爪を切られている最中は、仮面武闘会を聴く
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十一年前、アパートの扉の前に包丁を持って立っている父をドアスコープ越しに見て以来、私は包丁に触れなくなった。
両親は私が二十二歳(おそらく)のころに離婚していて以来、ずっと連絡は絶っていたのだが、弟が亡くなったことで再び連絡せざるを得ない状況になった。
私は父に伝えることを大反対した。
かつて父は、自殺した自分の弟の葬儀や祖父の葬儀において喪主になることのみにこだわり、それが叶わないとわかると大暴れし、葬儀に参列しなかった過去がある。今回の葬儀の喪主は母だ。それを知れば父は暴れて弟の葬儀を壊すに違いないと思っていた。
しかし、弟の訃報は新聞のおくやみ欄に載ることになり、誰からの連絡より先に父は近所の方から聞き知ることになった。それから、母やおじが電話をかけても出ることはなく、葬儀場から連絡してもらっても繋がらなかった。
結局、父のことを嫌っている父方の親族が、しぶしぶ連絡してようやく繋がったらしい。父方の親族は弟の死について詳しく知らないくせに、どうでもいい情報だけはたっぷり話したようだ。
「(弟の遺体を)優ちゃんが見つけたらしいんよ」と伝えたらしい。
父は私が弟を殺したと勘違いし、おかしくなった(もともとおかしい人だったが)。私が逮捕されていないことを不思議に思ったのか、父は弟のために私を殺そうと決意したらしかった。
最初は包丁だけがダメだった。母が料理をするトントントンという音を聞くと、恐怖が身体を駆け巡り「止めて!」と叫んでしまうことがあった。おかしいのは父ではなく私なのかもしれないと思うほど、私は包丁を敵対視しており、夫がノイズキャンセリング機能付きのヘッドフォンを買ってきたほどだった。
包丁が使えないとほとんどの料理が作れなくなる。しかし、そもそも私は包丁を持つどころか料理をする機会がほとんどない人生を歩んできた。
家庭科の授業でも先生に「作田さんの手つきは危ないので、ダメです」と包丁を触らせてもらえなかったし、恋人ができても「優ちゃんの料理なんてこわいから、俺が作るよ」と言われ、いちども作って欲しいと言われたことはなかった。
元夫と結婚していた時期も夫の母に「才能がない。女として終わってる」と言われ、二回ほどしかキッチンに立たせてもらえなかったため、もう私は料理を作らなくていいのかもしれないと思い生きてきた。
母が料理に目覚めたのと、母がいないときは夫が作るか外食をするため食事については問題なかった。しかし、徐々にカッターやハサミなどの刃物全般がこわくなってきた。目にするだけで、心臓がばくばくし、目を逸らしてしまうのだ。
ハサミが見られないと話すと、あり得ないと母は呆れていたが、包丁のときの叫びが出た瞬間にダメなのだと理解したらしい。洋服のタグを切る際など切る作業が必要となると母や夫がやってくれるようになった。
そうしている間に、家族以外の人間にも頼るようになった。
私は、いくつかの病院に通院しているのだが、調剤薬局で薬が手で分けられるようにハサミで切り込みを入れてもらっている。しかし、切るのを忘れて渡す方もいるし、病院によってはハサミが使えないなんて嘘でしょうと断られる。
そんなときは、訪問看護のHさんに切ってもらっている。その間の私は自室に逃げていて、Hさんが「終わりましたよ~」と、私の物だらけの汚い部屋に呼びに来てくれるのを待つ。
仕事にも支障がではじめ、私はパソコン作業くらいしかできなくなった。紙を切る作業がある仕事だったため、いちいち頼むと仕事にならない、という上からの判断だった。もともと障害者枠に近い形で入社していて、休職をするたびに申し訳なく思っていたのに、それにくわえて簡単な仕事すらできなくなるなんて、それでも雇いつづけてくれていた会社には感謝しかない。
症状は悪化し、料理番組や人を刺すシーンのあるドラマは見られなくなってしまった。もともと、ミステリ小説や映画が好きだったため、これはショックだった。
小説はその文章を飛ばせばいいだけなのでなんとかなるが、映画は目を閉じても「グシュ、グシュ」という音が聞こえてくるため、観られない。
現在は刃物を使わない仕事を家でしているが、趣味程度でほとんど稼げていない。外でアルバイトをしたほうが効率的だし、社会復帰になることだろう。しかし、外での仕事はハサミを使う機会が多いと経験上わかっている。コンビニでも飲食店でも工場でも事務仕事でも刃物を使うことは意外にも多かった。いちいち頼んでいたら仕事にならない。
だから、私には文章を書く仕事しかできないのではないかと最近は強く思っている。パソコン一つで仕事ができるのだ。刃物を使わずに済むなんて天国のような仕事ではないか。
改善するために、訓練を試みたことがある。
