森喜朗は「記者クラブハウス」の夢を見るか?

燃えるリプ欄、ざわつくトレンド、闇鍋を煮詰めたタイムライン……。「いいね!」じゃなくて「どうでもいいね!」こそが、窒息寸前社会を救う? サブカルチャーを追い続けてきたジャーナリストによるネット時評。

「うわあ、嫌な感じ……」というのが、偽らざる第一印象だった。

「音声版Twitter」との触れ込みで1月下旬から急激に拡散されたアプリ「Clubhouse」。何が嫌らしいかって、まず招待を受けなければ使うことができない。しかも、その招待枠が当初は1人2枠のみに限定されていたのだ。人気は過熱し、一時は招待枠がメルカリで1万円で売買された。

裏原系のTシャツかよ! と思わずツッコんでしまった。

いまは昔、1990年代のことじゃった。裏原宿のファッションブランドに若者たちは長蛇の列をつくり、1枚1万円以上するTシャツを必死に買い求めたのじゃ……。これ、歴史のテストに出るので覚えておいてくださいね。

シリコンバレー発のClubhouseは極東の裏原ブームなんぞ知る由もないだろうが、わざと供給を絞って消費者の飢餓感を煽り、希少価値を高めてブームを演出する手法は極めて裏原的である。

ってたいけど……

Twitterのタイムラインで、いち早く試してみたというアーリーアダプターたちの感想を見かけるたびに、心はざわざわ、モヤモヤ。「やってみたい」という好奇心と「絶対やるもんか」のつまらない意地の間で引き裂かれそうになる。で、ついついこうツイートしてしまった。

《クラブハウスやってみたいけど、クラブハウスやってみたい人って思われるのは何かシャクだなあとかぐちゃぐちゃ考えてるうちに、クラブハウスやりたいって素直に言えなくて、クラブハウスやるタイミング逸するパターンに陥りそうなクラブハウスやりたい民》

すると、投稿を見つけた優しい人が、招待してくれるというではないか。招待にはiPhoneと携帯電話番号が必要だという。小躍りしそうになる気持ちを抑えながら、努めて冷静に携帯番号を伝えた。

が、待てど暮らせど招待は来ない。なぜだ。なぜなんだ〜! 日頃の行いのせいなのか? Clubhouseに批判的な不穏分子は、あらかじめブロックされてしまうのか?

ヤキモキしながら半日が過ぎたところで、初歩的なミスに気がついた。肝心のアプリをダウンロードしていなかったのである。携帯電話のショートメッセージか何かで招待が送られてくると思い込んでいたが、どうやら事前にアプリをダウンロードし、携帯番号を登録しておかなければいけなかったらしい。

ーティー会場の

あわてて登録すると、ついに「Welcome to Clubhouse」と表示された。やった……! これで私もいっぱしのクラブハウサー。限定Tシャツに身を包み、肩で風を切って裏原宿を闊歩できる!

……そんなちっぽけな優越感は、すぐさまガラガラと崩れ落ちた。Clubhouse内に設けられた無数の「部屋」では、芸能人がラジオの公開収録のような雰囲気で楽しげにトークを披露し、イケイケのスタートアップ経営者たちがオンラインセミナーよろしくClubhouseの素晴らしさを得々と語っていた。

眩しい。キラキラしている。パーティー会場で初対面の人としゃべるのが億劫で、ひたすらバイキングの料理をむさぼり、壁際で所在なくスマホをいじっているような人間には少々ハードルが高すぎたようだ。ああ、自分はこっち側の人間なんだ、と再認識した。

けれど、壁際には壁際の気楽さもある。知人のルームに入り、「なんか馴染めないんだけど」「選民思想がいけ好かないよね」と不穏分子同士で愚痴っているうちに、ちょっとだけ気分が晴れた。ラジオやウェビナーよりも、居酒屋的な使い方のほうが自分の性に合っているのかもしれない。

老の

私がClubhouseを始めたのは1月27日の夜。場末の居酒屋ルームには、その5日前からやっているという古参の「長老」をはじめ3〜4人のメンバーがたむろしていて、初心者に手とり足とりClubhouseの仕組みを教えてくれた。

・ルームの設定は「公開」「つながりのある人だけに限定公開」「非公開」のなかから、話題に応じて選択することができる。

・ルームの開設者で進行を司る「モデレーター」、モデレーターとともに擬似的なステージ上で話す「スピーカー」、彼らの話を聞く「リスナー」の3者がいる。

・誰かがつくった部屋に入る場合、最初はリスナーだが、「挙手」をしてモデレーターに承認されると、スピーカーとして質問したり、一緒におしゃべりしたりできるようになる。

・ラジオやセミナー的な活用法であれば、モデレーターはQ&A終了後にその人を再びリスナーに戻す。顔見知り同士で話すなら、ずっとステージにあげたまま雑談を楽しめばいい。

・プロフィール欄には自分を招待してくれた人の名前がクレジットされており、誰でも見ることができる。

長老は「Clubhouseには『いいね』もリツイートもなく、ユーザー側にできるリアクションが限られています。スピーカーになると音声をミュートするマイクのアイコンが表示されるので、それを連射して点滅させることで『拍手』するんです」と解説する。

へええ。厳格な機能制限を逆手にとった興味深い風習だ。ニコニコ生放送でいうところの「88888」の弾幕のようなものだろうか。いきなりやられると、音声に何か不具合でも起きたのかとびっくりするが。ちなみに苦肉のミュート連打すらもモデレーターやスピーカーだけに許された「特権」で、リスナーたちが何を考えているのは知るすべがない。

インターット人会の同窓会

招待者の名前が表示されるというのも面白い。ヤクザの代紋ではないが、「おうおう、俺のバックは○○さんだぞ」なんてマウンティングしたり、「せっかくなら有名人の××さんに紹介してもらいたい」と招待を断ったりする人も出てくるかも。元カレや元カノに招待されて、それが永久に表示されていたら、かなり気まずいものがある。

「規約違反をすると、招待してくれた人にまで迷惑がかかるかもしれない。だから気をつけた方がいいですよ」と長老。みんなが「親」のメンツを潰さないように振る舞えば、荒らし行為や嫌がらせも抑止できる。なるほど、よくできたシステムだ。

私の場合、前出の「優しい人」の招待は失敗していて、実際には14年ほど前からの知己である前職時代の後輩による招待で加入できたようだ。

最近はFacebookやLINE、Slackなどのツールで連絡をとることが増え、相手に電話番号を聞く機会が減った。スマホに登録された電話番号は、仕事関係を除けば家族や「少し前の人間関係」を反映している可能性が高い。

電話帳の情報をベースにマッチングしているがゆえに、「Clubhouseはインターネット老人会の同窓会感覚で盛り上がっている」と指摘している人がいて、慧眼にうなずかされた。

系図をかのぼれ

自分を招待してくれた人は誰に招待されたのか? その人は一体誰に? と数珠つなぎに招待者をたどっていくと、29 代さかのぼったところで、Clubhouse創設者のひとりであるローハン・セスに行き着いた。

家系図のようであり、ネットワークビジネスの組織図のようでもあり。28人目までは「Nominated by 〜」と招待者を示す表示があったが、セスにはない。ゴッドファーザーにして、始祖の巨人なのだ。

Business Insiderによると、セスは元Googleの社員で、難病を抱える娘のために財団を設立。財団の資金調達のために共同創設者のポール・デイビソンに助言を求めるようになった。それまで多くのアプリが失敗作に終わってきたが、「最後の挑戦」として2人が世に送り出したのがClubhouseだったという。

「Clubhouse曼荼羅」の数珠つなぎの招待ルートを、今度はセスを起点に逆からなぞってみる。

創業者→海外テック系人材→黒人女性コミュニティー→国内ベンジャー→ネットメディア関係者という経路でサービスが伝播・越境し、自分の手元に届いたことがわかり、無駄に壮大な気持ちになった。瓶入りの手紙を浜辺で見つけたみたいな感じだ。

世界中のすべての人が6ステップ以内につながるとされる「6次の隔たり」仮説や、有名俳優の多くがわずか数ステップを挟むだけで、ハリウッドの中心であるケビン・ベーコンにたどり着くという「ベーコン数」を思い起こさせる(ちなみにトム・ハンクスはベーコン数1、渡辺謙はベーコン数2)。

