モヤモヤの日々

第163回 黒マスク

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

2021年3月31日まで千葉県のFMラジオ局「bayfm」で放送されていた朝の情報番組「パワーベイモーニング」に、よくコメンテーターとして出演していた。肩書は「モヤモヤライター」。モヤモヤライターという肩書にモヤモヤしないでもないが、僕は元気に「おはモヤございます!」と挨拶していた。マスコミに求められたことは、なるべくこなす。気難しい人にならずに、気さくで身軽な人間であり続けるのが僕の目標だ。僕は出演するたびに、「◯◯のモヤモヤ」と題して、人間関係や流行、社会現象について解説していた。僕は立派なモヤモヤライターだった。

2019年の年末には、はじめて「モヤモヤ年間大賞」を選んだ。さまざまなモヤモヤがノミネートされ(というか僕がノミネートさせ)、そのなかから「ぴえん」と「黒マスク」が栄えある第1回目の「モヤモヤ年間大賞2019」に選ばれた(勝手に僕が選んだ)。「ぴえん」とは、女子中高生を中心に流行した言葉で、泣いている様子をあらわす擬態語である。悲しいときや、うれしくて感極まったときなどに使われる。最近でも、まだ使っている人はいる。

一方、「黒マスク」は、その名のとおり黒いマスクのことだ。マスクと言えば白色が定番だが、お洒落アイテムとして黒いマスクをつける人も出てきていた。2019年の時点でも、コンビニでちらほらその存在を見掛けることがあった。また、一部の外国の方の中には、白いマスクは「病気」のイメージがあるため、あえて白を避け、黒マスクをつける人もいるという。

だが、白に慣れた僕にとって、黒マスクはなんとも違和感があった。なんというか、ちょっとだけコスプレっぽいとでも言うのだろうか。まるで衣装かなにかのように見えてしまい、どうも(あくまで)僕のなかではしっくりせず、モヤモヤしていたのである。これについては、多くのリスナーから共感を得ることができた。とはいえ、新しいものには、なるべく挑戦したいものである。パーソナリティの柴田幸子さんと共に「いつかは『黒デビュー』する」と誓って、年末の放送を終えたのだった。

年が明けて2020年3月、僕は出演するなりこう言葉を発した。「『黒マスク』は、2020年の『モヤモヤしない大賞』に、早くも選ばれました!」。新型コロナウイルスの感染拡大が広がり、足元では深刻なマスク不足が叫ばれていた。黒マスクでもいい。つけられるマスクがあればつけるべきだ。いや、むしろ黒マスクのほうがカッコいいのではないか。つい数ヶ月前に言った内容を堂々と全否定し、潔く意見を変える。数少ない僕の美徳のひとつである。

さて、それからすでに1年半近くが経ったが、僕はなぜかまだ「黒デビュー」を果たしていない(柴田幸子さんは、すでにデビューしたそうだ)。どうしても自意識が邪魔をしてしまうというか、そもそも黒いマスクは日光を集めてしまって熱いのではないかとも思うのだ。

とはいえ最近、自粛生活による体重増加が気になってきた。黒マスクをつければ、少しは顔が小さく見るかもしれない。今年こそ、僕は黒デビューするのだろうか。黒マスクの優れている点を知っている方がいたら、ぜひ僕に教えていただきたい。黒デビューの参考にする。

ところで、「パワーベイモーニング」でやっていた毎月の「モヤモヤ解説」と、年に1度の「モヤモヤ年間大賞」を、どこかの局でやらせてもらえないだろうか。我ながらけっこう面白い企画だったと思っている。僕も生活をしていかなければならないので、いつもは商売っけのないこの連載だが、今回は特例として最後に宣伝を入れさせていただきたい。お金を稼いで犬に報いたいのだ。

 

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宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid

モヤモヤの日々

第162回 二代目・朝顔観察日記(2)

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

6月18日に発芽した朝顔の鉢が、体調不良に喘いでいるうちに強風で崩壊してしまった。以前、この連載で書いたが、僕は『万葉集』の和歌に出会ってから、ほぼ毎年、朝顔の種を巻いて育てているのである。その朝顔が崩壊してしまった。しかし、読者からのあたたかな励ましと声援もあり、一代目に敬意を払いつつ、もう一度挑戦して「二代目・朝顔観察日記」をつけることにした。季節外れの種まきになり申し訳ないが、僕は2021年夏の東京に、朝顔の花を意地でも咲かせるのだ。ある種の使命のような気持ちが、勝手に芽生えている。

そう決めたのが8月12日で、二代目の種をまいたのが昨日の8月22日だった。なんで10日ほどの期間が空いてしまったのか。季節外れだったからか、よく高速道路のパーキングエリアで売っているような素朴な種はネットショップに少なく、すぐ届く種としてブランド朝顔の「団十郎」を注文した、と8月12日のコラムで書いた。それと同時に配送は遅れるものの普通の素朴な朝顔の種も注文していたのだが、僕はあることに気がついた。今年は鉢が3つもあるのである。ならばもう1種類、朝顔の種をほしくなるのが人情というものだ。

そこで購入したが、「ヘブンリーブルー」という名前の、青い花を咲かせる朝顔である。団十郎とヘブンリーブルーはまもなく配送され、到着した。しかし、名無しの素朴な朝顔は、配送が遅い。別に平等にしたいわけではないが、なんとなく3つとも同時にまいてあげたい。ただでさえ相手はブランド朝顔なのに、素朴な朝顔が仲間外れみたいで可哀想ではないか。そんなこんな考えながら待ったり、到着したのに時間がとれなかったりして、ようやく昨日まいた。

さて、今日は起床して水あげである。品種がわからなくならないために、種が入っていた袋を土にさして目標にした。競い合わそうという気などない。それぞれが、それぞれのスピードで成長すればいいと思う。それを僕は全力で支援する。この2021年夏の東京に、季節外れの朝顔を咲かそうとした人間と、ほかならぬ朝顔たちがいたことを、みなさんに目撃してもらいたい。順調に育てば次回の「二代目・朝顔観察日記」は、「発芽編」になるはずである。

 

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宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid