「#プラグを抜こう」暴走する枠珍デマと“プラフォ無罪”の限界

燃えるリプ欄、ざわつくトレンド、闇鍋を煮詰めたタイムライン……。「いいね!」じゃなくて「どうでもいいね!」こそが、窒息寸前社会を救う? サブカルチャーを追い続けてきたジャーナリストによるネット時評。

「ワイルドですねぇ。もしかして、寄せてますか?」

「ワイルドだろぉ?」

「おお〜!」

「ありがとうございます(照)」

新型コロナワクチンの1回目の接種を終えたばかりの私に、自衛隊の若い男性職員が声をかけてくれた。

6月下旬、東京・大手町の自衛隊の大規模接種センター。私の格好は袖のないデニムベストに、同じくデニムのハーフパンツというものだった。まんま、お笑い芸人のスギちゃんである。注射の前に袖をまくりあげる一手間で、お医者さんや看護師さんの手を煩わせてはいけない。スギちゃんルックこそが、ワクチン接種の「正装」と判断したのだ。

さすがは自衛隊、会場のオペレーションは見事なまでにスムーズだった。

受付で接種券や予診表を確認してもらい、クリアファイルを受け取る。ファイルは赤・青・黄・緑の4色に分かれており、色ごとに接種者の列を管理・誘導する。問診・接種・接種後の待機と、次々と部屋を移動していくうち、あっという間に終了。建物を後にするまで、45分もかからなかった。

子をみたい」い女性の不安

大規模接種センターは5月24日、「1日100万回」のワクチン接種を掲げる菅首相の肝入りで東京と大阪に開設された。当初は65歳以上の高齢者が対象だったが、思うように予約が埋まらずガラガラになってしまったことで、6月17日から18歳以上の全世代に拡大した。

予約手段がネットやLINEに限定されていて(途中から電話予約も可能になったが)、お年寄りには少々ハードルが高い。わざわざ都市部の会場へ出向くことを敬遠する高齢者も、少なくなかったようだ。

おかげで30代で基礎疾患のない私にも、接種のチャンスがめぐってきた。国が総力を挙げて確保した貴重なワクチンを、腐らせてしまってはもったいない。一刻も早く「脱コロナ」しようと、街場のクリニックのキャンセル待ちにまでエントリーしていたぐらいなので、予約枠の開放はまさに渡りに船だった。

とはいえワクチン接種に対するスタンスは様々で、私のように前向きな人間ばかりでないことも確かだ。

国際医療福祉大学の和田耕治教授(公衆衛生学)らが7月、20〜60代を対象に実施したネットのアンケート調査(※)によれば、「できるだけ早く接種したい/すでに1回以上接種した」が57.3%を占める一方、「もう少し様子をみたい」が23.8%、「あまり接種したいとは思わない」「接種したくない」は計17.0%だった。

様子見の人も含めれば、消極派は40.8%。その理由として、7割を超える人が副反応の心配を挙げた。慎重姿勢は特に若い女性の間で目立ち、「様子をみたい」「あまり接種したいとは思わない」「接種したくない」を合わせた割合は20代女性で58.7%、30代女性で57.7%に達した。

妊」「遺伝子組み替え」…臣がデマを一刀両断

コロナワクチンという未体験のものに対して、不安や懸念を抱くのはごく自然な感情だと思う。かくいう私も、接種後にだるさや痛みが出てきた時は「大丈夫かな?」と急に心配になって、マイナスなワードで検索をかけまくったりもした。

ワクチンは強制ではないので、どのような見解を持とうが究極的には個人の自由だ。しかし、「自由な判断」の土台を歪めるようなデマが横行していることには、強い危機感を覚える。

河野太郎ワクチン担当相は6月24日付のブログで、代表的なワクチンデマの数々を否定した。

たとえば、「ワクチン接種された実験用のネズミが2年で全て死んだ」というデマ。《実験用のネズミの寿命がそもそも2年程度ですから、ワクチンを接種した人間が100年で全て死んだといっているのに等しいことになります》と淡々とツッコミを入れている。

