第4回 海外パック旅行で見えてくるもの 前編

定年になったら二人でいろんな海外を廻りたい。

50才を過ぎた夫婦の多くが考える第二の人生の楽しみのひとつです。いまある海外パック旅行は個人で旅をするよりも相当の割安で、熟練の添乗員がついている。適度なフリータイムが組み込まれているものもありよく考えられています。通常の時期であれば、だいたい1ヶ月くらい前までは何の違約金も支払わずにキャンセルもできるのも嬉しいところ。二人でスーツケースを抱え、ガイドブックを片手に慣れない海外で迷いながら個人で旅をするよりも、面倒なことはすべてプロに任せ、憧れの海外の名所で二人笑顔で記念写真に入るのはいい思い出になるものです。

特におすすめしたいのは、多少の自由時間などがあったとしても、大部分の行程がツアーで決められているお任せ系のパック旅行です。

そして、可能であれば定年を待ってなどと言わずに、会社に頼んで休みをもらい今直ぐにでも出かけることをおすすめしたいくらいです。自分がいないと会社が廻らないなどと考えるのはやめましょう。95%以上の現場はあなたがいなくても何とかなるもの。大丈夫ですから休みを取って欲しいのです。

それが50才前後、40代の後半の夫婦であれば、ことさら素晴らしい経験になると思います。

常日頃は忙しく、ゆっくりできない二人での数日間の海外旅行。どんな感じの旅行になるか、考えて頂きたいです。例えば5泊7日の時間。いろいろの雑事や他の家族や人間関係から開放されたことは、ほとんど無いままに時間を過ごして来ているのではないでしょうか。ですから、この旅の時間は、すごく新鮮な時間になること請け合いです。

若い間に二人のツーショット写真を撮っておくのもいいことですし、海外旅行は行くまでも、それから行った後も何回も思い出すことができて楽しいもの。

あなたの人生が90才まであるとして、70才で旅した場所は20年間、その思い出を楽しむことができる。それが、50才なら40年間も心はいつでも旅した場所に跳ぶことができるのです。テレビで尋ねた場所が放送される度に、心はその時のことが蘇るのです。

行き先は、あまり細かくこだわらなくていいのです。何しろ日程と予算で制約されるから、無理のない範囲で決めていくと、それほど選択肢もないはず。そして、そんな適当な決め方で旅はいいものなのです。なぜなら、修学旅行や新婚旅行、友人や家族で出かけた旅行であったとしても、その思い出は観光名所を訪ねたことにあることは少なくありませんか。家族や大切な人と同じ時間を共有したという笑顔の記憶が旅行のメインディッシュのはずなのです

私は旅好きで世界各国旅行して来ました。もう70カ国以上です。旅の本も何冊も出しました。それらもパック旅行で出かけることが多いのです。旅していると面白いのは、旅の途中から参加者の多くから観光の興味が薄れていくこと。スイス旅行のハイライト氷河特急や、ローレライでおなじみのドイツのライン川下り。多くの人がその時間に憧れて何十万円というお金を払って旅行に参加しているはずなのですが、車窓からのスイスアルプスの絶景も、川岸に見えてくる古城にも目をくれずひたすら笑顔でおしゃべりに興じています。そして、旅の最後には、旅の始めにはまったくの見ず知らずの人だった人たちと一緒に記念写真を撮るようになる。そういう少し不思議な光景を毎回見ます。

海外パック旅行は、少ないもので15名くらい、多いと40名近い参加者がいます。同じツアーに申込んでいると言うことは、参加者の誰もがそのツアーの費用を払うだけの経済力を持った人たち。年齢も社会的な立場も違いますし、夫婦、家族、友人、ひとりと参加の形態も違うのですが、経済力だけは大きく違うわけではないのです。そんな見ず知らずの人たちと、何日間も同じ行動をとることになる。考えてみるととても不思議な時間なのです。

例えば、ヨーロッパやアメリカのツアーの大部分は6泊8日。朝の8時過ぎから、毎日12時間。バスに乗り、観光名所にいき、食事をする。他人だったはずなのに3日目くらいから朝食会場での挨拶も始まります。また、旅をしていくうちに、参加者の人がらや考え方、共にいる人との関係、いろんなものが透けて見えてくるもの。なぜなら、多くの人が社会人としての最低限のマナーは守りながらも、旅の終りにはまた他人に戻ることを知っているので、ほぼ無防備で旅をしているからです。その関係に余計なしがらみはない。ですから、いろんなことが透けるのです。

例えば、35名いるツアーであれば、少なくとも12~3組の夫婦がいます。旅行中に、他の夫婦の関係にいろんなことを見ると思うのです。そして、自分の人生と照らし合わせて、ああだ、こうだと思うことも、20年後の自分はいったいどうなっているだろうと、年上の参加者を見ながら考えるでしょう。

