赤ずきんには作者がいる
誰もが知る「赤ずきん」「シンデレラ」は、本当に民衆が口伝えで守ってきた物語なのか? ペロー、グリム、そして民俗学の「常識」をたどり直し、おとぎ話の作者と伝承をめぐる長い調査の旅が始まる──。

【編集部より】『青ひげ夫人と秘密の部屋──「見たな」の文学史』(光文社)で第79回日本推理作家協会賞(評論・研究部門)を受賞した千野帽子さんの次のテーマは、おとぎ話! 本連載では、現在準備中の受賞後第一作『赤ずきんには作者がいる』の刊行に先駆けて、そのエッセンスをギュッと凝縮してお届けします。
第1回

民俗学者への長い質問状

2026.05.22
赤ずきんには作者がいる
千野帽子
  • おとぎ話は口伝えで伝わってきたのか?

     グリム兄弟がドイツ各地を歩き回り、農民から口伝えのむかし話を集めた。グリムはおとぎ話の「採集者」だった――そういう話を、聞いたことがある人は多いと思う。学校でも、児童書でも、民俗学の本でも、教養本でも、まるで「一般常識」であるかのように語られる。

     もう少し詳しい「一般常識+1」の人なら、グリムより100年あまり前にフランスのシャルル・ペローが同じようなことをやったとされているのを聞いたことがあるだろう。ペローもまた、民衆から口承を採集した人物として語られる。ペローは『過ぎし日の物語集あるいはお話集』を1695年に書き、1697年に増補・出版した。「眠れる森の美女」や「赤ずきんちゃん」「青ひげ」「長靴をはいた猫」「シンデレラ」「親指小僧」などが収録されている。

     そういうわけで、ペローは民間伝承を文字起こしした人ってことになっていた。

     この前提を、僕は長らく「よくわからないけど、そんなものか」と受け取っていた。

     まじめに考えたら、ペローが「シンデレラ」をほんとうにだれかから口伝えで聴いたのか、じつはわからない。だってその現場の記録がない。その時代の人、口伝えの証拠を書き残さないまま、全員死んでる。なのに、「ペローが民間伝承を文字起こしした」なんてこと、どうして言えるのか?

     小学生だった僕は、「長靴をはいた猫」を読んだとき、そこんとこにちょっと引っかかった。でも、

    「みんながそう言ってる以上、きっとだれか偉い人が、それを証明する方法を持ってて、証明したんだろう」

    と思って、深追いしなかった。のちに、その「偉い人」に相当するはずの人たちを、「民俗学者」と呼ぶことを知った。

     さらに詳しい「一般常識+2」の人は、ペローより前に、イタリア半島の南と北に、民話収集家がひとりずついた、と主張することもある。じっさい、ナポリのジャンバティスタ・バジーレの『話の話』(1634–36、通称『ペンタメローネ』)には、「シンデレラ」や「眠れる森の美女」「長靴をはいた猫」のもっと古いヴァージョンと見なされる話が収録されている。「長靴をはいた猫」の古い形はバジーレよりさらに前、16世紀ヴェネツィアのストラパローラの『愉しき夜』(1550–53)まで遡れる。

    文学者が手を加えた「原話」とはなんなのか?

     この「詳しさの階段」を登るにつれて、議論はこんな方向に進んでいく。ストラパローラはルネサンスの趣味で民話を飾り立てた。バジーレはバロックふうに。ペローはフランス古典主義の様式で整えた。

     この段階では、グリムがいちばん「素朴な原話」に近い、という見かたが多い。こういう見かたをする人は、ディズニーについても、もとの民話をハリウッド趣味に改変した、と怒ったりすることがある。

     不思議だ。民俗学者もむかし話保存運動家も、「もとの話」がどうで、ペローやグリムがどう変えたか、って話をしている。

     比較するんだったらその「もとの話」を出してくれよ、と思う。なにしろここで論じられているのはどれもこれも、エジソン以前の話だ。人間の発言を残す方法が、まだ文字しかなかった時代のこと。手もとにあるのは文献だけだ。エビデンスがないのに、ペローは「原話」と比べて盛りすぎだ、とか言っている。

     だからその「原話」ってのを出してくれよ。

     もっともっと詳しい「一般常識+3」の人になると、グリムもビーダーマイヤーの中産階級道徳に合わせて原話を均質化した、と言う。

     つまりストラパローラからグリムまで、全員がそれぞれの時代趣味で口承に手を加えた、ということになる。手を加えられた出版物は、どれも「汚染」されている、と。

     階段のどの段に立っていても、全員が共有している前提がひとつある。「おとぎ話はもともと口承のものだった」。ペローもグリムも、口で語り継がれてきた話を書き留めた。書き留められる前から、話は存在していた。これが、おとぎ話についての支配的な語り方だ。

     しかも、その存在しない「原話」をさも知ってるかのような書きぶりの本がたくさんある。不思議だ。

     グリム兄弟が『子どもと家庭のメルヒェン集』(Kinder- und Hausmärchen)の第1巻を出版したのは1812年のことだ。その後、兄ヤーコプ・グリムは『ドイツ神話学』(1835)を出版し、ゲルマン民族の古い信仰と口承の痕跡を体系的に論じた。

    「各地の語りを比較すれば共通の原型が見えてくる」

    「民衆の口承には古い文化が残存している」

     この発想と方法が、のちの研究者たちに強く参照された。

     19世紀後半から20世紀初頭にかけて、民俗学が学問として制度化されていく。フィンランドの民俗学者アンッティ・アールネが1910年に、民間説話の話型(話のパターン)の目録を発表した。現在のATU話型カタログの原型だ。こうして民俗学者は、「この話とあの話は同じ骨格を持っている」という観察を体系化した。

     こうして、「口承は古い、比較すれば原型が見える」という、グリムが無自覚に持っていた前提が、学問的な方法論として定式化された。「民衆の口承は書物より古く、本来の形を残している」という価値序列も、この流れのなかで、ますます自明の前提として埋めこまれていった。

    証拠を探して

     昨2025年、『青ひげ夫人と秘密の部屋 「見たな」の文学史』(光文社)を刊行した。

     その本を書いているとき、いちばん新鮮だったのは、ペローの残酷なおとぎ話「青ひげ」(連続妻殺しの富豪の物語)が、民間伝承ではなく、古典文学のn次創作(数えようによって4次創作とも5次創作とも言える)だと判明したことだった。「青ひげ」は農村の炉端ではなく、都会の、しかも宮廷に近いサロンで、識字層の上層ブルジョワと貴族のサロンから発生したコンテンツだった。

     じゃあ、「青ひげ」以外のペローのおとぎ話はどうだったんだろう? そっちは民衆に口承の元ネタがあったのか?

     「ペロー以前に口承の元ネタが存在した」という前提の根拠を探して、文献を遡り始めた。そこで、米国の文化人類学者アラン・ダンダスが編んだ論集『新版 「赤ずきん」の秘密 民俗学的アプローチ』(1989)を手に取った。ダンダスはこんなことを書いていた。

    「民俗学では、1885年の採集例が1697年の出版物より古い要素を残していると判定することがある。民俗学に馴染みのない文学研究者には、このことに困惑するだろう。

    仏伊両国の口承採集例に共通して、ペローの「赤ずきんちゃん」には見られない特徴がある。フランスの民俗学者ポール・ドラリュがそう指摘するとき、じつは、

    『特定の話のいろんなヴァージョンを比較検討すると、その話のいちばん古い特徴やディテールを、かなりの精度で確認できるんだよ』

    ってことを説明しているのだ」(大意)

     なるほど。説明があるのか。

    「きみたちは民俗学の方法を知らないから、理解できないんだろうねえ」という上から目線がちょっと感じ悪い。けど、民俗学者以外の人間は民俗学の門外漢なのだ。専門家の知見を尊重しなければ、損するのは僕ら素人のほうだ。

    「お祖母さんの話」

     そこで、その「説明」を読みたくて、フランスの民俗学者ポール・ドラリュの論文「ペローのおとぎ話と民間伝承」(1951–53)を引っ張り出して読んだ。説明を探した。

     見つからなかった。何度読んでも、なぜその特徴がペロー以前なのかってことの説明がなかった。丸投げされた先にも、答えがなかった。

     ドラリュが挙げている例はこういうのだ。

     1885年ごろ、フランス中部ニエーヴル県で、詩人で民俗学者のアシル・ミリアンが地元の語り手からひとつの話を書き留めた。「お祖母さんの話」と呼ばれるこの話には、赤い頭巾は登場しない。

     女の子は途中で狼に出会い、〈縫い針の道〉と〈待ち針の道〉のどちらを行くかを訊かれる。狼は別ルートで先回りし、祖母を殺め、祖母になりすます。

     おばあさんの家に着いた女の子は、狼に勧められるまま、知らずにおばあさんの肉と血を食べさせられる。やがて外に出たいと言うと、狼は足に毛糸の紐を結んで外に出す。女の子は中庭のプラムの木に紐を結びつけて逃げ、狼は追いつけない。

     ペロー版(1697年)の赤ずきんちゃんは、猟師に救われることもなくただ食べられて終わる。グリム版(1812年)では猟師が登場して助け出される。ミリアンが採集したこの話には赤い頭巾もなく、女の子は自力で逃げ延びる。

     民俗学者たちはこの「お祖母さんの話」を、ペロー版やグリム版より「古い形を残している」とみなしてきた。ペロー版にない要素(縫い針と待ち針の道、肉と血を食べる場面、紐を使った逃走)こそが、書物による「汚染」を受ける前の原初の形だ、というわけだ。

     ペローはこの話にある人肉食の要素をカットしたことになる。じっさい、ドラリュはそう言っている。お上品なサロンの読者に合わせて、ショッキングな要素を自主規制したのだと言っている。

     また、ヒロインが自力で逃げ延びる結末を、食べられておしまいのバッドエンドに改変したことにもなる。このことをもって、ペローが女性を無力化(ディスエンパワー)してる、と論難する人がいた。米国のおとぎ話研究者ジャック・ザイプスだ。ザイプスの本は、日本で何冊も翻訳されている。そして、そんな主張が繰り返し書かれている。

     ザイプスはペローの赤ずきんを〈素朴な原話に余計な添加物をごてごてとつけ加えたもの〉と表現していた(『増補 赤頭巾ちゃんは森を抜けて 社会文化学から見た再話の変遷』(1983/1993)廉岡糸子+横川寿美子+吉田純子訳、阿吽社、1997年、36頁)。「添加物」という言葉は巧妙だ。添加物があるということは、添加される前の純粋な素材があったことになる。

     でもザイプスは1937年生まれ、ペローが「赤ずきん」を公刊してから240年後に生まれている。ザイプスがどこでその「素朴な原話」とやらを知ったにせよ、ペロー以降の時代だ。それがペローの元ネタであるということを、どうやって証明するのか? どうして口承論者は、3世紀前の「原話」を知ってるかのように議論を進めるのか?

    (つづく)

    次回予告

     ところで、「ペローの話は口承に由来する」という前提は、いつ、だれが作ったのか。

     グリム兄弟が1812年に出版した『子どもと家庭のメルヒェン集』初版の序文に、ひとつの名前が登場する。フランスの文筆家ジョアノー。グリムはこの人物を根拠として、ペローの話が口承に由来することを主張した。ジョアノーがペローと口承を結びつけた「最初の人物」であることが確認されている。では、ジョアノー以前はどうだったのか。

     次回は、この名前を手がかりに調査を進める。

誰もが知る「赤ずきん」「シンデレラ」は、本当に民衆が口伝えで守ってきた物語なのか? ペロー、グリム、そして民俗学の「常識」をたどり直し、おとぎ話の作者と伝承をめぐる長い調査の旅が始まる──。

【編集部より】『青ひげ夫人と秘密の部屋──「見たな」の文学史』(光文社)で第79回日本推理作家協会賞(評論・研究部門)を受賞した千野帽子さんの次のテーマは、おとぎ話! 本連載では、現在準備中の受賞後第一作『赤ずきんには作者がいる』の刊行に先駆けて、そのエッセンスをギュッと凝縮してお届けします。
赤ずきんには作者がいる
千野帽子
千野帽子(ちの・ぼうし)

兼業文筆家。フランス政府給費留学生としてパリ第4大学に学び、博士課程修了。著書に『人はなぜ物語を求めるのか』『物語は人生を救うのか』(ちくまプリマー新書)、『俳句いきなり入門』(NHK出版新書)、『読まず嫌い。』(角川書店)、『文藝ガーリッシュ』『世界小娘文學全集』(河出書房新社)、『文學少女の友』(青土社)、共著に『東京マッハ 俳句を選んで、推して、語り合う』(晶文社)、編書に『富士山』『夏休み』『オリンピック』(角川文庫)、『ロボッチイヌ 獅子文六短篇集モダンボーイ篇』(ちくま文庫)、訳書にマリー=ロール・ライアン『可能世界・人工知能・物語理論』(水声社)、トマス・パヴェル『小説列伝』(水声社)がある。『青ひげ夫人と秘密の部屋──「見たな」の文学史』(光文社)で第79回日本推理作家協会賞受賞(評論・研究部門)。