「不妊が起きる」という情報も、科学的な根拠はまったくないと一蹴。《アメリカで行われた3985人の妊婦を対象とした研究で、流産や早産、先天奇形が起こりやすいということがないことも確認されています》と指摘した。

「ワクチン接種で遺伝子が組み換えられる」「卵巣にワクチンの成分が大量に蓄積する」といった誤情報についても、根拠を挙げて明確に否定してみせた。

河野大臣のように影響力のある人物がデマ潰しに動いたのは歓迎すべきことだが、公職者やインフルエンサーのなかには、ワクチン不安を煽るような情報発信をしている者もいる。立憲民主党の次期衆院選の候補者の一人は7月、Twitterに「卵巣の損傷や永久不妊の可能性が否定できません」と誤情報を投稿。批判が殺到した後に削除した。

コーする誤情報、激化する行動

強固なコロナワクチン反対派は、SNSアカウントを凍結されないように「枠珍」「惑チン」「珍コ枠」といった隠語を使いながら、ネット上で主張を先鋭化させている。

5月に渋谷であった反ワクチンデモには、ノーマスクの人々が数百人単位で集まった。参加した看護師の女性は、BuzzFeedの取材に「コロナの致死率はインチキ。PCRもマスクも意味がない。こんな狂ってる世の中で声をあげる人がいるとFacebookで知って、デモに参加したんです」と答えている。

自らの信念に基づいてワクチンを打たないことは、自己責任であり、自己決定権の範疇だと言える。ただ、「真実に覚醒」した結果、他の人にまで打たせまいと現実世界で過激な行動に出るようになると、話は変わってくる。

6月、小中学生や高校生へのワクチン接種を表明した自治体に対して、抗議電話が殺到した。「人殺し」「殺すぞ」など脅迫めいた内容も含まれていたという。FacebookやTwitterでは、自治体への電凸を呼びかけ、正当化するようなコメントが盛んに交わされた。

時事通信によると、全国の接種会場で5月以降、ワクチンを保管する冷蔵庫・冷凍庫の電源プラグが抜け、廃棄せざるを得なくなる事故が相次いだ。トラブルとの関係性は不明だが、「#プラグを抜こう」とハッシュタグ付きで呼びかけるTwitterユーザーもいたという。

無論、職員が足にコードを引っ掛けるなど、たまたま各地でプラグ抜けが続いただけ、という可能性もある。だが仮に、プラグを故意に抜いてワクチンを廃棄に追い込んだりすれば、偽計業務妨害罪や器物損壊罪にも問われかねない。ワクチンデマと犯罪行為が地続きになる危険性も、念頭に置いておく必要があるだろう。

国際NGO「デジタルヘイト対抗センター」がFacebookやTwitter上の約80万の言説を分析した結果、たった12のアカウントがワクチンに関する誤情報の約65%を引き起こしていたことが判明した

わずかな数のインフルエンサーの誤情報がSNS上で反響し合い、繰り返されながら増幅されていく――。逆に言えば、プラットフォームの力はそれだけ大きいということだ。

えたワクチン本

反ワクチン言説とプラットフォームをめぐっては、もう一つ気になる動きがあった。

「新型コロナウイルスの存在は証明されていない」「マスクやワクチンは効果がない」などと主張する書籍が6月、Amazonのランキングで1位になった。医学的な見地からこれを問題視した人が、Amazonに通報したとTwitterに投稿。その後、この反ワクチン本がAmazonから消えたのだ。

版元は公式サイトで、以下のような声明を出した。

《Amazonに表示されなくなった件につきまして、Amazonから回答がありました。当書籍は、Amazonの本のコンテンツガイドラインに準拠していないため、販売することができないとのことです。Amazonは一私企業であり、もちろん自社で売る商品を自社基準に従って選択する権利があります。しかし、このようなケースは出版社、そして出版界としては非常に残念です》