ハラの害者に

深夜0時をまわるも、長老の講義は続いていた。

「招待枠は最初は2枠ですが、Clubhouse内で活発に動いていると増えていきます。僕はいま6枠です」

さすが長老。1万円払ってでも買いたい人がいる招待枠を、6つも持っているという。枠富豪、枠長者である。

私は2枠のうち1つをTwitter上の知人に譲り、もう1枠は会社内で「興味ある人がいたら招待します」と募集をかけた。そのことを明かすと、居酒屋ルームに微妙な空気が流れた。

「それ、胸ポケットから札束をチラつかせるようなものですよ。Clubhouseの招待枠を持ってる、すごい先輩だって思われたかったんじゃないですか?」。別のメンバーが苦言を呈した。

なんということだろう。いつの間にか、あんなにも軽蔑していた「嫌な感じ」を発する側になっていたなんて。良かれと思って同僚に声をかけたつもりだったが、そこに1ミリも邪な気持ちがなかったと言えばウソになる。最低だ。立派な枠ハラ、クラハラじゃないか。

日酔いのような己嫌悪

かくして、私のClubhouse第一夜は終わった。

希少価値に煽られて流行りものに飛びつき、キラキラのリア充を逆恨みして歪んだ僻み根性を発動させた挙句、招待枠をチラつかせ、卑小な優越感をひけらかして悦にいる――自分の嫌な部分を一晩で全部突きつけられた気がする。

それまで「クラブハウス」とカタカナで書いていたのに、翌日からスカして「Clubhouse」とツイートしていることに気づいた時には、さすがに頭を抱えた(完全に無意識だった)。

一方で、この気持ち、何かに似ているとも思った。そうだ、飲み会の翌日にこみ上げてくる自己嫌悪だ。

「やばい、しゃべりすぎた」「あんなこと言うんじゃなかった……」などとグチグチ気に病むのは、ぶっちゃけ話の反動にほかならない。新型コロナウイルスの流行で飲み会はしばらくご無沙汰だから、久しぶりに味わう感覚だった。

リモートワークは便利だけれど、要件以外の雑談はめっきり減った。Twitterはもうだいぶ前から無駄話をする場所ではなくなってしまったし、そもそもテキストはあまり雑談に向かない。コロナ禍の潜在的なおしゃべり欲求、雑談への飢えがClubhouseブームを加速させた面は大いにあるだろう。

さんざん斜に構えたスタンスでClubhouseを論じておきながら、結局さびしくて誰かとしゃべりたかっただけなのかと思うと小っ恥ずかしい。でも、きっとそういうことなのだ。

こだけの

Clubhouseは無許可での録音やメモを規約で禁じている。人の口に戸が立てられない以上、現実には「ここだけの話」などありはしない。先ほど「居酒屋的」とは書いたが、本当に居酒屋のような感覚で放言を繰り返していたら、痛い目に遭うことになる。

Clubhouseはそういう錯覚をうまく利用し、ぶっちゃけ話を誘発する仕組みになっている。100人、1000人単位の聴衆がいたとしても、リスナーは黙って部屋を去る以外のリアクションをとることができない。いきおい、モデレーター、スピーカーの側は「見られている」という感覚が希薄になりがちだ。

リスナーはうなずき、拍手を送りながら聞いているのか? 怒りに震え、ヤジを飛ばしながら「炎上させてやれ」とばかりに音声を録音しているのか? 発言者には察知しようがない。だからこそ、気軽にぶっちゃけることができてしまう。「声」がもたらす親密さ、気安さがその錯覚に拍車をかける。

直接見聞きした範囲でも、Twitterなら一発アウトであろう失言・放言をかましている人、本人に知られたら激怒されそうな際どい暴露話をしている人がいた。もちろん実名、ピー音なんてナシだ。本音トークを引き出すために「脇を甘くさせる」設計になっているのだから、ある意味で当然の帰結とも言える。

問題発言が連発されているルームで突然スピーカーに指名され、「後から炎上した時に仲間だと思われるんじゃないかとヒヤヒヤした。ずっとミュートして黙っていた」という話も聞いた。行き過ぎた発言を諌め、中和するモデレーターの技量はますます重要になるし、そうした人材への需要も高まっていくだろう。

イトや傷も

海外では、Clubhouseでの反ユダヤ的な発言や女性に対する中傷が問題化したケースもある。もちろん、Clubhouseは《私たちは、反黒人、反ユダヤ主義、およびその他すべての形態の人種差別、ヘイトスピーチ、Clubhouseでの虐待を明確に非難します》と表明しているし、ガイドラインでも禁止している。

しかし、WIREDで紹介された以下のClubhouse関係者のコメントを読む限り、どこまで本気なのか、またどうやって実効性を担保するつもりなのか疑問も残る。

「わたしたちはオーディエンスを限定した上でさまざまな試行錯誤をしている段階の新参企業にすぎません。言論を過度に厳しく制限すると、イノヴェイションを阻害する可能性もあります。いずれにせよ現在は試験段階であり、わたしたちに厳しい判断を下すのは時期尚早なのです」

治家の参入とフレコの是非

行政改革担当大臣の河野太郎氏や、立憲民主党代表代行の蓮舫氏、国民民主党代表の玉木雄一郎氏ら、Clubhouseには政治家の参入も相次いでいる。政治部記者は「夜討ち朝駆け」に加えて、「Clubhouseまわり」が日課になるかもしれない。

そこで焦点になるのが、Clubhouseでの公人の失言や問題発言をどう報じるかだ。

もとより大手メディアが加盟する記者クラブの記者たちは、オフレコを条件に政治家や官僚に取材する機会が少なくない。オフレコ前提のバックグラウンド・ブリーフィングや懇談会の内容を記事化したり、外部に漏らしたりすれば、「出入り禁止」などの制裁を受ける可能性がある。

すべてがオフレコのClubhouseは、いわば巨大な記者クラブのようなものだ。スポーツ紙によるテレビ番組の書き起こし記事のように、Clubhouse内の情報をダダ漏れさせてしまえば、BAN(=出禁)もあり得る。あるネットメディアの記者が「記者クラブハウス」と評していたが、言い得て妙だと思う。

東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の会長で、元首相の森喜朗氏は「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかります」と発言し、大きな批判を浴びた。ではもし、この女性蔑視発言がClubhouse上でなされていたとしたらどうか。

私は当然、名前を出して報道するべきだと考えるが、仮に記者がBANされるような事態になれば、メディアの「報道の自由」とプラットフォームの「営業の自由」が鋭く対立する局面も想定される。

Twitterかストドンか

日本での大ブームが巻き起こる前の1月中旬時点で、Clubhouseのアクティブユーザーは200万人に達している。「音声版Twitter」の評判に違わぬ確固たるプラットフォームへと成長を遂げるのか、マストドンやGoogle+のように失速してしまうのか、現時点ではまだ見通せない。

楽屋オチ、内輪ノリという言葉があるが、Clubhouseには良くも悪くも世界中を「楽屋」に変え、すべてのユーザーを「内輪」に引き込む引力がある。逆に言うと、このノリに耐えられない人には、ちょっとしんどいかもしれない。

Clubhouseを立ち上げておくと、「誰々さんがこういうルームを立ち上げたので来ませんか?」といった通知が頻繁にくる。最初のうちは飛び込みで参戦してスピーカーとして登壇したりもしていたのだが、だんだん面倒になってiPhoneの通知を切ってしまった。

長老の言葉通り、招待枠はいつの間にか11人まで増えていた。残念ながら私には、Clubhouseに誘いたい友達がそんなにいない。行き場を失った招待状は、今日もネット空間を揺蕩っている。

神庭亮介(かんば・りょうすけ)

1983年、埼玉県生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、2005年に朝日新聞社入社。文化くらし報道部やデジタル編集部で記者をつとめ、2015年にダンス営業規制問題を追った『ルポ風営法改正 踊れる国のつくりかた』(河出書房新社)を上梓。2017年にオンラインメディアへ。関心領域はサブカルチャー、ネット関連、映画など。取材活動のかたわら、ABEMA「ABEMAヒルズ」やTOKYO FM 「ONE MORNING」 、NHKラジオ「三宅民夫のマイあさ!」にコメンテーターとして出演中。

