scrap book スクラップとは、断片、かけら、そして新聞や雑誌の切り抜きのこと。われらが植草甚一さんも、自分の好きなものを集めて、膨大なスクラップ・ブックを作っていた。ここでは、著者の連載から、対談、編集者の雑文など、本になる前の、言葉の数々をスクラップしていこうと思います。(編集部)

第九書簡 トルコのコロナ対応をめぐる考察

日本人は、身近な隣人となりつつあるムスリムの論理を理解しているか? そこに西洋文明中心視点の誤ったイスラーム解釈はないか? 世界のイスラームに関連するトピックを題材に、より深いイスラーム理解にたどり着くための往復書簡。イスラーム教徒でイスラーム法学者である中田考、非イスラーム教徒でイスラーム思想研究者の飯山陽、専門を同じくしつつも互いに異なる立場の2人による、火花を散らす対話。  

トルコの対応から見るCOVID-19問題 中田考

1.伝染病の規定

前回はパレスチナ/イスラエルの新コロナウィルス感染症(以後、COVID-19と記します)をめぐる東洋人に対するハラスメントの問題を論じました。今回はトルコの対応を中心にCOVID-19の問題を総合的に論じたいと思います。

まずイスラームの視点から。クルアーンには伝染病に直接関係する句はありません。ハディースのレベルになるとスンナ派では日本語にも訳されているブハーリー(870年没)とムスリム(875年没)の正伝集が共に収録する預言者の言葉「疫病はアッラーが彼のしもべたちの一部を試す天罰である。それゆえもし疫病のニュースを聞いたなら、そこには行ってはならない。もしあなたがいるところにそれが発生したらそこから逃れてはならない。」が該当します。

「疫病」と訳した「ターウーン」ですが、ハディース学者ナワウィー(1277年没)は「ターウーン」を「腋や関節などに腫瘍ができる疫病(ワバーゥ)」と説明しています。腺ペストのような伝染病だったようです。

腺ペストは預言者の時代にはエジプトで流行っていたようですが、第二代カリフ・ウマルの時代にシリアに蔓延し、ビザンチン帝国治下のシリアに侵攻していたムスリム・シリア遠征軍を襲い(638/9年)、ムスリム軍は総司令官ウバイドゥッラー以下名だたる武将が死亡し壊滅的打撃を受けました。その時、預言者の言葉に従い街からの退去を渋ったウバイドゥッラーに対してウマルは全軍に空気の良い高地への退去を命じました。このウマルの決定はスンナ派イスラーム法学の伝染病の流行る町からの退去の許可の法源となります。

アブドルカリーム・ハイルッラー(ザルカー大学シャリーア学部教授)のように「ターウーン」を腺ペストとみなし、一般の伝染病(ワバーゥ)とは別とみなす者もいますが、COVID-19が流行っているスンナ派諸国の宗教界、政府は、上記の有名なハディースを根拠にCOVID-19をターウーンの一種とみなし、モスクの閉鎖、集団礼拝の禁止、外出禁止、都市のロックダウンを認めています。

一方、中東では最初にCOVID-19が流行しトルコと並んで最大規模の感染者を出しているシーア派のイラン(5月12日現在、感染者110,767人、死者6,733人)ではロックダウンは行われていません。法学的にはシーア派ではフッル・アーミリー(1693年)による標準的法学ハディース集『シーア派の道具』の「ジハード戦士や防人のように持ち場を離れてはならない者を除いて疫病とターウーンの場からの逃亡の許可」節が、ジャアファル・サーディク(765年没)による疫病の地からの移動を許可を伝えています。彼によると、疫病の場からの逃亡することを預言者が禁じたのは、たまたまそこが敵と向かい合う前線だったからであり、そうでなければそこを離れても問題ないことになります。

ただシーア派イスラーム学の中心地コムの神学校の留学生に聞いたところでは、イランでは今回のCOVOID-19問題に関してこのハディースは用いられていないようです。シーア派では理性が法源とされるため、伝染病で感染の拡大を防止し病人を少なくするためには、病気が蔓延している地域に行かない、人混みに入らない、高齢者に病気を移さないよう注意するといった行動は、理性の観点からみて良いことですが、人々が個人間で距離を取る、感染防止に務める、マスクをつけるなどの公衆衛生に則った行動を取る限り、都市封鎖や都市間移動、商店営業の禁止といった市民生活を停止させる措置を取る必要はない、と教えられています。そのため大都市のロックダウンこそ行われていませんが、多くの善男善女が集まり極度の濃厚接触が行われる「聖都」コムの聖廟やモスクなどは感染者が続出した後に閉鎖されることになりました。

2.イスラームと病気

ただし、イスラームは総合的な教えの体系ですので、伝染病が発生しても、伝染病の規定だけ見て、ムスリムは伝染病に対してはこう行動する、といった短絡的な説明はできません。そこでイスラームにもムスリム社会にもなじみのない読者のために、死と病についてのイスラームの考え方の大枠を説明しておきましょう。

まず一般論として、どんなに用心しようとも人は死から逃れられません。クルアーンにも「たとえ堅固な砦にいようとも、あなたがたがどこにいようとも、死はあなたを捉える。」(4章78節)と言われています。人はどうあがいても死を逃れることはできず、自分がいつ死ぬかを知ることもできませんが、死は天命でありアッラーはご存知です。「幽玄界の鍵は5つあり、アッラーだけがご存知である。いつ子供が産まれるかはアッラーだけがご存知である。明日何が起きるのかはアッラーだけがご存知である。雨がいつ降るかはアッラーがご存知である。誰もどこで死ぬかを知らない。最後の審判の時がいつかはアッラーだけがご存知である。」ブハーリーの伝える有名なハディースです。

とはいえ、病気を嫌がることが人の性であり、治癒を望むことが禁じられているわけではありません。どの宗教にも病気直しの祈りがあるように、イスラームにも病気に際しての祈りがあります。ブハーリーは、預言者ムハンマドが弟子に教えた「万世の主、害悪の除去者であるアッラーよ、私を癒してください。あなたは治癒者であり、あなた以外に完治させる治癒者はいません。」という祈願句を伝えています。他にもクルアーンの最後の3章(112、113、114章)を読むのも病気に良いとされています。

また病気にはただ祈るだけではなく薬による治療もあるのも他の宗教と同じです。同じくブハーリーのハディースに「黒種草の種は死以外の万病に効く」と言われている黒種草の種が一番有名で、現在でも通信販売なのでムスリム世界全土で広く売られています。私も昔お土産にもらいましたが、使わないうちにいつの間にかなくなってしまったような気がします。また蜂蜜も薬効があるとの預言者の言葉があり、よくお土産にもらいます。蜂蜜は薬効はともかく美味しいので私も愛飲しています。他にも、預言者からは瀉血療法、葦の灰を使った血止めなどが伝えられています。これらはまとめて「預言者の医学(ティッブ・ナワウィー)」と呼ばれており、全てをここで述べることはできませんが、重要なのはムスリムの伝える「すべての病気には薬がある。それゆえ病にあった薬が処方されれば、アッラーの御許しによって治癒する。」というハディースです。クルアーン、ハディースには病気の違いによる独自の治療法の詳細は述べられていませんが、病気ごとにそれにあった薬が存在すると予言し新しい薬の発見を促すこうしたハディースがあるおかげで、ムスリムたちはクルアーン、ハディースにない薬を探しイスラーム医学を発展させることができました。特に翻訳されたギリシャ医学に独自の知見を加えてイスラーム医学を大成したのが哲学者アビケンナとしてヨーロッパでも有名なイブン・シーナー(1037年没)で、彼が書いた『医学典範』はラテン語に訳され17世紀半ばまでヨーロッパの医学部でテキストとして参照されていました。イスラーム医学はムスリム世界では「ユーナーニー(ギリシャ)医学」と呼ばれ、現在でも民間療法として生き残っています。

イスラームにおいて死は神によって定められており、どんなに用心しようとも逃れがたい人知を超えた天命であり、病死もまたそうです。とはいえ、人間がいずれ死ぬ者であり、全てが神が定めた天命であっても、それがいつかを知らない人間は手をこまぬいて病を座視していなければならないわけではなく、クルアーンなどを読んで治癒を祈ったり、薬を飲んだり、いろいろな治療を試すことが許されています。それだけでなく、特にペストのような伝染病には、自己隔離を命じるハディースが伝えられているのは最初に述べた通りです。

イスラーム法理論は、イスラーム法が守るべき法益を、身命、財産、血統、理性、宗教の5つに纏めます。法益の一つである生命、身体の保護はイスラームの教えの一部です。クルアーンは「あなた方自身を殺してはならない」(4章29節)、「自らの手で破滅に導いてはならない。」(2章195節)と自殺、他殺、死を招くような行動を禁じています。またバイハキー(1066年没)やタバラーニー(971年没)などが伝えるハディース「有害なことも加害もならない」は病気を伝染させることにも応用できます。

しかしイスラームにおいて病気には、身体的健康を損なう、という現世的、医学的観点から以外にも倫理的、宗教的意味もあります。まず一般論としてイスラームは災禍にも利益があると教えています。ムスリムの伝えるハディースに「信仰者には万事が良いことである。それは信仰者だけの特権です。幸運に感謝すればそれは善行となり、悪運に忍耐してもそれもまた善行となるからである。」とあります。

またブハーリーの伝えるハディースには「ムスリムがこうむる苦労、苦痛、悩み、悲しみ、深い、憂鬱、あるいは棘に刺されただけでも、アッラーはそれによってその過ちを贖われる。」と言われています。つまり、この世の不幸はそれを忍耐すれば来世での罪の償いになる、ということです。

特に病気についてもムスリムの伝えるハディースに「ムスリムがこうむる病気などの不幸によって、木が葉を振り落とすように、アッラーはその悪行を振り落され(贖われ)る。」と言われています。

またイスラームは病んだ時の心得だけではなく病人を見舞うことも強く勧めています。一つだけムスリムの伝えるハディースを紹介しましょう。

「最後の審判の日にアッラーは仰せになる。『人の子よ、私が病んでいた時、あなたは私を見舞わなかった。』その者が『我が主よ、あなたは万世の主であらせられるのに、どうして私などにあなたを見舞えましょうか。』と言うと、アッラーは『我がしもべ某が病気だった時あなたは彼を見舞わなかったのを覚えていないか。もしあなたが彼を見舞っていたなら、あなたは彼の許に私を見出したことを知らないのか。』と答えられます。」

病気見舞いに限りません。ムスリム世界を訪れたことがある人ならお分かりと思いますが、ムスリム世界はキスとハグの濃厚接触の文化です。但し、異性間では親族以外の肉体的接触は禁じられているので、あくまでも同性間の話ですが。イスラームでは親戚づきあいを「子宮の結縁(スィラトゥッラヒム)」と呼びますが、アブー・ダーウード(888年没)の伝えるハディースには「私はラフマーン(慈悲者)であり、これは子宮(ラヒム)である。私は子宮を自分自身にちなんで命名したのである。それゆえそれにつながる(親戚とつきあう)者とは私は縁者となり、それを絶つ(親戚と絶縁する)者とは私も絶縁する。」と言われています。アラビア語では同じ語根R-Ḥ-Mから派生したラヒム(子宮)とラフマーン(慈悲者)が掛詞になっているのですが、日本語に訳すとニュアンスが伝わりませんね。残念。

また独りでいることは忌避され、人々と共にいることが推奨されます。一日五回の定めの礼拝にしても一人で礼拝するよりもモスクで集団で行うべきと定められており、食事も一緒に食べることが勧められます。タバラーニーの伝えるハディースにも「皆で食べばらばらになるな。一人の食事は二人分に足りる。」とあります。

3.COVID-19に対する日本とトルコの反応の違い

病気、伝染病についてのイスラームの教義の話はいったん終えて、COVID-19コロナ問題に戻りましょう。中東で最初にCOVID-19の感染爆発が顕在化したのは、イランでしたが、現在ではトルコがイランを抜いて中東最大のCOVID-19感染国となっています。本稿でトルコを例にあげたのは単に感染者が多いからではなく、トルコにおけるCOVID-19問題は大きな地政学的意味を持つからです。また私はトルコは長期滞在はしたことがありませんが、現代トルコのイスラーム思想を研究するかたわら、1990年代から数十回にわたって訪れある程度土地勘があるため、COVID-19関連のニュースも大きく誤読することはないと思います。

日本は人口12,600万人、トルコは8300万人、私の雑な解像度だと、どちらも人口約1億人の同じくらいの大国ですので、人口的にも比べるのにちょうどよい規模です。

これを書いている5月12日の時点ではワールドメーター(Worldometer)によると、トルコと日本の感染者総数、死者総数、検査件数は141,475人  3,894人、1,440,671件、15,968人、657人、223,649件です。検査数がトルコは1,440,671件と、人口ではトルコは日本の約3分の2ですが検査数は約6倍です。人口ではトルコは日本の約3分の2ですが検査数は約6倍です。トルコは最初の感染者が発見されたのは遅く3月10日でしたが、その後急速に増加しています。小児科医師で医療行政の専門家であるコジャ保健相が問題を担当し、徹底して検査数を増やしピークがいつかを国民と共に確認しながら対策を立てる方針です。しかし検査数はトルコが多いというより、世界でも日本が例外的に少ないことが指摘されています。日本は肺炎の重篤な症状が出ない限り検査を受けさせないという方針ですので無症状の感染者は言う迄もなく肺炎を発症しながら回復した者の数も把握できていないのが確定した事実ですので、実際の感染者の数は分かりません。