ところが、数日後に事態は一変。Amazonでの取り扱いが再開され、紙や電子で購入できるようになった。

Amazonに問い合わせてみたところ、「お問い合わせの書籍につきましては、一時誤って販売が停止されておりましたが、現在は再開しています」と答えるだけで、詳しい理由などは回答しなかった。あくまで手違いで販売停止してしまった、という言い分らしい。

本の筆者には表現の自由があり、Amazonには営業の自由がある。どんな本を取り扱い、どんな本を取り扱わないのかはAmazon側の裁量に委ねられている。「言論の自由市場」のもとで相互批判や競争が働くことで、最終的に優れた意見・論考が生き残る。原則論としては、そうあるべきだ。

しかし、現実に誤情報が拡散され、「悪貨は良貨を駆逐する」という言葉を地でいくような事態が起きている以上、まったくの野放しでいいのか? という疑問も残る。

TwitterやGoogleは……

ほかのプラットフォームの例も見てみよう。

Twitterは誤情報に対して「誤解を招くツイートです。保健当局がほとんどの人にとってCOVID-19ワクチンが安全であると考えている理由をご覧ください」と警告バッジを出し、それでも同様の投稿が繰り返された場合、アカウントを凍結している。

Googleは、新型コロナやワクチンの誤情報に対するファクトチェック記事を優先的に表示。YouTubeも専門家の動画など信頼性の高いコンテンツを見つけやすくする一方、誤情報を含む動画7.5万本を削除した。

Facebookは先述の通り、問題ある情報がいまだに多く放置されているものの、一応ワクチン絡みの誤情報は削除する方針をとっている。

巨大プラットフォームの社会的な責任として、Amazonも反ワクチン本やニセ科学本について、もう一歩、踏み込んだ措置を取れないものか。

表現の自由との兼ね合いもあるので、販売停止は行き過ぎだ。私のように批判的に検証したい人が本を購入できないと、何が問題なのかを把握することすらできなくなってしまう。それは望ましくない。

たとえば、ランキングから除外するのはどうか。「Amazonで○位」とあれば、Amazonがその本に「お墨付き」を与えていると受け止めてしまう人も出てくる。書店で言えば目立つ棚に「面陳」で置くのはやめる、というぐらいのことだが、利用者の印象はだいぶ変わるはずだ。

Twitterのように、警告バッジを表示して注意喚起するというのも、ひとつの選択肢になる。また、書籍のカテゴリーにも改善の余地がある。反ワクチン本につけられた「感染症」「医療」「ノンフィクション」などの分類は、「感染症や医学の専門知識に基づいた、客観的な事実が書かれている本」という誤解を与える。

「フィクション」にしろとまでは言わないが、「反ワクチン」「陰謀論」「要注意書籍」といったカテゴリーへの振り分けを検討してもいいかもしれない。それなら読者も、眉にしっかりと唾をつけたうえで読むことができるだろうから。

ワクチンデマは多くの人の健康を左右し、時に生命さえも危険にさらす。

悪いのはあくまでコンテンツ。プラットフォームは場所を貸しているだけだから無問題! そんな「プラフォ無罪」の思考停止を越えて、表現の自由とユーザーの安全、引いては社会全体への影響も踏まえつつ、バランスの取れた対応を模索していかなければならない。

ーンナックル

7月下旬、2度目のワクチン接種のため、私は再び大手町の大規模接種センターに足を運んだ。今回のコスチュームは、ゲーム『餓狼伝説』の主人公テリー・ボガードだ。

この左腕に、必殺のバーンナックルをキメてやるぜ!

