モヤモヤの日々

第109回 朝顔観察日記(2)

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

朝顔が大好きだ。『万葉集』に収められている和歌に出会い、朝顔の花にも表情があることを知って以来、ほぼ毎年育てている。そして、今年もいよいよ朝顔の種を植える時期が来たと、先日、この連載に書いたばかりである。朝顔観察日記をつけて、僕も人気者になるのだ。

僕は、もともと夏が大嫌いだった。実は今でも好きではない。なぜなら暑いからである。そして日差しが強い。僕は海などに行って強い日差しを浴び過ぎると、かなりの高確率で熱が出る。肌が日焼けに弱く、こんがり小麦色になるどころか、赤く腫れて何日も痛みが残る。さらに、日焼け止めにも弱く、大人用を使うと必ずと言っていいほど肌がかぶれる。日焼けにも日焼け止めにも弱いとは、僕は前世でどんな業を背負ってしまったのだろうか。しかし、幸いにも赤ちゃん用の日焼け止めならかぶれる心配はない。最近では1歳の赤子(息子)と共有して使っている。

そんな僕だが、朝顔の和歌に出会い、朝顔を育てるようになってからは、夏が少しだけ好きになった。朝顔の種を植えると、ちょっぴり感傷的な気分になる。また、あの暑い季節がやってくるのだ、と。

それともうひとつ、僕に夏を少しだけ好きにさせてくれたものがある。それは入道雲だ。漫画家・あだち充の描く入道雲の素晴らしさに気づいてから、僕は遠くに浮かぶ入道雲を見るのが好きになった。とくに、不朽の名作『タッチ』(小学館)に描かれた入道雲は、何度もページをめくって眺めてしまうほどお気に入りである。甲子園出場が決まったあと、上杉達也と浅倉南は、目の病気で入院している監督・柏葉英二郎の病室に見舞いに行く。柏葉は、達也たち明青学園野球部のメンバーをしごき、試合でも理不尽な采配を振るうなど対立する関係だった。だが、そのような行動は過去のわだかまりから生じたものであり、達也はそれを見抜いていた。

病室で手術を待つ柏葉に、達也は「リンゴ」を渡す。達也と南が去ったあと、柏葉はその「リンゴ」の正体に気が付く。日差しの強い夏の日だった。柏葉の体を心配し、窓を閉めようとする看護師。柏葉はそれを制し、「でも、暑いでしょ?」と訊く看護師に「リンゴ」を握りしめながら、「夏は好きなんですよ」と自分に言い聞かすようにつぶやく。夏の抜けるような青の空には、入道雲が浮かんでいた。

と、思わず熱く語りすぎてしまったが、朝顔観察日記の話をしなければならないのだった。昨年までは、小学生のとき持っていたようなプラスチック製の青色の鉢を使っていたのだが、耐久年数が過ぎてぼろぼろになったのと、お洒落な鉢を買って朝顔観察日記をSNSに投稿し、人気者になりたいという邪(よこしま)な心から、今年は新品を買うことにした。Twitterのフォロワーさんが朝顔を育てるのに使っている白い鉢がお洒落だなあと以前から思っていた。しかも、3つの鉢をならべて育てている。よし、僕もそれを真似しようと思い、さっそくネットで注文した。

そして今日の午前中、その鉢が届いた。段ボールを開けて、僕は唖然とした。大きいのである。いや、それにしても大き過ぎる。注文する際、23型、27型、30型、37型の4種類のサイズがあった。僕はこの手の数字に弱いのだ。値段もほとんど変わらないし、37型を注文しようとしたのだが、一応、妻に訊いてみることにした。妻は37型の寸法を教えてくれと言った。僕は一生懸命、注文ページから寸法の表記を探し、「370×359mm」と伝えた。「それは大き過ぎる!」と妻が言ったので、そんなものかなと思い、僕は30型を3つ注文することにした。

しかし、その30型が大きい。あまりにも巨大なのである。まるでバケツのようだ。というか、家にあるバケツより3倍以上の大きさがある。だが、せっかく注文したのだから、とりあえず種を植えようと気を取り直して、家に保存してある使いかけの底石と培養土を鉢に入れた。う〜ん、半分、いや6割程度しか鉢に土が盛れていない。しかも鉢があとふたつ。

これではさすがにあんまりだと思い、今日は諦めて培養土を新たに購入してから植えることにした。とりあえず、ぱっと目についた中で平均的な量だと判断した14リットルの商品をネットで買ったのだが、それが多いのか少ないのか僕にはわからない。妻に訊きたかったのだけど、あいにく妻は今日、出掛けている。

朝顔観察日記がなかなか始まらない。

 

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宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid

モヤモヤの日々

第108回 祝日がない月

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

この連載もそろそろネタがなくなってきたのではないかと思うかもしれないが、そんなことはない。自分のスケジュールのすべてが記載され、仮に乗っ取られでもしたらもはや何をどうすればいいのか途方に暮れるしかないほど重宝しているGoogleカレンダーを開いて僕は驚いた。昨日から6月だったのである。もう2021年の半分が終わろうとしている。何というモヤモヤだろうか。

考えてみれば、今まで土日や祝日が関係のある仕事に就いたことがなかった。しかし、「平日、毎日17時公開」のこの連載を開始してからは、社会人になってはじめて曜日の感覚が生活に定着した。僕の人生にとって、とても大きな変化である。だが、月数の感覚はそうではなかったようで、僕は昨日の原稿を、5月に書いているつもりで執筆していたのだった。

さて、そんなことよりも大切なモヤモヤがある。僕の大好きなGoogleカレンダーをチェックしてみたところ、なんと6月には祝日がないのだ。こんなことがあっていいのだろうか。ただでさえ日本人は働きすぎなのだと聞く。雨が多いじめじめした季節なのだし、1年の折り返し地点の月なのだから疲労が溜まっている人も多いはずだ。もちろん僕もそのひとりである。

この連載にとっても、祝日は貴重なひと休憩になる。しかし、今月は祝日がない。だからといって、僕独自の祝日をつくるわけにはいかないから、もうこれは諦めるしかないのだろう。

もしも僕が偉くなったら、6月に祝日をつくることをお約束したい。絶対そんなことはあり得ないと思うけど、この場を借りて一応表明だけはしておく。何かの間違いで僕が偉くなどなってしまったならば、きっと祝日どころの話ではなくなるだろうが。毎日が日曜、というか曜日の感覚を失わないでいられるのかどうかすら怪しい限りである。そんな人が偉くなったとき、いよいよこの国も黄昏を迎える。

 

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宮崎智之1982年生まれ、東京都出身。フリーライター。著書『モヤモヤするあの人 常識と非常識のあいだ』(幻冬舎文庫)、共著『吉田健一ふたたび』(冨山房インターナショナル)など。2020年12月には、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい「弱さ」を受け入れる日常革命』(幻冬舎)を出版。犬が大好き。
Twitter: @miyazakid