赤ワインを爆飲みした夜
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そろそろクリスマスが来る。クリスマスイブは、出かける時間も決めず、ゆるゆると支度をしてから、夫と互いのプレゼントを買いにデパートへ行き、その後は私が食べたいと思った店に行く予定だ。
私は前もってものごとを決めるのがとても苦手で、レストランなどを予約すると当日に体調を崩して行けなくなったらどうしようという心配で頭がいっぱいになってしまったり、当日になると行く気をなくしたりすることがあるため、デートのときは、あまり予定を固定しないようにしている。
私は夫と出会うまで家族でクリスマスにプレゼントを渡し合ったりケーキを食べたりしたことは幼少期を除いてなかった。特別な宗教に入っているとかそういった理由ではなく、クリスマスになにかをする経済的余裕がうちの家庭にはなかったのと、両親がただ単にそれを忘れていたのだ。
幼いころから通っていた英会話スクールでは、毎年大規模なクリスマスパーティーが行われていた。母に五百円を渡され、プレゼント交換のためのプレゼントを買いなさいと、地元の小さなデパートに連れていかれた。私はなにを買えばいいのか母に相談したかったが、携帯電話で友だちと楽しそうに会話をしている母に話しかけることはできなかった。
そのスクールに通っているのは五歳ほどの子から小学校高学年の子までバラバラだった。くじを引いて番号の相手が用意したものをプレゼントとしてもらう方式だった。
当時小学校一年生だった私は、チェック柄のハンカチを購入した。当たった小学校四年生くらいの女の子は、うれしくなさそうだったが、一緒に参加していたおかあさんに「使えるものでいいじゃないの」と諭されて、しぶしぶ納得しているようすだった。後日、スクールでハンカチを使っている彼女を見て、よかったと胸を撫で下ろしたことを覚えている。
父が会社の社長と喧嘩して無職になってから、母は仕事でほとんど家に帰ってこなくなった。父はパチンコ三昧でクリスマスは特にフィーバーしていた。母は英会話スクールのクリスマスパーティーの存在を忘れてしまったらしく、私は参加することができなくなった。あの美味しかったチキンやケーキが食べられなくなったことがショックだった。しかし、人見知りだった弟はスクールに通うこともなかったし、パーティーの参加を泣いて嫌がっていたから、弟のことを考えれば、母が忘れてくれてよかったのかもしれない。
弟が小学校に入ると、私たちは町内の子ども会に入ることになった。正月は左義長、夏は神社のお祭り、冬は公民館でのクリスマスパーティーがあった。母は、会費が高いから嫌だったと私が中学生くらいのころにぐちぐち言っていたが、私と弟は、子ども会のイベントが大好きだった。
ここでもプレゼントの交換があった。近所の人にはよく思われたい母は、私と弟にお金を渡さず、プレゼントを勝手に決めて購入していた。しかし、センスが壊滅的だった母は、シマウマのキーホルダーを選び、トナカイじゃない~ともらった子を泣かせることになった。人目を気にする弟が怒り狂って、翌年からお金をもらい、父にデパートまで送ってもらうようになった。私は子どもなりに機転を利かせて、かわいいシールとボールペンや、人気アニメのノートなどを選んでいた。男女に分かれて交換していたため、選びやすかった。
当時は、男の子のランドセルは黒、女の子のランドセルは赤の時代で、かわいいものが女の子の正義だったのだ。私のプレゼントをゲットした子は予想通り喜んでくれてほっとした。なぜか私は毎年のようにスノードームばかりが当たり、部屋にはいくつもスノードームが並んだ。
問題なのは、数日後の夜だ。
弟は暗い顔で友だちの家から帰ってくる。
「みんなのおうちにはサンタさん来たんやって。今年もうちには来んかった。僕が悪い子だからかな」
弟は泣いていた。
サンタクロースを信じていたころの私も一人涙をこぼしたものだが、いないと知ってからは、弟に「うわさで聞いたんやけど、こんな田舎にサンタは来れないんやって!だからみんなサンタさんからプレゼントもらったって親に買ってもらったくせに嘘ついとるんやよ。みんなに言ったらダメやからね」とこそこそ伝えた。弟は、いたずらっ子のような顔で、笑っていた。私の言葉を信じたのかもわからないし、つらい気持ちが癒えたのかもわからない。けれど、本当の笑顔だと私にはわかったため、ほっとした。
そんなふうに育ったからか、恋人ができてもクリスマスが特別な日だという感覚がなく、プレゼントをもらうことはあってもあげたことは夫と出会うまでは一度もなかった。
十九で初めて好きになった人と交際することができたのだが、その彼もイベントに興味がないタイプで、(単にお金がなかっただけかもしれないが)クリスマスは、いつも通り鍋を用意して、彼の友人を数人誘って食べていた。誰かがクリスマスの話をしていたのかもしれないが、耳には入ってこなかった。
そんな私に文句を言う人はいなかった。友だちや元カレがみんないい人だったからかもしれないし、注意されたことに私が気づいていないだけだったのかもしれない。
二十一歳くらいのころに働いていたアパレル会社で、同僚がクリスマスケーキを持ってきたときも、クリスマスだという意識はなかった。おいしくいただいた。その日、ある上司に私の名前入りのワインボトルをプレゼントされた。
