scrap book スクラップとは、断片、かけら、そして新聞や雑誌の切り抜きのこと。われらが植草甚一さんも、自分の好きなものを集めて、膨大なスクラップ・ブックを作っていた。ここでは、著者の連載から、対談、編集者の雑文など、本になる前の、言葉の数々をスクラップしていこうと思います。(編集部)
モヤモヤの日々

第236回 褒めて伸ばす

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

「褒めて伸ばす」という教育法については、いろいろと細かい議論があるのだろうが、少なくとも僕は褒めて伸ばしてほしいと思うタイプだ。もうすぐ40歳の僕が言うとモヤモヤさせてしまうと思う。僕もモヤモヤする。しかし、僕は今の今まで褒められないで伸びためしがない気がしている。

あまりにも勉強をせず、特技もなかった僕を見て困った小学校の先生が、「眠れる獅子」と表現したことは以前にも書いた。さらに言えば、幼い頃、ファミコンをやっているだけでも親に褒められた。「あの智之がひとつのことに集中している」と。ただ単に、僕が駄目すぎただけだったのだろう。

赤子(1歳6か月)は妻に似て、僕よりは利発なタイプのように思える。しかし、誰に似たのか頑固で我がままで、すぐ拗ねる。それでも一度寝てしまえば、きれいさっぱり前にあった出来事や怒りを忘れてしまうのが救いだ。そんなところまで誰かにそっくりである。一方で、赤子が頑なに拒否し続けているのが、水や麦茶を飲むことだった。ミルクやジュースは飲むのだが、味がないもの、もしくは麦茶など甘くない飲み物は一切手をつけない。仕方ないから糖分オフのジュースを飲ませていた。

とはいえ、いつまでもそのままのわけにはいけない。赤ちゃん用の麦茶を買ってきては失敗し、僕がそれを飲んでいたものだから、すっかり麦茶のファンになってしまった。こんなに美味しいものを飲まないなんてもったいない。それにキャンプで出会った友赤子(2歳)は、麦茶を飲んでいたではないか。そう考え、妻と協力して麦茶に慣れてもらえるよう一緒に工夫しだした。

はじめは麦茶を飲ませるたびに一口で嫌な顔をして、ストローマグを床に叩きつける有様だった。だが、そこは赤子である。少し時間を置けば麦茶のことを忘れ、ストローマグを与えると一口だけ飲む。また床に叩きつける。それを続けているうちに麦茶の味に慣れるだろうと思いきや、同じ結果を繰り返すばかりでまったく成長がない。困ったものだと頭を悩ませていたのだが、僕はあることに気がついた。赤子が麦茶を一口飲んで床に叩きつけるまでに、わずか0.5秒くらいの間があるのだ。

これしかない! と思った。赤子にストローマグを与え、麦茶を飲んだその瞬間、僕は大袈裟に拍手喝采を送った。「すごい! すごいぞ赤子!!」。すると、赤子は少し嫌な顔をしながらも、ストローマグを叩きつけずにニヤリと笑った。僕はすぐさまその成果を妻に報告した。そして赤子が麦茶を口に含んだ瞬間、妻と僕のふたりで拍手と称賛を送り続けた。頭のいい愛犬ニコルも横に座って参加してくれた。結果、昨日は150ミリリットルの麦茶を、4分の3ほど飲んだ。20回くらい拍手喝采した。

今日も赤子は少しずつ麦茶を飲んでくれている。そのたびに拍手喝采している。妻と僕は、いつまで拍手喝采し続ければいけないのだろうか。ちなみに僕はもうすぐ40歳だし、フリーランスとしてひとりで働いているので、人に褒められる機会が滅多にない。だから最近では、「偉い! 偉い! 偉すぎる!!」とひとりで自分にシャウトしている。早く赤子が成長して、一緒に褒め合う仲になりたい。

 

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    長野生まれ。個人的な体験と政治的な問題を交差させ、あらゆるクィアネスを少しずつでも掬い上げ提示できる表現をすることをモットーに、イラストレーター、コミック作家として活動しつつ、エッセイなどのテキスト作品や、それらをまとめたジン(zine,個人出版物)の創作を行う。