第8回 中年以降のパソコン、スマホの正しい買い方は人まねです。

50代になって実感している事と言うと、昔はすぐに覚えていたアイドルの顔と名前を覚えられなくなったこと(AKB48などは、48と聞いて最初から諦めた)と、取り扱い説明書を読むのがおっくうになったことです。若いころは、新しいものを扱えなくなっていくシニア層を小馬鹿にしたものですが、今や完全に自分がそうなりました。もっと言うと、読めば何とかなるのかもしれないとは思ってはいます。しかし、細かい文字を長時間眺めて読むのがおっくうになりました。そうです。老眼なんです。それに取扱説明書は幾ら読んでも楽しくない。そういうことに時間や気を使って立ち向かうことが嫌になりました。

今の生活環境に満足しているから、新しいものに挑戦しなくなっていますが、時々廻りの若い人が獲得している新しい技術やサービスに触れてみて下さい。取り入れたら便利なもの得なものが山ほどあります。

インターネットや携帯電話が出て来た時にも、そんなものが無くても生活はできると新しいものを拒絶する人は山ほどいました。しかし、生活を一新させ、心を豊かに楽しい毎日にするものもあるのです。今なら代表格がスマホだろう。

先日、旅先で一緒になった80歳を越えるご婦人が、スマホを楽しく使われていて、若い人から凄いですねと褒められていて嬉しそうでした。何でも、スマホを使いこなす為の教室に通ったそうです。さまざまなアプリを使いこなしてもいました。

私と言えば、メール機能と電話があれば充分だといわゆるガラ系の携帯を使ってきたのだが、格安スマホが出現したあと、ほとんど使わなくなった家の固定電話とガラ系の携帯を辞めて、スマホに乗り換えたら年間で3万円以上得することが分って、とうとうスマホにしました。スマホに乗り換えて、すでに2年以上経ったのだが、実はまだ使いこなせていません。いや、自分が最低限欲しいと思う機能は使えているのですが、使えこなせたら便利な機能があることをほとんど知らないままなのです。

いわゆる宝の持ち腐れ状態です。

マニュアルを読んでみたり、雑誌の特集を買って勉強してみたりしましたが、イマイチです。そして、基本的なことをきっと分かっていないのでしょう。取り組んでも、すぐに先に行けなくなる。壁がドカーンとできてしまう。しかし、そういうことに、あまり頭も時間を使いたくありません。正直言って時間があるのなら、読んでみたい文学、思想や歴史の本が山ほどある。特に死ぬまでに読んでみたい古典に取り組みたいです。それでも、生活に取り入れればもっと生活が便利になり、豊かになることも確かなようです。

私は時間のムダは辞めました。教室には通いませんが、もう人に手取り足取り教えてもらう方がいいと悟りました。かつてスマホの販売などをやっていた人と知りあったので夕飯をごちそうして教えてもらってます。ごちそうしながらだと、向こうもある程度の気を使ってくれて丁寧に教えてくれます。

もしも、あなたも私の気持ちがよく分かる、自分も似たようなところがあると思って下さるのであれば、私たちが忘れるべきことは、値段の事だと思うのです。

安く買う事よりも、使いこなすこと、使い倒すことが一番大切だと思うのです。

格安スマホの価格に引き寄せられて、私は自分がこの10年やってきた王道の買い方を忘れていました。賢くパラサイト買いすれば良かったのです。パラサイト購入は、廻りの人と同じものを買う方法です。子どもや孫、知り合い、友人などで、この人は使いこなせている。こういう感じになれればいいと思う人と同じものを買うことです。できれば、その人に付き合ってもらって買うのです。

久しぶりの食事の時に会話よりもスマホばかりいじっている子どもや孫を𠮟るのではなく、

「それ、いいなあ、自分には難しくて使いこなせないなあ」

「いや、慣れれば簡単だよ」

「そういうものなの?やっぱり、ムリだな」

「おやじ(おじいちゃん)教えて上げるよ」

こう言われたら、ラッキーです。ネットで買うのでも、量販店でも構いません。一緒に買ってもらいましょう。本人は同じものを買っていますから、適切な価格かどうかもわかるでしょうし、買った後も初期設定などはお手のもの。悩まずどんどん進みます。さらに、基本機能も知り尽くしている。相手も同じものを持っていますから、見よう見まねで習得して行けます。さらに、分らない事があった時も、同じ機種だけに教えてもらうのも簡単です。

自分が知らなかった機能も、「それってどうやればいいの?」これで済むわけです。

インターネットやスマホを買うと、形だけはコールセンターがあり分からないことを教えてもらえることになっています。しかし、分からないことがあって電話してみても、24時間いつもつながらない。つながっても言ってることが分からない。専門用語を使い過ぎです。その専門用語も分からないんだということが、自分に残るちょっとしたプライドをくすぐり分かった振りなどすると、電話の向こう側の人が言うことが全てが分からない呪文になってしまいますから、適当なところで電話を切るしかありません。

そして、自分には無理なのだで終ってしまいます。

それが、パラサイト買いしていると、何しろ身近に同じ機種をもって使いこなしている人がいるのですから、専門用語でなく、ここをこうやって押すんだよ、こうするんだよ、といった日常の言葉と動作で教えてくれます。そして、それらを使っていくと、便利さが自分のものに成っていくのと同時に、いつの間にか少しづつ専門用語も自分の中に収まっていくから不思議です。

パソコンはこのパラサイト買いで自分の生活に取り入れたのです。

ところで、パラサイト購入をして教えてもらったり世話になるときにするべきことは、きちんとしたお礼です。一緒に買ってもらう、何かを教えてもらう、1000円札を何枚か、いや居酒屋に連れて行くのでもいいのです。世話になった対価をきちんと形にして渡すのです。相手は、気にしないで下さい、もらえませんと言います。そこを気持ちだけだから、頼むからもらってくれと言って渡すのです。

今の若い人は昭和の時代のような独身貴族の生活をしていない人がほとんどです。遠慮はしても、嬉しいはずです。それに、一度や二度の質問は親切に教えてくれたとしても、それが五回目、六回目となってくると、微妙に態度が変わってきます。人間だもの、そういうものです。だから、ムリしてでもお礼を渡しておくと、次に疑問が出来た時にも頼みやすいのです。

新しい技術は無理して勉強したり、安く買って宝の持ち腐れにするよりも、パラサイト買いして新しいテクノロジーを自分の生活の中に自然に取り入れる方が圧倒的に賢いです。 

多少のお礼は掛かりますが、1年もすれば自分の生活が変わっているのに気がついて、元は十分に取ったなとニヤリとするはずです。大人だもの、そういうことが分かるものです。

Profile

経済評論家。1961年生まれ。慶應大学商学部卒業、東京大学社会情報研究所教育部修了。大学卒業後、外資系銀行でデリヴァティブを担当。東京、ニューヨーク、ロンドンを経験。退職後、金融誌記者、国連難民高等弁務官本部でのボランティア(湾岸戦争プロジェクト)経営コンサルタント会社などを経て独立、現職に至る。『年収300万~700万円 普通の人が老後まで安心して暮らすためのお金の話』(扶桑社)、『普通の人が、ケチケチしないで毎年100万円貯まる59のこと』(扶桑社)、『お金をかけずに 海外パックツアーをもっと楽しむ本』(PHP)、『アジア自由旅行』(小学館/島田雅彦氏との共著)『日経新聞を「早読み」する技術』(PHP)など、多数の著作がある。 Facebook

第7回 オデッセウスと編み物

旅の面白さは心が自由になり、思いが時空を越えどこにでもとんでいく瞬間を味わえることだ。

1月のオフシーズンに地中海の小さな島にパックツアーで旅をした。マルタ共和国だ。

中世のヨーロッパの貴族の子弟から構成されたマルタ騎士団で有名なマルタ共和国は、長靴の形をしたイタリアの下のほうにあるシチリア島、そこからさらに90キロアフリカよりの地中海に浮かぶ5つの島で構成される。

5つのうち人が住む島は3つ。最大のマルタ島も人口42万人で、面積は東京都の半分ほど。マルタ島の隣には海があまりにも美しくボートが宙に浮かんで見えると話題のコミノ島があるが、定住者は一家族だけ。人が住むもうひとつの島はマルタ島から9キロ離れた場所にあるゴゾ島だ。マルタ島のチェルケウア港から1時間に1~2本のフェリーで25分、幅が14キロ×9キロという島だ。マルタ騎士団が築いた城壁など観光スポットもあるものの、何といえばいいか控えめなのだ。観光スポットを巡る旅と言うよりも地中海の小さな島の空気を味わう旅だ。そんな控えめなゴゾ島の観光スポットにカリプソの洞窟というのがある。

ホメロスの叙事詩「オデッセイア」。トロイ戦争のあと漂流を続け流れ着いた英雄オデッセウスに妖精カリプソは出会い恋に落ちる。私と暮らせば永遠の命を与えると二人で7年住んだ場所がカリプソの洞窟だ。語り口のウマいガイドさんによって、窓から見える地中海と青空に私の心は神話の時代に跳ぼうとしていた。

ところが、バスが到着する前にガイドさんから、あんまり期待しないようにと釘を刺された。確かに見てみるとブリュッセルの小便小僧、コペンハーゲンの人魚姫像、シンガポールのマーライオンの海外旅行3大ガッカリ観光スポット以上に何にも無かった。数十センチの岩の割れ目が見えるだけ。洞窟の一部が崩落してしまったという。

バスに戻ろうとすると、6畳くらいの小さな小屋があった。それは土産物屋で70代も後半だろうと思う女性がひとり座っていた。店の絵はがきは既に日焼けし水分も吸って反っていてしわくちゃ。マグネットはたっぷりホコリを被ってる。他にミネラルウォーターやゴゾ島のはちみつもあったが、旅に参加していた女性が興味を示したのは、このおばあさんが編んだカーディガンやセーターだ。いくつもが小屋の外から内側まで掛けられていて販売されていた。商品の数は20くらいはあっただろう。価格は10ユーロや15ユーロ、1300円から2000円くらい。凝ったデザインで個性を強調したりするようなものでなく、素朴な色合いの暖かみのある商品だ。おばあさんのそばには編みかけのものもあって、最近は見ることの少なくなった編み物の棒芯と毛糸もあった。

いつの間にかツアーの女性たちは目の前の地中海や空の青さを忘れたかのように、おばあさんが織り上げた小さな幼児用のカーディガンや大人向けのセーターなどに夢中になっていた。

子どものころは、よく編み物をしている人を見かけた。昼間のバスの中では今でいうトートバックを膝におき編んでいる人をよく見かけた。バックの中から毛糸が延びていて、たいていは降りる停留所にバスが着くギリギリまで編んでいて、扉が開くと慌てて降りていく。公園に子ども連れで来て遊んでいる間にベンチに座った母親やおばあさんも編み物をしていた。暇な店先では女主人も時間を惜しむように編んでいた。学校には手芸のクラブがあり10代になると多くの女の子が挑戦していた。

編み物に多くの物語があることをこの僕でも知っている。もちろん自分自身のために編み物をする人もいるのだろうが、多くの場合で自分が大切に思う人のために手を動かすのだ。

寒い冬が来る前に、自分のセーターをほどき、子どものセーター、マフラー、手袋に編み直す母親。

淡い恋ごころを形にしようと何ヶ月もかけてゆっくりと毛糸を紡いでいく女子学生。

祖父や祖母のために、両親のために、病床の親友のために、手編みで思いは綴られていく。

店の外から僕は中の様子をじっと眺めていたら、添乗員さんが「10ユーロじゃ材料代にもならないですね」と言った。「そうなんでしょうね」と答えた。

おばあさんは何のためにこのセーターやカーディガンを編んだのだろうか? 商売にして暮らしていくためではない。労働の対価はほぼゼロだ。現地のガイドさんによると、もう20年以上前からああして売っているらしい。きっと誰かを思って編んでいるんだろう、そう思った。もう着てくれない自分の母親、成長してしまった子どもたち。彼らを思った日々を思い出して手を動かしているのだろうと思った。いや、単なる趣味なのかもしれないけれど。

「お金にもならないのに、織るのが好きなんですね」と口を滑らしたら、ツアーに参加している女性たちにちょっと睨まれた。

家庭での仕事は自分の家族にしている限り、金銭的な評価はされない。会社で下らない会議を長くすることは経済活動であっても、朝早く弁当を作り、掃除洗濯繕い物をし、買物や送り迎えや晩ご飯の準備をしても、寝付きの悪い子どもに童話を読んで聞かせても、一円にも評価されない。多くの家族はそれを当り前と受け入れる。母の日や命日に思い出したように感謝をするけれども、経済学的には価値を創造していることにならない。

女性にも社会で活躍してもらいましょう。そう、国を挙げてかけ声をかけるけれども、内でそれこそ家で活躍している人たちのことを忘れちゃいけないなと思った。

世界中にはお金にならないことは山ほどあって、それはこの社会のために本当に無くてはならないことも多い。もっと言うと、お金はあまりもらえていない大切な仕事も山ほどある。お金が多いことは、スゴいこと、偉いことなのだ。この20年、そんな無邪気な価値観に世の中が収斂してしまったのではないか。

ツアーの女性たちは言葉もあまり通じないのに、おばあさんと編み物の談義をしていた。笑顔とジェスチャーでいろんなことが通じるらしい。同じような経験と思いをしてきたのだろう。オフシーズンなので、私たちがそこから離れると観光客はいなくなり、カリプソの洞窟は静かに戻る。私たちが去るのを確認したらおばあさんは編み物を始めた。その顔は穏やかですごく優しい母の表情に変わった。

この神話の土地で、私の思いは跳んでいた。幼い頃から今までの日々のことをふわっと思い出していた。マルタ共和国で過去の日本の私の日々に跳んだのだ。旅はやっぱりスゴいと思った。

Profile

経済評論家。1961年生まれ。慶應大学商学部卒業、東京大学社会情報研究所教育部修了。大学卒業後、外資系銀行でデリヴァティブを担当。東京、ニューヨーク、ロンドンを経験。退職後、金融誌記者、国連難民高等弁務官本部でのボランティア(湾岸戦争プロジェクト)経営コンサルタント会社などを経て独立、現職に至る。『年収300万~700万円 普通の人が老後まで安心して暮らすためのお金の話』(扶桑社)、『普通の人が、ケチケチしないで毎年100万円貯まる59のこと』(扶桑社)、『お金をかけずに 海外パックツアーをもっと楽しむ本』(PHP)、『アジア自由旅行』(小学館/島田雅彦氏との共著)『日経新聞を「早読み」する技術』(PHP)など、多数の著作がある。 Facebook