第3回 「山を買いたい」と考えている方に伝えたいこと

最近では、「山がほしい」と考えている人が増えているそうです。住居を建てるため、キャンプやレジャーを楽しむため、林業を始めるため……その目的は人それぞれですが、今回の連載では、地縁もお金もあまりない人が、ある土地の山を買うことの根源的な難しさについて書いてもらいました。

山を買うのは難しかった

私は林業の世界に飛び込むまで、「山は買えるものである」ということをリアルな事実としてきちんととらえられていませんでした。山間地に生まれ育った私ですらそうなのですから、私以外の多くの方もまた、そうなのではないかと思います。そして、実際に行動してみて気づいたのですが、はっきり言って山を買うのは難しいです。

私は、山主になることを思い立ってからそれを実現するまでに2年もの時間を費やしてしまいました。どうしてそんなに時間がかかったのか、改めて考えてみる必要があります。

単純にお前のやる気の問題だろう、というご指摘があれば、それはある意味で間違いのないことなので素直に受け入れます。しかし「山を買う」ことが、例えば「引っ越しのために家を探す」こととは全然性質の違うことであるのが経験的にわかってきましたので、そのあたりのことを少しまとめていきたいと思います。

 

買うことができる山とできない山

日本は国土の約70%が森林でできています。そのうちの約40%は「国有林」や「公有林」という国や県、市町村が所有しているもので、これらの山はそもそも自由に売買することができません。山を買いたいと思ったら、まずこの部分は除外して考える必要があります。

残りの約60%は企業や一般人が所有している「私有林」というもので、こちらの山であれば自由に売買することができます。日本に存在する私有林の面積はなんと約1500万ヘクタール。1500万ヘクタールと言われてもあまりピンときませんが、東京ドームに換算すると約320万個分。もう少し分かりやすく例えると、だいたい北海道+九州+四国より少し大きいぐらいのサイズになります。

普段から、日本にある私有林の面積など全く意識して生きていないので、私自身これを書いていておどろくのですが、けっこう有るなと(笑)。きっと私以外の多くの方もそのように感じたはずです。われわれが思っている以上に、日本には売買できる山はたくさん潜在しているのです。

それなのに、その中から「売ってくれそうな山」を探すとなるとたちまち暗中に放り込まれた感じになってしまいます

私のいる神奈川県は全国的にも比較的、森林面積の少ない県ですが、山北町に限って言えば山間地なので、当然それなりの数の私有林があります。ところが私は、山主になろうと思い立ってから実際手に入れるまでに、2年もの歳月を要してしまいました。

山には基本的に市場が存在しない

まず、どこに売っているのかが分かりません。不動産屋さんが扱っている場合もありますが、1500万ヘクタールという分母の割には圧倒的に少ないです。ネットを検索したところで、そんなに売りに出ている山の情報はいくつも出てこないのではないでしょうか。

それに、1500万ヘクタールの私有林があるといっても、それぞれの面積、地形、地質、気候、植生などは全部違うので同じ品質のものは2つとありません。また、値段も曖昧なうえ、所有者の性格や経済状況もバラバラです。

そもそも、売ってくれるのかさえ分からないものがほとんどだと思います。山には基本的に市場が存在しないのです。だから、売ってほしい山があったら山主さんのところに行って直接交渉するのが原則になってきます。

 

お金がなかった私

前回記事の「先祖代々の山問題」のところでも書いた通り、山主さんからすれば、愛着のある山を安々と手放してしまっては、その山を守ってきたご先祖様たちに申し訳が立たないという気持ちがあります。

その昔、積極的に山に木を植えてきた人たちは、植えた木が大きく育って、伐採する頃には自分の子や孫が豊かに暮らせるだけの財産になっていることを期待して時間と労力を注いできました。その思いを受け継いでいる現代の山主さんは、そうやって色々な人が関わってきた歴史があることを理解しているからこそ山に愛着が湧くのでしょうし、仮に自分の代で手放すという選択を取るにしてもできるだけ高く売りたいと思うのが普通の心理だと思います。

一方で、山に対してそのような愛着を全く持っていない山主さんがいたとしても、税金がそんなに高いわけでもありませんし、山をほったらかしておく分にはたいしてお金も掛からないので、どこの馬の骨とも分からない相手に安々と売ってしまうぐらいなら「なんとなく所有したままでいよう」という心理が働くのもめっちゃ分かる気がします。

だから、1500万ヘクタールもの売買可能な私有林がある割に、実際売りに出ている山の数は圧倒的に少ないのです。

売ってくれそうな山を探すにあたり、もし私に底無しの財力があればもっといろんな方法があったろうと思います。「20代サラリーマン男性」の私にとって、山を買うために用意できる金額と言えばせいぜい多くても数十万円といったところでした。

ここまでで書いたような売主側の事情を理解すれば、「買主にお金がないこと」はものすごく高いハードルであるのがわかります。簡単に言ってしまえば、「山ほしいのか、どれだけ出せる?」という構図になりがちで、もし山を手放したいと考えている人を見つけられたとしても、ここをなけなしの金額で交渉するのはぶっちゃけ難しいと思います。

実績もなかった私

どこの馬の骨とも分からない相手に安々と山を売り渡したくないという山主さんの心理はよく理解できます。一方で、それは裏を返せば、「確かな実績があって信頼のおける相手なら安くても売ってくれる可能性がある」、と考えることもできます。なんとなく希望が持てそうな切り口ではありますが、当時の私は山を求める者としてそのような状況には全然ありませんでした。

林業の事業体で働いていたとはいえ、その時点では山を持っていなかったので林業家としての実績はゼロでしたし、経験も浅く特筆してアピールできることなど何もありませんでした。だから、交渉しようにも私が相手に伝えられることといえば、せいぜいただそこにある「熱意」ぐらいのものでした。熱意だけでみんなが自分の応援をしてくれるなら、そんなイージーな人生ってないと思います。

山を売ってくれるように交渉するには、熱意だけではなく、林業家としての確かな腕力が必要なこともあるのです。例えば、100ヘクタールの山を所有していて林業経営でがっちり稼いでいる林業家が、(条件にもよりますが)1ヘクタールの山を買い足すことはそんなに難しい事ではないと誰もが想像できると思います。そういうことなのです。

それでも私が山を買えたのは

2年がかりではありましたが、お金も実績もなかった私が山主になることができたのは、シンプルに運が良かったからです。「タダでもいいから」と山を処分したがっている山主さんが現れたこともそうですが、最たる幸運はその山主さんと私を仲介してくれた奇特な不動産屋さんに出会えたことです。

その方は、私がこれからやろうとしていることをよく理解してくださり、山の売買にかかる手続きをほとんどボランティアのような形で進めてくださいました。ここでは詳しいことは割愛しますが、手続きを進める過程でいろいろとややこしい問題が出てきて、結局すべての準備が整うまで4ヶ月ほどかかってしまいました。その間も貴重な時間を割いて取引がうまくいくようにいろいろと段取ってくださったのです。一体どうしてここまでよくしてくださったのかは、改めて聞きに行くつもりですが、感謝してもしきれないことってあるのだなと思います。

後から考えてみれば、私は地元の出身者であり、林業の仕事をしていて、軽トラツアーという地域密着型のボランティア活動を継続して行ってきた経歴があるので、そのことは相手の共感を得るために有利な条件だったかもしれません。「山を買いたい」と言うからには、その地域に軸足を置いて生きていく覚悟があるかどうかを測られるのは当然のことで、そのあたりの姿勢を評価し、安心して私に物件を紹介してくださったのではないかと勝手に推測しています。反対にいえば、その覚悟を伝えきれていなかったら山を買うことはできなかったでしょう。

今回のお話では、私が1ヘクタールのどうしようもないボサ山を買ったことについて書いただけです。それなのにいかにも成功をおさめたかのような感じになっているのは、何といっても山を買うことの根源的な難しさと、そこに見え隠れする山村社会の問題についてお伝えしたかったからです。

この頃、私の周りでも「山がほしい」という声が聞こえてくるようになりました。私のように林業経営を行うための山を探している方だけではなく、住居を建てるための土地や、キャンプやレジャーを楽しむための土地として山を探している方もいて、目的は様々であるようです。実際に行動する段階までいかないまでも、山を所有することに憧れを抱いている方もけっこういらっしゃるかもしれません。

私は、山主さんが自分の山を「愛着はないがなんとなく所有したままでいる」状態でいるよりも、その土地を有効に活用しうるやる気を持っている方が所有していた方がよっぽど好ましいと考えています。だから、これを読んでいる方の中にもし本気で「山がほしい」と考えている方がいたら全力で応援したい気持ちがあります。残念ながら個別対応は難しいので、せめて私の経験が何かの参考になれば幸いであると思い、書かせていただきました。

自分の話に戻りますが、私にとって「山を買う」のはこれで終わりではなく、立派な林業家になるために今後も少しずつ山を増やしていきたいと考えています。これで何とかその第一歩を踏むことができましたので、これからは次の山を買うための「腕力」を鍛えていきたいと思います。

(つづく)

というわけで、私はものの30分で山主になってしまいました。そしてこの瞬間から林業家としての歩みは始まりました。

(つづく)

28歳のきこり斧/山主。神奈川県の水源地域、山北町で取得したボサ山を自力で整備しながら副業自立型の小さな林業を実践・発信していきます。林業、気安くオススメはしませんが格好いいところ見せたいとは思います。

第2回 山を手に入れた!

