第2回 ねえ、ラブホいかへん?

教会のなかで出遭う人。教会の外で不意打ちのように出遭う人。一時は精神を病み、閉鎖病棟にも入った牧師が経験した、忘れえぬ人びととの出遭いと別れ。いま、本気で死にたいと願う、そんな人びとと対話を重ねてきた牧師が語る、人との出遭いなおしの物語。いのりは、いのちとつながっている。

帰省して済ませなければならなかった用事をどうにか済ませ、わたしは故郷の繁華街で夜行バスを待っていた。季節がら日没は遅く、もう7時はまわっているはずだが、まだまだ空は明るい。乗車までまだだいぶ時間がある。わたしは石段に腰を下ろし、鞄から本を取り出して読んでいた。目の前に人の気配がしたので目を上げると、いつの間にか、中学生くらいの少女が立っていた。首元が緩んで伸びたトレーナーは汚れており汗臭い。髪の毛も洗っていないのか、頭にぺったりくっついている。彼女はわたしの目を見て、言った。

「ねえ、ラブホいかへん?」

「わるいな。おれ、これでも牧師やねん。君、どうしたんや?」

「ええっ牧師さん!?わたし小さいとき教会行ったことあるんよ。教会学校、楽しかったなあ!クリスマス会やったよ。あと、イースター!卵探ししたなあ。」

勢いよく話しだすと、彼女はわたしにくっつくように、ぺたんと座った。どうやら育った環境それ自体は貧困家庭ではなかったらしいことが、彼女の言葉の端々から見てとれた。塾やピアノなどに通わせてもらえるていどには、経済的にも豊かであったようだ。それに、教会への抵抗のなさ。クリスマスはともかく、イースター恒例の行事まですらすら話してくれるところをみると、彼女はけっこうながいあいだ教会に通っていたようだ。なにがどうなって彼女は今、見知らぬ男をラブホテルに誘うような生活になったのだろう。

「まあ、言いたくなかったらええんやけど。家帰らんの?」

「知らんわ。あんなとこ家ちゃうし」

彼女はそういうと黙り、繁華街を歩く人々を見ている。スーツ姿で腰掛けるわたしと、そのわたしにくっついて座る彼女との組み合わせ。道行く人たちは、ちらりとこちらを見ると、わたしたちの前に来るまでに少しよけて歩き去っていく。

しばらく話していたら、彼女は「ああ、つかれたわほんま」と、いきなりわたしの膝に頭をのせた。これでは、わたしはますます不審者ではないか。とはいえ追い払うわけにもいかないし、どうしたらいいのだろう。いま警察を呼べば、とたんに彼女は逃げていなくなるだろう。わたしは彼女に膝枕を貸したまま、途方に暮れてしまった。

「なあ。ずっと家帰らんのやったら、君はどうやって生活しとるん」

わたしの膝枕から彼女が応える。

「男に金もらったり、ホテルに連れてってもらったりして。そこでご飯食べたり、風呂はいったりしとんねん」

「なあ...そのうち襲われるで。いや、セックスのことやない。殴られたり蹴られたりな、お金とられたり。それと病気うつされてまう。妊娠してしまうかもしれんぞ。誰か友だちおらんのか?」

「おるよ。いっしょに集まったりするよ」

「そいつら、君のこと心配しとるやろ?」

「さあ...してへんよ。みんな同じことしてるし。みんなで集まってな、そこからそれぞれ行くねん。男と別れたら、また集合する」

「みんな同じことしてる」という、彼女のことを心配しないらしい「みんな」。こんなふうに会話に応じる彼女はわたしを信用したのかもしれないが、やはり赤の他人だ。ほとんど無意識的、生理的なレベルで警戒を怠っていないかもしれない。それと同じように、彼女は自分と同じような境遇の友人たちを、友人ではあるがしょせんは他人でもあると、そんなふうに捉えていると感じられた。友人たちも客の男たちも、わたしも同じ。最後に頼れるのは自分だけ。そういう「みんな」。自分以外の全員を、当然わたしも含んだ「みんな」。

わたしはそっけなく話すふりをしながら、頭はフル回転させていた。落ち着け。彼女を助ける方法を考えろ。考えあぐねた結果、わたしは話が分かりそうな同僚に電話をかけてみることにした。もちろん彼女に許可はとった。

