これはポデモスの勢いと勝利を描いた映画ではないらしい。党の方向性と構造をめぐる内部衝突と妥協といった生々しい問題を扱っているそうで、「希望の政治」の宣伝映画ではなく、フリー・ジャズのようなロードマップだという。

Variety誌の評者は、もっとも印象的な登場人物はイニゴ・エレホンだったと書いている。妥協と理想の間で揺れて来たポデモスの内部闘争の本質について、誰よりも的確に語っているのは彼だという。30代前半にして時おり十代の少年のように見えるエレホンは、映画中でも剝き出しなほど熱心に、そして同時にどこか醒めた目線で、「急進左派のプラグマティズム」について話しているそうだ。

映画のあとに起きたこと

映画の結末になっている2015年の総選挙では、ポデモスは第三党に躍進した。が、どの政党も過半数を取れず、その後の連立交渉もうまくいかなかったため、2016年6月に再選挙が行われている。ポデモスはこの時、第二政党になるのではないかと騒がれた。それどころか、与党に支持が追いつきそうだという世論調査の結果さえ存在した。が、ふたを開けて見れば、ポデモスは前回の選挙と同じ第三党で終わり、しかも大幅に票数を減らすことになった。

ポデモスは再選挙前、共産党を中核とする選挙連合、統一左翼(IU)と組み、ウニドス・ポデモスとして選挙に臨んだが、ポデモスの選挙キャンペーンを指揮していたイニゴ・エレホンは、この共闘には露骨に反対だった。

そして昨年秋、党首イグレシアスとNo.2エレホンの衝突が本格化する。

再選挙で票を減らした原因について「勝利へのプレッシャーが大き過ぎ、党のメッセージを軟化し、中道化してしまった。僕たちは以前持っていた真摯さや信憑性を失ったと思われたのではないか」とイグレシアスが語ったことについて、エレホンが激怒したのだ。

「僕たちはすでに権力者を脅かしている。それ自体はそんなに難しいことではないのだ。問題は、苦しんでいるのにまだ僕たちを信用していない人々を、どうやって惹きつけていくかということだ」と彼はツイートした。

するとイグレシアスがツイッターで答えた。「そうだね。だけど僕たちは百万人の人々の票を失っている。もっと明確に、僕たちは他の政党とは違うということを訴えていったほうが人々を惹きつけることができる」。

イグレシアスは英紙ガーディアンにこう話している。

「ポデモスは、政治とは制度であり、議会だということを理解しなければならない。だが、政治とは同時に、月末には食べることができなくなる家庭であり、学校の保護者会であり、授業料が払えない学生であり、年金で生活苦に追い込まれて医療費が払えない老人でもある」(theguardian.com

  
党内でのパブロ・イグレシアスの支持者は「パブリスタ」と呼ばれる。彼らは、ポデモスはラディカルな左派ポピュリストであるべきで、議会の枠を超えたところまで見据えていかなければならないと主張する。

一方、エレホンはこう話している。

「僕たちは同じバンドのファンのようだ。そしてそれがたくさんのレコードを売れるバンドに成長したときに、パブロはもう人々が聞かなくなった初期の曲、でも今よりずっとオリジナリティがあったサウンドをもう一度聞き始めているんだ」(politico.eu

エレホンの支持者は「エレホニスタ」と呼ばれる。彼らは、もっと穏健でプラグマティックなアプローチを取るべきだと信じている。共産党の選挙連合との共闘ではなく、第2党の社会労働党(PSOE)と密接な関係を築き、議会での影響力を高めなければ自分たちの政策を現実的に形にすることはできないというのが彼らの主張だ。

相克は乗り越えられるのか

ポデモスは2011年のМ15運動から生まれた。失業、格差、貧困、緊縮財政、政治腐敗への怒りから人々が広場を占拠し、スペイン全土に広がって、オキュパイ運動の先駆けとなったM15 運動こそ、アナキスト、リベラル、社会主義者まで、違う思想を持つ人々が混然一体となった「インディグナドス(怒れる者たち)」だった。

だから、ポデモス内部で衝突や分裂があるのはもっともなことではある。

分裂するのは左派の宿命、とも言われるが、こんなとき思い出すのは立命館大学経済学部教授の松尾匡さんが書かれていた言葉だ。

「大資本家や財閥政治家の私利私欲のために、力のない善良な庶民が貧困と抑圧に苦しんでいることへの怒りを、ゴロッと「原石」のまま共有して、マルクスもアナーキズムもあまり区別がつかないでいた素朴な時代の方がある意味では正しかったのだと思います」
『新しい左翼入門 相克の運動史は超えられるか』講談社現代新書)。

結局、2月に行われた再党首選でイグレシアスは圧勝した。

イグレシアスは、意見の食い違いがあるとはいえ、盟友エレホンにはそばにいて欲しいそうで、「僕は、最も優秀な人たちに回りにいてほしい。たとえ彼らが僕のことを好きでなくても」と言っている。

党首に再選されたとき、イグレシアスは、

「僕たちはたくさんの間違いをおかしてきた。決断に過ちはつきものだからだ」

とスピーチした。誰がもっとも正しいのかを競い合い、潰し合うのが宿命の左派に、「僕たちはたくさん間違える」なんて言える人がいたのかと新鮮に感じた。

最近の彼のスローガンはこうだ。

UNITY!HUMILITY!ON TO VICTORY!(連帯せよ!謙虚に!勝利に向かって!)」(theguardian.com

いやに古臭い台詞ではあるが、しかし現代でも左派は一番目と三番目の言葉は好んで使っている。

だが、二番目の言葉はどうだろう?

これは世界の左派に向けられた言葉ではないだろうか。

 

Profile

1965年、福岡県福岡市生まれ。1996年から英国ブライトン在住。保育士、ライター。著書に『労働者階級の反乱──地べたから見た英国EU離脱』(光文社新書)、『花の命はノー・フューチャー』(ちくま文庫)、『いまモリッシーを聴くということ』(Pヴァイン)
、『子どもたちの階級闘争――ブロークン・ブリテンの無料託児所から』(みすず書房)、『THIS IS JAPAN──英国保育士が見た日本』(太田出版)、『ヨーロッパ・コーリング──地べたからのポリティカル・レポート』(岩波書店)など。『子どもたちの階級闘争』で第16回 新潮ドキュメント賞受賞。

第1回 「コービン2.0」は英労働党党首のトランプ化を意味するのか

イギリスがEU離脱を決め、アメリカではトランプ大統領が誕生。今年、フランス大統領選、ドイツ連邦議会選など重要な選挙が行われる欧州では、「さらにヤバいことが起きる」との予測がまことしやかに囁かれる。はたして分断はより深刻化し、格差はさらに広がるのか? 勢力を拡大する右派に対し「レフト」の再生はあるのか? 在英歴20年、グラスルーツのパンク保育士が、EU離脱のプロセスが進むイギリス国内の状況を中心に、ヨーロッパの政治状況を地べたの視点からレポートする連載。第1回は「労働党党首コービンがトランプ化している?」というトピックから。

労働党党首コービンがヴァージョンアップ?

新年早々、英国メディアに「コービン2.0」という言葉が出現した。コービンの側近が言い出したらしいこの言葉、どうやら「Mrマルキシスト」こと労働党党首ジェレミー・コービンの新春のイメージ・チェンジを意味しているらしい。

英国では1月になると「NEW YEAR, NEW YOU」なんて見出しが雑誌の表紙を飾り、人々の変身願望が高まる時期だが、どうやらコービンもそれに乗ったらしいのだ。

「彼は新スタイルのジェレミー・コービンの誕生を知らしめた。同党首の側近が言うには、彼はこれまでよりいっそうラディカルな、エスタブリッシュメントに対して反旗を翻す左翼ポピュリストにヴァージョンアップされたという」
( theguardian.com )

「新スタイル」の意味するところは、これからは積極的にテレビやラジオに出演するということ(コービンは「ソーシャル・メディアに頼り過ぎて主流メディアを無視している」と一部党員たちから批判されていた)らしいのだが、「反エリート色を強く打ち出す戦略」はドナルド・トランプの成功を意識しているのではないかとも言われている。

実際、新春早々コービンは「「Maximum Wage Cap」を政策に取り込むべき」とラジオで語って物議をかもした。これ、何のことかと言えば、「最低賃金」ならぬ「最高賃金」のことである。企業が払う被雇用者の報酬に最高金額を設定すべきというのである。

が、この発言には党内外から怒涛のような批判が寄せられ、コービンはその日のうちに軌道を修正。今年最初のスピーチでは、この案は「政府と契約を交わしている企業内での被雇用者に支払われている最低額給与と最高額給与の比を「1:20」にすべき」とマイルド化していて、保守派メディアから「早くもUターン」「今年も迷走」と笑われた。

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1965年、福岡県福岡市生まれ。1996年から英国ブライトン在住。保育士、ライター。著書に『労働者階級の反乱──地べたから見た英国EU離脱』(光文社新書)、『花の命はノー・フューチャー』(ちくま文庫)、『いまモリッシーを聴くということ』(Pヴァイン)
、『子どもたちの階級闘争――ブロークン・ブリテンの無料託児所から』(みすず書房)、『THIS IS JAPAN──英国保育士が見た日本』(太田出版)、『ヨーロッパ・コーリング──地べたからのポリティカル・レポート』(岩波書店)など。『子どもたちの階級闘争』で第16回 新潮ドキュメント賞受賞。