第6回 聖書のなかの「かわいそうランキング」

教会のなかで出遭う人。教会の外で不意打ちのように出遭う人。一時は精神を病み、閉鎖病棟にも入った牧師が経験した、忘れえぬ人びととの出遭いと別れ。いま、本気で死にたいと願う、そんな人びとと対話を重ねてきた牧師が語る、人との出遭いなおしの物語。いのりは、いのちとつながっている。

わたしのもとには現在、先の見えないコロナ禍ということもあり、以前より相談の連絡が増えている。例えば、若い人であれば将来が見えないという不安。中高年の人であれば、これまでの人生の意味への問い。コロナ以前は当たり前だったさまざまなものが制限や中断や停止を余儀なくされるなかで、それまで考えもしなかった抽象的な考え、極論すれば「自分はなぜ生きているのか」が頭をもたげてくるのである。その問い方は一人ひとり異なる。その人ごとに固有の、しかし普遍性をもった問いに耳を傾けながら、わたしもまた「自分はなぜ生きて、この目の前の人と向きあっているのか」を問うことになる。

ところで、よそでそういう話をすると「沼田先生のところにはいろんな人が相談に来られるのですね。沼田先生は頼りにされていますね」と言ってもらえる。そんなふうに言ってもらえるのは嬉しいことだが、わたしは牧師としての失敗もたくさんしてきている。今もしているし、これからもするだろう。なにしろ相手は人間である。そんなにうまくいくわけがない。美談になりそうな出来事など、ほとんどないといってもいいくらいだ。

以前、ツイッターで、「かわいそうランキング」という言葉を知った。今では多くの人が使っているネットスラングであるが、もとは白饅頭こと御田寺圭氏が提唱した概念であるという。彼の著作『矛盾社会序説』の冒頭には、彼の実体験として、こんなエピソードが紹介されている。

彼は学生時代、あるホームレスと親しくなった。そこで、彼は友人との会話のなかでそのホームレスのことや、ホームレスたちが売っている雑誌『ビッグイシュー』のことを話題にした。ところが彼の友人は『ビッグイシュー』のことをまったく知らず、見たこともないと答えたのである。そのとき御田寺氏は実感したという。人はたとえ視界内にホームレスが映ったとしても、そのホームレスが見えていないのだと。『ビッグイシュー』を売るホームレスは都市部であれば(とくに彼と友人が暮らしていた生活圏では)それなりに見かけるはずだし、その友人も見ているはずなのだが、視界に入っても見えていない。すなわちホームレスは不可視化されているのだと。御田寺氏はこの原体験を契機として、人が「かわいそう」と感じる対象は限られているという事実を、さまざまなデータを用いて語るのである。

御田寺圭氏の見解には反論も多い。わたしもときに、彼のフェミニズムやリベラリズムへの厳しい批判にはついていけないこともある。しかしたしかに彼が言うとおり、ホームレスといわずとも、「かわいそう」という感覚をまったく刺激しない、だがじつは追い詰められている人々は存在する。不可視化された存在として彼がおもに指摘するのは中高年男性である。わたしはそこに中高年女性も含めたい。ツイッターでの議論は、フェミニズムにしてもアンチフェミニズムにしても、若い男女のことが話題になっているケースが多いからである。いずれにせよ、わたしは彼から、自分が微塵も気にかけていない人々がいる可能性を教わったのである。

そこで話は教会に戻ってくる。すなわち、わたしが「こんな人、教会に来て欲しくない」と、思わず拒絶反応を示してしまうような人がいるし、そういう人としばしばトラブルになってしまうという話である。冒頭の悩み相談一つとってもそうである。聖書には、ぎくっとしてしまう言葉がある。

‟あなたがたの集会に、金の指輪をはめ、きらびやかな服を着た人が入って来、また、汚れた服を着た貧しい人が入って来たとします。きらびやかな服を着た人に目を留めて、「どうぞ、あなたはこちらにお座りください」と言い、貧しい人には、「あなたは、立っているか、そちらで私の足元に座るかしていなさい」と言うなら、あなたがたは、自分たちの中で差別をし、悪い考えに基づいて裁く者になったのではありませんか。“(ヤコブの手紙2章2~4節 聖書協会共同訳)

