ポリアモリー編集見習いの憂鬱な備忘録

scrap book スクラップとは、断片、かけら、そして新聞や雑誌の切り抜きのこと。われらが植草甚一さんも、自分の好きなものを集めて、膨大なスクラップ・ブックを作っていた。ここでは、著者の連載から、対談、編集者の雑文など、本になる前の、言葉の数々をスクラップしていこうと思います。(編集部)
モヤモヤの日々

第140回 早朝の散歩

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

犬の散歩をしたかった。愛犬ニコル(ノーフォクテリア)は体高が低い、毛がもじゃもじゃした小型犬なので暑さに弱い。この時期になると、散歩はもっぱら早朝か日没前後に行っている。できれば早朝の気持ちいい空気を吸わせて、ゆっくり楽しませてあげたいものである。

早朝に散歩するには朝6時には家を出る必要がある。新型コロナウイルスのワクチン(1回目、ファイザー社製)接種のあと、体調不良が続いていて日常に復帰したばかりの僕にできるだろうか。しかし、僕は犬の散歩をしたかった。なんと今日は朝5時30分に起きたのだ。

僕は起きるなりシャワーをさっと浴びて外着に着替えた。ニコルはまだ寝ぼけていたが、散歩だとわかるとにわかに騒ぎ始めた。体調不良で休んでいた4日間、読書にあまり集中できなかったため、僕はドッグトレーナーが公開しているYouTube動画を視聴していた。散歩の前に騒ぐのはニコルの悪い癖だ。僕は毅然とした態度で無視し、犬が落ち着くのを待った。

外に出るとすでにうっすらと日差しが降り注いでいた。しかし、昼間よりはだいぶ涼しい。念のため、犬の首には保冷剤入りのネックバンドを巻いておいた。案の定、犬は大喜びで駆け出し始めた。これも犬の悪い癖で、落ち着けばリードを引っ張らずにきちんと歩けるのだが、散歩の出だしだけはいつも猛ダッシュして大騒ぎする。僕はYouTubeの先生が教えてくれたとおり、リードを引っ張る犬を無視して立ち止まった。しばらくは引っ張り続けていたものの、次第に落ち着きを取り戻し僕のほうに戻ってきた。僕はご褒美のおやつをあげた。

そのやりとりを3、4回ほど繰り返したあとに、ようやくリードを緩めて散歩することができた。今までも同じようなしつけはやってはいたけど、今後はもっと徹底しようと思った。

駒場東大前に向かって、住宅街を散歩した。朝顔が綺麗だった。パジャマ姿でゴミを出す人、すでに通勤服に身を包み駅までの道を歩いている人、ジョギングしている人。驚くべきことにマスクをしながら、しかも重たそうなリュックを背負って走っている人がいた。大丈夫なのだろうか。僕なら確実に倒れている。というか、もうかなり歩いたので倒れそうである。

だが、ニコルはまだ元気そうだ。駅前の商店街は早朝ということもありシャッターが閉まっている店が多く、「8月22日まで休業します」という張り紙が目についた。誰もいない路地に入ると、ニコルが“すっきり”した。あまりに健康的で大きな“すっきり”だったので、「ニコルがう○ちした! ニコルがう○ちした! あらよっと」と中くらいの声で唄いながら片付けていたら、20代くらいのカップルが後ろを通り過ぎた。なんて微笑ましい朝だろう。

結局、1時間以上みっちり散歩した僕と犬は、自宅のマンションに着いた頃にはへばっていた。保冷剤入りのネックバンドがすっかりぬるくなってしまっていたので、念のためカバンに忍ばせておいた予備の保冷剤を犬の首に当てながらエレベーターに乗り、部屋に戻った。

体調不良がおさまり、新しい朝が来た。僕と犬は1時間半ほど爆睡してしまった。目覚めたとき、「もしや夢では?」と自分の偉さを疑ったが、足が疲れているのでたぶん夢ではない。

 

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    長野生まれ。個人的な体験と政治的な問題を交差させ、あらゆるクィアネスを少しずつでも掬い上げ提示できる表現をすることをモットーに、イラストレーター、コミック作家として活動しつつ、エッセイなどのテキスト作品や、それらをまとめたジン(zine,個人出版物)の創作を行う。