旅の中ごろからは、仲良くなった人と会話が弾みます。家族、仕事のこと、悩みや心配ごとを打ち明ける人も少なくありません。反対に無理やり話しかけて来て、ひたすら自慢話に終始する人もいます。人を見下したり、足蹴にする人にも、寂しい人生を送っている人や、暖かい気持ちで生きている人にも出会うでしょう。

旅の始めにはまっさらだったから見えてくる人間模様に触れることで、多くのことを知るのです。

40代から50代の人たちに参加してもらいたいと思う理由は、旅を楽しみながら、そこに、これからの人生で、ああ、こうしよう、これは辞めておこうというヒントがパック旅行には満載だからなのです。こういうことはできるだけ早めに経験しておく方がいい。だから、休みを取ってでも旅行をして欲しいのです。

多くの人が旅の終りを笑顔で終えていることを見ると、おそらく多くの参加者が旅の最後に「案外、自分の人生はいいものなのだ」と確認しているようです。私も思っています。旅の終りの空港で、これから他人になる人たちと挨拶を交しながら思うのです。幸せな人生を歩めるかどうかは、大部分が自分自身の問題なのだ…と。

 

ところで、定年を迎えた方には、迎える直前の夫婦には、とても大切な別の側面からも海外パック旅行をして頂きたいのです。それは、次回にお話ししたいと思います。

 

Profile

経済評論家。1961年生まれ。慶應大学商学部卒業、東京大学社会情報研究所教育部修了。大学卒業後、外資系銀行でデリヴァティブを担当。東京、ニューヨーク、ロンドンを経験。退職後、金融誌記者、国連難民高等弁務官本部でのボランティア(湾岸戦争プロジェクト)経営コンサルタント会社などを経て独立、現職に至る。『年収300万~700万円 普通の人が老後まで安心して暮らすためのお金の話』(扶桑社)、『普通の人が、ケチケチしないで毎年100万円貯まる59のこと』(扶桑社)、『お金をかけずに 海外パックツアーをもっと楽しむ本』(PHP)、『アジア自由旅行』(小学館/島田雅彦氏との共著)『日経新聞を「早読み」する技術』(PHP)など、多数の著作がある。 Facebook

第3回 老後破産教に入信していませんか?

多くの人が老後破産教に入信している。老後に破産して人生がメチャクチャになるのではないか?と不安で無闇やたらにお金を増やしたがる。保険に入りたがる。老後が不安でたまらないのだ。

 

関東のある県の県民大学の講師をした。10時間の講義の最後に質問時間をとったら、初老の男性からこう質問された。

「退職一時金のいい運用先を教えて下さい」

マイナス金利の時代に、誰も知らない魔法の運用先でもあると思われているのだろうか。

例えば、私がA社の株式に全部投資するといいですよ、金や商品先物がいいですよと言えば、そうですか、分りました!と投資をするのだろうか?

とても危険だ。なぜなら世の中には老後資金を当て込んでの投資話が山ほどあるからだ。

安定した収入のある不動産投資、成長著しい新興国への投資信託、インフレに強い金へ分散投資。

多くの投資話のうたい文句は、安定、安心、確実のイメージがある言葉を混ぜて語られる。

しかし、それらはすべてリスクがあるものだ。リスクがあるということは、資産を不安定化させるということだ。いったん預けたら利息で自然に増えいく高金利の定期預金は、マイナス金利の時代にはない。当たり前だ。

何十年か前に、金投資の詐欺の儲け話、T商事事件で数万人が被害を受けたことがある。「老後のための退職金をすべて取られてしまったんです」いろんな老人が泣きながら語っていた。テレビニュースのインタビューで何回も見た光景だ。この手の詐欺話は数年に一度は大規模に繰り返し起きて来た。

時には被害者団体ができるが。金などほとんど戻って来ない。もちろん、国から補償されるわけもない。泣き寝入りだ。いや、弁護士費用を払うから泣きっ面に蜂だったろう。詐欺師は金はもうありませんとやるものだから、裁判に勝っても金が戻るわけではないのだ。諦めるしかないのだ。

 

例えば、私が質問をした男性に、ある商品を奨めるとしよう。リスク商品であるが、いまの経済状況など総合的に判断して有望な投資先だと思って推せんしたする。しかし、それは、今の経済状況という条件付きになる。環境が変われば、それ相応の対処が必要だ。売却して儲けを確定する。さらに投資資金を増やす。時には損失をこれ以上増やさないために損切りすることも必要だろう。

私の推せんで始めた投資もその後は自分の判断で決めて行かねばならない。もちろん、私の分析が間違っている時もある。投資した老人は、イチイチおろおろしてどうすればいいか迷うだろう。

リスクをとっていい人は、すでに核となる資産を持っていて生活には困らない人で、目減りしてもいい余裕資金で行える人なのだ。そして、そういう人は自分で投資先や運用方法も決められるものだ。

