モヤモヤの日々

第3回 インタビュー

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

『仕事文脈』という雑誌からインタビューを受けた。もともとは5年前に「30代独身男性の生活と意見」と題された座談会に出席し、記事にしてもらった。今回は、その後のアフターフォローとして、どのように生活や仕事が変わったか、一人ひとり単独で答える企画だ。

僕はこれまでライターとしてたくさんのインタビューをしてきたし、今も自分がインタビューされるより、人にインタビューすることのほうが多い。だからなのか、どのような喋り方をしたら活字になりやすいか、どのようなエピソードが採用されやすいか。インタビューしてくれたのが先輩ライターの辻本力さんだったこともあり、大船に乗ったつもりで臨んだが、やはり同じライターとして「誌面への落とし込み」をどこか意識しながら答えた。

インタビューは、もちろん相手の発言を正確に読者に伝えることが求められる。しかし、それでは文字起こしだけするのと変わらなくなってしまうので、読者にきちんと伝わるように再構成する。また、インタビューは生モノだから、相手が言ったことをそのまま伝えると誤解が生じるケースがある。その時は、発言の主旨が変わらない程度に修正を入れる。

再婚したことや、仕事の調子などを一通り話したあと、辻本さんは「この5年間、ご自身のことで一番変わったことは?」と質問してきた。僕は少し考えて、「自己欲求や承認欲求がだいぶ薄れ、なんとなく利他的な性格になった気がする」と答えた。その質問を最後にインタビューが終わり、辻本さんにお礼を言って、すぐに掲載用のプロフィールと写真を送った。

まもなくゲラが送られてきた。僕の言いたかったことが、簡潔にまとめてあった。「誌面への落とし込み」を意識しながらも話が取っ散らかってしまったのに、さすが辻本さんはすごいなと思った。修正はほとんどなかった。しかし、一つだけ気になる箇所があった。「自己欲求や承認欲求がだいぶ薄れ、なんとなく利他的な性格になった気がする」との答えに、「他の人の目にどう映るかは分かりませんが」というエクスキューズが追加されていたのだ。

なるほど、そうか。そういうことか。人の目。ふ〜む。

僕は考えた。考えた結果、僕がインタビュアーでも「他の人の目にどう映るかは分かりませんが」を入れるだろうという結論に行きついた。相変わらず、わーわーと書き散らかしている僕のツイッターアカウントを眺めながら、辻本さんへの感謝は、一生忘れてはいけないな、と思った。他の人の目からではなく、僕自身の目から見ても、僕の自己欲求、承認欲求は薄れてなどいなかった。

自分の職業ながら、ライターとは奥深い仕事である。ライターの目は鋭い。僕もそうあらなければならない。

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宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid

モヤモヤの日々

第2回 犬と人

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

我が家の愛犬ニコル(ノーフォークテリア、雌、2歳3か月)は、おそらく僕のことをある時期まで「犬の先輩」だと思っていた。成長すればいつか、僕のように自由に散歩に行けたり、好きなタイミングでご飯を食べたりすることができると信じているようだった。ニコルにとって、僕は「憧れの先輩犬」。そんなキラキラした目で、ニコルは僕を見ていた。

しかし、2歳になる手前くらいから、僕を見るニコルの眼差しが変わっていったように思う。「あ、智くん(僕のこと)は人だ」と、誰に教わるわけでもなく、気づいてしまったのだ。

僕はニコルを静かな寝室に連れて行った。そして語った。「そう。智くんは人で、ニコルは犬なんだ」と。でもだからと言って、何だと言うのか。なるほど、ニコルは犬で、智くんは人ではある。だけど、そんなことは大した問題ではない。同じ仲間、家族じゃないか。人が偉くて、犬が偉くないなんてことはないし、そもそも「偉い」という価値判断自体が人のつくったものであり、自明性なんてない。まして犬が頑張って成長すると人になれるといった出世魚みたいな話でもない。犬は犬でいんだよ。それぞれの良さがあるんだからさ。いや、もしかしたら犬のほうがいい部分が多いかもしれない。智くんはそう思う。たしかに、好きな時間に散歩に行ったり、ご飯を食べたりはできないかもしれないけど、逆に言えば、たったそれだけの差じゃないか。智くんは、ニコルより自分のほうが偉いなんてとても思えないんだ。

ニコルはあくびをし、ベッドの上で丸くなった。犬が何を考えているかなんて、本当のところはわからない。だから想像する。想像してもわからないけど、想像し続けることにコミュニケーションの意味がある。ニコルは寝た。生まれ変わったら犬になりたいと思った。

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宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid