- 第3回 『うっせぇわ』を文部省唱歌に 2021-04-19
- 第2回 森喜朗は「記者クラブハウス」の夢を見るか? 2021-02-08
- 第1回 いつも心に陰謀論 Jアノンの甘美なパラレルワールド 2021-01-29
- 第6回 フェミニズムは「男性問題」を語れるか? 2021-04-05
- 第5回 マザー・テレサの「名言」と効果的な利他主義 2021-03-07
- 第4回 トロッコ問題について考えなければいけない理由 2021-02-09
- 8 あるいはハーシュノイズでいっぱいの未来 2020-05-05
- 7 調和と逸脱──19世紀における〈メタ身体〉の系譜学 2020-02-14
- 6 バロウズとフーコー(後編その2)ーーデスヴァレー、ザブリスキー・ポイント、1975年春 2020-01-18
第82回 やさしくなりたい
野地洋介さんが発行するZINE『やさしくなりたい』2号に寄稿した。心臓発作により緊急入院した経験のある野地さんが、“ままならない身体”をテーマに刊行しているZINEである。僕は1号から寄稿していて、「わからないことだらけの世界で生きている」は、新刊『平熱のまま、この世界に熱狂したい』(幻冬舎)にも収録した。今回は、「セルフモニタリングとしての読書」と題し、心身的な変化を知るための読書や読書環境について考えた。能町みね子さんや尾崎世界観さんなど豪華な顔ぶれに驚いた。
それにしても、いい誌名である。僕もやさしくなりたい。日常の場面で優しさを発揮するには余裕が必要で、何かに追われるように過ごしていると、ついつい人にぞんざいな態度をとってしまい、後になって後悔する。やさしくあろうとしても、心が、身体が瞬間的にそう反応しないもどかしさ。「大きなやさしさ」をいくら掲げても、日常における他者との交差によって生じる“ゆらぎ”に対し、一つひとつ対応する余裕がないのでは、ボタンを掛け違えたまま前に進むようなもので、いつかは初めからやり直す必要が生じる。現在の僕である。
とりたてて立派な人間になりたいわけではないが、せめて人を傷つけることはしたくない。それでも人を傷つけてしまうことがある。善意が伝わらないときもあれば、裏目に出るときもある。基本、失敗だらけだ。でも、「やさしくなりたい」という気持ちさえ常に持っていれば、たまにはやさしくなれる瞬間がある。まったくの偶然で生じる場合もあるし、ときには偽善だったり、打算だったりはするだろうけど、少しでもやさしさの総量が増えるといい。
そんな僕が無尽蔵にやさしさを注ぎ込む愛犬ニコルだが、今日は妻と一緒に歯磨きの練習をしに行ったそうだ。他の犬もいて大はしゃぎだったという。健康な歯になって、できるだけ長く生きてほしい。ニコルの顔を思い浮かべると、僕もちょっとだけやさしくなれる。