遅刻が許せない自分が許せない
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世間一般のADHDのイメージは遅刻しやすいことであり、検査でも遅刻について触れられることが多いように思える。
しかし、私は遅刻をしない主義で十五分前集合ができるように行動しており、急な体調不良を除けば、これまで遅刻をしたことは一度もない。
弟が亡くなり父から殺害予告をされていたころ、幼馴染のKちゃんに縁を切ろうと言われた。
理由はたくさん挙げられたが、決定打になったのは三年前に遅刻を注意されたことだと言われた。
Kちゃんとほぼ毎日電話するようになったのは成人式で再会したのがきっかけだった。Kちゃんは中学時代に交際していた同級生と復縁したいから協力して欲しいと私に言った。
私は友だちができても、ドジが多いせいでみんな私の母親のようになることが多く頼ってばかりだった。頼られるのは初めてですっかり舞い上がってしまった。もちろん、と答え、すぐに行動にでた。
その彼を、仮にTとする。
Tの連絡先をTと同じグループの男友だちに聞いて交換した。Tは中学時代、スクールカースト頂点のグループにいることが誇りのような人間だった。警戒心が強く、自分のグループ以外の人間とは話そうとしない性質だと小学生のころからTを見ていた私は知っていた。
そのため、まずはTの心をほぐすために男友だちと三人でお酒を飲みにいくことにした。当時の私は一緒にタバコを吸ってお酒を飲めば誰とでも仲良くなれると信じていた。
私の作戦は成功し、Tは私に恋人との悩みを打ち明けるようになった。Tは生まれて初めてできた女友だちという存在を気に入ったらしかった。
Tは飲み会の帰りに人に電話したくなる迷惑な人間で、私はそれを利用してTが飲み会に行くと知るたびに、SNSで暇だと投稿するようにしていた。そうすると暇なんだろう、相手してやるよ、とTはうれしそうに電話をかけてきた。
Tの当時の恋人は風俗店で働いていて、Tはそれをやめて欲しいと思っていた。しかし、恋人の実家に借金があり、風俗店で働く以外に実家を支える方法がなかったらしい。
Tは当時、入社したばかりの会社から転勤を言い渡され「地元の仲間と離れたくない」という理由で会社を辞め、ニートだった。金銭的援助もできず、どうしたらいいかわからないとTは電話口で泣いていた。
男性と手を繋いだこともなく、公務員を目指して勉強しているお嬢さま育ちのKちゃんにそれを話したら卒倒してしまうかもしれないと思ったが、嘘をつくことはできなかった。Kちゃんの反応は意外なもので、私の車の窓をバーンと叩いて「優ちゃん、そのクソ女を殺して」と獣のような叫び声とともに言った。
私はびっくりしてしまい、とりあえずタバコを吸って気を落ち着かせた。その間に、KちゃんはTの恋人と、その恋人の元カレのmixiを発見したらしく、「ブスやん」「こいつらの汚いエキスがTに移ってると思うと気持ち悪くなるわ」
と言って、また窓を叩き、そのあとウェットティッシュで手を拭いていた。彼女は綺麗好きだった。
結局、私がなにをするでもなく恋人とTは別れて、そのタイミングで男友だちも合わせた四人で遊ぼうと提案した。TはKちゃんという新しいものが入ることに関して少し警戒しているようすだったが、「やだー。中学のときのことをまだ意識しとるんー。恥ずかしい奴やねー」と言うと、「そんなことないし!行くよ」とおもしろいほど私の思惑どおりに動いてくれた。
四人での飲み会を重ね、かなり時間はかかったが二人は復縁した。Kちゃんに、Tを就職させるように動けと言われればTを説得し、Tがホワイトデーになにもくれなかったからどうにかしてと言われればTに何の日か忘れたの?と電話をしてうまく誘導した。Kちゃんは一時的には喜んだものの、悩みは尽きないようで、
Tの服がダサいからどうにかして
Tの貯金が少ないから節約させて
Tの車が臭いから禁煙させて
