ポリアモリー編集見習いの憂鬱な備忘録

scrap book スクラップとは、断片、かけら、そして新聞や雑誌の切り抜きのこと。われらが植草甚一さんも、自分の好きなものを集めて、膨大なスクラップ・ブックを作っていた。ここでは、著者の連載から、対談、編集者の雑文など、本になる前の、言葉の数々をスクラップしていこうと思います。(編集部)
モヤモヤの日々

第26回 雪

浜の真砂は尽きるとも世にモヤモヤの種は尽きまじ。日々の暮らしで生まれるモヤモヤを見つめる夕刊コラム。平日17時、毎日更新。

昨日、関東や東北などで雪が降った。東京都心部でも大粒の雪が舞い、気温も低下した。緊急事態宣言下でもあるし、これはもう家にこもるしかないと、寒がりな僕は籠城をきめこんでいた。

久しぶりの大粒の雪を見て、「おお、めずらしく本格的だな」などと心がざわめきはしたが、40代手前になった今では、子どもの頃のように雪が降ってもはしゃいだりはしない。大人になってからは、基本的に雪は煩わしいものになった。寒いのも苦手だし、足元が悪くなるのも苦手だ。ましてや積もりでもしたら、もう外出時の不快度が一気に高まり、僕は家で縮こまっていることしかできない。

そもそも、子どもの頃は、なぜあんなにも雪が好きだったのだろうか。生まれ育った東京の多摩西部は都心よりも気温が低く、23区では雨でも地元では積雪なんてこともよくあった。朝起きて雪が積もっていたら早めに家を出て、通学路で雪だるまをつくって遊んでいたものだ。信じられない元気さである。あの時の元気さの1割でも今の僕にあったならば、きっと文筆業なんぞやめている。

しかし、元気がないので、文筆業を続けている。やめる元気がないのである。だから、僕は今、雪について書いているわけだが、まず雪は度が過ぎれば自然災害になる。降雪が少ない東京でも積雪となれば一大事で、脆弱な首都の交通網はすぐに麻痺してしまう。それでも定時出社を目指す会社員は多く、朝の通勤ラッシュ時にはパニック状態になる。めずらしく建設的なことを言わせてもらうと、密を避けなければならない今だからこそ、「雪の日はリモートワーク」を定着させるべきだ。

僕は、そんなことを書きたかったのだろうか。なんだかんだ言ってもやっぱり浮き足立ち、はしゃいでしまっているのかもしれない。新雪のような真っ白な心が、どこかに残っているのかもしれない。万葉集には雪を詠んだ歌が150首以上もあり、『金槐和歌集』を遺した鎌倉幕府最後の源氏将軍・源実朝が、雪の舞う鶴岡八幡宮で兄の子公暁に暗殺されたという事実も、なんとも言えない感傷を誘う。雪には風情がある。風情を感じるためには、元気が必要なのである。僕は元気になりたい。

 

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    長野生まれ。個人的な体験と政治的な問題を交差させ、あらゆるクィアネスを少しずつでも掬い上げ提示できる表現をすることをモットーに、イラストレーター、コミック作家として活動しつつ、エッセイなどのテキスト作品や、それらをまとめたジン(zine,個人出版物)の創作を行う。