ゾンビセオリーの生態
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前回、つぎは18世紀後半の英独両国の状況について書くと予告したのだけど、歴史の話に踏みこむ前に、現状について書いておく必要があると思い直した。
ある専門家に、ずっと気になっていたことを訊いてみた。
「西洋のおとぎ話が古代から口で伝わってきたという説(口承起源説)は、民俗学の世界ではもう「卒業済」なのだろうか。天動説やルイセンコ学説(獲得形質の遺伝を主張する生物学説。ソ連で国家公認された)のように、専門家のあいだではとっくに終わった話になっているのだろうか」
と。返ってきた答えは、予想していたようで、予想していなかった。要約するとこういうことだった。
「むかし話を採集する研究者はいまもいる。でも、それを歴史地理学的な方法(19世紀後半にフィンランドで生まれた、話型の地理的分布を地図上に追うことで起源と伝播経路を推定する手法)で系統的に追うことに、もはやだれも本気でリソースを注いでいない。かといって、その方法が正式に「間違いだった」と宣言されたわけでもない——というのがややこしいところだ」(大意)「サービス終了のお知らせ」は出なかった。それがこの話のやっかいなところだ。
ゾンビを養うもの
学説の死にかたには、大きく2種類あると思う。
ひとつは、正面から論破されて死ぬケース。天動説はコペルニクスとガリレオに殺された。ルイセンコ学説は脱スターリン化で葬られた。死亡診断書が出ている。専門家コミュニティの外にも「終わった」という認識が広まる。これをロストセオリーと呼ぶことにする。
もうひとつは、だれにも殺されずに死ぬケース。世代が交代するうちに専門家が静かに離脱し、気づいたらだれも使っていない。ただし葬儀は行われない。遺産が処理されないまま、空き家に残される。
問題はそこだ。葬儀が行われなかった説は、ゾンビになる。
ゾンビを生かすのは、学界外部の需要だ。
わかりやすい例が「ブランクスレート説」だ。英国の哲学者ジョン・ロックが『人間知性論』(1689)で示した「人間の心は生まれた時点では白紙である」という考えかたを源流とする。性質や能力はすべて環境と学習によって決まるという前提だ。
カナダ出身の米国の認知心理学者スティーヴン・ピンカーが『人間の本性を考える』(2002、ちくま学芸文庫)でこの問題を一般向けに整理するずっと前から、脳神経科学の領域では、誕生時の脳に生得的な構造がすでに存在するということは、ほぼ前提になっていた。専門分野ではとっくにロスト化していた(死んでいた)わけだ。
ところが社会科学の一部(「社会運動」に「社会科学」という呼び名をつけている領域)では、政治的・イデオロギー的な需要によって、いまも歩きつづけている。「人間は環境次第で100パー変えられる」という希望が、感情的にも切り捨てがたいからだ。養い手が変わることで、ゾンビはべつの場所でウォーキングしつづける。
おとぎ話口承起源説のばあい、養い手は産業と感情だ。「おとぎ話は太古から口で伝わってきた」という物語は、児童書を売る言葉として強い。そのロマンに感情的に投資してきた読者にとって、それは単なる学術仮説ではなく、世界観の一部になっている。需要がある限り、ゾンビは歩きつづける。
撤退した部門の在庫
そういうわけで、民俗学(少なくとも日本の)の内側では、歴史地理学的方法はいつの間にかだれも積極的に使わなくなったらしい。少なくとも、心血を注ぐ対象ではなくなったようだ。
ただし、ここで注意が必要だ。ある学説が退潮したことと、その学説を支えていた前提の間違いを正すことは、べつの問題だ。歴史地理学的方法を使わなくなったからといって、「出版以前の口承ネットワークが存在した」という前提にはっきり引導を渡すことはなされていない。歴史地理学的方法があろうがなかろうが、おとぎ話が口承起源だという信念にたいして、民俗学サイドから公式の否定はなされていない。少なくとも僕ら門外の素人に向けての発信はない。
民俗学はそう総括しなかった。使わなくなった方法を黙ってバックヤードにしまったまま、前提だけを温存してべつの関心に移っていった。葬儀は行われなかった。
民俗学が歴史地理学的方法の部門から撤退したあとも、おとぎ話口承起源説という在庫は残った。英米独仏文学研究、児童文化学、国語科教育、臨床心理——周辺領域の人たちが、撤退した部門の在庫を無断で使い続けている。撤退の事実を知らないまま、あるいは知っていても気にせず。
柳田國男の後継者・関敬吾はフィンランド学派の歴史地理学的方法を日本に定着させた。また『民話』(岩波新書、1955)という一般向けの本を書いた。
〈口から耳への道と比較すれば、印刷物というものは物の数でもない〉
〈数世紀、十数世紀にわたる昔話の伝承と移動とは、第一には口から耳へである〉(73頁)むかし話が口承によって古代から伝わってきたという前提のもとで、話型の分布を地図上に追い、起源を推定する。その前提自体が崩れている以上、いまの目から見れば、この本の方法論的前提は完全なロストセオリーだ。方法論ごと終わっている。でも、僕はほんとうに3年前までそれを信じてたし、最近になって僕の口から書物起源説の話を聴いた人は全員、その瞬間まで信じていた。
なぜか。関の論述と分類とが、むかし話の保存・実践の界隈でいまも参照されつづけているからだ。そして、専門の民俗学者よりも、現場でむかし話を集める人たちのほうが(前者と後者はだいぶ重なってもいるが)、僕ら一般人にむけて積極的に言葉を発しているからだ。
むかし話研究という場は、もともと民俗学と国文学と各国文学研究が雑居し、途中から児童文化、教育学、臨床心理学まで合流してきた、学際的な場所だった。折口信夫から稲田浩二まで、「国文学者でもあり民俗学者でもある人」がたくさんいる。外国文学研究者と口承文芸の調査者を兼ねる人もいる。
つまり「民俗学から発生した口承起源説に、いろんな領域から人が集まって、制度的な境界が曖昧な場になった」というほうが正確かもしれない。だからこそ葬儀が難しかった。だれも「自分がその責任者だ」と感じなかったのだ。
ふたつの問題
ここにはふたつの問題が絡み合っている。
ひとつは周辺領域の問題だ。英米独仏文学研究・児童文化学・国語科教育・臨床心理は、民俗学の古いパラダイムを無批判に輸入したまま、民俗学本丸の新しい動向を参照せずに話を進めてきた。ガラパゴス化、と言っていい。
もうひとつは民俗学(というか口承文芸学)自身の問題だ。海外のフォークロア研究では、旧学説との正面対決があった。2000-2010年代には書物起源説をめぐる論争があり、学術誌の特集という特設リングで、口承起源説サイドからの批判と、書物起源説サイドからの再反論(これがじつに鮮やかだった)がセットになって、それがそのまま学術誌のその号になった。旧説を議論の俎上に乗せて、なぜそれが成立しないかを示す作業をおこなった人もいた。
ところが日本の民俗学で、そういう対決があったとは、少なくとも、外からは見えない。そのまま、前世代の老大家たちが引退するとともに、静かに離脱が起きたのではないか。現役の民俗学者はおとぎ話口承起源説を卒業したのかもしれないが、僕ら一般人は卒業式を見せてもらっていない。しかもその卒業の中身が問題だ。
「歴史地理学的方法をバックヤードにしまうこと」と、「口承起源説に落とし前をつけること」は、まったくべつの作業だ。歴史地理学的方法を使わなくなったからといって、その方法が前提にしていた「出版以前の口承ネットワークが存在した」という命題が自動的に否定されたわけではない。その命題に決着をつけた日本人を、僕はまだ見つけていない。
このふたつが組み合わさるとなにが起きるか。民俗学が対決を経ずに離脱したから、周辺領域には「旧説が終わった」という死亡通知が届かなかった。引越し挨拶がなかっただけでなく、引越しの理由も伝わらなかった。だからゾンビはいまも歩き続けているし、歩き続けている地域の学者は、それがゾンビではなく権威ある学説だと思いこんでいる。
ゾンビは、発生した場所よりも、遠く離れた場所で長生きしている。僕がおとぎ話の書物起源説を調べ始めたのも、結局はこのゾンビを追いかけていたということなのかもしれない。
おとぎ話が人の心に刺さる理由
これは民俗学だけを責める話ではない。僕自身口承起源説を長らく信じていたし、そこのところの新しい動向を知ったのは、ほんの3年ほど前、2023年3月の終わりだ。英米文化の分野でおとぎ話を口承起源と信じて、その上でジェンダーだのなんだのを論じている人もいる。
神話学者コックスはなんでもかんでも太陽信仰に結びつける人で、1870年に、赤ずきんが狼に呑まれるのを日没と解釈した。
『愛するということ』『自由からの逃走』で知られる社会心理学者エーリヒ・フロムは『夢の精神分析』(1951、東京創元社)で、赤い頭巾は経血の象徴だと言った。
心理学者ブルーノ・ベッテルハイムは『昔話の魔力』(1976、福音館書店)のなかで、狼は「父」であり「自我」であり「超自我」である、みたいなことを言っていた。
21世紀になっても、頭巾を胞衣(えな)だと言う人がいるし、狼を中世の人狼伝説に結びつける人もいる。なんでも思いつきを述べればいいというものではない。
心理学者がグリム童話を論じるとき、その前提にあるのはフロイトやユングだ。おとぎ話に繰り返し登場するモティーフ(魔女、王子、仮死、試練)は、人類が長い時間をかけて無意識の層に積み上げてきたもののあらわれだという読みかたをする。その読みが成立するには、グリムのおとぎ話が古代から口承で伝わってきたという前提が必要だ。口承起源説は心理学者にとって単なる史的仮説ではなく、心理学的解釈の構造的な土台だった。
ここに奇妙な逆説がある。グリム童話が人の心に響くのは、ほんとうに「太古から伝わってきたから」なのか。むしろグリム兄弟が19世紀の近代読者を意識して編集した「近代文学」だからこそ、現代人が感情移入できる構造になっているのではないか。書物起源説を採れば「近代文学として設計されているから、いまの人間にとって普遍的に読める」という説明になる。
「太古から伝わってきたから普遍的だ」と言うが、普遍的に読める理由はじつは「近代に書かれたから」なのではないか。口承起源説は自分の根拠を掘り崩している。
グリム取りがグリムになる
フロムに向かって「なんでも思いつきを述べればいいというものではない」と『猫の大虐殺』(1984、抄録版=岩波現代文庫)でツッコミを入れたのが、歴史家ロバート・ダーントン。フロムが証拠として挙げるものは「赤ずきん」の17-18世紀の口承版には存在しない、というのがダーントンの論拠だ。
なのだが、おもしろいのが、ダーントンが「「赤ずきん」の17-18世紀の口承版」として挙げるものはいずれも19世紀後半以降に採集されたものだった。ダーントンはジョアノーの「ペロー以前に口承があったはず」という1807年の前提をそのまま引き継いでいるうえに、民間の口承が数百年のあいだ形を変えずに留まっていると信じているわけだ。こういうのが「グリム取りがグリムになる」の好例だ。
「赤ずきんちゃん」がペロー以前に存在したと主張する人たちは、その証拠を出していない(引き続き募集中です)。
いっぽう、ジョアノーの「ペロー以前に口承があったはず」という証拠のない主張は、1807年の初出以来、グリム兄弟や19世紀の神話学者、20世紀の民俗学者(サンティーヴ、ドラリュ、ダンダス)を経て21世紀のおとぎ話研究者にまで続く、生きた「伝承」であり「フォークロア」なのだ。おとぎ話・むかし話の学会こそ口承文芸学のフィールドワーク対象にふさわしい。
おとぎ話書物起源説の日本での黙殺
門外漢の僕から見ると、上述の構造がゾンビを養う温床になっているように見える。おとぎ話口承起源説は他分野ではゾンビだと思われず、生きた現役理論としてパスしている。民俗学プロパーの人たちから見たら、他分野の研究者が哀れな時代遅れの人たちに見えるだろう。でも、発生源である民俗学で日本語で議論もせず、一般向けにも死亡通知出してないんだから、ちょっとくらい責任感じてほしい。
僕が素人で手際が悪く、検索で書物起源説を論じた論文をうまくヒットさせられないだけかもしれない。そこで、Claude、Grok、ChatGPT、Gemini、Copilotに訊いてみた。
「おとぎ話書物起源説について日本語で書かれた論文や記事はある?」答えはどれも「ありません」だった。驚いた。だってAIですよ?
「ない袖は作ってでも振れ」が先祖代々の家訓なんじゃないかというくらい、存在しない架空の先行文献を全国の大学生のレポート用に捏造してみせることで有名なAIですら、架空文献を絞り出せないくらい「ない」のか。
いや正確にはGrokだけが、誇らしげに「これしかないですねえ」となんか出してきた。僕のnoteだった。
僕「その人以外でお願いします」
Grok「そこにないならないですね」先週、そういえばMeta AIにはまだ訊いてなかったと思って訊いてみた。Meta AIは自身満々で、あなたがいま読んでいるこの連載の第1回URLを出してきた。そして僕に向かって、こう訊いてきた。
「この連載に続いて書物起源説を論じる、日本でふたり目の人になりませんか?」
(つづく)