連載第2回目は、実際に山を手にれるまでのお話。売りに出ている山の数自体すくないのに、理想とする条件の山(自宅から通える等)をイシタカさんはどのように見つけたのでしょうか。山という資産はその人達が地域の中で暮らしてきた長い歴史を反映するものでもあり、どうしても処分したいという山主さんはそう多くはないようです。  

「こんな木は燃し木にしかならねえ。」

前回の内容とも少し重複いたしますが、私が生まれ育ち、現在も暮らしている神奈川県の山北町は、面積の9割が森林でできています。神奈川県下広域の水源地域となっており、ここを源流とする酒匂川(さかわがわ)の水は遠く離れた横浜市や川崎市でも利用されています。

いま、山北町には1000人ぐらいの山主さんがいます。私はふだん、山主さんがお金を出し合ってつくった森林組合という組織で雇われの職員をしている関係で、地域の山主さんと関わる機会がそこそこ多いです。

意外に思われるかもしれませんが、ほとんどの山主さんは自分が所有している山にあまり関心がありません。なぜなら、この時代に林業経営をやって上手に稼いでいくことの難しさを皆知っているからです。実際に今、日本で取引されている丸太の価格はピーク時の3分の1~4分の1ぐらいになってしまいました。

この状況で林業をやって稼いでいくのは簡単なことではありません。一部の意欲ある人でさえ、林業でがっちり稼げているかというと必ずしもそうではなく、意欲があるがゆえのジレンマを抱えては歯がゆい思いをされています。

憤りと諦めの気持ちをいっぺんに吐き捨てるように、「こんな木は燃し木にしかならねえ。」と言う山主さんもいます。それは、カミキリムシが巣食ったことで空洞ができ、建築の材料としての値打ちが著しく下がってしまった木を指してのことで、口ぐせのようになってしまっているのです。「燃し木」というのは薪のことです。その少々ぶっきらぼうな表現は、燃やせばパーッと消えてなくなってしまう薪の儚さを言い得ていると思います。

 

山を買おうと思ったわけ

山主さんがそのように嘆きの言葉を吐く一方で、でも私には「それでも薪にはなるんだよな・・・?」というシンプルな疑問が湧いてきます。そもそも、薪がいかにも値打ちのないものとして扱われている気がしますが、よく考えてみると馬鹿にならないことがわかります。

例えば、1㎥のスギ丸太から作り出せる薪の数は、規格にもよりますがだいたい80~100束で、仮に一束500円で売ったとしたら4万円から5万円の売り上げになりますよね?

これは今、上等なスギ丸太1㎥が取引される金額の3倍以上にあたり、並以下のスギ丸太と比較すれば場合によっては10倍以上にもなる金額です。もちろん、薪を作るにはコストがかかりますが、山主自身が「時間」と「労力」をかければ人件費をかけなくても作ることは可能です。だから、薪にしかならない木をはじめから値打ちのないものとみなしてしまうのは単純に機会損失だと思うのです。

それから、そもそも虫に食われた木が「本当に薪にしかならないのか?」という疑問は、山主である以上は常に持っておいた方がいいような気がします。木材産業は木の存在無くして成り立ちません。その木を所有しているのは紛れもなく山主ですから、自分の山の木にどのような価値があるのかを知らなければ、誰かに使ってもらえるチャンスを逃してしまうかもしれません。

私が林業の世界に飛び込んだ理由は単純に、木を伐ってみたかったからであり額に汗して働きたかったからです。今となってはその願いも叶い、好きなことを仕事にできているので本当にありがたいことだと思っています。

一方で、それまで知識としてはなんとなく理解していた日本の森林・林業が抱える問題が、より身近なものとして感じられるようになりました。先の「燃し木」の話からも、今日本の山主さんは、自分が所有している山を愛することができていない状態なのだと知りました

そして、山主さんが発信するネガティブな情報を聞くにつけ、「自分がその立場だったらどのようなふるまいをするだろうか?」と考えるようになりました。また、山主さんが自分の山を愛している状態があちこちでできれば日本の森林・林業が抱える問題の大部分は解決できるはずだとも考えました。

山主さんが自分で木を育てて、伐って、売ることを地道にやっていけば、生業としての林業は十分成り立ち、結果として自分の山を愛することができるのではないか、という仮説を思いつき、この時に私はもう完全に山がほしくなっていました。