1983年、埼玉県生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、2005年に朝日新聞社入社。文化くらし報道部やデジタル編集部で記者をつとめ、2015年にダンス営業規制問題を追った『ルポ風営法改正 踊れる国のつくりかた』(河出書房新社)を上梓。2017年にオンラインメディアへ。関心領域はサブカルチャー、ネット関連、映画など。取材活動のかたわら、ABEMA「ABEMAヒルズ」やTOKYO FM 「ONE MORNING」 、NHKラジオ「三宅民夫のマイあさ!」にコメンテーターとして出演中。

いつも心に陰謀論 Jアノンの甘美なパラレルワールド

燃えるリプ欄、ざわつくトレンド、闇鍋を煮詰めたタイムライン……。「いいね!」じゃなくて「どうでもいいね!」こそが、窒息寸前社会を救う? サブカルチャーを追い続けてきたジャーナリストによるネット時評。

ジョー・バイデン氏がアメリカ合衆国の第46代大統領に就任した。その裏で、ドナルド・トランプ氏に関する「怪情報」がネット上を駆け巡っていたことをご存知だろうか。

「ジョー、俺が勝ったの知ってるだろ?」

トランプ氏がバイデン氏にそんな手紙を残していたとする投稿が、トランプ氏の署名入りの手紙画像とともにブログやTwitterで拡散されたのだ。

退任する大統領が、後任に宛てて大統領執務室の机に手紙を残すのは米国の伝統だ。トランプ氏が手紙を残したこと自体は事実だが、バイデン氏は「非常に寛大な手紙」と話すのみで、詳細な内容は明かしていなかった。

トランプ氏は「不正選挙」を訴え続け、報道各社がバイデン氏の当選確実を伝えるなかでも、米大統領選のもうひとつの伝統である「敗北宣言」を頑なに拒んできた。

トランプ支持者による連邦議会の議事堂乱入事件の発生後、1月8日になってようやく「新政権が1月20日に発足する」とTwitter動画で発表。「事実上の敗北宣言」と報じられたものの、明確にバイデン氏の勝利を認めるような言葉はなかった。

界的ニュース?

もし、トランプ氏が手紙でなおも「俺が勝った」などと息巻いていたとすれば、世界的な大ニュースだ。だが、残念ながらこの手紙が本物だという根拠はない

米ファクトチェックサイトの「ポリティファクト」は、拡散された手紙画像の印章が過去にトランプ氏が送った手紙と違うと指摘。日付の記載方法などの書式も異なっているとして、「誤り」と判定した。

考えてみれば、これだけニュースバリューのある「手紙」の内容が主要メディアで一切報じられず、ネットにだけ出回っているというのもおかしな話である。

CNNによれば、バイデン氏は「私的な内容だったため、トランプ氏と話すまで内容は公表しない」と述べ、トランプ氏側近は「米国の成功と新政権が国のために尽力することを祈念する内容」と語ったという。勝利を誇示するような「手紙」とはてんで正反対だ。

QアノンとJアノン

情報を拡散したのは、主に「Qアノン」の人々だとされている。

Qアノンはネット上の陰謀論。政財界の大物や大手メディア、ハリウッドセレブらの「ディープステート」(影の政府)が米国を牛耳り、小児性愛者による国際的な児童売春組織を運営している。救世主であるトランプ氏が、彼らと秘密裏に闘っている――といった荒唐無稽な内容だ。

「Q」を名乗る匿名(アノニマス)の人物が、2017年に掲示板「4chan」に書き込んだ投稿が発端となって広がり、信奉者は100万人に達するとの見方もある。議事堂乱入事件でも、多数のQアノンの参加が確認されている。

ワシントン・ポストとABCニュースの世論調査に対し、米国民の32%、共和党支持層の7割がバイデン氏を「正当な勝者ではない」と答えているぐらいだから、Qアノンを信じる人が100万人いたとしても不思議はない。むしろ控え目な試算かもしれない。

この問題は決して対岸の火事ではない。日本版Qアノンとも言える「Jアノン」がじわじわと存在感を増しているからだ。Jアノンの人たちはトランプ氏を「おやびん」と慕い、「最後は不正選挙が覆され、おやびんが勝つ」と固く信じている。