聖書にはすでに「かわいそうランキング」が言及されているのだ。そして、ここにはもう一つ大事な事実が隠されている。その‟貧しい人“がすなわち通俗的な意味での‟いい人”とは限らない、ということである。わたしたちはドラマなどの影響により、貧しく虐げられた人を、無垢で純粋な人、あるいは貧しさから抜けだそう、夢を追いかけようと努力している人としてイメージしがちである。そして、そういう‟貧しい人“を支援したいと思う。ここに落とし穴がある。

わたしのもとにやってくる人のなかには、複雑な生い立ちを背負わされた人もいる。なかには幼少時からつねに、まわりの大人たちから裏切られ続けてきた人もいる。ニュースになるような、警察が逮捕できる暴力だけが子どもを傷つけるのではない。小さな裏切りの、膨大な積み重ね。そんな裏切りを浴び続けてきた人はときに、「世界のすべては自分の敵である」と思っている。いや、思っているというのは正確ではない。野良猫があなたの目の前で寝ているところを思い浮かべて欲しい。あなたがわずかでも近づけば、猫は飛び起きる。飼い猫とは違って、野良猫は熟睡することがない。つねに世界に対して警戒を怠らない野良猫は、寿命も短い。世界のすべてが敵であるという、いっときの安心も許されない、つねに緊張を強いられる生活。そんな生活を何十年も続けていれば、疲弊してしまう。疲れきり、「もう生きていられない」と感じた人が、この孤立状態からなんとか抜け出したい、牧師ならなにか教えてくれるかもしれないと、わたしのもとへやってくる。だが、そもそもその人は、誰かから無条件に愛されたり、誰かを無条件に信頼したりした経験がない。わたしを信用しようとしても、信用とはなにかが、そもそも分からない。

そういう人のなかには──もちろん、そういう条件にある人すべてがそうだというのでは決してない──わたしに高い理想を見いだし、わたしを絶賛し、頻繁に連絡してくるなど急に距離を詰めてくるが、わたしがその理想からわずかでも逸脱した言動をするや一転、わたしを激しく憎み罵るようになる、そんな人もいる。なかには「沼田牧師に傷つけられた!」とふれてまわったりする人もいる。

そういう人と向きあったとき、わたしもまた怒りに駆られてしまう──勝手にそっちから来ておいてなんだその態度は。昼夜かまわずさんざん話につきあって、感謝されるならまだしも、なんでこんなにめちゃくちゃ言われなきゃならないんだ。そんなことだからあなたは、けっきょく誰のところに行ってもまともに相手にされないんだよ──そこまで毒づいて、はっと気づく。これこそ「かわいそうランキング」そのものではないか。たとえば教会に相談に来た人が、とても礼儀正しくて、なんだったら「些少ですが献げさせてください」とばかりに、教会に高額な献金までしてくれて。じっさい、そういう人もおられたのだが、その人を相手にしたときのわたしの態度はどうだった?今回の人と、向きあうわたしの表情も声色も、ぜんぜん違うよね?

ある性産業に従事している女性と話すことがあった。彼女は自分の仕事を誇りに思っており、慈善家が「性産業の犠牲になっている女性たちを救うためには、性産業そのものがない世界を築かなければならない」と主張することに怒っていた。

「わたしのことを『かわいそうだ』と言う前に、店に来てみろってんだ。わたしのフェラチオがどれだけうまいか、味わってから『かわいそう』かどうか判断したらいい」

彼女の凛としたもの言いに、わたしは共感した。ふと、彼女のノースリーブから露出した腕が目に留まった。肩から上腕にかけて、偶然ついたとは思えない幾つもの傷痕が刻まれていたのである。精神科医で嗜癖の専門家である松本俊彦氏の著作で読んだことがある。自傷は、つかみどころがない苦しみを現前化する行為でもあると。この人が自分の仕事に誇りを持ち、喜びを感じながら従事していることに、おそらく偽りはないだろう。それは彼女の口調からもいきいきと伝わってくる。だが彼女もまた、わたしには到底分かり得ない苦しみを抱えているのかもしれない。このときもわたしは聖書のある一節を思い出していた。

‟あなたがたはどう思うか。ある人が羊を百匹持っていて、その一匹が迷い出たとすれば、九十九匹を山に残して、迷い出た一匹を捜しに行かないだろうか。よく言っておくが、もし、それを見つけたら、迷わずにいた九十九匹より、その一匹のことを喜ぶだろう。“(マタイによる福音書18章12-13節 同訳)

わたしはこの聖書の箇所を、園長をしていた折には幼稚園児たちに、そして卒園生の子どもたちにも、何度もしたものである。

「イエスさまはね、迷子になったかわいそうな仔羊を、いっしょけんめいさがしてくれるんだよ。仔羊はきみたちだ。きみたちがひとりぼっちになって泣いていたら、すぐにイエスさまがさがしにきてくれるんだ」

だがわたしはその話をする際に、自動的に脳内変換していた。羊の群れから迷い出た一匹の羊を、かわいらしい仔羊としてイメージしていたのである。まるで捨てられた仔猫のように、心細そうに鳴いている一匹の仔羊。そこに雄々しく姿を現す、頼もしい羊飼いすなわちイエス・キリスト……。

わたしの話には、羊を探す羊飼いからの視点しかない。探される羊の側からの視点がないのである。群れから迷い出た羊は、ほんとうに「かわいい仔羊」だったのか? そもそも羊が「迷い出た」というのも、羊飼いからはそう見えたということである。わたしは幼稚園の園長をしていたときのことを思い出す。子どもたちのなかでときおり、朝礼や終礼時に、なにがなんでも集まらないで、独りで遊んでいる子どもがいた。「さあ、こっちにおいで」と子どもたちが集まっているほうへ促そうとすると、とたんに機嫌が悪くなって、ものすごい力で抵抗したり、大声で泣き叫んだりした。クラス担当の先生は慣れたもので、そういう子は無理に動かそうとしない。独り遊びをさせつつ、目の前の子どもたちと、その一人飛び出した子どもとの両方に目配せしながら、見事に仕事をやってのける。

先の女性と羊を重ねて考える。「迷い出た」と羊飼いに思われた羊は、発見した羊飼いの喜びをよそに

「また見つけてくれちゃって。もう放っておいてくれないかな。群れるのがいやなんだよ」

と、ため息の鳴き声を鳴いているかもしれない。一方で、羊飼いの側はどうだろう。こんなトラブルが一度きりなら、羊を見つけられて嬉しいと感じるかもしれない。だが、捕まえても捕まえても、繰り返し群れから脱走する厄介な羊だったとしたら?

「もう知らん! 勝手に野犬にでも喰われちまえばいいんだ」

本気ではないにせよ、思わず愚痴をこぼしたくもなろう。ただでさえ重労働のなか、それに加えて行方不明の羊を探して回らねばならないのだから。そんなことを繰り返された日には、羊飼いも堪忍袋の緒が切れてもおかしくはない。

関わられることを拒む人。そういう人を前にしたとき、「そっとしておこう」。「人それぞれなのだから」。そう考えるほうがずっと理にかなっているのかもしれない。かわいそうだ? 余計なお世話だ! こっちは誇りをもって生きているんだよ!──だが、もしもその人が心で血を流しているのだとしたら? でも、その人に関わっても「ありがとうございます。沼田先生のおかげで助かりました」とは決して言ってもらえず、むしろ罵倒されるのだとしたら。それでも、わたしは関わろうとするのだろうか。パターナリズムと批判されようが、その人に余計なお節介をしてしまうのだろうか。

わたしは相手の話を聴く。基本は傾聴することが、相談者を前にしてわたしのなすべき第一の仕事である。だが、聴くということは、動かされるということである。相手の話が深刻であればあるほど、「そうですね、たいへんですね」と頷いておしまいとはいかなくなる。背中がむずむずしてくるのである。はらわたの据わりが悪くなってくるのである。なにかをせずにはおれなくなるのである。それは具体的には専門家の窓口に繋いだり、その窓口へ向かう本人に同行したりすることなのであるが、問題は、相手がそんなことを求めているか否かである。