『Merry Christmas Love yuu』みたいな感じだったような気がする。私は名前が彫られていることに気づかなかったし、ワインボトルをくれたのはクリスマスを口実にした告白であることにも気づかなかった。赤ワインは大好きだったため、ラッキーくらいの感覚だった。
「あざーす!」
と礼を言い、すぐに車に乗った。上司は、満足そうな顔をしていたから、みんなに渡しているのだと勘違いしていた。太っ腹だ、金持ちだなあ、と思っていた。
職場から帰宅し、自分の部屋でワインボトルに直接口をつけて爆飲みした私はまったく酔うことはなかった。しかし、弟が友だちからか恋人からかはわからないが、もらったプレゼントを自慢してきてから、変なスイッチが入ってしまった。あらゆる人に「メリーメリークリスマス!」とメールを送った記憶がある。みな、家族や恋人、友だちと過ごしていたのか返事が来ることはなく、私はとてもさみしくなって二の腕に爪を食い込ませることで自分を落ち着かせた。
数日後、モラハラ気質の上司にクリスマスにお菓子一つ用意しない女は最低だと言われた。そういえば当日出勤していた女性で用意していないのは私だけだった。
ワインボトルをくれた上司は、私を呼び出し「なんで一人で飲んだの?」と私を責めた。上司は気まずくなったのか私を避け始めた。私はようやく告白だったのだと気づいて上司に「社内恋愛は禁止ですよ」と話しかけた。怒った上司は服を見に来るお客さんに手を出す遊び人になってしまった。
私はなんだか馬鹿らしくなってクリスマスが嫌いになった。クリスマスにやること、を避けるようになった。
仕事でクリスマスツリーを飾るなどのことはしたが、仕事以外では徹底的に避けた。恋人や友だちに、私は仏教徒だから、ケーキは食べないし、プレゼント交換はしないと宣言した。真面目だね、そんなの気にしなくていいじゃんと諭されることもあれば、仏教に興味あるんだけど……とくわしく聞かれてめんどうなことになることもあった。
父からストーカーされホテル生活をしていた時期に、長年の友人との縁が切れたのがきっかけで私には友だちがいなくなった。警察と弁護士を通して父に接近禁止命令を出し、落ち着いてからも精神疾患との長い戦いが待っており、人と会う余裕なんてなかった。私の中のクリスマスは消えていった。
それから数年後、マッチングアプリで夫と出会った。夫が私に恋愛感情を持っていることに私はまったく気づいておらず、夫がクリスマスイブの日に私を夕食に誘ったのが、特別なことだと気づいていなかった。やけにおしゃれなレストランに連れて行かれたが、それでも気づかなかった。
食事が終わると、夫は車を走らせた。当時住んでいたおんぼろアパートの近くにあるコンビニの駐車場に車は停まった。なんども会っていたというのに、夫に自宅の場所を伝えていなかったため、いつもそのコンビニで解散していた。
うちの犬によく似たデザインのキーホルダーをプレゼントされ告白された。私はそのときにようやく、街や建物が無駄にピカピカ光っていたことや、レストランにクリスマスツリーが飾ってあったことを思い出した。
「僕が勝手にプレゼントを用意して、気持ちを伝えたかっただけなので、優さんからのプレゼントはなくていいですし、告白の返事はしなくていいです。今日はありがとうございました」
そう話す夫に私は好感を持った。プレゼントもとても気に入ったし、うれしかった。だから、お返ししたいと思った。子ども会のクリスマスパーティーのときに持っていた、プレゼントを渡して喜んでほしい欲が復活したのである。
私は夫に住んでいる場所は教えていないくせに、精神疾患があることや、まともに働いていないことは早々に伝えてあり、精神科のある病院まで毎回車で送ってもらうような関係になっていたため、そのお礼をしたかったのもある。
夫が冗談めかした口調で、
「一生病院までの送り迎えをしますよ」
と言ったのは、もしかしたら最初のプロポーズだったのかもしれない。
当時の夫は私にとってソウルメイトのような存在で、恋愛対象として見ていなかったため、告白の返事は保留にした。夫はまったく不快そうな態度を見せなかった。交際を始めてからもしばらくは、恋愛感情はないと伝えていたし、夫は指一本触れてくることはなかった。茶飲み友だちみたいな付き合い方でいいなら交際します、と伝えて夫はそれを了承したのだ。(最初のころはお揃いの指輪を買うなどはっちゃけていたが)
次第に夫の誠実な一面に惹かれて、私たちは最終的には結婚して、家族になった。今は母を含めた三人で暮らしている。
母はクリスマスになにかする習慣が未だにないため、ケーキを買うなどの変化はない。母は、夫が気を遣ってプレゼントを渡してもその辺にポイと置いたままにしてしまう。私はそんな母を冷たいと思ったが、それは過去に私が恋人に対してしていたことだった。
今年のクリスマスは鍋が食べたい気分だが、当日にはサイゼリヤに行きたくなるかもしれないし高級なお寿司が食べたくなるかもしれない。ダイエット中のためケーキは食べないが、とにかくクリスマスが楽しみだ。
そう思えるようになって面倒だと思うこともあるが、ワクワクした気持ちが持てるようになったのはとてもうれしい。