では、どうすれば山が手に入るのでしょうか。

 

コンビニには売ってない

当時の僕はそれがコンビニには売ってないってことぐらいしか知らず、マジでそのレベルからスタートすることになりました。

今ではインターネットで売りに出ている山の情報を公開し、売買を仲介してくれるサイトがあります。

私もいくつかのサイトをのぞいてみましたが近場の物件を見つけることはできませんでした。私が山を買いたい理由は自分で木を育てて、伐採して、加工して誰かに届けることなので自宅から簡単に行ける距離でなければなりません。

これらのサイトは、一般的に流動性が低いとされる山の「売りたい人」と「買いたい人」をマッチングしてくれる画期的な仕組みだと思いますが、ここから理想の物件を見つけることはできなかったので、別の方法を考えることにしました。

 

先祖代々の山問題

僕は普段の仕事の関係上、地域の山主さんと関わる機会があるので色々な方にお話しを伺ってみることにしました。その中でとても印象的だったお話しがあります。それは、「先祖代々大事に守ってきた山を自分の代で簡単に手放したらお墓に入れてもらえなくなる。今、山を所有していても得することは滅多にないかもしれないが、特段損もしないのであれば誰かに売るという選択肢はない。」という内容のご意見でした。

そのような価値観で山を所有している方がいることを全然知らなかったので私は純粋に驚きました。なるほど、確かに山を活用して稼いでいくのは簡単なことではないけれど、税金等の維持費はほかの地目から見れば比較的安く済むわけだから、どうしても処分したいという山主さんはそう多くはないようなのです。

それに、山という資産はその人達が地域の中で暮らしてきた長い歴史を反映するものでもあるので愛着が湧くのも当然のことだと思いました。そのあたりの価値観は山主さんによって個々別々なので、一人ずつお話を伺っていても時間がかかりすぎてしまいます。何より、他人の心情がかかわっている領域に立ち入り続けることに対して私の精神的な負担が大きいと感じたため、また別の方法を考えることにしました。

 

ついに山主になる

次に考えたのは不動産屋さんです。宅地や建物は扱っているかもしれませんが、山の物件なんて期待できないだろうと思っていました。ところが、結論から言うとこれが正解でした。

ある不動産屋さんを訪ねて自分がやりたいことを一通りお話ししてみたところ、一件の山を紹介していただくことができました。そこは、十分私の生活圏内にあり、伐った木の搬出もまあまあしやすく、倒木やツル、雑草等の有象無象がはびこっていて非常にやりがいがありそうなボサボサの山でした(苦笑)。

面積は、約1ヘクタール。売主さんは遺産相続の関係で不在村者となり遠くのまちに住んでいて、とても管理しきれずどうしても処分したかったのか、比較的安い金額が提示されました。僕は、何度か現地を見に行ってから、こんなことはまたとないチャンスだと思ったので、あまり躊躇することもなく買い付けの申し込みをしました。経済活動をするための山としては目も当てられないほど荒れてしまっていた山でしたが、難しい作業を強いられる方が俄然やる気も湧いてくるものです。

後日、すべての準備が整ったところで不動産屋さんの事務所で売主さんと初めて対面し、取引が行われました。その時のおおまかな進行は以下の通りになります。

①売主さんとご対面
 ②不動産屋さんより重要事項の説明を受ける
 ③売買金額を売主さんに現金で支払う
 ④売買契約書を交わす
 ⑤売主買主双方が仲介手数料を不動産屋さんに現金で支払う
 ⑥あとからやってきた司法書士さんに、不動産登記代行の実費および手数料を現金で支払う
 ⑦雑談

物理的に自分史上最も巨大な買い物だったので、正直お金を払うときは一瞬だけ不安になりましたが取引を終えた後は大きな荷物を背負った感覚はなく、むしろ精神的に解放された感じがありました。

山主になることを思い立ってからここまででかなりの時間がかかっていましたし、いろいろな方法を試してもうまくいかず歯がゆい思いをしてきたからでしょう。そして、「これで自分のやりたいことが始められる!」という前向きな展望が開けました。

(経験してみて気づいたのですが、今回のように不在村者が土地を処分したがっているケースは、それが目に見えてこないだけで少なくないようです。これから土地を管理する世代が代わるにつれてそのような物件はどんどん増えてくるかもしれません。)

というわけで、私はものの30分で山主になってしまいました。そしてこの瞬間から林業家としての歩みは始まりました。

(つづく)

28歳のきこり斧/山主。神奈川県の水源地域、山北町で取得したボサ山を自力で整備しながら副業自立型の小さな林業を実践・発信していきます。林業、気安くオススメはしませんが格好いいところ見せたいとは思います。