「Fatal Fury」と書かれた赤いキャップに、袖なしの赤いベストと、オープンフィンガーの黒手袋。屈強な肉体と金色の長髪以外は完全再現した……つもりだったが、会場ではついぞ誰からも声をかけられることなく、失意のうちに2度目の接種を終えた。

悔しさのせいか、それとも副反応による発熱のせいなのか。その日は夜中に何度も目を覚ました。衣装のチョイスがマニアックすぎたのか? いや、そもそもこんな貧弱な身体でテリーを騙るなど、おこがましいにもほどがある。完全スルーも当然の報いだ。寝苦しさに悶えながら、私は誓った。いつか、必ず雪辱を晴らそうと。

感染力の強いデルタ株の蔓延を受け、イスラエルや英国は、免疫をさらに強めるために3度目の「ブースター接種」計画に乗り出した。河野大臣も「日本もどこかで3回目を打つことになるんじゃないか。たぶん来年なんだと思う」と前向きな姿勢を示している。

日本でブースター接種が始まったら、今度は『キャプテン翼』の日向小次郎か、サンシャイン池崎の格好でリベンジ接種をキメるつもりだ。


※NHKや読売新聞などによると、調査は7月13日から3日間、東京・埼玉・千葉・神奈川の1都3県に住む医療従事者以外の20〜60代を対象にネットで実施。3129人から回答があったという。

1983年、埼玉県生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、2005年に朝日新聞社入社。文化くらし報道部やデジタル編集部で記者をつとめ、2015年にダンス営業規制問題を追った『ルポ風営法改正 踊れる国のつくりかた』(河出書房新社)を上梓。2017年にオンラインメディアへ。関心領域はサブカルチャー、ネット関連、映画など。取材活動のかたわら、ABEMA「ABEMAヒルズ」やTOKYO FM 「ONE MORNING」 、NHKラジオ「三宅民夫のマイあさ!」にコメンテーターとして出演中。

池江選手の苦悩と「きれいな主語」争奪戦の憂鬱

燃えるリプ欄、ざわつくトレンド、闇鍋を煮詰めたタイムライン……。「いいね!」じゃなくて「どうでもいいね!」こそが、窒息寸前社会を救う? サブカルチャーを追い続けてきたジャーナリストによるネット時評。

《オリンピックについて、良いメッセージもあれば、正直、今日は非常に心を痛めたメッセージもありました。この暗い世の中をいち早く変えたい、そんな気持ちは皆さんと同じように強く持っています。ですが、それを選手個人に当てるのはとても苦しいです》

東京五輪の代表に選ばれた、競泳・池江璃花子選手のツイートが波紋を呼んでいる。彼女のInstagramやTwitterアカウント宛に、五輪開催に反対する人たちから「辞退してほしい」「反対の声をあげてほしい」といったコメントが寄せられたというのだ。

《コロナ禍でオリンピックの中止を求める声が多いことは仕方なく、当然の事だと思っています。私も、他の選手もきっとオリンピックがあってもなくても、決まったことは受け入れ、やるならもちろん全力で、ないなら次に向けて、頑張るだけだと思っています》

池江選手は複雑な胸中を明かしつつ、《私に反対の声を求めても、私は何も変えることができません》と綴っている。

五輪反対の声をあげること自体は何の問題もない。新型コロナウイルスの収束が見通せない状況で開催強行へと突き進む政府の姿勢には、私も強い疑問を抱いている。だが、その思いを選手個人にぶつけ、辞退や反対を要求するのは完全にお門違いだ。

白血病との闘病を経て五輪の切符をつかんだ池江選手の活躍は、「奇跡の復活」とメディアで大々的に報じられ、五輪開催を危ぶむ世論も幾分やわらいだ感がある。スター選手としての影響力は大きく、「何も変えることができない」は謙遜が過ぎるとも思うが、そうだとしても、いち選手に五輪開催/中止の責任を背負わせ、踏み絵を迫るようなやり方は残酷だろう。

通の工作? あふれる謀論

池江選手が冒頭のツイートを投稿した5月7日以降、Twitterでは賛否の意見がさらに活発にかわされるようになっていく。

東京大学大学院工学系研究科の鳥海不二夫教授がYahoo!ニュース個人で発表した分析記事によると、5月7〜9日に池江選手に対して2回以上リプライを送った461アカウントの投稿のうち、約58.3%が彼女を応援し、約23.7%が五輪の辞退を要請する内容だった。