わたしが具体的に行動を起こすのは、相手との信頼関係ができたと思うときである。なぜなら、わたしが行動することによって生じるなんらかの変化を、相手が恐れることもあるからだ。今、つらい。つらいから牧師に話しに来た。だけど、現状を今すぐ変えたいわけではない。ただ話を聴いてもらいたかっただけ。今はなにかを変えることさえしんどい。どんな方向に変わることができるのか、イメージする気力もない……。そんな状態の人に対してこちらが勝手に動いてしまったら、相手の不信を招き、むしろ傷つけてしまうだけである。とはいえ、こういうこともあるのだ。すなわち、信頼できたと思っていたのはわたしだけで、相手はまだわたしを信頼に値するか試していた、そういうことが。

パラリンピックのニュースを毎日なんとなく観ていた。障害を乗り越えて、あるいは障害を生きる力そのものとして、スポーツに漲る命のすばらしさ。街頭インタビューでは、

「共生社会について考えた」

「障害なんて関係ないと思った」

といった生き生きとした意見が聞かれた。一方で、わたしが出遭う人のなかには、幾重もの壁に阻まれ、そもそも頑張るとはなにかという問いさえなく、つねに不機嫌で、漲るなにかというイメージからは程遠い人もいる。そういう人が、あなたのそばにもいませんか。共生について考えるなら、まずはその人とどうやって生きていくか、考えてみませんか。わたし独りでは、よい知恵が浮かばないのです。

 

 

日本基督教団 牧師。1972年、兵庫県神戸市生まれ。高校を中退、引きこもる。その後、大検を経て受験浪人中、1995年、灘区にて阪神淡路大震災に遭遇。かろうじて入った大学も中退、再び引きこもるなどの紆余曲折を経た1998年、関西学院大学神学部に入学。2004年、同大学院神学研究科博士課程前期課程修了。そして伝道者の道へ。しかし2015年の初夏、職場でトラブルを起こし、精神科病院の閉鎖病棟に入院する。現在は東京都の小さな教会で再び牧師をしている。
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第5回 伴走し続けることの難しさ、大切さ

教会のなかで出遭う人。教会の外で不意打ちのように出遭う人。一時は精神を病み、閉鎖病棟にも入った牧師が経験した、忘れえぬ人びととの出遭いと別れ。いま、本気で死にたいと願う、そんな人びとと対話を重ねてきた牧師が語る、人との出遭いなおしの物語。いのりは、いのちとつながっている。

伴走型支援という言葉がある。苦しみを抱えた当事者を助けてあげるのではなく、その人のそばで、その人の思いを受けとめつつ、こちらからもその人に思いを伝えながら、共に歩んでいこうとする試みを指す。伴走型支援が求められるのは、支援を必要とする人々が、モノとしての支援だけを求めているのではないからである。彼ら彼女らは今、孤立のなかにいる。そうした人々はしかし、明らかに追い詰められている状況であっても「放っておいて欲しい」と伴走を拒絶することもある。また、伴走しようとする人が本気で伴走してくれる気があるのか、試そうとすることさえある。拒絶されても、試され振り回されても、それでも伴走し続けることの難しさ。そして、それでも伴走することの大切さ。わたしはといえば、伴走することにことごとく失敗しながら、いつもそのことを考える。

イエス・キリストが十字架にかけられたとき、その両側には犯罪者も十字架に磔にされていたという。両側とは言うけれども、後世にイエスがキリスト(メシア、救い主)として篤い信仰を集めたからこその「真ん中」と「両側」なのであって、死刑を執行するローマ兵たちにしてみれば、べつにイエスが中心であるという意識はなかったであろう。帝国的に生かしておけない犯罪者をとりあえず今日は三人、並べて血祭りにあげるだけといった感覚だったのではないか。

十字架刑はただの死刑ではなく政治的な見せしめの刑であり、それに処せられるのは帝国に対して反乱を企てた者であったと言われている。イエスが少年の頃にもガリラヤのユダという指導者が立ち上がって謀反を起こしたが、鎮圧された。その際には2000人もの人々が磔にされたという(フスト・ゴンサレス『キリスト教史』)。2000もの死体がぶらさがる場所──息もできないほどの腐乱臭と共に、壮絶な光景が広がっていたことだろう。イエスはそれを見たかもしれないし、直接見ていなかったとしても、親類や地域の人々がその記憶に苦しむ姿は日々目にしていたかもしれない。その体験は直接間接に、まだ子どもであったイエスを傷つけたことであろう。戦地で生き延びた難民やその子どもたちが深い心の傷を負うのは、なにも現代だけではないはずだからである。イエスがキリストとして人々に福音を伝え、十字架で殺され、復活したことは、信仰的な文脈においては人々の救済のための神の意志である。そしてイエスは三位一体の子なる位格である。それを信じる信じないは別として、イエスもまたこの地上においては一人の人間として生涯を送った。そうであれば多感な子ども時代に戦乱を目の当たりにしたり、それの後遺症に苦しむ人々と接し続けたことは、彼の心身を深く傷つけたのではなかったか。その刻み込まれた傷痕と、彼が30歳を過ぎた頃、突如洗礼者ヨハネに続いて福音宣教を始め、自らもまたあの2000人のように磔にされる道をたどったこととは、無関係ではなかったであろう。

イエスはかくして、十字架に磔となった。そして上記のとおり、その両側には犯罪者が磔になっていた。

犯罪者は、個人的な強盗や殺人の犯人ではなかったかもしれない。もしも上記のとおり十字架刑が政治的なみせしめの意味を持つ、おもに反乱者を磔にする死刑であったのなら、これら二人の犯罪者は、なんらかの暴動を起こした者たちだったのかもしれない。犯罪者の一人がイエスをののしる。

「お前はメシアではないか。自分と我々を救ってみろ。」(ルカによる福音書23章39節 聖書協会共同訳)

ラーゲルクヴィストによる小説『バラバ』を、以前に読んだ。バラバはイエスの代わりに無罪放免された殺人者である。マルコやルカによる福音書によると、彼もやはり暴動の際に殺人をしたのである。だから体制にとって危険な人物という扱いになる。福音書において、彼の経歴や解放後の人生は語られない。そのバラバの、イエスの代わりに釈放されてからの歩みを想像して、ラーゲルクヴィストは小説にしたのである。小説では、バラバは最終的にもう一度捕まり、今度こそ十字架に磔となる。そこに至るまでの筆致については、ぜひ岩波文庫などを手に取っていただきたい。わたしがここで言いたいのは、たとえ福音書にはその名前すら記されていなくとも、十字架で磔になる人間にも人生があったということである。この犯罪者が十字架上で、隣にいるイエスをののしるに至るまでの歩みがあったのだ。そのことは、同じく磔になっている別の強盗の言葉からも分かる。彼はもう一人とはまったく別の人生を歩んできたのだろう。彼はもう一人をたしなめて、こう語る。

「お前は神を恐れないのか。同じ刑罰を受けているのに。我々は、自分のやったことの報いを受けているのだから、当然だ。しかし、この方は何も悪いことをしていない。」(ルカによる福音書23章40-41節 同訳)

そして彼は続ける。

「イエスよ、あなたが御国へ行かれるときには、私を思い出してください」(同42節)

福音書において「二人の犯罪者」と一括りにされる彼らであるが、イエスへの態度は一人ひとりまったくちがう。いっぽう、ローマ兵たちからみて、ここには三本の十字架が立っているだけである。十字架の三人ともがみな、ほとんど同じ目の高さ、同じ激痛、同じ渇き、同じ窒息(十字架刑における主な死因は窒息といわれている。両腕を広げ、可能な限り後方へ引っ張ってみれば、喉が詰まる感じが分かる。)に苦しんでいる。彼ら三人は、いわば同じ苦しみを共有している。しかるに、そのうちの一人であるイエスに対しての、残り二人の態度は対照的なのだ。わたしはここに、その拘束と死のまぎわまで担保される、人間の自由を思わずにはおれないのである。

