あたらしい比喩をつくるように

わかった気になる――反差別の手立てとしてのアート鑑賞

羽生結弦、其は「時代の子」

scrap book スクラップとは、断片、かけら、そして新聞や雑誌の切り抜きのこと。われらが植草甚一さんも、自分の好きなものを集めて、膨大なスクラップ・ブックを作っていた。ここでは、著者の連載から、対談、編集者の雑文など、本になる前の、言葉の数々をスクラップしていこうと思います。(編集部)

第13回 シャウエッセイ

『空芯手帳』『休館日の彼女たち』、ユニークな小説2作を発表し、国内外で注目を集める作家・八木詠美。本書は著者初のエッセイ連載。現実と空想が入り混じる、奇妙で自由な(隠れ)レジスタンス・エッセイ。

好きな食べ物は? という話題が出たときに屈託なく「お寿司」「焼肉」と答えられる人をまぶしく眺めるようになって久しい。
そうだよね、お寿司おいしいよね。
うんうん、焼肉楽しいよね。
そんな相槌を打っていると、自分のところにも同様の質問がやってくることがある。別に大した意味のない質問でないことはわかっている。答えたものをこれからみんなで食べに行こうという流れでないことも理解している。
それでもわたしはこの質問に答えるのが妙に気恥ずかしい。適当に他のものを答えようかと考える。それでももしかしたら長い付き合いになるかもしれない目の前の人の質問に、なるべく正確に答えてみようと思う。
好きな食べ物は? ……シャウエッセン®。

 

発端は子どものころにある。わたしの家では食べるものを取り決め、料理をするのはいつも母だった。母は食べるものに割と気を遣い、食材は生協の他に無農薬のものを宅配してもらっていた。おやつも家で作ったものが多く、ポテトチップスもときどきは家にあったのだが、スーパーやコンビニで売ってあるものとは包装からして何かが異なり、ジャガイモを擬人化した素朴な、というよりやや不気味なキャラクターが緑のパッケージに描かれていた。
そうした家庭で食事をしていると、小学校で食べる給食はおいしいのだけどなんだか全体的に塩気が強く、あるいは妙に丸っこい甘さを感じて少し苦手だった。一口目はおいしいのに、味が濃くて食べているうちに飽きてしまう。
食事に限らず、子どもであることに向いていなかったのかもしれない。鉛筆を引き合いに1+1=2だと習えば「ポチャッコの鉛筆とキティちゃんの鉛筆は同じ1として数えていいのだろうか」と悩み、苦手な体育の時間は「どうせ自転車に乗った方が速いのに」と渋々50m走をしていたわたしは、給食の時間にクラスの子たちがカレーのお代わりの列に並ぶのを眺めながら「早く終わらないかな」としきりに思い、帰りの会が済むとさっさと家に帰って母がオーガニックピュアココアで作ったクッキーを貪った。

しかし、そんな家の食事でも苦手な食べ物はいくつかあり、その一つがウインナーだった。ウインナーは必ず無塩せきのもので(塩せきは発色剤を使用して塩漬けする製法)、ましてや赤いタコさんウインナーなどが許されることは到底なかった。
きっとおいしい無塩せきのウインナーだって世の中にはいくらでもあるのだろうが、当時家で食べていたウインナーは肉のくさみを消すためなのかハーブのようなものが入っていた。ハーブは肉のうまみを最小限に抑えながら、じんわりと滲む油っぽさを最大限に引き出し、全体的に薬っぽい味がした。
そんな中でそれの噂はかねがね聞いていた。主にはテレビのCMで。パキッと鮮やかな音を立て、湯気とともに薄いピンク色が輝きながら現れる様子を見て、嘘だと思っていた。きっとこれはCM用に大げさに加工したもので、こんなにおいしいウインナーなどあるはずがないだろう。私が食べているウインナーは皮がゴムのように硬く、中は水切りをし続けた豆腐のようなボソボソとした白っぽい肉だった。

そしてその日はやってきた。クラスの友だちの家に泊まりでお邪魔したのだ。お風呂をお借りしてダイニングに行くと、テーブルの上にはいくつもの料理の皿が並び、その中にそれはあった。聞くまでもなかった。シャウだ、となぜか勝手に略称で思った。友だちの家族みんなが集まり、「いただきます」をしている間もわたしはそれから目を離せなかった。そして食べた。別に珍しくもなんともない、ただ一番手前にウインナーがあったから取っただけですよ、という顔をして。
一口齧るなり、目の前が明るくなった。陽の味だ、と思った。そして嘘ではなかった、とも。初めて食べたそれは本当にパキッと鮮やかな音を立て、輝かしいピンク色をのぞかせていた。すごい、おいしい、すごい。友だちの両親は気を遣ってわたしにいろいろな質問をしてくれているのに、わたしはただただウインナーに夢中だった。

 

以来、わたしのシャウエッセン®欲が始まった。実家のウインナーはときどき種類を変えつつも決してシャウエッセン®が許されることはなく、そのことがかえってわたしのシャウエッセン®欲を高めた。社会人になり一人暮らしをしたときはすぐさまシャウエッセン®を買った。それまで禁じられていた分、喜びは大きかった。シャウ、シャウと唱えながらわたしはシャウエッセン®を買い求めた。
結婚して一緒に暮らしている夫は、そもそもウインナーやベーコンをあまり頻繁に口にすることをよしとしない。また、ウインナーを買うときは「高いから」という理由で別のものを買ってくる。しかし、ときどきそれはやってくる。チルド室に入れたそれをわたしは満面の笑みで眺める。

反抗期らしい反抗期がなかったわたしの一番の反抗は、おそらくシャウエッセン®を食べていることである。