461アカウントの6.5%が誹謗中傷に近いようなツイートをしており、なかには「アスリート失格」「辞退しなかったら罪は重い」「利己的」「バカ」「自分のことしか考えていない」「電通に使われている」など強い非難の言葉もあったという。

電通といえば、池江選手のTwitterでの発信から数十分と経たずにスポーツ紙やネットメディアが速報したことで、「はい電通案件」「仕込みだろこれ」といった主張があふれ返ったのには驚かされた。

《池江、電通とマスメディア各社が示し合わせて

プロに文章を書かせて

池江ツイート 9時頃

メディア報道 9時半以降

と予め決めて、よーいドン》

ネット掲示板「5ちゃんねる」の投稿の一つだ。メディア各社は数分単位の速報を競っており、著名人や芸能人、政治家などのツイートが瞬く間に記事化されることは、決して珍しいことではない。単なる「こたつ記事」も、陰謀論者の手にかかると「電通の工作」「プロパガンダ」に仕立て上げられてしまうらしい。

江の威を借るベラルと保守

池江選手に辞退を求めるツイートをしているのは、一体どんな人たちなのか? 鳥海教授は前出の記事のなかで、次のように指摘している。

《気になったのが、辞退を求めるツイートを拡散しているアカウントの80%近くが過去のツイートから「リベラル系」とラベリングされていたアカウントだった点です。そして、その拡散されたツイートの中には誹謗中傷に近いのではないか?と思えるようなツイートも含まれていた点を非常に残念に思います》(※)

(Yahoo!ニュース個人「池江璃花子選手への五輪出場辞退要請は誰が行っているのか」)

左が左なら、右も右だ。日本オリンピック委員会(JOC)前会長の竹田恒和氏を父に持つ保守派の政治評論家、竹田恒泰氏は「人々の夢と希望をつなぐため、東京五輪の開催を支持します」と題したオンライン署名をスタート。

《5月7日に、SNSで池江璃花子選手に「五輪中止」や「反対」の声を上げるべき、との書き込みが溢れたことを知り、五輪開催賛成の署名をすることを決めた次第です》と池江選手を引き合いに、五輪賛成論を訴えた(のちに池江選手に関する記述は削除)。

結局のところ、反対派も賛成派も池江選手という輝かしい存在を祭り上げ、自分の陣営に引き入れたいだけのように見える。錦の御旗を求めて、左右両陣営が池江選手の両腕を引っ張り合っている様子が目に浮かぶようだ。

「私は賛成」「私は反対」とだけ言えばいいものを、なぜ「池江選手は」と言いたがるのだろう?

きな主語」と「れいな主語」

ネットでは「大きな主語」がしばしば問題視される。個人の感想を一般化して「世間」や「社会」の声にすり替えてみたり、ごく例外的な事象を「男は」「女は」「日本は」などと、あたかも集団全体のものとして十把一絡げに批判したりする振る舞いを指す。

そして主語デカ問題は、今に始まったものではない。

(それは世間が、ゆるさない)

(世間じゃない。あなたが、ゆるさないのでしょう?)

(そんな事をすると、世間からひどいめに逢うぞ)

(世間じゃない。あなたでしょう?)

(いまに世間から葬られる)

(世間じゃない。葬むるのは、あなたでしょう?)

太宰治は『人間失格』(1948年)でこう喝破した。久米田康治の漫画『さよなら絶望先生』(2008年、第15集)にも、以下のようなセリフが登場する。

《一人しかいないのに「私たち都民は・・・・・・断固反対するー」とか!

全員に聞いたわけでもないのに「我々・・都民は我慢の限界」とか!