60歳までに作って来た資産を何とか増やしたいと必死になる人が多すぎる。退職したあとに証券会社の支店の株式ボードの前に座り銘柄の値動きを一日中見続ける。まるで現役時代に会社に通うように日参して金を増やそうと頑張る。辞めておいたほうがいい。時間があるからと、一生懸命のめり込んでも、世の中の大きな市場経済の流れに逆らえるものではない。たとえ一時期は、儲ったとしても自分の力などではなく、たまたまだ。多くの場合は、投資を始めてから市場がたまたま上昇トレンドに入りたまたま儲っただけなのだ。それなのに、自分には投資の才覚があったのだと勘違いして、新たに資産をもっと注ぎ込むから、そのうち手痛いしっぺ返しをくらって、あっという間に資産は吹っ飛んでしまう。

退職してから時間があるからと、マネーの世界に虎の子の老後資金を注ぎ込んでしまうのは、危険が大きすぎる。60歳くらいまでに作ったあなたの資産は、それがあなたの経済力だったのだ。余裕資金がないのなら、無理してお金を増やそうとしないほうがいい。頑張れば逆転満塁ホームランでも打てると思うのは、30歳を過ぎてからオリンピック選手を目指そうとするのと同じくらい無謀である。 

何が言いたいかと言えば、手もとの資産の現実を受け入れよ、と申し上げたいのだ。

 

冒頭の男性に私が言った答えはこのひと言だ。

「今のうちに使うことですよ」

男性はびっくりして何のことだか分らなかったようだ。増やしたいと言ってるのに使いなさいと言われたからだ。しかし、それは私の本心だ。

退職一時金なのだから、老後の金をどう増やすかと、その心配をしてでの相談だったのだろう。

その人は会社員だったから、厚生年金から毎月幾ばくかの金が出るはずだ。これで、大概の場合は食費は大丈夫。医療費も日本ならほぼ公的に見てもらえる。持ち家だと聞いていたから住居費もすぐには掛からない。それに、まだ退職一時金が幾ばくかあるのだったら、それは、これからの生活を豊かにするために使っていいお金のはずなのだ。

老後が心配というとお金のことばかり言う人が多すぎる。それよりも、これからどう健康を維持して行くか、どう楽しい時間を過ごすか、そういうことを考えないでお金の心配ばかりする。健康の維持にも、楽しい時間を過ごすにも、たいていは少しばかりの金はいる。何をするにも金はいる。

今のうちに使うことですよ、というのは、どんな楽しいことをしてみようか、どう健康を守って行こうかということを考えることが先ですよということなのだ。

別に、ギャンブルや銀座のバーで放蕩生活して散財してくれ、無駄遣いをしてくれと言ってるわけではない。となると、持ってる退職一時金をどう使うかっていうのは、案外難しいのではないか?

一度じっくり考えてもらいたい。使う先があまりないなということになったら、そんなに無理してお金を増やすことにはこだわらない。限りある人生の大切な時間を使わない方がいいと思うのだ。

 

「そうは言っても老後が不安で」とも言われる。

不安の解消であればそれこそお金を増やしても仕方ない。老後の不安は、お金よりも、健康や孤独、もっと突き詰めると、生命が終わることへの恐怖といったことではないか。それは、どんなにお金を増やしても無くならない。不安は減らないのだ。

そんな老後の不安ばかりに心を奪われるから、ヘンテコな詐欺話に引っかかったりするのだ。不安や哀しみに心を奪われてはいけない。そんな無駄な時間はないはずだ。そして、不安や哀しみというものは多くの場合、打ち勝とうとするよりも受け入れる方がいい。一緒に寄り添って生きて行く。そして、なぜか受け入れると不安も哀しみも鎮まるものだ。そんなことに心を奪われるより、楽しいことをするほうがいい。限りある人生を笑顔で活き活き生きて、個々が与えられた時間を明るく染め上げていくしか、私たちには選択肢はないはずではないかとも思う。

 

「そうは言っても先立つものが…」

やっぱりお金の話になるんですね。お金で幸せは買えないって、子どものころから文学や映画で繰り返し繰り返し教えられてきたはずなのに。仕方ないですね。それでは、僕もひとつあなたにお金の話をしてみましょうか。

Profile

経済評論家。1961年生まれ。慶應大学商学部卒業、東京大学社会情報研究所教育部修了。大学卒業後、外資系銀行でデリヴァティブを担当。東京、ニューヨーク、ロンドンを経験。退職後、金融誌記者、国連難民高等弁務官本部でのボランティア(湾岸戦争プロジェクト)経営コンサルタント会社などを経て独立、現職に至る。『年収300万~700万円 普通の人が老後まで安心して暮らすためのお金の話』(扶桑社)、『普通の人が、ケチケチしないで毎年100万円貯まる59のこと』(扶桑社)、『お金をかけずに 海外パックツアーをもっと楽しむ本』(PHP)、『アジア自由旅行』(小学館/島田雅彦氏との共著)『日経新聞を「早読み」する技術』(PHP)など、多数の著作がある。 Facebook