実際、日本でも冒頭の「トランプ氏の手紙」に関するツイートが6000回以上リツイートされ、2万を超える「いいね」を集めている。

裂した守派

読売新聞がJX通信社の協力で分析したところによれば、昨年11月4日からの1週間に米大統領選に絡んで2000回以上リツイートされた日本語の投稿のうち、「選挙は不正」とするものが68%を占めた。合計リツイート数は50万回にも達したという。

「不正選挙」をめぐるスタンスの違いは、日本の保守派の内部にも分断を生じさせている。

「この選挙結果を認めてしまうと、アメリカの民主主義が終わるわけ。完全に」

「(アジアの)某国にとっては、バイデン大統領になれば非常に嬉しいし、トランプ大統領が再選することは非常に厄介なこと。何としてもこれを潰したいということで、大統領の選挙に不正を行なったと言われているね」

「アメリカという国は、某国の傀儡国になるかもしれない」

かねて「トランプが負けたら、小説家は引退する」と宣言していた作家の百田尚樹氏は、自身のYouTubeチャンネルでこうぶち上げた。百田氏や門田隆将氏が「不正選挙」を訴える一方、弁護士のケント・ギルバート氏、YouTuberのKAZUYA氏、経済評論家の上念司氏らは、バイデン氏の勝利を認めている。

後者のようにバイデン氏の勝利を事実として受け入れる立場を、「認識派」と呼ぶらしい。

認識派が一堂に会したYouTube動画で、ケント氏は「私はトランプに投票しました」と表明。個別の不正行為と組織的な不正選挙は別物だとしたうえで、「(一部に)不正はあったけれども、不正選挙ではないということをぜひ理解してもらいたい」と呼びかけた。

識派」に

しかし、こと保守派内部での人気の面だけでいうと、「認識派」には逆風が吹き付けている。

分析計測ツール「NoxInfluencer」(※1)を使って、大統領選のあった昨年11月から今年1月下旬までの保守系YouTuberの登録者数の推移を比較してみると、面白いようにくっきりと明暗が分かれた。

「不正選挙派」の百田氏が登録者を7.45万人から11.6万人へと急増させているのに対し、「認識派」のケント氏は14.8万人から14.4万人と漸減傾向、KAZUYA氏は74.3万人から71.3万人、上念氏も37万人から34.8万人と大きく減少していたのだ。

KAZUYA氏は《バイデン氏、正式に大統領就任~今回の大統領選挙は僕の価値観を変えた》と題する動画で「この2ヶ月ほどでチャンネル登録者もかなり減りましたし、再生回数も落ちていますし、散々ですよ」と吐露。大統領選後の2ヶ月をこう振り返った。

「陰謀論を2ヶ月間、焚き付けていた人たちって、本当に罪深いと思いますよ」

「トランプ再選って言っといた方が再生数伸びるとか、儲かると思ったのかわかりませんけど、めっちゃ偏ってましたよね」

怪な行世界

「見たいものを見る」という人間の習性は洋の東西を問わない。米大統領選はさながら陰謀論の見本市と化し、日本国内でもJアノンによる偽情報が乱れ飛んだ。

「トランプ大統領が戒厳令を発令し、『世界緊急放送』が流れる」

「ナンシー・ペロシ下院議長やローマ教皇らが大量逮捕される」

「オバマ氏やバイデン氏、カマラ・ハリス氏らが逮捕された」

「ドイツで米特殊部隊とCIAが銃撃戦」

「米国の国境周辺に中国の人民解放軍25万人が待機している」

「『アメリカ共和国』が成立し、初代大統領にトランプ氏が就任」

「緊急放送後、すべての日本人に1人6億円が入金される」

いちいち訂正する気も失せるほど、盛大なホラ話のオンパレードだ(最後のだけは、ぜひ真実であってほしいが)。この世界には、数えきれないほどのパラレルワールドが存在する。