京都大学ウイルス・再生医科学研究所附属感染症モデル研究センターウイルス共進化研究分野主宰の宮沢孝幸は、想定よりも発症率はかなり低く市中感染した無症状患者が約6%で100人中6人は自分が感染したことに気づいておらず、東京では20%がすでに感染しており集団免疫まであと40%の人が感染すれば流行は終わるのではと推測しています。ですから上記の日本の感染者数は実態と大きく乖離していると考えた方が自然だと思います。トルコと比べると、日本の調査数を6倍とすると感染者数は約10万人となり、トルコの約14万人とそう大きな差はなくなります。死亡者に関しても同じぐらいの感染死者が見過ごされていると考えてよいと思いますが、そうすると死者数は約4000人となり、トルコの約4000人とやはり大差なくなります。死亡者に関しても同じぐらいの感染死者が見過ごされていると考えてよいと思いますが、そうすると死者数は約1700人となり、トルコの約2300人とやはり大差なくなります。厚労省の発表でも5月8日時点の東京都の死亡者が19人から171人に大幅修正しているぐらいで、もともとの数字がいい加減ですからこの程度の大雑把な議論でよいのです。ある程度の事実認識がないと話がはじまらないので大雑把にでもトルコと日本の人口規模、感染者数、死者数がかなり近いという概況を把握したことにして先に進みます。人口約300万人、感染者数42人、死者数ゼロのモンゴルと比べれば似たようなもの。それでいいのです。トルコと日本のCOVID-19の感染状況が大きく変わらない考えた方が、トルコと日本の宗教、文化的違いが際立つかと思います。

先ず日本との違いとして、トルコが担当大臣に自身が医者でもある保健大臣を据えて感染判明者数の増加を恐れずできる限り検査を行っているのに対し、日本の担当大臣は医療とは無縁の東大法学部通産省出身でお役所仕事に終始していることでしょう。ちなみに西村大臣は灘校の先輩ですがどうでもいいですね。検査数の少なさも、感染者数を少なく見せようとの日本の官僚の隠蔽体質のせいではないか、とも言われていますが、むしろ検査器具、人員がいないため、というのが実情のようです。日本が既に医療崩壊の危機にあるのに対して、6倍の感染者を抱えるトルコは医療崩壊に陥っていません。それどころかトルコは軍用機を動員してCOVID-19対策のためにセルビア、ボスニア、ヘルツェゴビナ、モンテネグロ、北マケドニア、コソボ、リビア、イタリア、イスラエル、スペイン、イギリス、アメリカなどに医療従事者のための個人用防護具などの医療器具を送り、イスラエルとパレスチナには医療チームまで派遣しています。もっとも、イギリスでは4月中旬にトルコに注文していた手術衣約40万着が英国の安全基準に達せず引き渡されていなかった、といったハプニングもあったようですが、まぁご愛敬です。先進国だと思っていた日本の医療環境がここまで貧弱だったとはショックでしたが、それはともかく、外国への医療支援には帝国としてのトルコの自負と矜持がうかがえます。しかしそれだけではなく大統領府スポークスマン・イブラーヒーム・カルンがスペイン、イタリア、イギリスへの支援によってトルコがNATOの頼りになるメンバーとしての信頼感を示したと述べていることからも、裏にしたたかな外交的打算があるのも事実です。一方で日本では大阪府では医療関係者の防護服が足りないために市民に雨合羽の寄付を募る羽目になっているのを横目に、東京都は備蓄の防護具から20万着を中国に送付しており、更に自民党の二階幹事長が10万着の送付を都に要請していますが、どう考えても裏に冷徹な国家的戦略があるようには思えませんね。

日本政府がCOVID-19対策で後手後手に回った、というかほとんど何もしなかったのに対して、──私自身はCOVID-19は大騒ぎせずできるだけ無視して普通に暮らすべきだと思うので、この点については日本政府を批判しているわけではありません──COVID-19の感染者が見つかったのが日本より2か月近くも遅かったにもかかわらずトルコは素早く対応しました。3月22日には罰金付きの65歳以上の老人と病人の外出禁止令を出しましたが·、4月4日には30の大都市圏でのロックダウン、都市間の交通の2週間停止を決め、外出禁止措置を65歳以上に加えて20歳未満に拡大しました。強制力のある大都市のロックダウン、外出禁止などの処置は欧米や中国などでも行われており、法的強制力のないほとんど意味不明の「自粛」勧告でお茶を濁している日本の方が特殊ですので、あえてトルコのロックダウンや、外出禁止については論じません。トルコに特徴的なのは、65歳以上に外出禁止措置でしょう。

日本の自粛勧告は、感染しないで欲しい、との人道的配慮より、ウイルスを伝染させるな、という他罰的な意味合いが強く感じられます。日本の自粛勧告が、自粛しない人間を政府に代わって糾弾、攻撃する人間が日本各地に出没する「コロナ自警団」、「コロナ八分」とも呼ばれる現象を生み出しているのもそのせいでしょう。それに対してトルコの65歳外出禁止は、違反者への罰金が定められていますが、65歳以上の老人を助ける目的と考えられます、ウイルスの拡散の防止なら老人を特別扱いする必要はありません。むしろ活動的な若者から外出禁止にするべきです。老人だけの外出を禁じたのは老人の死亡率が高いからです。ですから外出できないことで支障がある老人には内務省に緊急通報すればボランティア、治安警察、市警などが対応し、買い物なども代行してくれます。外出禁止を20歳以下に拡大したのも子供の保護でしょう。

老人を敬い、子供を慈しむことは、イスラームの倫理です。ティルミズー(892年没)の伝えるハディースにも「子供を慈しみ老人を敬わない者は我々の仲間ではない。」と言われており、イスラーム学の最も標準的な古典ガザ―リー(1111年没)著『宗教諸学の再生』にも「万人に対して良い態度で振る舞い、老人を敬い、子供を慈しみ、万人に笑顔で接しなさい」とあります。ですから、トルコのCOVID-19対策がイスラームの教えに基づいている、と言いたいわけではありません。イスラームの合法政体カリフ制を廃した世俗国家トルコ共和国の憲法の下にあるエルドアン政権の行為は原理的に全て反イスラーム的であるだけでなく、個別的にも殆どがイスラーム法に反していますから、一部の行為がイスラームの教えにたまたま合致しているからといって、イスラームの教義に基づいて行っている、とは言えません。そもそも洋の東西を問わず、たいていの宗教は子供や老人を大切にせよと教えています。「周礼」にも「一曰慈幼二曰養老」とあり、儒教でも子供と老人の世話を国家の任としています。

重要なのはイスラームの教えのほとんどが守られていないトルコですが、老人を敬い、子供を慈しむ、という教えは今も社会の中で生きており、それが対COVID-19政策においても反映されている、ということです。トルコ人の子供好き、敬老精神は有名ですが、私も個人的にも体験していますし、トルコ地域研究者も口を揃えて言っていますので確かでしょう。勿論、何事にも例外はあり、トルコでもSNSで外出を禁じられた老人を嘲るSNSの投稿もありましたが、投稿者は逮捕され、内相、情報相が、厳罰で臨むとの声明を出し、犯人は高齢者施設での懲役を命じられています。こういう処分が可能なのは社会的な支持があるからです。