「そいつなら、君のことなんとかしてくれるかもしれへんから」

「うん、ありがとう」

彼女は素直にうなずいた。同僚もわたしからの急な電話に、あわてて着替えでもしているのか、それほど遠くはないはずなのだが、姿を現すまでの時間は長かった。待っているうちに、彼女は膝枕のうえで寝息を立て始めた。日ごろの疲れがたまっているのだろう。穏やかな寝顔がむしろ痛ましい。まだ中学生くらいの子どもが、どうしてこんな厳しい生活をしないといけないのか。

やがて遠方から同僚が歩いてきた。近づいてわたしに気づくと、こんどは駆けよってきた。「これはどういうことです!?」

どうやらわたしの膝枕状態を、変に誤解してしまったらしい。わたしは誤解を解くよりは事情を説明したほうが早いだろうと、彼にこれまでの経緯を話した。彼女も目を覚まして、彼を見上げた。

残念なことに、話はわたしの思いもよらぬ方向へ進んでいった。彼は彼女にではなく、わたしに向かって説得を始めた。

「難しいですよ、やっぱり。たしかに、この子は厳しい立場だと思います。でも今、この子を引き受けて、責任とれます?なにかあったらどうするんです?」

彼女の顔がこわばりはじめた。彼女は立ち上がり、わたしと彼との論争を、こぶしを握って聴いていた。

わたしは彼と論争しながら、ちらちら彼女のほうを見る。

「いや、だいじょうぶだから。必ずなんとかするからね」

だが、もうだめだった。彼女とわたしとのあいだには、膝枕のときには考えられなかったような、なにかとてつもないものが立ちはだかっていた。彼女はわたしの顔から眼をそらさず、少しずつ、少しずつ後ずさりし始めた。まるで野良猫が人間を警戒するように、その野生の鋭い眼をそらさず、少しずつ、少しずつ。 どうすればいいのか。彼女を引き止められないか。同僚を納得させることはできないか。

「この子を今晩だけでもいいから、とりあえず泊めてくれませんか。それで明日以降、福祉につないでもえたら。それだけでもいいんですけど。ほんとうはわたしがそうしたいんだけど、幼稚園の仕事もあるし、バスには乗らないといけないし」

「無理ですよ。それにもう夜です。未成年者を親にも警察にも言わず、勝手に教会に泊めることはできません。わたしもあなたも男性ですよ?そんなことが露見したら、教会の社会的信用に関わります。彼女に親の連絡先を尋ねてください。」

「いや、親には連絡できない。彼女は親には会いたくないと言っている。警察のことも警戒している」

「それなら警察に連れて行きましょう。警察に保護してもらうしかない」

わたしの夜行バスの時間は迫っていた。呼ぶべき同僚を誤ったのか?いや、彼が言うことももっともだ。彼女が大人だったら、彼も教会に宿泊させることに同意したかもしれない。だが中学生である。ここは近代のキリスト教世界ではない。牧師の独断で未成年を、誰にも告げずに教会に泊めることなどできない。やはり最初から警察を呼ぶべきだったのか?

そのあいだも彼女は少しずつ後ずさり続けた。やがてわたしたちが追いかけてもすぐ逃げきれるほどに遠ざかると、彼女は繁華街の雑踏へと、あっという間に姿を消した。わたしも同僚も、引き留める暇もなかった。バスは到着し、同僚に見送られながら、わたしはステップに足をかけた。

なにもできなかった─── 夜行バスに揺られながらシートの背もたれを倒し、わたしは目をつむる。まぶたのなかで少女の、幼さの残る屈託のない笑顔と、立ち去り際の野生動物のような鋭い眼光とが、交互に浮かぶ。わたしを突き刺すように見る、ふたつの野生の眼。弾むように話す声と、息を殺す沈黙。わたしの膝の上で安心して眠るまぶたと、警戒に光りつつ遠ざかる細い眼。

「なぜ、なにもできないくせに、わたしにやさしくした?」

「うらぎり、ぜつぼうさせるために、わたしをしんらいさせ、きぼうをもたせたのか?」

彼女は幼い頃教会に通ったと言っていた。それも心から懐かしそうに。今は大嫌いな親に連れられて通ったのだろう。だが、その思い出を彼女は楽しそうに語った。彼女にとって、想いでのなかの教会は楽しく、なにより安心できる場所だったのだ。だからわたしが牧師だと分かったとたんに、わたしを客の男ではなく、頼れる大人として安心したのである。彼女はわたしに、想いでの教会を見たのだ。わたしの膝の上で寝ていた彼女は中学生ではなく、まだ教会に通っていた頃の、幼い女の子だったのだ。親を憎み、家での居場所を失い、夜の街を男性客を求めてさまようようになる前の。