Tの姉がうざいから関わらないようにさせて
などと、私に毎日のように電話をかけて、頼んできた。そのころの私はTを思い通りに誘導することには慣れていたからうまく動くことができた。
Kちゃんは土日のどちらかをTと過ごしていたため、地元の仲間との飲み会以外で会うことはあまりなかった。電話でのやりとりが私たちをつないでいた。
二人で会うと、必ずKちゃんは遅刻した。最初は二十分ほどだった遅刻の時間はどんどん長くなり三時間ほど車で待つこともあった。
Kちゃんは完璧主義で前髪やメイクがばっちり決まらないと外に出られず、出かけるのに時間がかかるのだ。しかし、私以外の友人に対しては遅刻したことはなかったそうで、Kちゃんの遅刻問題をわかり合える人間は、Tくらいしかいなかった。
Tは毎週六時間くらい、Kちゃんを車内で待ち続けていたらしい。Kちゃんが用意を終えて外に出たとき、すぐそばに車がないとKちゃんが怒るから家に帰ることもできず、Kちゃんの家の近くのコンビニなどで時間をつぶすことしかできなかったとTは苦笑していた。おかげでスマホゲームのレベルがかなり上がったらしい。
私は、このエピソードを聞いて、正直に言えばちょっとKちゃんに引いていた。
あるとき、Kちゃんとファミレスで待ち合わせをしたことがあった。着いたよの連絡からいつまで経っても店に入ってこない。なにをしているのだろうと思っていたら駐車場でTと電話していたという。悪びれずに話すKちゃんにさすがにイライラしてきた。
「次、遅刻したら待たずに帰るからね」
私がそう伝えると、Kちゃんは初めて申し訳なさそうな顔をした。
もうしない、ごめんね、とKちゃんは言った。
ある日、復縁をさせてくれたお祝いをさせてとKちゃんに言われた。Kちゃんがお店を予約してくれたらしい。社会人になってからのKちゃんは個室居酒屋以外の飲食店は汚いと言い行かなくなったため、予約していたのは当時私が住んでいたアパートから徒歩で行ける範囲にある高そうな居酒屋だった。
奢ってくれると言ってくれて助かった。歩いていける距離のため、運転代行を頼む必要もない。気を遣ってくれているとわかり、感謝した。そのころ、元夫から婚姻していたときに渡した金を全額返せ!等、わけのわからないことを言われて、それを真に受けて必死に金を稼いで貯めていたのだ。
居酒屋に着くと、店員さんに「予約時間の変更の電話がありましたよ。予約のお時間まで、あと一時間ありますがどうされますか?」と言われ、驚いた。そんな連絡はKちゃんから来ておらず、電話をかけても繋がらない。Tに連絡して確認すると昨日言われたから知ってるよと言われた。
私は帰ることにした。
しばらくしてKちゃんから謝罪の電話があった。酔っ払っているようすでケラケラ笑っていた。
「なんで予約時間変えたことを教えてくれんかったん?」
「ごめんってー。忙しかってん、戻ってきてや」
「次に遅刻したら帰るって言ったよね?だから行かんよ」
私は淡々と答えた。正直なところキレそうだったが必死に抑えていた。
Kちゃんはそのときの私がとてもこわかったという。
「もう優ちゃんを思い出すたびに恐怖で震えてしまって、会うのも嫌になった。やから三年間避けてたんに優ちゃん気づかないんやもん」
その後もKちゃんに誘われて幼馴染の結婚式に参列したし、毎日のようにTを○○して欲しい電話がかかってきていたため気づかなかった。
でも付き合いが長かったのもあってKちゃんは私があの日ブチギレていたことをわかっていたのかもしれない。そのとき弟と父のことで弱っていた私は脳がうまく回らず、気力がなかった。しかし、私が人を傷つけてしまったことだけはわかった。とても申し訳なく思い謝った。なにを言われても謝り続けた。死んじゃえと言われても謝った。
「それで、どうしたいん?」
二時間ほど私の悪いところを言われ続ける通話は続いていた。これ以上電話を続けていたら倒れてしまいそうだった。憔悴している状態だったと、こっそり見ていたらしい母から聞いた。