同じ苦しみ、同じ目の高さ。その目たちが見るのは、彼ら三人を嘲笑する群衆や兵士たちという、同じ光景。だが、三人がそれぞれが感じることはまったく異なる。三人それぞれが十字架上に至るまでの、その歩みがちがうからである。だが、それだけではない。どれだけ三人の人生を調べ尽くしたとしても、それでもなお、なぜ三人がこれほどに異なっているのかという、その最期の差異については、決して誰にも説明はできない。なぜ、一人の犯罪者はイエスを罵り、もう一人はイエスに救いを求めたのか。なぜ、両者は逆ではなかったのか。イエスに救いを求めたほうの犯罪者は、いったいいつからイエスに惹かれていたのか。十字架に磔にされる直前か。それとももっと前からなのか。なぜ、もう一人の犯罪者は、人生最期の瞬間を、これほど自暴自棄に他人をののしることに費やすのか。激痛と窒息のなかで、最期の力を振り絞ってイエスを罵倒する彼に、わたしは貴ささえ覚える。彼なりの最期の抵抗。彼なりの最期の自由の行使。

ある難病で苦しむ人と接したことがある。その人は難病の当事者会にも参加したという。だが、そこに参加していた別の人からの一言が、その人を深く抉った。

「あなたはまだ症状が軽いから、わたしよりずっといいよね」

難病の当事者同士が共に語りあうことをとおして、互いを支えあうことができる──健康な人の多くはそう考えるだろう。わたしもこの人の話を聞くまで、素朴にそう考えていた。もちろん、当事者同士だからこそ分かりあえることもある。だからこそ、このような当事者会が存在する。当事者が集まって語りあうこと自体が無意味なのではない。同じ痛み、同じ苦しみを抱えているとされる、その当事者同士が分かりあえないことが、げんにあるということが言いたいのである。

この問題に、わたしは牧師として何度も直面してきた。「苦しむ人同士の交流が、教会で出来たらいいですね」と言われることがある。じっさい、それができることもあるし、そう言ってもらえるのはとても嬉しいことである。だが、わたしから見て共通の苦しみを持つように思われる人同士が、分かりあえないこともあるのだ。そもそも、苦しむ当事者が「こんなに苦しいのは、わたしだけだと思う」と語るのを、わたしは何度も耳にしてきた。いや、それはその人が孤独だからそう言うだけじゃないか。じっさいに仲間と出会えれば、そんなこと言わなくなるよ……そうだろうか? なるほど、そういうこともあるかもしれない。だがわたしには、そんなに単純なこととは思えない。わたしの、わたしだけの苦しみ。この「わたしだけ」の「だけ」の部分にこそ、苦しみの苦しみたる所以があるのではないか。

十字架に磔となった犯罪者の一人は、なぜ同じ苦しみを味わっているはずのイエスを罵倒したのか。彼はこう思っていたかもしれない──イエスよ、お前はいいよな。だってほら、あそこ、お前の仲間たちが悲しそうに見ているぞ。お前のことを敬ってやまなかった女たちが。きっと男たちも、遠くから隠れて見ているだろうよ。お前は死ぬ。おれも死ぬ。だが、おれとちがって、お前はみんなに悲しまれながら死ぬことができるのだ。お前を憎む連中もいるが、お前を愛してやまない連中もいるだろう? そいつらがお前の死を泣き叫ぶ。なんて忌々しい! おれは独りで死ぬんだぞ。おれが生きていようが死んでしまおうが、誰もなんとも思わない。この連中を見てみろよ! おれが死ぬことが、こいつらの暇つぶし、憂さ晴らしなんだってよ。おれはつらい! 独りで生きてきて、独りで死んでいくんだからな。お前とおれを分けたのは、悲しんでくれる仲間の有無だよ。お前にはたくさん与えられて、おれには一人も与えられなかった! おれはどこで道を間違えたんだ?

この犯罪者は、自分から好きこのんで独りで生きてきたのか。自分で決断して「政治犯」になったのか。彼は後悔していなかったのか。いや、後悔しているからこそ、彼は最期まで抵抗したのではなかったのか。イエスに頭を下げることは、「わたしは独りぼっちでした。さみしかったんです」とイエスの前で泣くことだ。そんなことができただろうか。彼にとって自由を行使することは、最期まで悪党でい続けることだった。ではなぜ、もう一人の犯罪者はイエスに心を開いたのだろう。彼は、イエスをののしる男をたしなめさえする。この、イエスに心を開いた犯罪者は、最期の最期になって、自分が同伴者を求めていることを認めたのだ。ずっと独りで生きていた。あの男と同じように。だがもうこれ以上、独りでいることには耐えられない──そういう自分の弱さを、彼はイエスに告白したのだ。「イエスよ、あなたが御国へ行かれるときには、私を思い出してください」の「私を思い出してください」にこそ、この男の悲しみがある。このままこの世に存在しなかったかのように、すべての人々から忘却されること。おそらくはもう一人の男も恐れていることを、彼は言葉にした。最初からこの世にいなかったことになりたくない! 苦しんで死ぬけれども、せめて一緒に死ぬ、この目の前の人の記憶にとどめてもらいたい。この人が神の子であるなら、なおさら……。

ある夜、わたしのもとに一本の電話が鳴った。受話器を取ると、振り絞るような声が聴こえてきた。

「今から死にます。ただ、死ぬ前に、誰かには覚えておいて欲しかったんです。わたしが生きて、この世に存在していたということを」

その人は今まさに死のうとしていた。と同時に、誰かに自分の存在を覚えてもらおうとしていた。ということは、こうも言える。その人は誰かに覚えてさえもらえるのなら、生きのびることができる。その日以降、わたしはその人とのかかわりを持ち続けている。その人は他の人ともつながることができた。

その人は今でもわたしに「死にたい」と漏らす。その一つ一つの「死にたい」は本気である。しかし、ほんの数人であれ、その思いを漏らせる相手がいるという意味において、その人はまだ生きていられると思う。自分のことを覚えている人がいる。その事実は、ときに人を生かす力となる。

イエスと、その横で磔になった犯罪者と、さらにもう反対側で磔になった犯罪者。同じ状況で苦しむ彼ら三人、それぞれの思いは異なる。イエスは「私を思い出してください」と語った犯罪者に対して、こう答える。

「よく言っておくが、あなたは今日私と一緒に楽園にいる」(同43節)

「あなたは今日、楽園にいる」ではないところに意味がある。「あなたは今日、私と一緒に楽園にいる」。孤立したこの男に、イエスは伴走することを約束したのである。楽園がどんな場所であるかなど、男にとってもはや問題にもならなかったはずだ。自分と一緒に最期まで、そして最期の向こうまで伴走してくれる人がいる。そのことこそが重要なのだから。

同時に、わたしはもう一人の男に想いを寄せずにはおれない。彼は最期までイエスを拒んだ。イエスをののしった。だが、イエスが伴走すべきは、まさにこのような人であった。イエスは「私を思い出してください」という言葉には「あなたは今日私と一緒に楽園にいる」という言葉で答えた。だが、「お前はメシアではないか。自分と我々を救ってみろ。」という言葉には答えなかった。間髪入れずに悔い改めたほうの男が彼をたしなめて「お前は神を恐れないのか。同じ刑罰を受けているのに」と言ったから、イエスは彼に答えることができなかったのだ。もしも悔い改めた男が彼をたしなめず、あるいはたしなめるまでに間があいたなら、イエスはののしったほうの男に対しても必ず応えたであろう。イエスはこの不愉快な男にこそ伴走しようとしたであろう。わたしたちが、ときに「なんでこんなやつのために」と思う相手にこそ、支援の必要を感じるように。

 

日本基督教団 牧師。1972年、兵庫県神戸市生まれ。高校を中退、引きこもる。その後、大検を経て受験浪人中、1995年、灘区にて阪神淡路大震災に遭遇。かろうじて入った大学も中退、再び引きこもるなどの紆余曲折を経た1998年、関西学院大学神学部に入学。2004年、同大学院神学研究科博士課程前期課程修了。そして伝道者の道へ。しかし2015年の初夏、職場でトラブルを起こし、精神科病院の閉鎖病棟に入院する。現在は東京都の小さな教会で再び牧師をしている。
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