4.トルコと日本の文明論的比較

中国儒教文明圏の日本にも儒教の長幼の序の教えはあります。しかし儒教の教えの柱の同氏不娶の宗族制も科挙官僚制も受け入れなかった日本には、私見ですが敬老精神は決して社会に根付いてはいません。日本の「老人支配」は敬老精神とは似て非なるもの、というか真逆です。現代日本では金か権力のない老人は軽蔑され相手にされないので、老人は金と権力を手放せないのです。いや現在に限った話ではありません。役に立たない年寄りは姥捨て山に捨ててしまえ、というのは古来からの日本人の知恵です。この姥捨て山の昔話には、逆説的に、姥捨て山に捨てられる運命を従容として受け入れ、富も権力も名誉も手放し陰ながら共同体のことを想い、でしゃばることなく相談された時にだけ知恵を貸すことによってのみ姥捨て山は廃棄できる、という真理も教えられてもいます。しかしどうやら今の日本には姥捨て山の伝統は残っていても、寓話の知恵は継承されておらず、姥捨て山に捨てられる老人は、捨てられるのを恐れて金と権力に執着し、ますます軽蔑され嫌われる負のスパイラルに陥っています。私も自分が老人になって自分たちの醜悪さばかりが目に付くようになり、暗然とするばかりです。

日本人の子供嫌いは、世界銀行の出生率調査で1.4人(対象200国中183位。トルコは2.1人で109位)からも明らかでしょう。子供の数が少ないから、子供嫌いとは言えないだろう、などという反論は、そもそも他人の好き嫌いなどという感情など把握できず、ましてや数値化などできるわけがないのに、トルコのイメージがない人にも分からせようと無理やりに工夫しているんですから却下です。私自身子供嫌いなので子供嫌いの話題はここで切り上げて、広い意味で子供にかかわる最重要問題、教育に関するコロナ禍をめぐるトルコと日本の違いについて述べたいと思います。

トルコは、3月23日には7カ国にいる3500人以上の学生を対象に救出作戦敢行を決定し、25日には7ヶ国から2721人の留学生の帰国が完了させ、14日間、政府の施設で隔離させました。ドイツでは10人の留学生のために飛行機を借り上げています。こうした手厚い手当てができるのも、トルコがCOVID-19に対して大統領の7ヶ月分給与を皮切りに大臣、議員、財界、国民からの寄付が続いているからでもあります。募金は4月11日の時点で約200億ドルに達しています。日本で政治家が給与の一部を寄付すると言っても、売名としか思われず共感を得られませんが、喜捨(サダカ)が社会に根付いているトルコでは当然の行為として受け容れられます。

一方、日本は、日本政府の公費学生にさえ帰国を要請しながら、帰国費用も自腹で飛行機の手配も自分で行わさせられ、日本に帰国後も空港からの公共交通機関の利用を禁じ、帰国後14日間の自宅かホテルでの待機を命じています。ホテルへの宿泊も勿論自費です。

私自身、COVID-19をめぐるトルコと日本の対応を比べて一番衝撃的だったのは、この留学生召喚の問題でした。イスラームの歴史の中では学問(タラブ・イルム)は全てのムスリムの義務であり、学生はジハード戦士と同じく「神の修道者(フィー・サビーリッラー)」として国庫(バイトゥルマール)から浄財(ザカー)の支給を受ける伝統が確立されています。西欧化(近代化)以前のイスラームにおいては学問とはイスラーム学に他なりませんでしたが、西欧の学問と学制が導入された現代のムスリム世界では、西欧的近代学制が圧倒的に主流であり、イスラーム教育は周辺化されて細々と生き残っているだけです。しかし現在でもムスリム世界ではイスラームの勉強を志す学徒は学費が無償で学べるだけでなく、衣食住の支援を受けるのが原則です。世俗化が進んだトルコでも、学問を重んじ学徒を大切にするイスラームの精神は生きています。

というか、本来のイスラームにおける学問尊重に加えて、西欧崇拝に基づく西欧近代科学を身に着けた「インテリ」に対する学歴崇拝が加わって、より強化されているかもしれません。日本では、博士なんて恥ずかしくて名乗れませんし名刺にも書けませんが、イスラーム世界では、博士、ドクターはミスター(ミセス)とははっきり呼び分けられる称号です。イスラーム世界だけではなく、それがグローバルスタンダードで日本が異常に反知性主義なのです。国際線に乗った人なら氏名の欄の肩書がDr./Mr./Ms.の三択なのはご存知だと思います。まぁ、これは博士といっても、飛行中の急患が出た時のために医者(ドクター)がいるかどうかを知るためだとは思いますが。

ともあれ、トルコと日本のCOVID-19問題に関する対応の違いを比べることで、老人が金と権力にしがみつく老人支配の国でありながら、あるいはあるがゆえに社会的弱者としての老人に対する敬意と同情、子供に対する配慮、特に知性への敬意と若者の教育への必要性の認識を著しく欠く国であることが明らかになったと思います。これはトルコが特殊というよりは、日本が西欧-トルコ的というかトルコを含むヨーロッパ一神教世界的価値から大きく外れているということだと思います。ちなみにトルコの国営アナドール通信によると4月26日の時点でトルコはトルコ航空の特別便で6万人も海外在留者を帰還させ宿舎を用意して2週間の検閲を受けさせています。学生を優先し真っ先に帰国させたトルコですが、老人と若者にやさしい国は、出来る範囲で全ての国民にもやさしいのです。

トルコと日本を比較したついでにエルドアン政権と安倍政権を比べてみましょう。大局的にみると、国際的なグローバリズムとリベラルの退潮と排外的民族主義の高揚と各国政府の強権化という文脈で、エルドアンと安倍は共に民族主義者・独裁者として扱われることが多いですが、実はどちらも違います。

勿論、制度的に首相職を廃し大統領に強力な権限を持たせる憲法改正を強行し自らその大統領に就任したエルドアンと比べて、小手先の法改正による官邸の権限強化が関の山の安倍を独裁者と呼ぶことができないのは明らかです。しかし実際には改正不能な憲法の世俗主義条項の存在と、その守護者である強力な司法部とかつての強権から比べるとエルドアン政権下でずいぶん骨抜きにされましたがそれでも今なお隠然たる力を持つ軍部の存在によって強力な足枷を嵌められているエルドアンでさえ、実際には独裁者とは程遠い存在です。そもそも選挙で与党が連立を組んでやっと52パーセント弱しか取れない独裁者などというものはありえないのですが、ムスリム世界の事情に疎い上に、イスラーム主義に対する敵意による認知の歪みが甚だしい欧米のメディアは正しい認識ができていないのです。