だがわたしは、そんな彼女にとっての教会を破壊した。わたしは彼女の目の前で、牧師と牧師が彼女を押し付けあう醜態をさらしたのだ。それだけはやってはいけないことだった。彼女が野生の眼を光らせたとき、もはや教会さえもが彼女の居場所ではなくなった。彼女は今後二度と教会には近寄らないだろう。彼女は二度と牧師を信用しないだろう。

責任もとれないのに、わたしはその場だけのいい格好をしようとした。そして責任の所在という重い問題が頭をもたげるや、保身に走ろうとした。それでも、わたしはずるずると考え続けている。「責任をとれないことはやらない」でいいのだろうかと、往生際の悪い悩みを悩み続けてもいる。もう答えは出たではないか。無責任な結果がこれである。それにもかかわらず、わたしは未だに別の答えを探し続けているのだ。彼女を目の前にしたときに、拒絶することは「責任をとれないことはやらない」という意味では正しい。ただし、「責任がとれないことはやらない」という意味でのみ正しい。言っておくが、わたしはあの少女に声をかけたことを正当化したいのではない。わたしが彼女と出遭ってしまったとき、そこには、後先を考えずに応答せずにはおれないなにかがあったのではないか。決してうまくやり過ごしてはならない、関わりの意志へとわたしを衝き動かすなにかがあったのではないか。

わたしの神学部時代の恩師が、かつてこんなことを言った。

「人との出遭いは、交通事故のようなものだよ」

交通事故は予測可能なら起こらないものだ。起こってほしくもない。それは唐突に、自分の思いなし一切を突き破って起こる。事故を起こしたら、救急車や警察を呼ぶなどしなければならない。放置して逃げたら、それは犯罪である。事故に巻き込まれること。それは、自分の意志に関わりなく、その事故に関わらざるをえないということである。わたしは彼女と交通事故を起こしたのかもしれない。その場を立ち去ることは、彼女を轢き逃げするに等しいことだった。

わたしはそのような仕方で出遭う、予想外の他人に対して、責任をとれるのだろうか。そこで語られる責任とはなんだろうか。わたしたちは、究極的には自分の人生を生きるしかない。自分の人生の責任を他人に負ってもらうことはできない。また、他人の人生における、あれこれの結果をその人の代わりにわたしが出してやることもできない。あの少女がどんな人生をその後歩んだのかは分からないが、もしもあのとき「適切に」関わったとしても、それは彼女の人生を代わりに善くしてやったことにはならない。わたしとの関りを善いか悪いか判断し、行動を起こすのは彼女自身なのだ。彼女の人生を生きるのは彼女自身だからである。もしもわたしがあのときバスをキャンセルして彼女と関わり続けたとしても、それでも、わたしは彼女の人生に現われ出るもろもろの結果について、責任を負うことなどできないのである。

しかし、他人の責任を負えないということは、他人に対して無責任であることとイコールではない。他人に対してあらゆる意味で責任をとれないということになれば、そもそも責任という言葉が無意味になってしまう。そうではない。わたしはたしかに、相手の人生の結果までは背負えないという意味において、他人の人生の結果に対しては無責任に、その他人と関わる。だが、いちど関わったら、その人のことが頭の片隅にこびりつき続けるだろう。わたしたちの業界では「~のことを覚えて祈る」というが、「〇〇さんの状態が改善しますように」と言葉に出して祈るだけが祈りではない。忘れようとしても忘れられず、いつまでも頭にこびりついており、「あの後あの人どうなったかな」と気になり続けている、そのこと自体が祈りなのである。

この少女の責任を、あなたはとれるのですか。その問いに当時のわたしはひるんだ。だが今なら、こう答えるかもしれない。

そうです、責任はとれません。でも、この人に関わってみようと思います。責任なら神がとってくれますから。

 

日本基督教団 牧師。1972年、兵庫県神戸市生まれ。高校を中退、引きこもる。その後、大検を経て受験浪人中、1995年、灘区にて阪神淡路大震災に遭遇。かろうじて入った大学も中退、再び引きこもるなどの紆余曲折を経た1998年、関西学院大学神学部に入学。2004年、同大学院神学研究科博士課程前期課程修了。そして伝道者の道へ。しかし2015年の初夏、職場でトラブルを起こし、精神科病院の閉鎖病棟に入院する。現在は東京都の小さな教会で再び牧師をしている。
twitter