抗不安剤を飲み、落ち着いたころに深呼吸をして、ハサミと対峙する。私の心臓は弾けそうなほどバクバクし、目の前には包丁を持った父が現れた。死ぬ!と顔の前に手をやって子どものような声を上げて泣く私を夫は抱きしめた。目を開けるころにはハサミは片づけられていた。このようなことを繰り返しながら、トラウマ治療のカウンセリングにも通っているが、まったく改善していない。
私は母や夫がいなくなったらどうすればいいのだろうと不安で仕方がない。
とうとう、爪切りまでこわくなった私は、ここ数年は夫に爪を切ってもらっている。
爪を切る場面を見ることはできず顔を逸らしているのだが、チャキンチャキンと音が聞こえると、恐怖で耐えられなくなる。
だが、爪というのは放っておけば伸びて、いつしか刃物のようになる。大昔は、その爪で二の腕を傷つけていたのだから、爪が鋭利な凶器になることを私はよくわかっている。爪がこわくなってよかったのは、爪を使った自傷行為をすることができなくなったことくらいである。
私は夫に買ってもらった三代目のノイズキャンセリング機能付きのヘッドフォンを着けているが、夫は足の爪を切るのが苦手で、たまに肉を巻き込むし、爪切りの回数を減らすために深爪にするため、指に嫌な感触が残る。私は好きな歌手のライブ映像を観ながら耐えようとしたが、効果はなかった。
好きな曲は聴き慣れていてどうしても、歌より爪の方に神経が向いてしまうのだ。ライブ映像を観て目を逸らしていても、歌手の歌う姿より爪を真剣に切ってくれる夫の顔が浮かぶ。申し訳ない気持ちが心をうずまく。そうしていると、夫の顔が、目がぎょろりと血走った父の顔に変わる。
「止めて!」
と叫びたいが、爪を切ってもらっているのに、夫に文句を言うようなことはしたくなかったため、知らない曲を検索して、その歌手のライブ映像を再生した。
私はPVより、ライブ映像を好んで観るタイプである。いちいち歌手を調べるのがめんどうで、YouTubeのTHE FIRST TAKEというチャンネルから検索することが多かった。
だが、そのライブ感というのも爪切りタイムには合わなかったようだ。歌手の緊張しているようすが私にまでうつり、ドキドキしてしまう。
これはよくないと、アニメ映像の動画を探した。すると、替え歌のチャンネルが出てきた。おもしろおかしい替え歌なら、笑っているうちに爪切りタイムが終わるかもしれないと思い再生した。しかし、ふと笑いがこみ上げると、夫がせっかく私の臭い足の爪を切ってくれているというのに笑うというのはいかがなものだろうかと思った。
私はどこかの国の女王ではなく、ろくに働くこともできないちょっと肥満気味の一般市民である。爪を切ってもらうのなら、それに相応しい態度でいるべきだ。
どうにかしたいとさまざまな検索を続けた。
バラードなら集中できるかもしれないと思っていたら、感情移入して泣いてしまい余計に爪を切ってもらっている自分の情けなさに胃を痛めてしまうし、かといってクラシックはあくびがでてしまい、爪に神経が集中してしまう。
そうだ!元気になれる曲はどうだろうかと考えた。テンションが上がる曲ならいけるかもしれない。『おもしろい 曲』で探していると、カル×ピンというユーチューバーユニットが歌う仮面武闘会という曲がヒットした。再生回数を見る感じ、まあまあ有名なのかな、というのが最初のイメージだった。
タップしてみると、中華風なメロディーが流れてきた。ライトに照らされる金髪と黒のツートンカラーの男性とピンク髪の男性が歌って踊っている。歌声や歌詞に特段おもしろさは感じられなかったが、とにかく曲が耳に残った。
「優ちゃん、爪切り終わったよ」
夫を見ると、切り終わった爪が乗ったティッシュを丸めてごみ箱に捨てている。
爪を切られているのを忘れて動画に没頭したのは初めてのことだった。私はすぐに、仮面武闘会をあとで見る、のファイルに保存し、それまで保存していた爪切りタイム候補の曲を削除していった。
仮面武闘会をみんなはどう聴いているのだろうかと、コメント欄を見てみると、失礼な大喜利?コメントばかりが並んでいて、この曲は世界一ダサい曲として有名らしかった。なぜ、『おもしろい 曲』で検索結果に出たのかは謎だが、この動画に出会えて本当によかったし、私はこの世界一ダサい曲という称号がとても気に入った。刃物がこわい世界一ダサい私にこの曲はぴったりではないかと思った。
アンチのコメントがつくほど話題になっているのは、それだけこの曲に魅力があるからではないのかとも思った。
それから夫に爪を切ってもらうときは、ノイズキャンセリング機能付きのヘッドフォンをし、仮面武闘会を流しながら、動画を観ている。今ではもう歌詞を覚えて、脳内で歌いながら切ってもらうようになった。曲の長さは四分くらいで二回聞いているといつのまにか爪切りタイムは終わっている。こうやって苦手な爪切りを乗り切っている。
ありがとう。夫。ありがとう。カル×ピン。ありがとう。仮面武闘会。