エルドアンと比べると、安倍が二重の意味で独裁者ではないことが明らかになります。第一にエルドアンも安倍も制度的にも実質的にも、憲法と選挙に掣肘され脅迫と弾圧で選挙の結果を好きなように改竄し、憲法を好きなように改正することができる「本来の意味での独裁者」でないことは明らかです。第二に大日本帝国において東条英機がヒットラーやムッソリーニと違い絶対的な権限を持たない天皇の一臣下でしかなかったように、現代の日本にも個人独裁が成立する余地がないことです。これは無答責の神聖な天皇を頂点に、全ての権力者が責任を上位者に棚上げする一方で、下位者に抑圧を委譲し、抑圧された下位者は外部の仮想敵への憎悪にはけ口を求め、この下からの匿名の無責任な力を上位者が統制できなくなり上位者をも引きずるような「下克上」が起きる、丸山真男が「無責任の体系」と名付けた日本に独自の政治構造に由来するものです。私見では敗戦で象徴天皇制に移行し、支配される国民が主権者というフィクションの「民主主義」を付け焼刃で借り入れたことで、この「無責任の体系」は、更に責任の所在が有耶無耶になって強化されています。それが内実を伴わない「社会=世間」を絶対化する「空気」の支配です。「コロナ自警団」、「コロナ八分」がそれです。今も昔も日本人を本当に支配しているのはカリスマ的支配者ではなく「社会=世間」の空気です。安倍に出来るのはせいぜい花見や、学校や、マスクで身内にケチな利権を回すぐらいが関の山で、彼には人々の心も行動も支配することはできません。COVID-19によって日本は確実にファシズムへの道を歩んでいくと思いますが、それは安倍やその後継者の独裁によってではなく、日本的「無責任の体系」の「空気」の支配によってだろうと私は思っています。

5.まとめと今後の展望

ここまでの議論を整理しましょう。イスラームでは死はどんなに逃れようとしても避けられない天命とされていますので、どんな死病であれいたずらに恐れてパニックになってはなりません。しかし病気になっても手を拱いて何もしてはならないわけではありません。

アッラーはどんな病気にも薬があることを教えていますので、医学を研究し治療を求めることは良いことです。しかし病苦に耐えることも、神に嘉される善行で、耐え忍ぶなら病苦は悪行の償いになります。また病人はお見舞いが善行であり、「病人の許にはアッラーがおわす」とまで言われています。またイスラームはモスクで集団で礼拝し、親戚を訪ね、一緒に食事をするなど、人が集まることを勧めています。人々の付き合いが深く、「日常生活」でもモスクでの礼拝やラマダーン月の断食明けの食事など「宗教的場」においても「濃厚接触」の機会が多いのは、イスラームの教義を離れてもムスリム世界の特徴となっています。

イスラーム法は、正邪、善悪の二値ではなく、義務、推奨、合法、忌避、禁止の五値の評価体系ですが特に伝染病に関しては、伝染病の流行る土地には行ってはならずそこにいた者はそこを離れてはならない、という預言者のハディースは、スンナ派カリフのウマルやシーア派イマームのジャアファル・サーディクの判断などが加わり、絶対的な命令にはならず、状況判断によって柔軟に運用できる一般的指針になりました。おおむねムスリム諸国の政府は国内の一部の都市のロックダウン、またCOVID-19感染国への航空便の運休などの政策を取っています。ムスリム国内でのディスコースでは預言者ムハマドのハディースが引用されてイスラーム的な彩色を施されていますが、実際には西欧や中国などと同じ疫学的判断に基づいています。もっともそれ自体ハディースを考慮しつつ現実的な判断を下すカリフ・ウマルの先例に基づくイスラーム的なものとも言えます。

ムスリム諸国に特徴的な行動としては、COVID-19が流行っている国では人が集まるモスクが閉鎖されたり、金曜日の昼の集合礼拝が禁止されたりしています。またラマダーン月には、夜の礼拝の後に集団で長時間祈るタラーウィーフという特別な礼拝が定められており、日が暮れるとモスクで日没の礼拝を集団で行い断食明けの食事を一緒に食べる習慣がありますが、それも中止になっています。また大巡礼の時期には二~三百万人の巡礼が集まり、普段でも何万人もの礼拝者が集まるサウジアラビアの聖地マッカ、マディーナのモスクも一般の礼拝者の入場が禁じられています。5月13日の時点では大巡礼の中止は宣言されていませんが、現在でもサウジアラビアではマッカの聖モスクが一般礼拝者の入場を禁じ国際便を運休にしていますので、正式に中止にならなくとも今年の大巡礼は殆ど参加者が集まらないことになるでしょう。いずれにせよ1814年にマッカのあるヒジャーズ地方でペスト(ターウーン)が流行り約8万人が亡くなった時にも大巡礼が中止になった先例もあるようですので今年も中止になってもおかしくはありません。

トルコのCOVID-19問題に対する対応においてイスラーム的には他のムスリム諸国との間に大きな違いはありません。違うのはNATOのメンバーである存在感を示したと強調したヨーロッパへの医療支援でしょう。COVID-19は現行の国際関係、というか国際秩序を根本的に変える大きなインパクトがありますが、既に今回も字数を大きくオーバーしているので、それについてはまた機会があれば論ずることにし、今回は最後にCOVID-19問題におけるトルコの地政学的意味について述べて終りにしましょう。

実は突然のCOVID-19問題の発生で棚上げになっていますが、直前までトルコとEUとは難民問題をめぐって一触即発の状態にありました。というのはエルドアン大統領が2月末に難民がトルコ経由でEUに向かうことを容認する可能性を示唆したため、ギリシャと接するトルコの国境地帯に多くの難民が集り、それを背景に3月2日エルドアン大統領はドイツのメルケル首相と会談し、「ヨーロッパ移民対応の負担を公平に分け合う必要がある」と述べ、「トルコの対ギリシャ国境地帯にいるアフガニスタン、シリア、イラクなどからの難民は数十万人に達しており、間もなくその数は数百万人に上りヨーロッパに向かうことになるだろう」と警告しましたが、メルケル首相はこのトルコの動きを受け入れ難いと拒否したからです。

その後、ヨーロッパやトルコでもCOVID-19が蔓延し、各国が出入国管理を厳格化したため難民の動きも一時的に止まっていますが、400万人を超える難民がトルコの経済を圧迫していたところに、更にCOVID-19の蔓延で経済が麻痺した上に新たに医療の負担が加わり、難局に立つトルコはいつ難民にヨーロッパへの門戸を開くか分かりません。ところがトルコでは難民のほとんどはキャンプの外に居住していますが、2019年の報告書によるとシリア難民の45%が貧困、14%が極度の貧困の中で暮らしており、5歳未満の子どもの約25%が栄養失調に陥り、難民の5人に1人は清潔な飲料水を利用できず、3人に1人が衛生用品を利用できていません。COVID-19は劣悪な環境では感染し易いことが知られています。劣悪な環境に暮らす難民の感染状況は把握が困難ですが、人口比から考えると7千人はいるものと考えられます。

ところが興味深い記事があります。外科医でガズィアンテップ前市長でもあるあギュゼルベイ教授によると、ガズィアンテップとハタイに分散した難民キャンプには約80万人のシリア人が暮らしているが、彼らの多くはコロナウイルスに感染したことに気付かないまま、1月から2月にかけ通常のインフルエンザに罹ったと思い込んでいる間に、ウイルスによる集団免疫を獲得することができました。