自分の意見をみんなの意見のように言う主語のデカい人!》

こうした「大きな主語」と同根だと思うのが、池江選手のツイートをめぐって浮き彫りになった「きれいな主語」問題だ。

五輪の賛成派と反対派が、池江選手の威を借りて「きれいな主語」を奪い合い、自説の正当性を高めようと躍起になっている。見苦しい争奪戦には、心底うんざりさせられる。

どんなにちっぽけでも、不格好でも、薄汚れていても、「僕が」「私が」と自分の主語で勝負すべきではないのか。きれいな主語や大きな主語にすがって論争に勝ったとしても、肝心の自分が空っぽでは本末転倒だろう。

先接種の和感

変異ウイルスの猛威で医療機関が逼迫し、当初5月11日までの「短期決戦」とされた緊急事態宣言はあえなく延長された。ワクチン接種も遅々として進まず、一度でも接種した人の割合は5月16日時点で3.2%。54.4 %の英国や47.1%の米国はもとより、7.2%の韓国にも大きく水をあけられている。

未曾有の国難もどこ吹く風。五輪だけは特別とばかりに、大会組織委員会はスポーツドクターとして医師約200人を募集、日本看護協会にも看護師500人の派遣を要請している。ワクチンの接種率が低迷する要因として、「打ち手」である医療従事者の不足が叫ばれているにもかかわらず、だ。

そのうえ、代表選手たちにはワクチンが優先接種される見通しとなっている。国際オリンピック委員会(IOC)が各国の選手団に提供するもので、JOCの山下泰裕会長は「(製薬会社が)世界各国に提供する物とは別枠」と強調するが、当の選手からも疑問の声があがっている。

陸上女子1万メートル代表の新谷仁美選手は、5月8日記者会見で「アスリートが特別というような形で聞こえてしまっているのが非常に残念。命の大きい、小さいはないので、五輪選手だけが優先されるのはおかしな話だと思う」と述べた。

入院できずに自宅療養を強いられた人や、ワクチンが間に合わずに家族を亡くした人が、果たして素直な気持ちで五輪や出場選手を応援できるものだろうか。優先接種は、選手と国民の間に無用な亀裂を生じさせかねない。

ダリストが説く「会ファースト」

ここで紹介したいのが、1992年のバルセロナ五輪で銀メダル、1996年のアトランタ五輪で銅メダルを獲得した、元マラソン選手の有森裕子の言葉だ。

有森は2018年のインタビューで《「アスリートファースト」という言葉を盾に、関係者が自らのエゴを押し通そうとしていると感じることが少なくありません》と吐露している。

《どんなに優れたアスリートであっても、社会という集合体の中の1人の構成員にすぎず、オリンピックも社会で生きるための1つの手段にすぎません》

《私は、東京オリンピックを含むすべてのスポーツイベントは「アスリートファースト」ではなく、「社会ファースト」であるべきだと思っています》

(2018年10月『日経Gooday』)

コロナ禍など影も形もなかった2年半前の段階で、「社会ファースト」を呼びかけていた慧眼に唸らされる。今月の記事だと言われても何の違和感もないぐらい、予言的な内容だ。我々は今こそ有森のこの言葉を噛みしめて……あっ。

僕の主語を知りませんか?


※鳥海教授の記事によれば、オリンピック出場辞退を求めるアカウントにはリベラル系が多いものの、リベラル系アカウント群全体からすると「ごく一部(0.35%)」とのこと。

1983年、埼玉県生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、2005年に朝日新聞社入社。文化くらし報道部やデジタル編集部で記者をつとめ、2015年にダンス営業規制問題を追った『ルポ風営法改正 踊れる国のつくりかた』(河出書房新社)を上梓。2017年にオンラインメディアへ。関心領域はサブカルチャー、ネット関連、映画など。取材活動のかたわら、ABEMA「ABEMAヒルズ」やTOKYO FM 「ONE MORNING」 、NHKラジオ「三宅民夫のマイあさ!」にコメンテーターとして出演中。