「優ちゃんが元気になるまでは一時的に縁を切る。元に戻ったら、地元の集まりくらいなら参加することを許す。これでいいやろ?」
「元気になるなんて今は考えられん。ごめんなさい」
「じゃあ一生弟の死に苦しめばええやん」
通話は終わった。
それからの私は、女性と関わるたびに言葉や表情には出さないが、本当は嫌われているのではないか、なにか嫌われる行為をしているのではないかとこわくなるようになった。女性とまともに関われなくなった。
しかし、それからもしばらくの間は人の遅刻を許すことはできなかった。初めてのデートで二十分遅刻してきた夫を責めたし、それをなんども繰り返す夫に大声をあげることもあった。
いま思えば、夫ならそんな私を受け入れてくれる、みたいな甘えがあったんだと思う。
医師に紹介されたカウンセリングに行くと、女性恐怖症だと言われた。そんな病名はないが、そんな状態であると言われた。ゆっくり女性と関われるようになれたらいいですね、とカウンセラーは言った。
それから年月が経ち、少しずつ女性と関われるようになったが、二度ほどトラブルになった。
一度目は私が相手に対して恋愛感情のような熱量を持ってしまったのが理由で縁が離れた。これに関してはものすごく反省していて、もう彼女とは二度と関わるつもりはない。
二度目はほとんど交流のない相手で、怒らせて泣かせてしまった。理由を尋ねても教えてくれなかった。彼女は毎日のようにさまざまな人に対してSNSで怒って、たまに泣いていた。彼女の怒りスイッチがどこにあるのかよくわからなかった。彼女をどうやったら傷つけずに済むのかわからなくて、そっと距離を置くことにした。
女性といっても性格や考え方は一人ひとり違う。ひとくくりにしてはならない。頭ではそうわかっていても、Kちゃんを思い出すたびに、私は女性の気持ちがわからないダメな人間なんだと思い、また女性と距離を置いた。
Kちゃんの件で思い出したのだが、Kちゃんと縁が切れたと同時にTから連絡が来なくなった。Tの存在を忘れていたので私も連絡をしなかった。一度だけ、『ぶっ殺す』という謎の連絡が来たが、なんじゃこりゃと笑ってしまい、傷つくこともトラウマになることもなかった。
TをKちゃんの付属品くらいの存在だと思っていたからに違いない。毎日のように連絡をとって、互いに親友だと言い合ったTから連絡が来なくなっても、なんとも思わなかったのだ。
男性に対しては仲良くなろうが縁が切れようがあまり深く思い悩んだことがない。
だから、男性なら緊張することなく接することができるのだが、私は既婚者だし相手にもパートナーがいる場合が多いためなかなか友だちとして仲良くなるのは難しい。だから、私には友だちがいない。
最近ネットで女性用風俗について調べているとレズビアン風俗の広告がでてきた。デートのみのコースがあるらしい。お金を払えば、お茶をしたりご飯を食べたりショッピングに行くことができる。相手は客として接してくれるためいい距離感を保ってくれるだろうし、自分がされたくないことをしなければ怒られることはないだろう。
レズビアンではない私が行っていいのかとお店のレビューを読むと私と同じく、女友だちはいないが女性と女友だちのような感覚で一緒に出かけたいというお客さんはたくさんいて、お店側も歓迎しているらしい。私はそのお店に行きたくなった。
だが、東京と大阪にしかそのお店はなかった。一人で東京や大阪に向かう勇気もお金もない私は、悩んだ結果、貯金をして母と一緒に大阪か東京に行き、母が観光をしている間に、お店で働いているセラピストの女性とお茶をすることにした。
今はそのための貯金もしていて、かなりの節約生活を送っている。
もし、セラピストの女性が遅刻してきたら、私は注意するのだろうか。イライラが我慢できなくなる自分や、女性をこわがらせてしまう場面を想像し、不安になった。
大丈夫、大丈夫と首を横に振ってから、節約をするためにAmazonのカートに入れていた数冊の本を削除した。