第1回 アイドルとキリスト

教会のなかで出遭う人。教会の外で不意打ちのように出遭う人。一時は精神を病み、閉鎖病棟にも入った牧師が経験した、忘れえぬ人びととの出遭いと別れ。いま、本気で死にたいと願う、そんな人びとと対話を重ねてきた牧師が語る、人との出遭いなおしの物語。いのりは、いのちとつながっている。

皆さんはなにかの宗教の信者だろうか。わたしはキリスト教徒である。そして、ある意味で信仰を仕事にしてもいる。つまり、教会で働く牧師という仕事をしているのだ。皆さんは、牧師を見たことがあるだろうか。結婚式場でアングロサクソン系の牧師が、新郎新婦に「デハ指輪交換ヲ、シテクダサイ」と語りかける場面などは、なじみがあるかもしれない。ところで、わたしは「神父さん」とよく言われるのだが、神父すなわち司祭ではなく牧師である。しかし多くの人にとって、そんなことはどうでもいいことだろう。牧師も司祭も日常からは遠い存在だろうから。

そもそもキリスト教を信じるとは、どんな営みを表すのだろう。信徒によってはこう答えるかもしれない。「わたしはキリスト『教』を信じているのではありません。イエス・キリストを信じているのです」。つまりキリスト教という呼称は、信仰的営みをその外部から観察し、仏教やイスラム教など、ほかの宗教と区別するための呼び方である。キリスト「教」の内部にいる人───わたしもそうであるが───は、いわばイエス・キリストとなんらかの仕方で遭遇し、そのイエスなる人物と向きあい、そういう仕方をとおして神との関係に巻き込まれている人なのである。(「イエス・キリスト」と「神」とはどう違うのかと読者の皆さんは疑問に思われるかもしれないが、キリスト教における三位一体の教義は説明しだすと長くなるので、どうかここでは「とにかくキリスト教徒はそんなふうに言うんだな」くらいに読み飛ばしていただきたい。)

中学時代から35年以上つきあいのある、気の置けない友人がいる。彼はいわゆる「ドルオタ」、つまりアイドルの追っかけをしている。コロナ禍になった今はどうしているのか、いちいち尋ねていないので分からないが、以前はメジャーなアイドルから地下アイドルまで、これと思ったグループの追っかけをしていた。ライブに足しげく出かけ、CDをたくさん買い、イベントではアイドルと並んで写真を撮る。彼は関西在住なのだが、上京した時には嬉しそうにそれらの写真を見せてくれる。ある上京の折、彼はわたしをとあるカフェに誘った。アイドルに注ぎこむ以外は節約家の彼らしくもないお洒落なカフェで、メニューも高い。店内に入ると、彼は迷わず一つのテーブルを目指し、そこに陣取った。そしてほとんどメニューも見ずにウェイトレスに、その店名物のかき氷を注文した。わたしもとりあえず同じものを頼んだ。

美しくレイアウトされたかき氷がテーブルに二つ。まわりを見渡せば、若いカップルばかりである。いい年をしたおじさん同士、顔を突き合わせて食べるのは気恥ずかしい。彼はかき氷にスプーンを突き刺す前に「この角度から写真を撮ってくれ」とわたしに頼むと、スマートフォンをわたしに手渡した。言われた通り写真を撮ると、彼はすべての事情を話してくれた。

「~ってアイドルグループの〇〇ちゃんが、この店でこれを食べているのをブログで見たんよ。だから、その同じ場所に座って、同じものを食べてみたかった」

「へえー、徹底してるね。ここには彼女の息遣いが残っているのか。まるで聖地巡礼みたいやな」

すると彼は目を見開き、横山やすしばりの巻き舌で息巻いた。

「そう!それや!」

彼に誘われて、あるアイドルグループのライブに連れて行ってもらったこともある。ライブが始まるまでのあいだ、ファンの人たちの表情には、楽しみに待っているというだけでなく、緊張や不安さえ見て取れる。「では予約番号順に入場してください」というスタッフの言葉と共に人々は会話をやめ、整然と動き始める。皆が会場に入り、ライブが始まった。アイドルたちが舞台の裾から飛び出してくるや、観衆は一気に爆発した。近くにいた体の大きな男性は、こちらが身の危険を感じるほどの迫力で跳ねていた。ライブの終盤、グループのメンバー一人一人が独り語りする場面。先ほどまで飛び跳ねていた男性は、一言一句、聴き洩らすまいと、固唾をのんで見守っている。その後最後の盛り上がりの歌と共に、ライブは終わった。三々五々帰ってゆくファンたちの表情は、ライブが始まる前とは異なり、じつに爽やかであった。「いやあよかった。お前もおもろかったやろ?」と語るわたしの友人も例外ではなかった。

彼の参与している「アイドルのファンであること」をわたしの信仰に置き換えて考えてみる。ライブは礼拝であり、アイドルが行ったカフェに、その足跡を辿ることは巡礼であり、CDを買うことは礼拝献金である。教会に通っているわけでもない友人の振る舞いのなかにキリスト教ときわめて似通った要素を見いだすことは、わたしが牧師であるがゆえの過剰な読み込みなのだろうか。

わたしの友人の営みを、たんなる趣味だと感じる人もいれば、たしかに宗教的だと思う人もいるだろう。宗教を自覚的に信仰している人の多くは、その宗教の価値体系に、いわば人生を賭けている。友人は暇つぶしや気分転換のためにアイドルを追いかけているようには見えなかった。また、友人のアイドルを見るまなざしには、もちろん性的な欲望もそこにはあるのかもしれないが、それよりはむしろ、聖なる存在を畏敬の念で見ているようにも感じられた。彼の長いドルオタ歴を観ている限り、それは労働の余暇、生活の暇つぶしではない。むしろ実態は逆であり、彼はアイドルのために労働し、アイドルのために生活しているようにさえ見える。つまり彼はアイドルを追いかけることに、自分の生涯を賭けている。少なくともそのように見えるという意味で、彼の営みはわたしにとって宗教的なのである。

彼は幸いにしてそういう経験をしたことがないようだが、アイドルを畏敬の念をもって追いかけることにはリスクもある。そのリスクとはスキャンダルである。あるアイドルにじつは恋人がおり、彼女あるいは彼はファンを思い情熱をかけてアイドルをしているのかと思いきや、ドライに仕事と割り切ってやっていることが分かった。そういう事実が露見したとき、ファンは深い幻滅を味わう。幻滅はときにアイドルへの怒りに変わる。このスキャンダルという言葉であるが、ギリシャ語のσκανδαλίζω (スカンダリゾー)からきている。意味は「つまずく」である。

こうして、人々はイエスにつまずいた。(マタイによる福音書13章57節 新共同訳)

イエスが思いがけず立派なことを言ったときに、人々は「あの大工の息子がこんなこと言うのか?我々はあいつの家族もみんな知ってるんだぞ」と、イエスの言葉と素性とのギャップにつまずいた。イエスの救い主デビュー前の出自がつまずき、すなわちスキャンダルになったわけである。現代のスキャンダルが、たいてい芸能人の私生活や素性が問題となったときに生じることを思えば、スキャンダルの遠いルーツはイエスにまで遡るといえる。

いいや、そんなことはない。アイドルはスキャンダルを起こすが、キリスト教の神は永遠不変の神なのだ。だからそんな心配は要らない────信仰者は、そう強弁することもできるのかもしれない。だが、ほんとうにそうだろうか。わたし自身の信仰の歩みについて振り返るなら、ぜんぜんそんなことはない。わたしは何度もキリスト教信仰に、というか神そのものに、つまずいている。なぜ自分はここまでして教会に繋がっていようとするのか、我ながら分からないこともある。牧師の仕事にしてもそうである。じつは生活のためにしがみついているだけなのではないか。ほかに同程度のしんどさでできる仕事があるのなら、あっさり乗り換えてしまうのではないか。そう自問することもある。

牧師の仕事は究極的な言い方をすれば、神に仕え、人に仕えることである。とはいえ、じっさいには人とふれあい、気持ちよく礼拝をしてもらえるように段取りすることが、教会で働く牧師の具体的な仕事である。(キリスト教系の学校や病院で働く牧師には、さらにそれぞれ固有の働きがある。)神はその姿が見えないが、人間は目の前にいる。だからいつも仕事がうまくいくわけではない。牧師も一人の未熟な人間である以上、信徒や来訪者を不用意に傷つけてしまうことがある。また、その逆もある。そういうことが一つ、二つと重なってくるとき、牧師はつまずく。少なくともわたしはつまずいた。なんどもつまずいてきたのだ。わたしにとって、それらのつまずきはキリストのスキャンダルであった。アイドルを追いかけている人がアイドルのスキャンダルに悲しみ、怒るように、わたしはつまずいたとき神に、あるいは教会という制度に苛立ちや怒りを、そして深い悲しみを覚えてきたのである。