ランプざまぁ!」が

たらすもの

では、こうした陰謀論とどう向き合うべきなのか。嘲笑し、馬鹿にすることは簡単だが、本質的な解決にならないどころか、かえって事態を悪化させる可能性が高い。

2016年の大統領選で、民主党のヒラリー・クリントン氏は、トランプ支持者の半数が「嘆かわしい人たち」だと発言して批判を浴び、謝罪を余儀なくされた。「嘆かわしい」と蔑まれた人々は怒りで結束を固め、どぶ板選挙でラストベルトの労働者らの声なき声をすくいあげたトランプ氏が選挙戦を制した。

トランプ支持者の議事堂乱入事件を受け、Twitter社は「さらなる暴力行為を煽動するおそれがある」として、トランプ氏のアカウントを永久凍結した。さらに、AppleとGoogleがトランプ支持者御用達の保守系SNS「Parler」をアプリストアから削除。Parlerにサーバーを提供していたAmazonも、サービスを強制停止した。

「トランプざまぁ!」「これで平和になる」とIT大手の禁止措置を喜んでいる人もいるが、問題はそう単純でもない。「見えなくなる」ことと「いなくなる」ことは同義ではないからだ。バイデン氏が大統領に就任しても、「正当な勝者ではない」と考える32%は決していなくなることはないし、分断が跡形もなく消え去ることはあり得ない。

安住の地を失ったトランプ支持者らが地下に潜って、主張をより先鋭化させていく危険性もある。SNSを「デマ拡散装置」と捉えるか、「デマ発見器」と捉えるか。後者の視点で考えるなら、コミュニティが不可視化されることで、ファクトチェックの目が届きづらくなる懸念も念頭に置いておかなければならないだろう。

ケットにMMR

「自分たちは真実を知っていて、愚かな人々を教え導いてあげている」

陰謀論を否定する側が、陰謀論者の写し鏡のような傲慢の罠に陥った時、そこに新たな陰謀論の萌芽が生まれる。「自分は絶対、騙されない」は容易に「あいつらは騙されている!」に反転し得る。

点と点を線で結ぶ快楽。「あちら側」への怒りや不安を駆り立てる、謎に満ちたメッセージ。複雑な世界のことわりを、一発で「わかった」気になれる真理――。陰謀論には抗いがたい甘美な魅力がある。

だからこそ、「いつも心に陰謀論を」と言いたい。陰謀論で胸いっぱい、頭いっぱいになってしまうのは危ない。でも、手のひらサイズぐらいに小さく飼い慣らすことができたなら、将来タチの悪い陰謀論に感染しづらくするための「免疫」になるかもしれない。

大人になってから陰謀論にハマると厄介だ。自分も、巻き込まれる周囲も大きな影響を受ける。「な、なんだってー!」と言われてしまうかもしれないが、中学生の読書感想文の課題図書を『MMR マガジンミステリー調査班』(※2)にしたら、日本人の陰謀リテラシーも飛躍的に向上するのではないだろうか。

……と、かつて宇宙人やオーパーツに胸ときめかせ、ノストラダムスの大予言にハラハラしたMMR大好きっ子としては提案したいのである。

 


※1 NoxInfluencer:YouTubeの閲覧数やチャンネル登録者数などを解析できるウェブサービス。「あいこ」さんの《トランプの敗北という現実に直面したビジウヨ界は、ネトウヨの願望に応えようとする「勝ち組」と、さすがにQはヤバいでしょと立ち止まる「負け組」に分裂した》とするツイートが話題になっていたため、同ツールで詳細に検証した。
※2 『MMR マガジンミステリー調査班』:1990年~1999年にかけて「週刊少年マガジン」に不定期連載された石垣ゆうき氏作の漫画作品。マガジン編集部員をモデルとした主人公たちが、UFOなどの超常現象や陰謀論、「ノストラダムスの大予言」の謎を検証。迫りくる人類滅亡の危機を警告する。

1983年、埼玉県生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、2005年に朝日新聞社入社。文化くらし報道部やデジタル編集部で記者をつとめ、2015年にダンス営業規制問題を追った『ルポ風営法改正 踊れる国のつくりかた』(河出書房新社)を上梓。2017年にオンラインメディアへ。関心領域はサブカルチャー、ネット関連、映画など。取材活動のかたわら、ABEMA「ABEMAヒルズ」やTOKYO FM 「ONE MORNING」 、NHKラジオ「三宅民夫のマイあさ!」にコメンテーターとして出演中。