ロックとはなんだったのか? 情熱的に語られがちなロックを、冷静に、理性的に、「縁側で渋茶をすするお爺さんのように」語る連作エッセイ。ロックの時代が終わったいま、ロックの正体が明かされる!?
インターネットの普及により、初期のビートルズやそれ以前の時代のロックバンドの演奏動画を見ることが可能になった。当時の欧米のテレビ番組で流れたものが多いと思われるが、それらの映像にはバンドの演奏に合わせて踊る若者たちの姿が記録されている。
特に興味深かったのがチャック・ベリーの名曲ジョニー・B・グッドの映像だ。黒人のベリーがギターを弾きながら歌う、その周囲には大勢の白人の若者が踊っているのだ。なるほど、これがロックンロールの始原の形なのかという驚きがある。いわゆるダンスパーティーである。僕なんぞよりも上の世代はこれを略してダンパと称した。ロックバンドというのは、パーティで踊る若者たちのために演奏する小規模な楽団だったのだ。
しかし、黒人が演奏して白人が踊るという構図もかなり意味深ではないか。ビートルズやローリング・ストーンズといった初期の白人ロックミュージシャンたちは、ベリーのような黒人に憧れ彼らの物真似で音楽を始めたわけだが、彼らの世代のバンドの初期の映像もベリーと同じく、大勢の若者が演奏に合わせてダンパしているものが多く残されている。
ジョニー・B・グッドから10年ほど後の、ウッドストックでのジミ・ヘンドリックスの演奏を見ると非常に感慨深いものがある。ヘンドリックスはダンスパーティーの演奏係というよりは、宗教団体の祭司のように見える。これはどういうことかというと、ロックンロールが誕生した頃よりも、アーティストの社会的地位が向上したということではないか。ベリーは踊る若者たちと同じ目の高さで演奏していたが、ヘンドリックスは聴衆たちよりも高い位置にいて、なおかつ空を見上げてアメリカ国家を演奏した。ベリーのダンパ型ロックンロールにしろ、ヘンドリックスの宗教祭司型ロックにせよ共通点はあって、いずれにせよ聴衆は集団で忘我な状態になる。
ヒトという動物は集団で忘我になることを好む癖があって、スポーツ観戦などでも集団で忘我になる。サッカーのフーリガンや我が国の阪神ファンを見ればわかるように、集団で忘我な状態になったヒトは時として凶暴化することも忘れないでほしい。これまたYouTubeで検索するとアドルフ・ヒトラーが演説している動画が見られたりするわけですが、戦争というのもまた集団で忘我になる現象であり、例えばオリンピックは戦争の代替え品だと言われる。
聖書に「汝殺すなかれ」と書いてあるように、人類はかなり早い段階で、ヒトがヒトを殺すのは良くないことであるという考え方を獲得していた、にもかかわらず人類は幾たびとなく戦争をしては同族を殺すのである。なんというか、設計段階でバグっているのではないかホモ・サピエンスは。
ただし、ヒトと最も近い動物であるチンパンジーはしばしばチンパンジーを殺す。ヒトやチンパンジーよりも優しい霊長類であるゴリラの雄は、新たに恋人ができたときには、恋人の連れ子を容赦なく殺す。これらは動物としての習性なので、赤の他人の子供を殺す雄のゴリラをヒトの倫理で批判して良いものやら、という話になる。我々ホモ・サピエンスもパソコンやiPhoneを発明したという点では、かなり賢い霊長類なのだけれども未だに戦争をやめられないという点で、同族を殺してしまうチンパンジーやゴリラに近いものを持っているのかもしれない。
と、ここで一つの疑問が生じる。ロックというのは20世紀の後半に誕生した、人類の歴史の中ではかなり最近の文化である。20世紀といえばテクノロジーの時代でしょう。実際、エレキギターという文明の利器がなければロックは成立しない。ロックは紛れもなく科学文明の産物なのだ。なのに、どうしてこんなにプリミティブなのだろう。更に言うと、ロックが誕生する10年ほど前まで、人類は史上最大規模の悲惨な戦争をしていたのである。ざっくり言うと、20世紀というのは前半が世界大戦の時代で、後半がロックの時代であった、ということになりますね。つまり、戦争が終わって人類はダンスパーティを始めた、という見方も成り立つ。
人類の文明が大きく発展し始めたのは一万年ほど前だとされている。その間に我々の先祖は様々な文化を育み、偉大なる科学やら哲学、芸術などを生み出してきた。これぞ人類の叡智である。そんなに利口な動物なのに、人類は歴史の上ではつい最近である20世紀の前半は、高度に発達したテクノロジーを使って戦争をして忘我になり、その後はテクノロジーを使った音楽で忘我になっていたのだ。
もしも、我々を観察している宇宙人がいたとしたら、彼らは我々ホモ・サピエンスを見てどう思うだろうか? テクノロジーが発展したと思ったら、いきなりそれを使って大規模な殺し合いを始めたわけである。こいつらは利口なのか? それとも馬鹿なのか? 判断しかねるのではないか。
ヒトが生み出した数あるテクノロジーの中で、最も偉大なのはおそらく医療である。医学は他のテクノロジーと結びつきながら、主にヒトの寿命を延ばすことに貢献してきた。皆さんもご存知のようにヒトは弱い生き物で、生まれてすぐの頃は歩くこともできないし、自分でご飯を食べることもできない。そして、ヒトは大人になってからもか弱い動物だ。我々の親戚であるチンパンジーは体こそ小さいけれども、素手でタイマンをすればヒトよりずっと強い。ヒトは、単体では極端に弱いからこそ、集団で助け合う能力を発達させたわけです。そして医療技術を磨き上げた。
野生動物が天然温泉に集まって来たりするのは良く知られているし、野生動物が薬草を食べることも知られている。つまり、温泉治療や薬草という側面から見ると野生動物にも医療という文化はあるわけだが、ヒトはその医療を文化的に進化させたので抗生物質やワクチンといった個体が長く生きるためのアイテムを開発できた。これは素晴らしいことで、医療こそが人類の叡智なわけだが、にも関わらずホモ・サピエンスは20世紀の前半においては二度にわたる世界大戦で多くの若者を死に至らしめた。そして戦争の時代が終わってからもドラッグの乱用で多くのミュージシャンを若くして死なせてしまった。就中、若くして死んでしまったミュージシャンを、神話的に祭り上げた。
ジミ・ヘンドリックスやジャニス・ジョプリン、ドアーズのジム・モリソンが卓越した表現者であることは間違いない。彼らより後に登場したカート・コベインもまた素晴らしいソングライターだったろう。とはいえ、ヒトが若くして死んでしまうのは悲劇なのだ。大きな声では言えないけれど、若くして死んだロックスターを英雄視するのは、戦争で大きな活躍をして死んだ英雄を称賛するマインドに近いところがある。アーサー王でも源義経でもいいけど、悲劇的な英雄は人気があるでしょう。それらはロマンティックなお伽話として民衆に愛されてきたが、自分たちと同じ時代に生きた人(兵士やバンドマン)が若くして死んだ時に、そのロマンティックを発動させることには抵抗を覚える。
2015年にノーベル経済学賞を受賞したアンガス・ディートンの『大脱出』によると、人類の歴史はお父さんよりも息子が長生きすることで発展してきた。もちろん、そのお父さんはお爺さんよりも長生きした。後の世代になるほど寿命が長くなること、つまり平均寿命が長くなることは人類の発展と直結しているのだ。今もなお平均寿命は伸びているから我々は進歩を止めてはいないことになる。ディートンの視点で見ると、個人の長生きと貧困からの脱出こそが人類の進歩である。しかし、戦争や麻薬禍による若者の早逝はその流れに反するもので、あまり歓迎できることではない。
ここで一つの見方を提案する。これまで述べてきたように、ヒトは20世紀の前半には、発達したテクノロジーを使った世界大戦で忘我となってドンパチを行い、戦争が終わって20世紀の後半に突入するとテクノロジーを使った音楽で忘我となってドンドコ踊った。
この、集団で忘我となってドンパチもしくはドンドコやらかすという行為は、もしかしたらヒトという動物の習性と深く結びついているのではないだろうか?
チンパンジーにパント・フートという行動がある。「フー、ホー、フーホー、フーホー、フーホー、ホワーォ、ホォォォ」という鳴き声をあげながらコミュニケーションするのだ。パント・フートは当初、遠くにいる仲間のチンパンジーと連絡を取り合うための行動ではないかと思われていた。たとえば森の中で美味しい木の実を見つけたチンパンジーが、「おーい、ここに美味しい木の実があるぞ〜」と仲間に知らせるために、フーホー、フーホーと声をあげる。そういう役割があって発達した機能だと思われていたのだ。
ところが、実際にはパント・フートは、すぐ近くにいるチンパンジー同士の間でも行われることが多い。目の前にいる仲間チンパンジーのパント・フートの発声に合わせて、自分もパント・フートをかぶせていく。いわゆるコーラスですね。実際、ドゥワップやアカペラのグループなんかがメンバー同士でコーラスを合わせていく様に似ている。パント・フートにはドラミングが伴うことも多い。これは手で自分の体や、すぐ側にある木なんかをリズミカルに叩くのだ。我々ホモ・サピエンスも、音楽の演奏に合わせて手拍子を叩いたりする。また、コーラスグループは歌声を合わせる際に手拍子やフィンガースナップでリズムをとったりする。チンパンジーとヒトは同じ先祖から進化した親戚のようなものなので、進化心理学や動物行動学では両者の間には似たような習性がある、という話が頻繁に出てくる。
ヒトは尻尾のない猿だと言われるけれども、尻尾のない猿は他にもいてテナガザル、ゴリラ、オランウータン、チンパンジー、ボノボがいる。彼らは我々ヒトの遠い親戚だ。遥か昔に、テナガザルとオランウータンとゴリラとチンパンジーとヒトの共通の先祖がいたらしいのだが、今のところ、その共通の先祖の化石は見つかっていない。というのも、テナガザルやゴリラやヒトを含む共通のご先祖さまは熱帯雨林に住んでいたので、化石が残りにくいのだ。これが古生物学の難しいところで、色んな恐竜の化石が色んなところで見つかっているけれども、化石として残っている生物は化石化しやすい環境に住んでいたから化石になったわけだ。まだまだ化石が発見されていない恐竜はたくさんいただろうし、永遠に現代人にその存在を知られないままの絶滅動物はたくさんいるだろう。死んだ生物が化石になるかならないかは、ほぼほぼ環境で決まる。だから、化石動物が生きていた頃の地球がどんな環境であったかを、残された化石だけで判断するのは非常に難しい。
我々、ヒトの仲間ももっと多くの種類がいたはずなのだが、化石として見つかっているのはそのうちの一部でしかないので、少ないデータから我々がどのように進化をしてきたのか推察するしかない。進化の系統樹で見ると、はじめにテナガザルが分岐し、次にオランウータンが別れた。この時点でヒトとゴリラとチンパンジーの共通の祖先がアフリカにいた、らしい。化石は見つかっていない。そしてゴリラが枝分かれした。ゴリラはゴリラで、マウンテンゴリラとニシローランドゴリラに分岐する。もしかしたら、もっと多くの種類のゴリラがいて、いつの間にか滅亡したのかもしれないが、今のところはわからない。
ゴリラと別れた後には、ヒトとチンパンジーの共通の祖先である尻尾のないサルがいた。アフリカの森で木の実とかを食べていたと思われる。ところがだ、地球が寒くなってきたので尻尾のないサルが快適に住んでいた環境が破壊された。これがたぶん、サハラ砂漠ができた頃で、ヒトとチンパンジーの共通の先祖が住む森が狭くなったのだ。さあ、どうやって生きのびようか?
チンパンジーの先祖は森に残ることにした。ヒトの先祖は、森から出て新しい生活環境を探す旅に出た。実際には、まだ森が残っていた地域の尻尾のないサルが森に残り、本当に森がなくなって追い詰められた、ごく一部の尻尾のない猿が新天地を求めて旅立ったのだろう。旅立った奴らの子孫がヒトの先祖だ。ここでヒトとチンパンジーの道がわかれた。
ヒトの先祖が森を出たらサバンナだった。そこにはヒトを餌にする肉食獣がいた。今でもチンパンジーの天敵はヒョウで、天敵のいそうにないゴリラですら子供や弱った個体はヒョウに狙われる。大型のネコ科動物こそが我々尻尾のないサルの天敵なのだ。そいつらに襲われたら、走って逃げて木の上に登るのが一番だ。ヒトを含む多くのサルは樹上生活に特化していた歴史があるので、木の枝をつかむのに適した手足を持っていた。ほとんどのサルの仲間は手だけではなく足でも木の枝につかまる機能を持っているが、ヒトの先祖はサバンナで肉食獣とかけっこをすることになったので、足で木の枝をつかむのは諦めて、地面を早く走れる方向にシフトチェンジした。二足歩行のはじまりだ。そのかわりに両手は自由になったので、これを器用に使えるように進化した。こう書くと、自分の意思で選択したみたいに思われるけど、もちろん考えてその道を選んだわけではなくて、そういう個体が生き残っただけです。未来への選択肢を自分で考えて選ぶ、なんてことを人類が始めたのはおそらくそんなに古い話ではない。
遺伝子の変化と、文化の進化という両輪をフルに使って人類は現代の文明を築いたわけだが、文化の力が遺伝子の変化を上回るようになったのは、おそらくこの一万年くらいだろう。
チンパンジーとわかれた後も、ヒトは何度も分岐してきた。何種類もの人類が誕生して、複数のヒトが地球上に存在していた。チンパンジーも枝分かれしてチンパンジーとボノボになった。これはどっちもまだ生存している。今わかっている限りでも、ホモ・サピエンスとネアンデルタール人、デニソワ人が同じ時代に生きていた。この三者はそれぞれセックスして子供を産むことができたので、純粋なネアンデルタール人やデニソワ人はいなくなってしまったけれども、今生きているホモ・サピエンスの2パーセントくらいはネアンデルタール人やデニソワ人の遺伝子を受け継いでいる。おそらく、ネアンデルタール人もデニソワ人もチンパンジーのパント・フートのようなコミュニケーション方法は持っていたのではないか。
実際、霊長類の脳と認知の専門家であるディーン・フォークはチンパンジーやゴリラのパント・フートに、音楽の原型があるのではないかと考えている。パント・フートには楽曲としての構成があり、導入部から、盛り上がりを経て絶頂へと達し、最終的に沈静するのだという。オペラか。それともコンセプトアルバムか。興味深いのはパント・フートには「明確な指示性」がないのだという。「明確な指示性」とは何か?
鮮やかな青色の睾丸を持つことで知られるベルベットモンキーはヒョウ、ヘビ、ワシという三種類の天敵を見つけるとアラームコールを発する。要するにヘビが来た時とワシが来た時では違う叫び声を出すのだ。子供のベルベットモンキーは大きな鳥を見つけたら無差別にワシアラームを出してしまうが、大人になるとちゃんと猛禽類だけを見分けてワシアラームを発する(ほとんど言語ですな)、これが指示性だ。そして、チンパンジーやゴリラのパント・フートにはベルベットモンキーのような使い分け機能はない。
どうやらパント・フートは仲間が集って盛り上がるためだけにやっているらしいのである。ノリ重視だ。このことから、パント・フートはヒトの音楽のプロトタイプではあっても、言語つまり言葉の直接のプロトタイプではないということになる。この件に関してはニュージーランドの心理学者で『言葉は身振りから進化した』の著者であるマイケル・コーバリスもおおむね同じ意見だ。
我々の先祖がいつ頃から言葉を使い始めたのか。また、それはどのように始まったのかに関しては諸説あってまだ答は出ていないが、言葉と音楽は深い関係にある。まず、我々ホモ・サピエンスは音楽と言語の使用を同時にやれますね。てか、言語を使えるのはヒトだけだから歌詞のある歌を唄うことができるのはヒトだけだ。すまんけどオウムや九官鳥のことは今は無視してください。ただし鳥を筆頭に歌う動物はたくさんいる。ゴリラのドラミングなんかは明らかに演奏だろう。
ちなみにコーバリスは、ゴリラたちの祝祭についてこう書いている。
ドラミングと呼び声の一体化は現代の人間ではいったい何に相当するだろうか──たぶん、ロックコンサートである。(p. 49)
そんな気はしていた。
参考文献
アンガス・ディートン『大脱出――健康、お金、格差の起原』松本裕訳、みすず書房、2014
マイケル・コーバリス『言葉は身振りから進化した──進化心理学が探る言語の起源』大久保街亜訳、勁草書房、2008
映画監督・脚本家・文筆家。一九六四大阪生まれ。大阪芸大在学中に海洋堂に関わり、完成見本の組立や宣伝などを手がけた後、脚本家から映画監督に。監督作に『美女濡れ酒場』、脚本作に『大怪獣バトル ウルトラ銀河伝説』など。著作に『海洋堂創世記』『「痴人の愛」を歩く』(白水社)、『帝都公園物語』(幻戯書房)がある。
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