モヤモヤの日々

第23回 編集の竹村さん

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

身も蓋もないことを突然言われると、ハッとすることがあるが、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい 「弱さ」を受け入れる日常革命』と前著を続けて担当してくれた幻冬舎の編集者・竹村優子さん は、僕の中で身も蓋もないことを絶妙なタイミングで効果的に挟んでくる名人中の名人である。

この手のエピソードは挙げるときりがないが、ある時、本の宣伝のために掲載するある文章を、竹村さんから依頼されていた。普段なら得意な部類に入る仕事だった。他の仕事もあって忙しい時期だったが、「お任せください」と自信満々だった。しかし、この時はなぜか予想以上につまずき、ぐるぐる悩み続けていた。見込みが外れたのだ。締切日に竹村さんに電話して、遅れている進捗状況と「何故つまずいているのか」の分析結果を報告し、なおもウダウダ悩んでいると、竹村さんが話を遮り、「大丈夫。疲れてるんですよ。宮崎さんは、疲れてるんです。だから大丈夫です」と言った。

それでも「本を執筆してたら、別の文章が鈍って」云々とぶつぶつ呟いている僕に、竹村さんは「大丈夫です。疲れているだけですから。宮崎さんは鈍ってなんていません」と、きっぱり断言した。

なぜ、そこまで断言できるのかはわからないが、竹村さんの言葉には確信めいたものが感じられて、「そうか。僕は疲れているのか」と納得した瞬間、みるみる間に筆が進むようになり、書き終わったのだから不思議である。僕も僕で単純な奴すぎるだろ、と我ながら思うが、いつも悩みを頭の中でこじらせ、袋小路にハマりがちな僕は、竹村さんの「身も蓋もないアドバイス」によって、何度も窮地を救われてきた。身も蓋もないことを言える人とはつまり、客観性をどこか常に持っている人であり、前提から問い直す思考ができる人のことである。身も蓋もなさは、ときに強い突破力にもなる。

竹村さんは、本をつくる際にも「そもそも」を大切にする編集者だと思っている。あの時、僕は「そもそも」疲れていたのだ。すぐに「そもそも」を見失いがちな僕も、「身も蓋もない」を身に付けたい。

 

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宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid

モヤモヤの日々

第22回 お調子者

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

生まれ育った東京都福生市には、20代中盤まで住み、大学を卒業してからは市内でひとり暮らししていた(その後も20代後半まで福生市の職場に通った)。当時はとにかくお金がなく、不動産屋に勤めている後輩に頼み込んで、なるべく駅から近く、賃料が安いアパートを探してもらった。

後輩が見つけたアパートは築年が経っていて見た目がボロかったけど、1Kのわりには意外と部屋が広々としていて、なによりも駅から近いのに賃料が驚くほど安かった。福生市は米軍横田基地のある街で、かつて米兵たちで賑わった歓楽街の名残が、今も一部で残っている。紹介されたアパートは、その地域の隅っこのほうに位置していた。後輩から何度も「治安は悪いですからね」と念を押されたものの、お金がなかった当時の僕は賃料の安さに目がくらみ、すぐに契約した。

たしかに治安がよくはなかったが、それも酔っ払いの喧嘩する声がたまに聞こえてくる程度で、若い僕には気にならなかった。引っ越した直後には知らない人たちがたびたび訪ねてきて、要領の得ない押し問答になることはあったけど、根気強く追い返していたら、そのうち誰も来なくなった。しかし、さすがに後輩が「治安が悪い」と何度も念を押すだけのことはあるなとつくづく思ったのは、その部屋に住んでいた3年間で、同じアパートの住民が二度も逮捕(たぶん)されたことである。

記憶が曖昧なので具体的な話は避けるが、僕はよく刑事ドラマなどで、「刑事の聞き込みに対してペラペラと、事実かどうかわからない憶測も含めて喋りまくるお調子者」を見るたびに、ああはなるまいと思っていた。しかし、実際にインターフォンが鳴らされ、乱暴な調子で叩かれたドアを開けると、目が鋭く少しやさぐれた、常々想像していた通りの風貌をした刑事が立っていて、警察手帳を見せられ質問されたら、もう一気にテンションが高まってしまい、ペラペラと喋りまくっている僕がいた。挙げ句の果てには、「僕も様子がおかしいと思ってたんですよ」などと、軽口を叩いてさえもいた。

二度も経験した僕が言うんだから間違いない。刑事が突然来たら、大体の人はお調子者になる。

 

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宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid