赤ずきんには作者がいる
誰もが知る「赤ずきん」「シンデレラ」は、本当に民衆が口伝えで守ってきた物語なのか? ペロー、グリム、そして民俗学の「常識」をたどり直し、おとぎ話の作者と伝承をめぐる長い調査の旅が始まる──。

【編集部より】『青ひげ夫人と秘密の部屋──「見たな」の文学史』(光文社)で第79回日本推理作家協会賞(評論・研究部門)を受賞した千野帽子さんの次のテーマは、おとぎ話! 本連載では、現在準備中の受賞後第一作『赤ずきんには作者がいる』の刊行に先駆けて、そのエッセンスをギュッと凝縮してお届けします。
第5回

書物が話を運んだ

2026.06.15
赤ずきんには作者がいる
千野帽子
  • アイルランドからインドまで

     前回紹介した話型目録を、1928年の改訂から1961年の決定版まで主導したのが米国の民俗学者スティス・トンプソンだ。トンプソンはAT目録の編纂者としてだけでなく、むかし話研究の理論家としても大きな足跡を残した。1946年に刊行した『民間説話 世界の昔話とその分類』(八坂書房)は、当時の民話研究を総覧した一冊だ。

     この本の第2部のタイトルは「アイルランドからインドまでの民話」という。ユーラシアのこの帯状の地域には、複合むかし話(複数のモティーフが有機的に結合した長くて複雑な話)が、とくに豊かに育っているという観察だ。超自然的な敵との対決、追放と試練と帰還、3回繰り返しのパターン、魔法の道具といったモティーフを持つ話型。僕らが「おとぎ話」だと思うようなものに、だいたい相当する。

     いっぽう愛印圏の外側、たとえばATU目録に含まれない北米先住民固有の創造神話やトリックスター譚は「非常に漠然としており、一連の小さな挿話を詰めこむ枠組以上のものではない」としている。複数のモティーフが有機的に結合した複合むかし話とは対照的な、「単純で断片的なもの」として位置づけているわけだ。複合むかし話に値しない話は、最初からトンプソンの分析の俎上にのぼらない。

     では、なぜアイルランドからインドにかけてそうした複合的な話が濃密に分布するのか。トンプソンの答えは「歴史的・文化的な接触と伝播」だ。この地域全体にモティーフとテーマの自由な貸し借りがあり、無数の共通伝承によって結びついているというわけだ。

     しかしこれは分布の説明であって、発生の説明ではない。「なぜこの地域でそもそも複合的な話が生まれたのか」という問いには、まったく答えていない。

    トンプソンの世界地図

     トンプソンは書物の役割を無視していたわけではない。愛印圏の外側については以下のように整理している。

     東アジアについては「この話型があらわれるばあい、それはほぼつねにインドからの明らかな借用であり、仏典が媒介した」と書いている。資料不足を自覚しながらも、書物が話を運んだと認めざるを得なかったので、分布の外側と定義してしまった。ここは多くの日本人が引っかかるところだろう。

     インドネシアについても、仏教・ヒンドゥー文献が媒介して話型が流入したと見ている。愛印圏内部のイスラム世界については「文学的伝統と純粋な民衆伝統を分離することは非常に難しく、ときに不可能だ」と明言しており、文学版が先行して口承に流入したケースを随所で認めている。アフリカや北米先住民については、植民地化以降の人的接触を経由して愛印圏の話型が伝わったとしている。

     つまりトンプソンの世界地図はこうなっている。愛印圏の内側では複合むかし話が口承で生まれた。外側への伝播は書物と植民地時代以降の人的接触が媒介した。

     僕には、これが腑に落ちない。愛印圏とアフリカや北米を比べると、何が違うのかといったら、文字文化の有無と、その歴史の長さでしょう。これで切るなら、東アジアだって愛印圏と同じ側だ。

     メソポタミアの粘土板、サンスクリット写本、ペルシアの宮廷書記、ギリシアのパピルス、ローマの写本文化。複合むかし話が濃密に育ったまさにその地域は、文字文化が早くから発達した地域でもある。東アジアも印刷史がとんでもなく長い。いっぽうトンプソンが「愛印圏から話を借用した」と位置づけた地域の多くは、外部からの接触以前には文字文化をほとんど持っていなかった。

     これは単なる偶然だろうか。素人考えで恐縮だが、「文字文化があったからこそ、複合的な話がこの地域に育った」という仮説は、真剣に検討に値するように思える。

     トンプソンはその問いに踏みこまない。「なぜ愛印圏でそもそも複合むかし話が発達したのか」という問いに、書物・文字文化を主因として据える発想がそもそもない。

    ヴェッセルスキへの批判

     トンプソンの本でもっとも興味深いのは、オーストリアのフォークロア研究者アルベルト・ヴェッセルスキへの批判だ。

     ヴェッセルスキの主張はこうだ。「口承よりも文字に書かれた話こそが民話を伝播させた。口承は話を劣化させるだけだ。メルヒェン研究の正しい方法は文書の比較のみだ」。トンプソンとは真逆の立場だ。結果として、さきほど僕が述べた素人考え(文字文化があったからこそ複合的な話がアイルランドからインドに育った)と同じ方向の議論になっている。

     トンプソンはヴェッセルスキを退けた根拠として、ベラルーシ出身の民俗学者ヴァルター・アンダーソンの研究を持ち出した。アンダーソンは「皇帝と修道院長」という話型の571ヴァリアントを分析し、「自己修正の法則」を唱えた。遠く離れた地域でよく似た話が採集される理由は、各語り手がひとりからではなく複数の人から繰り返し聞くからだ、そうして複数のヴァリアントを頭に蓄えた語り手は、無意識のうちにそれらを照合し、ズレを修正しながら語り直す。この反復的な照合プロセスが、話の骨格を長期にわたって保存する機能を果たしている、というサイバネティクス的仮説がその骨子だ。

     しかし、アンダーソンの原著『皇帝と修道院長』(1923)を実際に読むと、こう書いてある。「多くの口承ヴァリアントも実は文字文献から来ているが、その数は正確には確定できない。なぜなら文字的起源は証明できず推測にとどまるし、書物ヴァリアントと真正の口承ヴァリアントの混淆が非常に頻繁に起きているから」と。

     つまりアンダーソン自身が「文字の影響を受けた口承ヴァリアントを除外できない」と認めていた。トンプソンはヴェッセルスキへの反論の根拠としてアンダーソンの研究を持ち出したが、そのアンダーソンの原著を読むと、ヴェッセルスキの批判を支持するような記述があった、という皮肉な構造になっている。

    文字と印刷がもたらしたもの

     僕が知らないだけかもしれないけれど、「文字文化が早期に発達していたからこそ、ユーラシアに複合的な話が発達した」という仮説を正面から論じた民俗学者・神話学者は、見当たらない。しかし議論を整理すると、文字・印刷はつぎの機能を同時に果たす。

     第一に「保存」。語り手が死んでも話は残る。口承では語り手の身体・記憶が話の格納場所だが、書物では書かれた媒体そのものが格納場所になる。

     第二に「蓄積・拡大・精緻化」。複数の情報源を参照・改訂することで、話が洗練されていく。口承では「複数の語り手から繰り返し聞く」という不自然な条件が必要だが、書物では複数の写本・刊本を参照するだけでよく、時間・空間を超えて蓄積が可能だ。

     第三に「流通」。インド説話集『パンチャタントラ』所収の数多くの寓話がインドからペルシア、アラビア、ヨーロッパへと伝播したのも、各地点で専門的語り手が訓練されたからではなく、書籍が翻訳されたからだ。

     第四に「流通コスト削減」。識字能力という比較的低い(異論はあるだろうが)ハードルさえ越えれば、だれでも話の流通に参加できる。さらに印刷が普及すると、写本の手間すら不要になり、同一の話が大量に複製されて広域に流通する。グリム兄弟『子どもと家庭のメルヒェン』の類話がヨーロッパ中で採集されたのは、19世紀を通じてそれが読まれ、翻訳されたからだ。この事態は印刷技術なしには考えられない。

     神話のばあいは文字が、近世以降のむかし話のばあいはそれに加えて印刷が、このような機能を果たした。ヴェッセルスキが「文字こそが話を作り運ぶ」と言ったとき、彼が直感していたのはこうした機能だったと思われる。

    集いの場と素話の敷居

     口承説の立場に立つ研究者は、おおむね同じイメージで、むかし話がどのようにして広まったかを描写してきた。一日の農作業が終わったあと、人々が集まって世間話や聴き伝えの話を語り合う。そうした農村の集いの場が、むかし話の伝承の場だったという絵だ。

     この描写は額面通りに受け取りにくい。農業が不安定で食糧確保が優先される社会では、そもそもこうした「集い」が定期的に成立する余裕があったかどうか疑わしい。平均寿命が短ければ、複雑な話を身につけるのに十分な時間を生きられる語り手も少ない。

     そして「集い」があったとしても、実際に語られるのはまず世間話・噂話・即時的な情報、そして伝説だ。明日の天気、隣人の不倫、だれが食料を盗んだか、どこに怪異が起こるか。

     これらと違ってむかし話はフィクションだ。さらに余剰の時間と場を必要とする。そしてそこに素話(すばなし)の「敷居」の問題が加わる。

     フィクションとはそもそも、語り手と聴き手の間に「これはごっこ遊びだ」という合意が先行して成立して初めて機能するジャンルだ。仮に集いがあったとしても、日常会話からフィクションの語りへ移行するキューがない状況で、オチも教訓もない架空のプリンセスの話を語り始めるのは難しい。

     米国の哲学者ケンダル・ウォルトンの言葉を借りれば、フィクションというゲームへの参加にはlet’s pretend(ごっこ遊びを始めよう)という演算子、つまり「ここからは作り話ですよ」というキューが不可欠だ。読み語りなら本を開く動作がそのキューになり、図書館で開催される子ども向けの「お話会」や、落語愛好家を対象とする寄席なら、入場することがキューになる。