シリア人による新型コロナウイルス感染は3月以来11例しか記録されておらず、罹患者のうち9人は治療を受けた後すでに回復しており、残る2人に対しては依然として治療が行われていますが、5月9日の時点ではガズィアンテップ市では新型コロナウイルスによる死亡者はいません。

ガズィアンテップ、ハタイの難民キャンプで暮らすシリア難民はトルコ在住の難民の5分の1ですので、その例からトルコの難民全体の状況を類推することはできませんが、難民問題については重要なのは事実よりも風評です。『タイム』紙が、4月19日付で「シリア難民、ヨーロッパ、コロナウィルスに次に何が起きるか」とヨーロッパのシリア難民問題とコロナウィルス問題を結びつける記事を書いています。次にヨーロッパでシリア難民問題が再燃する時にはCOVOID-19が連想されることになるのは間違いないでしょう。

ちなみに私自身は、COVOID-19に対する最善の対策は騒ぎ立てず何もせずに集団免疫を獲得することだった、と一貫して思っています。もっとも、世界中で愚か者たちがCOVOID-19が危険だと扇動したため、今となっては政府が何もしなくとも、不安を煽るメディアに使嗾(しそう)された大衆が検査を求めて病院に殺到し医療崩壊を引き起こすので手遅れですから、言っても詮無いことではありますが。

日米も含む世界的な排外主義の流れの中で、ヨーロッパでは特にシリア内戦により約百万人の難民がヨーロッパに押し寄せた2015年の「難民危機」以来、ヨーロッパでもイスラーム・フォビアを中核とする極右民族主義、排外主義が急速に顕在化していましたが、COVID-19がそれに拍車をかけました。コロナ感染の拡大がまだ東アジアにほぼ限定されていた2月頃から欧米では日本人を含むアジア系への差別や暴行が問題になっていましたが、トルコからギリシャに向けて難民が移動し始めていたタイミングでもあった結果、その風潮はそれまでも火種になりやすかった中東出身者やムスリムにもすぐに波及しました。

現時点では先行きは不透明ですが、COVID-19が数か月で完全に収束するとは思えません。トルコがCOVID-19対策に失敗し、トルコ・中東難民が「COVID-19」汚染者であるとの風評被害が広まり、エルドアンの警告通りに数百万人の難民がトルコからヨーロッパに向かうことになれば、ただでさえ緊張が高まっていたトルコ・ヨーロッパ関係は修復不可能なまでに悪化し、それはムスリム世界全域に及ぶことになりかねません。しかしそれについては機会があればまたお話しすることができればと思います。

 

権威主義国家トルコとコロナ 飯山陽

「世界最速で感染者が増加している国」

2020年に入り、瞬く間に全世界に拡大したコロナウイルス感染は、中東諸国にも大きな被害をもたらしています。

2020年5月現在、中東諸国の中で最も多くの感染者数を記録しているのがトルコです。

トルコの公式発表によると、同国で初めてコロナ感染者が確認されたのは3月11日でした。他国からかなり遅れて感染が確認されたにもかかわらず、その後トルコの感染者数は急増し、4月には感染者数で世界7位となり、英『ガーディアン』紙は7日、トルコを「世界最速で感染者が増加している国」と描写しました。

トルコのメディアでは当初、「イスラエルがコロナウイルスを作ってばら撒き、その後で世界にワクチンを売りつけて儲けようとしている」といった陰謀論や、「トルコ人の遺伝子はコロナウイルスに強い」「トルコは清潔なので感染が広まらない」といったトルコ優越論が取り上げられました。エルドアン大統領は3月26日、「トルコは2〜3週間でコロナを打ち負かせる」と楽観的な見方を示し、3月31日には「トルコはどんな状況下でも生産を続け、そして(経済の)車輪を回し続けなければならない」と演説、改めて経済最優先の方針を明らかにしました。

しかしエルドアン氏の楽観を裏切るように、感染者の急増は続きました。コロナ感染者増大で改めて露見したトルコの問題は、第一に権威主義体制であるがゆえの脆弱性、第二に新オスマン主義といわれる拡大路線の独善性です。

権威主義体制ゆえの問題

トルコでは2017年4月の国民投票で、大統領に実権を集中させる憲法改正案が賛成51%という僅差で承認され、2018年の大統領選で再選されたエルドアン氏が強大な権力を有する体制に移行しました。大統領は行政の長であるだけでなく、閣僚や副大統領の任命権、非常事態の発令権、国会の解散権なども有し、判事の任命権を有することによって司法にも、そして与党党首として立法にも大きな影響力を及ぼすことになり、内外から独裁化だという批判の声が上がりました。

しかしエルドアン氏の「独裁」化を容認したのは、あくまでもトルコ国民です。背景には2016年のクーデター未遂があり、少なくとも国民の過半数は、「強い大統領」の下で団結することを選択したのだと言えます。

「民主的」な承認を経て「独裁者」となったエルドアン氏は、クーデターの背後にいるのはギュレン派だと断定、ロイター通信によるとこれまでにギュレン派との関係が疑われた8万人以上が拘束、公務員や軍人15万人以上が解雇されました。

ギュレン派はインテリ層が多いことで知られており、拘束されたり解雇されたりした人々の中には医師や看護師、大学の医学部教授など医療関係者も多くいました。ボストン大学のアルティンディス博士は4月の『ニューヨーカー』のインタビューで、人口1000人あたりの医師数がOECD諸国平均で3.5人であるのに対し、トルコが1.9人と最も少ない理由としてギュレン派の粛清をあげ、トルコにおけるコロナ禍の深刻化を招いたのは権威主義体制だと批判しました。

エルドアン氏は報道規制やジャーナリストの拘束でも知られています。同氏に批判的だった新聞社やテレビ局の多くは既に閉鎖させられたり、同氏に近い人物によって買収されたりしました。

コロナウイルスについての報道でも、少なくとも7人のジャーナリストが拘束されました。

国際NPOジャーナリスト保護委員会(CPJ)は、トルコで投獄されたジャーナリストは2018年には68人、2019年には47人だったと発表、2019年には国際人権NGOアムネスティがトルコを「ジャーナリストにとって世界最大の監獄」と非難する声明を出しました。

進行する独裁化

規制は、一般市民にも及んでいます。3月29日には、「オレを殺すのはウイルスじゃなくあんたの政権だ」と批判するビデオをTikTokに投稿したトラック運転手が拘束され、4月1日には政権批判で知られるツイッターアカウントの所有者3人がテロ容疑で拘束されました。国境なき記者団は、少なくとも385人がこうした政府批判をSNSに投稿した容疑で拘束されたとしています。ツイッター社は2014年以来、最も頻繁にツイート削除を要請している国のひとつとしてトルコをあげています。

国際NGOフリーダム・ハウスのシェンカン氏は、トルコ当局は政権批判を封じ込めるために捜査権、検察権の濫用を続けており、透明性、説明責任、正確な情報共有が要となるコロナウイルスという公衆衛生上の問題に際しては、この傾向は非常に危険であると指摘した上で、トルコが長年強化してきた権威主義体制を批判しています。