それならばいっそ、キリスト教など棄教すればよいではないか。他人から言われるまでもなく、わたし自身、何度もそのように考えてきた。しかし、すんでのところでわたしの信仰は途切れずに、細々と繋がってきたのである。ドルオタの人々はどうやってスキャンダルのあとも(別の)アイドルのファンを続けていられるのか、わたしには分からない。今度友人に会ったら尋ねてみたいと思う。わたしがなぜ細々とであれ信仰を持続してきたのかについては、理由はあるていど分かっている。それは他人とのかかわりのおかげである。キリストにつまずくのが他人とのトラブルによるのであるなら、キリストに繋がるのもやはり、他人との出遭いなおしからなのである。自分でもなぜ牧師になったのか厳密には分からないところがあるが、もしも牧師になっていなかったら、すなわち礼拝に出たくなくても仕事だから仕方なく出るということをしていなかったなら、わたしは教会から去っていたかもしれない。人と出遭うのを避けることは、緊張を感じながらも出遭いなおしていくことよりも容易だからである。

わたしはキリスト教全般のことを語ることができる学者ではない。キリスト教の、ほんの小さな断片を知っているに過ぎない。わたしがこれから語ろうとしていることは、信仰や教義のあれこれというよりはむしろ、わたしという一人の人間がどのようにして他人たちと出遭ってきたのかである。わたしは出「遭」うと書く。映画『未知との遭遇』のような、あの遭遇の語感であると思っていただければよい。わたし独りでは決して想像することができない個性を持った、あの人、この人との出遭い。その人と決別したり、死別したりしたとしても、出遭ったという事実は消えない。出遭いはわたしの手持ちの信仰を揺さぶり、ときには亀裂を入れる。そうやって欠けてしまったところに、新しい感覚、新しい言葉が入り込んでくる。その人と出遭う前にはまったく考えもしなかった、感じたこともなかったような感覚や言葉が。そうした揺さぶりや亀裂、新たな感覚や言葉の吹込みや沁み込みと遭遇するのが、他人たちとの出遭いなのである。他人たちは出遭いをとおして、他人ではなくなる。

わたしは以前、「他者」という言葉を好んで使っていた。神学生時代に学友たちと読んだレヴィナスの影響がある。今でも他者という言葉が好きである。相手の顔へと強く惹かれるのだが、その顔を自分の一部へと取り込むことは決してできない。自己の外なる他者。けれども、最近は他者という言葉にこだわることもなくなってきつつある。たしかに、わたしは自分が出遭う他者を安易に理解したつもりになることはできないし、ましてや他者を自分の都合のいいように操ることなど許されない。他者という言葉には、そういう倫理的に毅然とした態度の響きが感じられ、襟を正す思いがする。けれどもじっさいには、その他者という言葉から感じられるような、截然とした自分と相手との埋められぬ距離を、わたしはさほど体験していないような気もするのである。いや、正直に言えば、わたしはレヴィナスに反して、他者をしたたかに自己へと取り込んでさえいる。意識して、計画的に他者を利用したり操ったりしているわけではないにせよ、わたしはいわば他者を食べて生きていると思う。また、自分のこともかなりあけっぴろげにして、他者に食べてもらっているような気もする。この文章からも、どうか皆さんにはわたしを食べてもらいたい。好き勝手にわたしを取り込んで、自由自在にわたしを操ってほしい。

これからの連載のなかで、わたしは自分が遭遇し、巻き込まれてしまったイエス・キリストの話を、しかもキリスト「教」という外側からの言葉で語っていくだろう。だが、それはキリスト教についての神学的な叙述にはならないだろう。なぜなら、わたしがこれから話すことは、そのほとんどすべてが、目の前に現れた他人たちとの出遭いについてになるはずだからである。わたしにとって神について語ることはすなわち、目の前の人との出遭い、その共感や対立、相互理解の深まりや決別、その喜びや怒り、悲しみ、それら諸々の生々しい出来事そのものを語ることだからである。

 

日本基督教団 牧師。1972年、兵庫県神戸市生まれ。高校を中退、引きこもる。その後、大検を経て受験浪人中、1995年、灘区にて阪神淡路大震災に遭遇。かろうじて入った大学も中退、再び引きこもるなどの紆余曲折を経た1998年、関西学院大学神学部に入学。2004年、同大学院神学研究科博士課程前期課程修了。そして伝道者の道へ。しかし2015年の初夏、職場でトラブルを起こし、精神科病院の閉鎖病棟に入院する。現在は東京都の小さな教会で再び牧師をしている。
twitter