     しかし素話にはそれがない。集いでは、笑い目的の小咄や、せいぜい教育目的の教訓話程度がフィクションの限界だったのではないか。生存すら厳しい農村で、オチも教訓もない架空のプリンセスの話が、しかも複数のストーリーテラーによって披露されていたとは思えない。

     それが披露されていたと考える人(口承論者)は、じつは口頭でのミーム交換にまつわる人間心理のデリカシーを無視しているように見える。なんというか、口承起源説というのは、調査対象を自分たちと同じ人間だと思ってないのではないか。

    ホメオスタシス

     口承が複合むかし話を生み出し伝えたという説には、べつの角度からも疑問がある。宗教史家ウォルター・ジャクソン・オングは、口承文化にはホメオスタシス(恒常性)と呼ぶべき特徴があると指摘している。口承社会は、現在の生活に関係のなくなった記憶を自然に脱落させることで均衡を保つ、というものだ。

     ナイジェリアのティヴ族では、かつて英国人が書き留めた系譜と、数十年後に当人たちが口頭で語る系譜が大きく食い違っていた。当人たちは「同じだ」と主張したが、実際には変化した社会関係に合わせて系譜が書き換えられていた。ガーナのゴンジャ族では、建国者の息子の数が60年のあいだに7人から5人に減っていた。消滅した行政区画に対応する息子たちが、いつの間にか「存在しなかった」ことになっていたのだ。

     口承は安定しない。現在に都合よく書き換えられる。アンダーソンは「口承は安定している」と主張し、それを前提に「自己修正の法則」を主張したが、観察された事実は真逆だった。そして書き換えが起きても当人たちはそれに気づかない。記憶を照合する外部の記録がないからだ。書物こそが、過去を過去として固定する装置なのだ。

     じつは、文字なしで複雑な口承を維持した社会も存在するらしい。マオリ社会における専門的知識の担い手トフンガがその例だ。トフンガはフワレ・ワーナンガ(知識の家)という専門教育機関で、選ばれた少数者が冬の間、聖別された状態で集中訓練を受けた。文字なしで複雑な知識体系を維持していたのは事実だが、それには文字に匹敵する制度的コストが必要だった。

     このように、「文字がなくても複雑な口承は可能だ」という反論は、「ただしそれには相当の社会的余剰と制度的インフラが必要だ」という条件つきでしか成立しない。これに比べたら識字能力のハードルなど低いものだ。それで、さっき「低い」と書いたのだ。

     『パンチャタントラ』『千一夜物語』も、背景には宮廷・寺院・都市という制度的基盤があった。トンプソンが「アイルランドからインドまで」と呼んだ地域はまさにそれらが早期に発達した地域でもある。文字・余剰農業・貨幣経済・宗教組織・都市・宮廷といった条件が揃って初めて、複雑な物語を蓄積・洗練させるシステムが生まれる。15世紀以降はそれに印刷が加わり、複雑なフィクションは書物として大量複製・広域流通するようになった。

     「口承は話を劣化させるだけだ」という言いかたは極端だったかもしれない。しかし「文字文化を含む社会的余剰がなければ、複合的な話のアーカイヴそのものが成立しない」というヴェッセルスキの問いの立てかたは、トンプソンよりもずっと本質に近かった。その先の話は、次回に。

    (つづく)

誰もが知る「赤ずきん」「シンデレラ」は、本当に民衆が口伝えで守ってきた物語なのか? ペロー、グリム、そして民俗学の「常識」をたどり直し、おとぎ話の作者と伝承をめぐる長い調査の旅が始まる──。

【編集部より】『青ひげ夫人と秘密の部屋──「見たな」の文学史』(光文社)で第79回日本推理作家協会賞(評論・研究部門)を受賞した千野帽子さんの次のテーマは、おとぎ話! 本連載では、現在準備中の受賞後第一作『赤ずきんには作者がいる』の刊行に先駆けて、そのエッセンスをギュッと凝縮してお届けします。
赤ずきんには作者がいる
千野帽子
千野帽子(ちの・ぼうし)

兼業文筆家。フランス政府給費留学生としてパリ第4大学に学び、博士課程修了。著書に『人はなぜ物語を求めるのか』『物語は人生を救うのか』(ちくまプリマー新書)、『俳句いきなり入門』(NHK出版新書)、『読まず嫌い。』(角川書店)、『文藝ガーリッシュ』『世界小娘文學全集』(河出書房新社)、『文學少女の友』(青土社)、共著に『東京マッハ 俳句を選んで、推して、語り合う』(晶文社)、編書に『富士山』『夏休み』『オリンピック』(角川文庫)、『ロボッチイヌ 獅子文六短篇集モダンボーイ篇』(ちくま文庫)、訳書にマリー=ロール・ライアン『可能世界・人工知能・物語理論』(水声社)、トマス・パヴェル『小説列伝』(水声社)がある。『青ひげ夫人と秘密の部屋──「見たな」の文学史』(光文社)で第79回日本推理作家協会賞受賞(評論・研究部門)。