新しい世界
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時に二〇三五年。成田の重苦しい湿気を吸いこみ、罰金を支払って「大日本帝国」へと帰還してから、早いもので五年が過ぎた。横道さんとの逃避行から数えると十年になる。
かつて私が逃げこんだアルゼンチンの街の乾燥した風や、そこで「横道さんの頭蓋骨」と過ごした、あの静謐で、絶望と隣りあわせでもあった日々は、いまでは遠い前世の記憶のようにも感じられる。しかし私の部屋の本棚で、カタカタとリズミカルに歯を鳴らしている横道さんの頭蓋骨だけは、あの頃と変わらぬ実在感を保っている。
この五年のあいだに世界は、そして「大日本帝国」と呼ばれていた国は、文字どおりすっかり変身してしまった。かつて「健全なる精神は健全なる肉体に宿る!」と叫び、異分子を排除しつづけてきた帝国。その頂点に立つ聖上が崩御され、「光文」という新しい元号とともに新たに即位された陛下が最初におこなわれた宣言は、歴史の教科書を何百ページにもわたって書きかえるほどの衝撃を伴っていた。というのも新天皇陛下は、帝政の自主的廃棄と、民主主義への完全な移行を宣言されたのだ。
「大日本帝国」というものものしい国名は歴史の彼方へと消えさり、この国は「日本国」として再出発した。物語の結末としては、あまりにも劇的で、あまりにも救いに満ちた転換だった。しかし、それだけではない。私のような、国家の定義する「人間」の枠組みから外れた存在――いわゆる「爬虫類型人類」(レプティリアン)に対しても、過去の迫害について謝罪がなされ、さらには生活保障と名誉回復までもが、公的に宣言されたのだった。
有史以来、私たち爬虫類型人類は、この星の片隅で息を潜めて生きざるを得なくされてきた。緑色の鱗や怪物的な印象を与える顔貌を隠し、冷たい体温を悟られぬよう、精巧な「ホモ・サピエンス化ボディスーツ」という名の呪縛を身にまとい、偽りの笑顔を張りつかせながら生きていた。私たちは神話の時代から続く、果てしない差別と迫害の歴史をそうやって生きのびてきたのだ。
わが国初の全面的普通選挙によって成立した民主主義の新政府によって施行された「爬虫類型人類救済法」が、その連鎖を断ちきった。いまや私は自室だけでなく外出中にもボディスーツを脱ぎすて、本来の、美しくも機能的な皮膚をさらしながら、心からくつろぐことができる。太陽の光を浴びて体温を調整する自由が、これほどまでに尊いものだとは、国際的な「逃亡者」になる以前から「逃亡者的」生活に追われてきた私たちには想像もできなかったことだ。
「……ふうむ。時代が変わるというのは、案外、あっけないものですね」。横道さんの声が、空気中に朗々と響いた。これは幻聴ではない。頭蓋骨化して以来、横道さんはオカルト的脳波通信という手段でしか意思疎通ができなかった。爬虫類型人類の私はその脳波を受信できないため、横道さんが口をかちかちと開閉するのを見ながら、あくまで想像力によってのみその真意をはかろうとしてきた。
ところが三年前に発表された技術革新が、状況をすべて変えた。読者のみなさんにも広く知られている「頭蓋骨人間用人工口蓋」(アーティフィシャル・パレット・フォー・スカルピープル)の開発だ。肉体を失い頭蓋骨のみとなった人々の微弱な信号を読みとり、音声へと変換するデバイス。開発から一年後には商品化され、非常に高価な代物ではあったけれど、私は迷わず購入し、横道さんに装着した。結果として、いまでは横道さんは、かつて大学の准教授として講義室で学生たちを煙に巻いていた頃のような、あの独特の少しばかり理屈っぽくて穏やかな声を取りもどしている 。
「三鷹さん。爬虫類型人類の権利が守られるようになったのは、喜ばしい限りです。しかし私のような『頭蓋骨人間』のウェルビーイングについても、もっと議論が深められるべきだと思いませんか?」そのように横道さんは言う。私は「そうですよね……。でも、こうしてちゃんとおしゃべりりができるようになっただけでも、とりあえずは、まずまずの幸福ではありませんか」と応答する。横道さんは持論を述べる。「いいえ。頭蓋骨として生きるということは、たんに情報処理の主体として存在することを意味するのではありません。私たちは、皮膚や肉や内臓や神経を持たないからこそ、世界が送りだしてくる憂いのようなものを直接的に受けとめることができている。この『骨のウェルビーイング』が、これからの民主主義の試金石になるはずなのです」。横道さんはそう言って、満足げに笑った。
さておき、きょうはわが家でホームパーティーが開かれる日だ。招待客は、私や夫の古い友人にあたる爬虫類型人類の仲間たちと、横道さんが脳波通信を通じて知りあった「頭蓋骨人間」の面々。かつては地下に潜り、あるいは「物」として扱われていた存在が、ひとつのテーブルを囲む。そんな小粋なパーティーなのだ。
玄関のチャイムが鳴り、最初の客がやってきた。中学高校時代、一緒に女子校に通っていた佐伯梨花子さんだ。結婚後の姓は真柴。もはや彼女も以前のような、ホモ・サピエンスの姿を模した「外殻」を身にまとってはいない。ちょっと勝手な感じ方ではあるけれど、ホモ・サピエンス型の外観を見慣れているので、違和感がないと言えば嘘になる。しかし、それは私の外見に関しても同様なのだ。
佐伯さんはワニに似た私たちの特徴的な尾をゆっくりと振りながら居間に入ってきた。その後ろには、精密な浮遊型ドローンに乗った、別の「頭蓋骨人間」が続いている。横道さんに尋ねると、かつて九州の大学に勤めていた共同研究者だという。私は今日は、アルゼンチンで食べていた、あのちょっとバサバサした食感を私なりに再現したパンをたくさん焼いた。もしかしたら不評かもしれたいけれど、爬虫類型人類好みの新鮮ななまの鹿肉もたっぷり振るまう。そして頭蓋骨型人類のみなさんのためには、芳醇な香りのする高品質の潤滑油と味覚再現脳波装置を人数分用意した。
パーティーの冒頭、横道さんにスピーチをお願いした。横道さんは人工口蓋をいつもどおりスムーズに操りながら、集まった多様な「命」たちを、その暗い眼窩で見渡した。「みなさん、集まってくれてありがとう。今日は私からひとつ、短い話をさせてください。題して、『頭蓋骨として生きること――当事者として語る』です」。
横道さんのスピーチは、相変わらず「横道節」全開だった。自閉スペクトラム症、ADHD、アルコール依存症、未破裂脳動脈瘤、睡眠時無呼吸症候群、糖尿病、弱視、緑内障、冬季鬱、水虫、虫歯、歯肉炎などに悩まされてきた人生について。国家という怪物に追われて首を跳ねとばされた、あの「持病まみれ」の肉体。そして肉体を軽やかに脱ぎすけ、純粋な骨としてアルゼンチンの風に吹かれていた、あの懐かしい日々。
横道さんは語る。「私はかつて多くの病気・障害を抱えていました 。それは肉体や精神の不調であると同時に、社会が私に強要する『健全さ』との軋轢でもありました。しかしどうでしょうか。いま私はもっとも純粋な形、骨のみの存在となりました。これはある意味では究極のダイエットですし、究極の整理整頓だったのかもしれません。わたしはもう健全な肉体や健全な精神を求めなければ、という強迫観念から解放されています」。
会場(といっても私のリビングだが)に、好意的な笑いが広がる。爬虫類型人類の仲間たちが、水に濡れたぬらぬらした指先で拍手をする。横道さんはさらに語る。「国家が『健全なる肉体』と『健全なる精神』を求めていた時代、私たちはその重荷に耐えかねていました。しかし帝国は崩壊し、私たちがそれぞれの『不完全さ』を誇れるようになったいま、私はこう思うのです」。
横道さんはいったん言葉を区切り、私のほうをちらりと見た。五年ぶりに自宅に戻ったとき、私が横道さんの遺言とも言える原稿を読み 、横道さんが満足げにガクガクと動いたあのときのような 不思議な一体感がそこにあった。「これからの日本で、私たちが自由に、かつ幸福に生きるための秘訣は、じつに単純なことです。人生がうまく行くようにするには、なるべく身軽になることです。私のように骨になる必要があるとは必ずしも思いません。それぞれの人がそれぞれの仕方で身軽になれば、それで良いのだと考えます」。
身軽になること。それは私たち爬虫類型人類にとっては、重苦しいボディスーツを脱ぎすてることかもしれない。あるいは国家という最凶の地球の重力から魂を解きはなつことかもしれない。執着していた望ましい心身のありようをひとつの幻想として笑いとばすことで、私たちは自由を手に入れることができる。
窓の外には、かつての帝国の空ではなく、ただの広い、どこまでも青い日本の空が広がっていた。そこにはもう、私たちを縛る影はない。私は横道さんの頭蓋骨の隣に座り、仲間たちが奏でる賑やかな会話のさざなみに身を任せた。私たちは、ようやく、自分自身の皮膚と、自分自身の骨で、この世界を呼吸しはじめている。
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以下の内容は、読者のみなさんにとっても強く印象に残っている世界史的事件に関連しています。先に記した私の家でのホームパーティーが最高潮に達したとき、突如として空の色がまばゆい金色に変わりました。かつて私たちが恐れた帝国の影よりも、もっと巨大で、圧倒的な光が天を覆ったのです。みなさんは、もうすでにおそらく「あの日のことか!」と合点がいったでしょうね。
そうです。その光は世界中で目撃されました。窓の外を見上げた私たちは、言葉を失わざざるを得ませんでした。雲を割り、まばゆい光の翼を広げた「天使の軍団」と、幾何学的で優美な形状を与えられた「異星人の船団」が、地球に初めて降臨してきたのです。彼らは、旧来の価値観に固執していた人類が、逆立ちしても太刀打ちできない「外敵」であり、同時に「未知の隣人」の出現を意味していました。
あの日以来、地球という小さな惑星の上で繰りひろげられてきた、「やれ爬虫類型だ、やれ頭蓋骨人間だ、やれホモ・サピエンスだ」といった矮小な諍いは、宇宙的なスケールのなかで急速に意味を失っていきました。じぶんたちとはまったく異なる価値観を持った地球外生命体たちが突きつけてくる静かな、しかし抗いようのない威圧感。その共通の「恐怖」と「驚異」こそが、長年反目しあってきた地球上のあらゆる勢力を、初めてひとつのテーブルへとつかせました。
数週間の混乱を経て、かつての国家という枠組みは急速に解体されていきました。大日本帝国から「日本国」へと変わったこの地も、いまや「地球連邦」の一自治体としての役割を担うことになりました。ナチス・ドイツを含めた一部の国はまだ「地球連邦」への参画に尻込みしていますが、いまこそ地球人が力を合わせねば、私たちの滅亡は避けがたいということは、ナチスの指導者たちもよくよく理解していることです。肌の色、鱗の有無、肉体の有無を問わず、すべての「地球人」が団結しなければ、この広大な宇宙のなかで生きのこることはできないという冷徹な事実を、私たちは突きつけられています。
「……皮肉なものですね、三鷹さん」。いま横道さんが、部屋の窓からもう一年近くにわたって空中に浮遊したままの巨大な宇宙船を見つめながら呟いています。「私たちがどれほど努力しても成しとげられなかった『人類の団結』を、空から降ってきた異形の存在たちが、たった数ヶ月で実現させてしまった。共通の敵がいなければ愛しあえないというのは、なんとも滑稽な、しかし愛すべき地球人の限界でしょうか」
私は答える。「そうかもしれませんね。でも、そのおかげで、私たちはますます自尊心を高めることができています。天使や異星人に比べれば、鱗があることや、頭蓋骨だけで生きていることなんて、些細な個性の違いでしかありませんから」私は、銀色の光を放つ空の下で、コーヒーを飲みながら、私たちの未来について思いをめぐらせた。
地球連邦という新しい秩序。未知の星々との交流。世界はこれから、さらに混沌とし、そしておそらくは格段に自由になっていくだろう。かつて四〇代で「持病まみれ」と自嘲していた横道さんも、近い将来には宇宙時代の技術を取りいれて、銀河の果てまで脳波を飛ばせるようになるかもしれない。
そんなことを考えながら、私たちは小さな食卓を囲みつづける。 外の世界がどれほど激変しようとも、温かな食事と、心地よい会話と、そして何より「身軽な心」があれば、私たちはこの広大な宇宙のどこでだって、しぶん自身として生きていけるのだ。私は「横道さん。つぎのパーティーには、もしかすると異星人の友人が加わっているかもしれませんよ」と声をかける。横道さんは笑って答える。「それは楽しみです。彼らの『持病』についても、ぜひ詳しく聴取してみたいものです」。横道さんの言葉を伝える人工口蓋が、楽しげに震えた。私たちの新しい「生」は、まだ始まったばかりだ。
(完)