4月には英『ザ・タイムズ』紙が、複数の研究者の見解に基づき、トルコのコロナウイルスによる死者数は公式発表よりはるかに多い可能性があると報じました。トルコの医師会は政府に感染者についての詳細なデータを要求したものの返答がない、としています。

トルコ議会は感染予防策として約9万人の囚人の一時釈放を認める法案を可決しましたが、ジャーナリストや人権活動家を含む政治犯約5万人はその対象外とされ、欧州議会やアムネスティなど国内外から非難の声が上がりました。一方、家庭内暴力や性犯罪で収監されていた受刑者は、人権団体などから強い反対があったにもかかわらず釈放されました。懸念は現実となり、妻を刺した罪で収監されていた33歳の男が、一時釈放されてから数日後に9歳の娘を殴りつけて殺害する事件が発生、女性や子供がさらなる暴力の犠牲になる危険性が高まっています。

コロナ感染の予防措置としては、医師でもあるコジャ保健相や最大都市イスタンブールのイマモール市長、野党政治家、医師会、科学者らがたびたび都市封鎖を提言・要請しましたが、3月18日に「全ての予防措置を講じた」と発表したエルドアン氏がとったのは、休日のみの封鎖という限られた措置でした。

トルコは2018年にトルコショックと呼ばれる通貨危機を経験し、現在も通貨安、債務増加、外貨準備高減少、失業率上昇など経済的に脆弱な状態が続いています。エルドアン氏が経済最優先路線を貫く以上、都市封鎖といった甚大な経済的ダメージが伴う措置がとられることはありません。

エルドアン氏は4月半ばにコロナとの戦いをより効率的に進めるためとして、議会を45日間停止すると発表、野党共和人民党(CHP)のクルチダルオール党首はこれを「エルドアン氏の独裁的統治の結果」であり「コロナ禍を利用した立法権への干渉だ」と批判しました。エルドアン氏の独裁化は、現在もなお進行中です。

新オスマン主義とは何か?

第二の問題としてあげた新オスマン主義とは、かつてオスマン帝国が支配した中東・アフリカ地域を中心に現在のトルコ共和国の影響力を強化し、世界大国として覇権を握ることを目指すトルコの政治イデオロギーです。トルコはこれに基づき、宗教的、経済的、政治的、軍事的拡張政策を続けてきました。

「イスラムの盟主」を標榜し、世界各地に「メガ・モスク」と称される巨大モスクを次々と建設しているのに加え、トルコから指導者を派遣しているのもその一環です。これは、かつてスレイマン大帝(1566年没)をはじめとするオスマン帝国の支配者たちが、征服した地にモスクを建設し、帝国の威信の証としたことの模倣とも言われています。エルドアン氏が2014年、「我々はスレイマン大帝の子孫である」と述べたのは、彼がオスマン帝国の最盛期をもたらした同大帝を強く意識していることの現れです。東京の代々木上原にある「東京ジャーミイ」も、こうしたモスクのひとつです。

モスクは信仰だけではなく、政治活動の拠点ともなります。エルドアン氏はしばしばヨーロッパのモスクを訪れ、在欧トルコ人に「同化などするな、トルコ文化を守れ」「子供を5人作ってヨーロッパに報復せよ」などと呼びかけてきました。2019年6月の来日時には、日本で今もギュレン派が活動を続けていることを非難した上で、在日トルコ人に対し、「子供はトルコ文化に従って育てなければならない」と要請しました。

オーストリア、フランス、ドイツなどは、トルコ系モスクが国の分断を進めイスラム教徒の過激化とテロの温床になっていると判断し、2018年頃から徐々にトルコ系モスクを閉鎖したり、トルコからの指導者受け入れを禁じたりする措置に踏み切っています。

トルコはカシミール問題、ミャンマーのロヒンギャ問題などに積極的に干渉しているだけでなく、内戦中のシリアやリビアに直接的軍事介入も行っています。

2011年の内戦勃発以来、トルコはシリア北部にたびたび軍事侵攻しています。第三書簡「トルコ、クルド問題をめぐって」で取り上げた、2019年10月のトルコによるシリア侵攻もそのひとつです。

現在もシリア北西部イドリブの占拠を続けているトルコは、コロナ禍が深刻化した2020年4月になっても次々と兵士や車両をシリア国内に送り込み、監視所を増設しているとシリア人権監視団が伝えています。トルコはシリアへの軍事介入の目的について「テロとの戦い」だと主張していますが、シリア政府は内政干渉だと非難しています。シリア人権監視団はトルコ軍の攻撃によって多くのシリア市民が犠牲となり、数百万人規模の避難民が発生していると報告している他、地元メディアはトルコ軍が浄水場をコントロールしクルド人住民への水の供給を複数回にわたり意図的に停止していると伝えています。

新オスマン主義の一里塚 リビア・シリア

リビアでは、内戦の一方当事者であるトリポリを拠点とするサラージュ派と2019年末に軍事・安全保障協定を締結し、トルコ軍を派遣してトブルクを拠点とするハフタル派との戦闘を続けています。加えてトルコは、シリア人1万1000人を傭兵としてリクルートしてリビアでの戦闘に投入し、うち261人は既にリビアで戦死したと5月にシリア人権監視団が伝えています。

リビアへの軍事介入の目的についてもトルコは「テロとの戦い」だと主張していますが、トルコの狙いは東地中海にある巨大ガス田だと言われています。実際にトルコはサラージュ派と東地中海で排他的経済水域についての協定を締結し、資源の共同開発を進めると発表しています。

ハフタル氏は「トルコはかつてオスマン帝国支配下にあったリビアを再度支配しようとしている」とエルドアン氏の占領政策を非難、トルコを警戒するUAEやエジプトなどがハフタル派への支援を強化し、事態はトルコの思惑通りには推移していません。4月末にはトルコのドローン攻撃により少なくとも4人のリビア市民が死亡したとAP通信が伝えるなど、トルコの掲げる「テロとの戦い」という名目とは異なる様相を呈しているのが実情です。

シリアとリビアは新オスマン主義の一里塚と見なされています。親エルドアンで知られるトルコ日刊紙イェニ・シャファクは2019年12月、既述のトリポリ政府との協定締結を受け、「地中海の真の支配者が戻ってきた」「オスマン帝国の再来だ」とトルコの影響力が地中海南部にまで及んだことを絶賛しました。

しかし国際的には、トルコは多方面から批判されています。シリアでアルカイダ系組織が残存しているのも、2019年10月「イスラム国」指導者バグダーディーが米軍作戦によって死亡したのも、トルコが軍を駐留させ治安を維持していることになっているはずのシリア北西部イドリブです。またトルコがリビアに送り込んでいるシリア人傭兵の一部はいわゆるジハード戦士であり、トルコがリビアで連携しているのもジハードを掲げるイスラム武装組織です。トルコはイスラム過激派と連携している、と批判される所以です。

またトルコが2月末、難民に対してギリシア国境を解放し、10万人以上がギリシア側に押し寄せたことに対しても、トルコは難民を政治的な切り札として使っているという非難が世界中から起こりました。「難民カード」を切ることによってEUに圧力をかけ、リビアやシリアへの軍事侵攻や東地中海のガス田開発について、EUの支持や資金援助を取り付けるためだろうと見られたからです。

エルドアンは「希望の光」か?

エルドアン氏は新オスマン主義的な野心を隠すことはありません。2019年9月にはニューヨークで、「我々はいつの日か、イスラム世界を、そして世界政治を率いることになる」と演説、11月には、自分の求める大統領制はヒトラー政権だと発言、12月には「我々はサマルカンドからコルドバに到る偉大な文明を構築した国家の末裔だ」と演説しました。

コロナウイルスのパンデミックに際しても、未だその野心に陰りは見られません。エルドアン氏は4月20日には「自立した国であるトルコは、国際組織が意味を失う時にその力を誇示することになるだろう」、28日には「世界の変化は、我が国に新しく大きなチャンスの窓が開きつつあることを示している」と述べました。

既出のトルコ日刊紙イェニ・シャファクは3月27日、西側世界の政治、金融、安全保障システムはコロナ禍によってすべて崩壊し、新たな政治秩序、新たな超大国が出現する、トルコはコロナ後に勃興する国のひとつとなるだろうというコラムを掲載、エルドアン氏の賛美を続けています。

中田先生は第三書簡「トルコ、クルド問題をめぐって」で、様々に論点をずらしながら、トルコのシリアへの軍事侵攻を擁護しました。

また橋爪大三郎氏との共著『一神教と戦争』(集英社新書、2018年)においても、「トルコがやろうとしているのは、私はカリフ制再興だと思っています」「トルコはイスラーム世界の盟主を目指しています」「イスラーム世界でいちばん人気があるのはエルドアンですから、本当に民主的に選挙をやれば彼がカリフになると思います」などと記し、トルコとエルドアン氏を極めて高く評価しています。カリフ制再興を目指し活動する中田先生にとって、エルドアン氏はその「夢の実現」に最も近い、一筋の「希望の光」のように見えているのかもしれません。

しかしたとえ中田先生にとってエルドアン氏率いるトルコが「希望の光」であったとしても、アラブ・イスラム諸国にとってトルコは中東を不安定化させる「厄介者」です。

例えば2020年3月には、アラブ諸国の外相たちが共同で、シリアとリビアに対するトルコの軍事介入を非難し、トルコ軍撤退を要請する声明を出しました。トルコ軍と戦うリビアのハフタル派は、同じくトルコ軍と戦うシリアの首都ダマスカスに大使館を開設し、共に対トルコで協力していこうと誓いました。既にダマスカスの大使館を再開させているアラブ首長国連邦が、両国の後ろ盾となっています。

少なくともアラブ・イスラム諸国は、エルドアン氏の新オスマン主義的拡張政策に対して強い警戒心を抱いており、トルコを軍事的、政治的、外交的脅威と位置付けています。エルドアン氏率いる公正発展党(AKP)がアラブ諸国でテロ組織指定されているムスリム同胞団と「兄弟」関係にあり、トルコが同胞団員を手厚く保護しているのもその理由のひとつです。アラブ諸国にとってトルコとイランは、中東地域の安定を脅かす二大要因です。

こうした実態を一切顧みず、闇雲にトルコを高く評価しエルドアン氏を理想視するのは、客観性を旨とする研究者の仕事ではなく、あくまでも「トルコ贔屓のエルドアン・ファン」によるカリフ制再興活動の一環と評されるべきです。

危機に対応できるのは権威主義か、自由主義か

シリアでもリビアでも、トルコの軍事介入はエルドアン氏が想定していたような成果をあげてはいません。経済難から抜け出せず軍事的拡張路線も軌道に乗らないまま、トルコはコロナ禍を迎えました。

パンデミックに際し、世界では早くも、権威主義と自由主義のどちらがより効果的にこの危機に対応できるか、という議論が起こっています。

代表的な権威主義国家と言える中国は、自由主義諸国はコロナウイルスを封じ込める効果的な措置がとりにくいと指摘しました。しかし中国が本当にコロナウイルスに適切に対処したかについては、米英仏など主要な自由主義諸国の首脳陣が次々と疑念を示しました。中国当局は自らのコロナ対応の卓越さを誇張する目的で死者数や感染者数を故意に低く発表しているのではないか、という疑いも持たれています。

中国と同じく権威主義体制下にあるトルコもイラン(第八書簡参照)も、コロナ封じ込めとは程遠い状況にあり、この両国が中東諸国では最も多くのコロナ感染者、死者を出しているのが実情です。少なくとも現段階では、コロナのような危機に対応するにあたっては権威主義のほうが自由主義よりも効率的で効果的であるとか、これは権威主義が優位であることの証だ、などと結論づけるのは時期尚早です。

経済最優先、都市封鎖回避というエルドアン氏のコロナ対策について、エコノミスト・インテリジェンス・ユニットは、「メンツを保ったつもりかもしれないが、投資家は評価しないだろう」と厳しい見方を示し、トルコがIMFの支援を断ったことも批判、通年でトルコの景気後退を予測しています。またトルコの経済学者5人は4月、当局が中国式の完全な封鎖に踏み切ればGDPの低下を7.8%に抑制できるが、このままではトルコの景気は17%収縮するという予測を発表、イスタンブール経済研究所も、1月に13.8%だった失業率はコロナの影響でより上昇するだろうと予測しています。

三菱UFJ銀行は2020年の1年間にトルコ・リラが18%下落すると予測しました。2016年には1ドル3リラ程度だったのが、2020年5月に入り既に1ドル7リラにまで落ち込んでいます。インフレの大幅な進行も予測されます。

トルコ経済は観光にも大きく依存しています。2019年のトルコの観光収入は345億ドルで、エルドアン政権は2020年には450億ドルになると見積もっていましたが、パンデミックにより現実にはそれを大きく下回ることが予測されます。

こうした予測はいずれも、エルドアン氏が奇跡的にパンデミックをうまく乗り切ったとしても、トルコ経済の見通しが非常に厳しいことを示しています。

2019年3月に実施された統一地方選挙で、エルドアン氏率いる公正発展党は三大都市イスタンブール、アンカラ、イズミールの市長選で全敗しました。この時は、2018年通期で20%を超えたインフレ率、通貨リラの前年比3割の下落、景気後退(リセッション)といった重層的経済難が敗北の主要因とされました。

トルコでは2023年に、次の大統領・国会選挙が予定されています。2023年はトルコ共和国建国から100年という節目の年でもあります。

現在、三権を掌握しメディア王としても君臨、さらに独裁化しつつあるエルドアン氏が、自らの有する絶大な権力をトルコ国民と経済の救済のために「適切に」行使するのか、それとも独善的な保身と新オスマン主義的拡張政策を継続し、コロナ対策で大きく道を踏み外し破滅へと突き進むのか、あるいはエルドアン氏の思惑通りトルコが中東の、さらには世界の覇権国家となり、中田先生の願うようにエルドアン氏がカリフとして君臨する日がやってくるのか、答えはまだ出ていません。