モヤモヤの日々

第38回 犬大好き

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

日本語は難しい。文章を書くことが仕事の僕でも、正しい日本語を使えていない場合がある。だから、日々精進する必要があるのだけど、コラムやエッセイでは、たとえば文法的に間違っているとわかっていても、あえて「表現」としてそのままにする判断もあり得るので、話が余計にややこしい。

また、「正しい日本語」とは別の問題として、「これ、どうすればいいんだろう?」と運用に悩むことがある。よく悩むのが、「歌を歌う」という表現。なんだかすごくモヤモヤする。ニュースサイトを調べてみると、朝日新聞は「うたを歌う」と表記していた。なるほど。最近はまったく開かなくなり、部屋のどこに埋没しているのかもわからない『記者ハンドブック』(共同通信)には、そう指定されているのかもしれない。しかし、100年以上の伝統がある、ある地方紙で「主題歌を歌う歌手」という表記を見つけてしまった。間違いではないのだろうが、歌だらけである。似たような悩みに「一言で言う」がある。

この手のモヤモヤを挙げ始めるとキリがないし、どうしても納得できないなら類語辞典を引いて表現を変えることもできる。それよりも、僕がこの場で強く問いたいのは、「大」と「犬」が似すぎている問題である。漢字で表記するとそっくりすぎて、僕は昔から、この大問題にずっと頭を悩ませている。

まず、僕は「大好き」を「犬好き」と読み間違える。それは僕が犬を好きだからで、人によっては「犬好き」を「大好き」と勘違いする場合もあるだろう。一番厄介なのは、「犬大好き」である。助詞の「が」や読点を用いれば済む問題なのだが、たとえそうだとしてもややこしい。「犬が大好き」「大が犬好き」「犬、大好き」「大、犬好き」。こう並べてみると、なんだか妙な気持ちになってきやしないだろうか。

「太い犬が大好き」「大好きな犬が太い」に至っては、目がチカチカして直視すらできない。「いぬ」や「イヌ」と表記すればいいのでは? と思った人に問いたいのは、なぜ犬が譲歩しなければならないのか、ということだ。譲歩するのは、「大」や「太」のほうではないのか。「犬だい好き」にしてはどうだろうか。なんか駄目そうである。犬大好きな贔屓目で見ても駄目そうなので、僕は悔しくて仕方ない。

 

宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid